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彼のハート・ビート(ヴォイス)


浦原が口を開いた。なのに、その薄い唇から音は漏れる事はなかった。え、なんだ…俺、耳までダメにしちゃったのか?一瞬だがゾワリと恐怖で心臓が萎縮する。けれど耳へと流れこんでくるブラウン管越しの中途半端なR&Bは一護の鼓膜を奮わせていた。
え?
一護の唇が疑問符を無音で舌に乗せて浦原に発せられたのを浦原の耳は拾い上げた。
フ、小さく笑ってみせて眉間の皺をグググっと指先で押し潰す。

「眉間、疲れません?」

苦笑する浦原の表情を見て、一護はホっと安堵していた。
見た事もない真剣な眼差しで無音で音を刻むから、何事かと思った。それで心臓がドクリと跳ね上がってしまったのだ。バクバクばくり、忙しない心臓は時に体にも信号を送るから、指先が僅かに震えてしまった。浦原から隠すように手を握ってどうにか落ち着かせる。
やめろよ!言葉なく、手で払いのけて冷たい指先を拒否した。

「寝てるときも寄ってるよ、ソレ」

"元からこーいう顔だ!つか寝顔とか見るな!"

「だって、…」

苦笑しながら液晶テレビへと視線を向ける。その横顔が少しだけ寂しげに見えたので一護の胸はチクリと痛む。
痛んだり、高鳴ったり、苦しんだりと忙しない心臓。浦原の隣に居るとこうも落ち着かない、だから嫌い。二文字の言葉を胸の内側で唱えたら痛みが二倍に膨れ上がった。ああホラ、また痛い…。浦原の横顔から視線を反らして一護も液晶に目を向ける。ブラウン管越しのラブロマンスはハッピーエンドを奏でたと言うのに、一護と浦原の間には蟠りしかないように見えてしまう。ハッピーエンドなんてもんは映画(フィクション)だけに用意された終着点で、現実はそう甘くない、つまりはそう言う事なのだろう。ギュ、意識せずとも眉間に皺を寄せてしまった。

「夢、…どんな夢見たの?」

すんなりと耳を突く声にもう一度、浦原を見た。
夢?
質問の意味が分からなくて首を傾げてみる。気配で分かったのか、少し困った表情で一護を見た浦原は言葉を濁すもポツリポツリ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。言葉のひとつを、気持ちのひとつを取りこぼさない様に必死。気持ちと言うあやふやで透明な物を形として残さなきゃ何も前に進めやしない。そう思った途端、唇から溢れ出す言葉が重さを増して胸を締め付け始める。

「うなされてる感じだった、…悲しい夢を見た?」

それとも怖い夢かな?続ける浦原の言葉に心臓がビクリと震え立つ。まるで心臓の震えを見透かされているみたい、彼の金色は透き通っているから真っ向から対峙するのは怖い。
眉間に皺をきつく寄せて首を横に振るう。
頼むから、これ以上俺の中を暴くんじゃない。
音を失った訴えが無音のまま、心臓に響いては圧迫して再び苦しい思いをしてしまう。ああヤダ、ヤダ、全て放棄できたらいいのに、頑固でクソ真面目な性分だからそんな事も出来やしない。分かっているからこそ歯痒いのだ。
もし声が出たのなら、自分は彼に何を告げる?
失ってしまった声がいつ戻るのかも分からない今、それが少しだけ救いの様に感じられた。
フ、心中で自嘲する。
俺ぁ一体、何を言おうとしてるんだか…。
飲み込んでしまった言葉の数が重さを増して心臓上に乗っかり血流を悪くしてしまう。口角を寂しげにあげたまま、一護は携帯電話を手に取って新規メールを作成した。ポチポチ打ち出す言葉のひとつひとつ、消しては書き直し、また消しては書き直し、ああそれでも…、書き直す言葉はどれもこれも消し去った言葉と全く同じ物だったから再び自嘲してしまう。
結局、こーなるんだよな。
数分かけて打ち出した言葉、画面上に表示されればただの一文にしか過ぎない。右端の一番下に記された文字数のなんて少ない事。文字数に反して決して軽くない言葉の羅列。そして重さ。不思議と言葉の重さが携帯電話に乗っかった様に思えて、一護は気だるい動作で浦原に提示した。
前を遮る様に提示された携帯端末の画面、たった一文だけの文字を目で追って、浦原の心臓は萎縮する。ああ苦しいな…。たった一文だけなのに彼の苦しさが詰め込まれているから罪悪感に負けてしまう。ひとつひとつの言葉から彼の苦しさが移って息苦しくさせてしまい、危うい所で言葉を失ってしまいそうになった。
これか、と思う。
彼が声の全てを失ってしまった原因の全てはこれだったのか、と体感して初めて、浦原は一護の痛みを知った。途端、眉間に寄る皺は浦原には到底似合わない形で刻まれ一護の琥珀色へと映し出される。
"なんで戻ってきた?"
画面に表示された一文が浦原へと目に見えない牙を向ける。

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