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流石に、冬の夕刻近くともなれば有名な公園でも人がまばらで空いている。
ビュウっ!と強く吹く冬の風はいささか意地悪で、せっかくブロウした髪の毛を乱して、気休めに被ったキャップを吹き飛ばしてしまったからネルはア!と声を上げてキャップへと腕を伸ばした。あと数ミリの差でキャップは手から零れて地面に転がる。それを更に転がそうと冬の風が吹いた時、拾い上げた手はポンポンとキャップについた汚れを落としてから定位置へと戻した。

「"…サンキューなんて、言わないんだから…"」
「"いやいや、そこは言っておこうよ"」

クハっと笑い出した男は当たり前の様にネルの傍に立つ。浦原と同等な身長差が影でも分かるくらいに彼も同じく身長が高い。つい、見上げてしまった修兵に若干だが苛立って足を軽く踏みつけた。いてて、演技臭くそう言いながら尚も笑う男に腹が立つ。
本当は、嫌なくせに。
ヘラリと笑ってみせる修兵は手馴れた仕草でネルにミルクティーの缶を手渡した。いくらNYと違う気温でも寒いのに変わりは無く、皮のグローブをしたネルの手をほんのり温めてくれるミルクティーの缶がしっくりと掌に馴染んだ。
吐き出す息はどちらも白く、見た目にも寒そうな格好をした男は全身を包む黒の装いと同じくブラックの缶のノブをあけてゴクリと飲んでみせた。
真っ黒いライダースジャケットに真っ黒のマフラー、真っ黒のジーンズに真っ黒のエンジニアブーツ、真っ黒のキャップ。真っ黒尽くめなのに悠々とサンセットを浴びている男の横顔を見ながらネルも習ってノブをあけてコクリと飲む。
甘ったるくてホっと温まるミルクティー、本当はコーヒーの方が良かったが、寒さで縮こまった体をゆっくり温めてくれるミルクティーに口を閉ざして大人しく?み続けた。
車を走らせて約1時間と少し。都内から外れた国立公園は広々としていて建物の障害がない分、広く空を見せた。時折、意地悪な風が吹く以外はとても居心地の良い公園。駐車場から歩いて10分の所で大きな観覧車を前にうわ、と息を飲み込んだくらい、サンセットのオレンジを充分に吸い込んで無機質にゆったりと動く観覧車をカメラに収めた。
乗ってみる?言われたけれども首を横に振った。
なんだか乗ってはいけない気がしたのだ、不思議と、この大きな観覧車は人を乗せずにゆったりゆったり時の流れと一緒に動いている気がした。それに、乗ってしまえば観覧車がゆったり動いている様が見えなくなるから味気ない。それが嫌だったからネルは無言で首を横に振ったのに、修兵は笑いながら"やっぱ俺と一緒は嫌か〜"と勝手に勘違いしてみせた。ああ、凄くむかつく。カメラを握り締める手にギリリと力がこもった。
つい先程の事が頭へと流れてネルは口を開いた。

「"これで良かったの?"」

敢えてクイズの様に主語を無く問えば男はこちらを見てフと自嘲気味に笑んだ。

「"何が?なあ、もっとこっちおいでよ。後ろ、変なオッサンが隠れてる"」

早速姿を現せたと分かるパパラッチは木の陰に隠れているらしい。なんて古典的なカメラマンだろう、とても色気がないとネルは舌打ちしたい気持ちになったが、大人しく差し出された手を取って一歩近付いた。
距離が縮まる。見上げる修兵の瞳は温かくも笑みの形を象っているのに、ネルを見てはいなかった。
貴方たち、すごく苛立つわ。
ギリリと心中で下唇を噛みながら罵倒した事をきっと男は気付いていない。

「"あなたの事よ。私が隣にいて良いのかしら?"」
「"それは俺のセリフじゃない?俺なんかで良いの?スーパースター"」

耳元でヒソヒソ話している姿は傍目から見れば二人の世界を広げているカップルに映ることだろう。会話が甘くなくても人の目はすっかり騙せる。きっとそんな距離だ。
修兵の言葉にネルはフとあざ笑った。

「"私が?いーえ、こんなスキャンダルなんとでもなるわ。たかだかジャパンのロックスター"」
「"辛辣だなあ"」
「"…あなた、誤魔化すのがとても上手なのね"」

嫌味に嫌味で返せば彼は乗るどころかひょいと跨いでしまう。きっと今までもこうして過ごしてきたのだろうこの男は。本心をひた隠しにしてニコニコと人の良い笑みを見せては物分かりの良い振りをする。世渡り上手とも言えば聞こえは良いが、ネルからしてみればわざわざ損を買い占めてる様にしか見えない。
本当は悔しいくせに。本当はとても腹立たしいくせに。
彼が彼を大事にしている事なんて他人のネルから見ても明らかだった。いくらバンドのいちメンバーとは言え、自らのスキャンダルを盾に守ろうだなんて、そこに特別な感情が入っていなければ成せる事の出来ない技。ネルの様に、浦原をどうにか守ってやろうと、浦原にどうにか幸せになって貰おうと強い意志が存在しない限りは出来ない事。
それを簡単にやってのけ、自ら提案を出す男は一体、彼にどんな感情を抱いているのだろうか。

「"ヒーローか…"」

ん?聞こえなかったらしいネルの一言に修兵は耳を傾ける仕草を取る。自然と腰に回された腕、逞しい男の腕に一瞬だが心臓がゾワリと唸った。
ファイクなのだこれは。途端に唸りだした心臓が煩いくらい念入りにネルへと告げる。ここまでする男に腹が立つと同時に少しだけ寂しい気持ちになった。
あなた、なんで感情を殺すの?
その言葉が告げれないまま、ネルはひとつ深呼吸してそっと身を預けた。

「"ねえ、女の子ってね、全てを投げ打ってでも助けてくれるヒーローに心底弱い生き物なのよ"」
「"おっと、惚れてしまったかい?プリンセス?"」
「"私は嫌い"」

ですよねー。軽い口調で言った男の胸はこんなにも広くて暖かい、そしてこの男の腕はこんなにも力強くて逞しい。
パシャリ、背後で鳴る不躾なシャッター音に耳を傾けながらサンセットを見た。綺麗な、それでいて少しだけセンチメンタルなオレンジだった。

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