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サイレントラブ


エンジン音が鳴り響いて車は速度を速める。移り行く風景が徐々にネオンの光を和らげ、オレンジ色に反映されれば綺麗に海に水面がキラキラと光り輝いた。汚い海はNYと同じだけどなかなかどうして、光が反射したら水面に美しく弧を描くのだろうか。自然と言うのはいつだって人の目を惹き付けて止まないからネルは持っていたデジタルカメラでパシャリとシャッターを切った。
果たして、カメラに収まっただろうか。今自分が見ている風景そのものの絵は。きっと彼みたいに上手くはいかないだろう事はネルでも分かっていた。だが、記念にと初めてカメラのシャッターを切れば気分は自然に高揚する。

「"上手く撮れた?"」

助手席から掛けられる声にチラリと横目で前を見た。バックミラー越し、真っ黒の瞳がこちらを見る。
前を向いて運転しなさいよ、あんたが後ろに乗せてるのは誰だと思ってるの。憎まれ口を叩いてそっぽ向き、シャッターを切り始めれば可愛くないと言われたのでシートを蹴ってやった。

「"…あのねお姫様、不機嫌なのはいいんだけど車には当たらないでくれる?これでも俺、愛車は大事にしてんだよね"」

少しだけ苛立った声だった。それでも態度を変えるでもなく無言でシャッターを切る。
オレンジ、黄色、灰色、黒、紫色、夕暮れ時は色彩のパレードだと彼は言った。青空を撮るのも好きだけどサンセットを撮るのが一番好きだとも言っていた。彼の言葉ひとつひとつ、どれをも逃がさずに捕らえているネルの耳には浦原の声が綺麗に保存されている。
喜助が撮るサンセットの写真が私は一番好きよ。伝えればありがとうと笑顔で返してくれる。
オレンジの色彩が無限に広がる空の中、うっすら見え隠れする夜の気配、反射する日差しは多数の影に邪魔されて空には戻らない。少しだけ悲し気で、少しだけロマンチック。暖かいのにどこかでセンチメンタルさを奏でている彼の写真に加わった眩いまでのオレンジ色。今迄のどのサンセットよりも彼のオレンジは煌びやかに映し出されていた。写真集を見た時から分かった様に、喜助を惹き付けて止まないあのオレンジ色は目に毒だとも思った。思わず嫉妬してしまうくらい、綺麗で淀みなんてひとつも無かった。
カシャリ、過ぎ行く風景の中でシャッターを切ってレンズから目を放す。窓の外、目前で姿形を変えていくオレンジ色が目に焼きついて綺麗。ひとつの絵に等せずとも充分に美しい。きっと同じくらいに惹き付けられたのだ、あのオレンジ色に。サンセットの色を愛した男が恋心を抱いてしまったオレンジ色は、今目前に広がるサンセットの色とは随分と違う。彼が恋をした、ただそれだけで全く違う色彩、彼が愛したオレンジはあの子の物。自分には無い色を持った彼の物、彼のオレンジ色。
悔しいな、キュっと下唇を噛んでカメラをシート上に放り投げた。
車内に響くジャジーなメロディがサンセットに似合いのラブソングを流した。

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あきゅろす。
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