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新たな出会いにカフェラテで乾杯!


大好きな人の困った顔を見るのは嫌いだった。好きだからこそ笑っていて欲しいと思うし、好きだからこそいつだって幸せな気持ちで居て欲しい。子供の頃からそうだった様に、いつしか一護は無意識の内に我慢する様になった。好きな人が笑顔なら、と自身の気持ちは後に回す。いつだって優先させる事項はその人の気持ち、そんな一護に彼女は困った様に笑んで頭を撫でて伝えた。
"一護、我慢しなくても良いのよ。ちゃんと自分の気持ちも伝えなきゃお母さん困っちゃうな"
困り顔の彼女を見て泣きたい気持ちになったのも真実だ。
どうして泣きそうな顔をするのだろうか、幼心には到底理解出来ないで一護の方も困ってしまう。笑っていて欲しいから我慢するんだ、幸せな気持ちになって欲しいから自分の事は後回しなのだ。上手く伝えられない言葉にジレンマを起こして胸が苦しくなったのも覚えている。
"母さんは一護にも笑顔で居て欲しいな"
夢現に聞く彼女の声は変わらず優しくてそして甘やかだった。
シャンプーとリンス、無駄な香水の類を一切つけてない彼女からはいつだって優しい香りが漂っていた。
同じ香りがする、一護が夢現ながらにも瞼を開いたのは夢の中の彼女が霧となって消えて数秒後だ。朝日の眩しさと空気の冷たさ、そして甘やかなシャンプーの香りに包まれて気分良く目覚めれば、目の前には見慣れない美女がスウスウ健やかな寝息を立てて横たわっている。
ぎゃああ!そう叫びたい気持ちは山々だが、まず声が出ない。そこは変わらず、一瞬暗くなりかけたが今はそれどころでは無いらしい状況が寝起きの一護の目前に広がっていた。
目と鼻の先、直ぐ近くにある端正な顔から離れる様に勢い良く上体を起こす。
"なんだこれ!"
少し離れて真上から見た構図はより酷かった。上品な白いシーツから所々の綺麗なパーツが飛び出している。肩に腕にそして脚。すらりと長い右脚がシーツの上に重なって後少しで一護にくっついてしまいそう。わざわざショーパンを履いて己の美脚を見せびらかさんとする寝相にクラリと目眩が生じた。
目の毒だ、いくら室内が暖かろうがなんだろうが、キャミソール1枚にショーパン1枚といったはしたない格好で女性が男性のベッドに潜り込んでスヤスヤと寝込んでいる。そしてもうひとつ、大きなダメージとなるのは彼女が持っている鮮やかな髪の色。ミントグリーンよりも少しだけ濃い珍しい色の長髪が真っ白いベッドの上に綺麗な線を描いている。見ようによってはブランドの広告ポスターみたいだ。現に彼女は数々のブランド品イメージキャラクターとしてポスターになっているからどこでだって1つの絵になる事だろう。
しかし今はそれどころじゃない。
スヤスヤ健やかな寝息を立て、未だに起きる兆しを見せない彼女が今やひっぱりだこのスーパーモデルだと言う事は誰もが承知の上で、人の名前と顔を覚えるのが大の苦手とする一護も知っている。問題は、彼女がなぜ、自分の隣で、寝ているのか、だ。
"夢か?まだ夢の続きか?"
背筋から嫌な汗が湧き、伝った感じがする。それくらい、ネルが隣で寝ている事は一護にとっては大打撃だった。
とりあえず、辺りへ視線を向け浦原が居ない事を知るや否や、彼女を起こさぬ様にそろりとベッドから抜け出して裸足のまま冷たくなってしまっているフローリングをぺたぺた歩いてリビングのドアを開けた。

「あれ、起きるの早いな。おはよ〜さん」

扉を開けた瞬間、全く予想もしてなかった人物が真っ先に一護の視界へと入り混む。
ベッドと変わらず上品なソファに寛ぎながら優雅にコーヒーを飲んで片手をあげる修兵を見た瞬間に扉を閉じてもう一度開けて確かめた。

「いや…夢じゃねーっての」

苦笑しながら手をヒラヒラ振って見せる修兵とネルの繋がりが全くもって見えないが、見慣れた人物にホっと胸を撫で下ろしてリビングへと入った。
向かいのソファへと腰を下ろせば、目を通していたのだろう週刊誌を畳んで傍に置いた。週刊誌なんて柄じゃないくせに、目線だけで伝えればコーヒー淹れるか?と場違いな質問をされる。ひとまず落ち着かせる為にコクリとひとつ頷けば「ミルクたっぷりな」と意地悪く笑まれるから眉間の皺がより寄ってしまう。
備え付けのカウンターバーへと向かう彼の背中を見ながら浦原の姿を探した。キョロキョロ、辺りを見渡しても浦原の気配が無い様に感じられる。
昨日までは一緒だった。ベッドまでエスコートなんて恥ずかしい事もされたし、もしかしたら眠りにつくまでずっとベッド横にも居た気がする。一度だけ夢の浅瀬から目覚めてしまった時、小さく灯されたオレンジ色のサイドランプにあの金色がゆらりゆらゆら優しく揺れているのを見た。浦原?口を動かせば"傍にいますよ"だなんて優しく微笑まれる。きっと夢だったんだろう、変にリアルで少しの願望を交えた夢はとても厄介で始末に負えない場合は目覚めを悪くしてしまう程。優しい夢の筈なのに夢から覚めれば心には蟠りしか存在しなくなる。一護の心は少しばかり疲れてしまっている様だ。

「浦原さんなら朝飯買いに出掛けたぜ」

全てお見通しだと言わんばかりにチャチャを入れてきた修兵は後ろから真っ白いマグカップを差し出した。部屋に置かれていたのか、わざわざ調達してきたのか定かでは無いが、コーヒーカップにしては上出来なくらいに飲み口が広い。大ぶりなマグカップを受け取り、ミルクたっぷりに甘くしたカフェラテの香りを吸い込めば徐々にあやふやだった意識がはっきりしてきた。
一口飲んでコーヒーの美味しさを味わう。インスタントと違い、きちんと轢いた豆を使用したコーヒーは味が濃くて重たいから目覚めには最適だった。一口啜った所で向かいに座った修兵を見る。目が合ったと同時に苦笑されて"早くしろ"と急かした。

「まあね、どっから話せば良いかな。こっちに来たのは深夜。お前ぐっすり寝てたな、あのお姫さんが騒いでも起きねーでやんの」

喉奥で押し殺した笑いだけが充満する中、一護は口を閉ざし、無言で修兵を見る。

「んな怒るなっての。」

再び笑いながら自分用のマグに口付けて煽りながらスマートフォンを投げて寄越した。受け取った最新型スマートフォンを見て"これがなんだ"と言わんばかりに険しい目つきで首を傾げる。

「ネット、BLEACHで検索してみ」

意味深な物言いにマグカップを卓上へ置いて検索をかける。
ずらりと並んだ項目の1番上には誰もが知るインターネット百科事典、その次にあるファンサイトの広告タイトルと電子掲示板サイト、なんの変哲もない数々の広告全てに目を通せば所々ひっかかる文字が太いフォントで表示されていた。
"活動休止?"
"メンバーの不祥事?"
"バンド解散?"
他にも沢山あるが、あまり良い気持ちのしない言葉ばかりが羅列されている。よりいっそう眉間に皺を寄せて険しい表情で画面を見つめる一護に修兵はゆっくり口を開く。

「1番怖いのはファンの声だな」

スマートフォンから視線を外して修兵を見た。

「そして次に怖いのがメディアだ。ファンの声が先にネットに広がって、暇をもてあましたマスメディアがこぞって群がってくる。一護、これ以上引き伸ばす事は出来ない。」

最後の一言で一護の表情から色が消え失せた。
さーっと青ざめるのが見て分かるくらいには表情が曇り、眉間の皺が苦し気だ。心臓にずっしりと乗っかる不快感に押し潰されてしまいそうな感覚を味わいながらも尚、修兵は喋るのを止めない。

「遅くて一ヶ月、早くて一週間だろうって斬月さんも言ってた。俺もそう思う。現にこっちに来た時もホテルの外にちらほら怪しい人影があった」

ドキリと唸った心臓が指先から温度を奪い取り、指先を震わせる。緊張感にも似た感覚にプラスされた得体の知れない恐怖心が徐々に体を蝕んでいく感じがして呼吸さえも奪っていきそうな勢いだ。

「正直、俺ももう成す術がねーって思った。」

修兵の言葉ひとつひとつに怯える。

「けどなラッキーボーイ、お前は本当に運が良い」

打って変わった声色に顔をあげれば不敵に笑んでウィンクまでされた。
ハ?意図が読めずに一文字の形に口を開けばそこでタイミング良く部屋のドアが開いて浦原が入り混んできた。
ハアイ、気軽な動作で片手を上げて同じように挨拶した修兵に対して浦原は苦笑しながら「おはようございます一護さん、良く寝れた?」等と呑気に聞いてきた。

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