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優しいライオンの甘え方


花の金曜日、なんて呼ばれていたのはきっとバブル時代だけの話だ。今のご時勢、土日のいずれか一日は休日返上で出勤する事も暫しだし、金曜なんて定時で帰れるわけがない。たまりにたまった仕事を残業と言う形で処理するから帰宅はいつもと変わらず22時は優に超えてしまっている。居酒屋に行って飲み騒ぐのはほんの一握りで、ほとんどは終電前には帰宅している。週末の帰宅時が一番込みやすいと皆が知っているからゆったりとした休日を過ごしたい人は特に早めに帰っていることだろう。

「早く帰れるだけマシだっつーの」

苛立たし気に吐き出しては怒りのエンターキーを押して本日の業務はやっと終わりを告げた。
社員がほとんど残っていない社内、節電と大きく書かれた張り紙が報告掲示板に貼られているのにも構わずでワンフロア全部の電気を点けながら今の今まで残業に励んでいた。
ふう、肩の力を抜き、眠気覚ましにと買ったワンカップのホットコーヒーはぬるくて不味い喉越しで胃に流れていった。パソコン画面上の保存表示が100パーセント完了してやっとこさ帰れる、キイと安いワークチェアの背もたれに背中を預けて行儀悪く体制を崩せば窓の外に見えるネオンがキラキラ煌いて夜景のパノラマを描いていた。クピリ、変わらずに不味いコーヒーを一口飲みこんで誰に言うでもなくご苦労様と呟く。未だ、誰かが残って仕事をこなしているであろうネオン達の残骸、きっとこちらの照明も光り輝いて夜空に反映されていて、どっかの馬鹿な男が女とヤリたいが為だけに走らせた車、その車内からこちらを見て綺麗だなとかなんだとか言っているのだきっと。

「あ…ダメだ、ちょうムカツク」

お前たちが綺麗だなんだって言ってるネオンはなあ、俺達サラリーマンが蟻の様にせっせと働いている証拠なんだよ馬鹿!
ワンカップの紙コップは力を込めて握り締めれば簡単にカコっと割れへこんだ。ゴミとなったカップを誰も居ないのを良い事にバスケットボール選手のシュートを真似て両手でゴミ箱へと投げ入れた。カッ、コン!外れると思ったカップがゴミ箱の縁にぶつかって綺麗に入り込んだのを見届けた後、保存完了も同時に終わった事に対して変にテンションが上がる。ガッツポーズをしてナイスシュート!と指を鳴らした。

「はい、じゃあ帰りますよ〜黒崎さんは帰りますよ〜っと」

一人になると独り言が多くなるのはなんでだろう。普段なら職場では決して見せない一面を一人っきりの寂しい職場だからこそ見せて自身のテンションを上げる。
最後にきっちりと保存されているのを確認し、尚且つショートカットも作成、これで抜かりはないぜニヤリと笑いながらパソコンの電源を落とした。
***
20階建てビルの11階がオフィスになる。共有エレベータは大きく広々としているが、昼時には各階の人間がこぞって使用するせいもあって、時々ひとつのエレベータが故障する事が稀にある。
現在時刻22時41分、流石にこの時間帯まで居残っているのは一護の他では夜間の警備員だけだろう。1階でストップしていたエレベータは直ぐ11階までやってきて一護を乗せる。広々としたスペースに身を乗り込ませて1階のボタンを押して携帯電話をいじった。
まだ終電には間に合うから最寄駅に着いたらひとまずはコンビニへ向かって、缶ビールを買おう。つまみはロールキャベツ、挽肉にタマネギをたっぷり混ぜて練った種をキャベツで包み、深みのあるフライパンに敷き詰めて水とコンソメを入れて煮る。手間隙掛かるように見れるロールキャベツだが実は簡単に作れたりするから多めに作り置きをしておけば夕飯にも肴にもなる。
シンプルなコンソメスープも良いが、トマトを丸ごと入れて共に煮詰めればトマトロールキャベツにもなる。黒崎家のロールキャベツはもっぱらトマトがふんだんに使われていてジューシーで美味い。妹から直々に教わったロールキャベツが鍋の中で一護を待っている。そう考えたらクウとなんとも可愛らしい鳴き声が腹から聞こえてきた。シンと静まり返ったエレベータの中、やけに響く音が恥かしくて一人で照れたりしてみる。
そう言えば、浦原喜助と出会ったのはここだ。
浦原が勤めているオフィスは19階と20階にある。最上階にあり、このビルの中では一等に稼ぎが大きい企業でもあった。都内に数社ある内の一社、海外雑誌の編集を勤める彼等はいつだってオフィスを走り回っては編集長のスケジュール調整にモデルのスケジュール調整等と忙しない。昼時だって上の連中とは滅多な事ではエレベータ内でも階下にあるカフェでも巡り会わない、例え奇跡的に巡り会ったとしても誰も彼もが生気を奪われる直前の表情を貼り付けている。
"ゴーストみてえなヤツラ"
同僚が皮肉を込めてそう呼んだ事が始まりで、一護達のオフィスでは上階の連中をひとまとめにしてゴーストとこっそり呼んでいた。
一護がゴーストに出会ったのは今日みたいに残業で居残った22時過ぎの2年前の夏。

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