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Drive you crazy.


小さい頃はそりゃあもう泣き虫だった。同じ年齢の女の子に空手で負けたからと言ってぐしぐし泣く。ああもう、そんなに泣いたらな目ん玉溶けて無くなっちまうぞ!そう脅せば余計に瞳に涙を溜め込んでボロボロ零す。
いちごの弱虫!
煽る様に少女がそう言うからまたメソメソぐしぐし、大きな眼に大きな涙の粒を溜め込んで流れる涙は大粒でこちらの息の根を止めてしまうばかりに心臓を痛めつける。
もう泣くな、泣くな一護。
毎度そうやって最終的には慰めてしまうから「しゅう兄はいつだっていちごには甘い!」とたつきに怒られてしまう始末。
そんな泣き虫だった彼も今では大人になり、あの時の少女の身長をはるかに越えてでかくなった。図体ばかりでかくなって中身はガキの頃のまんまだけれど、修兵は思いながら煙草を悪戯に吹かす。
プカプカ輪っか状になって舞い上がった煙は真っ黒の天井付近で音も無く消えていった。
どうすっかなあ。
短くなったフィルターシガレットを用意された灰皿に押しつけて火を消し、直ぐ様新しいシガレットを取って口に咥え火を点ける。んなに吸ってっと体に毒だぞ、眉間に皺を寄せながら怒り口調で言う一護を思い出しながら再び輪っかを作っては天井にぶつけた。他人ばっかじゃなくて自分の事も心配しろよ、背丈が伸びた彼の頭を撫でながらスルーしたら唇を尖らせてそっぽ向くのだ。その仕草は昔っから変わらないねお前。あの時、触れていた彼の温もりを思い出しながら修兵はぐーぱーぐーぱーと手を握っては閉じ、握っては閉じを繰り返した。

「メディアに隠し通せるのも1週間が限度だ」

向かいの席で煙草を燻らせた斬月は変わらない仏頂面で手を組む。ぼそりと呟かれた彼の声が低音のリズムを奏でて修兵の鼓膜を揺さぶる。広いVIP室に流れるメロディは無く、静けさと暗闇が二人の男を包み込んだ。
デスク前の大きな窓からはワンフロアが見渡せる様になっている。DJブースにダンスフロア、天井にかかるミラーボールに多数のスポットライト、沢山の人、そして音。下の熱気とこちら側の熱気の違いに修兵は溜息を漏らした。用意されたグラス一杯のジントニックを煽る。舌先に残るジュースみたいな甘ったるさにしかめっ面をしながら斬月へと向き直って足を組み直してみせた。
BLEACHが活動を停止して早1ヶ月近く。あまりメディアには露出しないバンドとして有名だが、何の知らせも無くライブ情報も新譜情報も無ければメンバーの活動様子さえ窺えないとなれば退屈凌ぎに根を張り巡らせる事が趣味なメディア連中が動くのも時間の問題となる。修兵は頭をフル回転させながら立ち上がり窓際へと歩んで階下を見下ろす。

「…修兵」
「きーてるよ」

焦れた様に斬月が声をかければ修兵の視線が動く。全てを見通せる個室で盛況を見せているフロアを何となく眺めながら頭の中では違う事を考える。
一護の声が出なくなってもう一ヶ月だ。医師の判断ではストレスが原因の一過性の物だと聞くが、原因ともなるであろう男が一護の前に現れた。全てはそれで解決が出来ると修兵は甘く考えていた様だ。そんな自分自身に少なからず腹が立った。
お前、何年アイツと一緒にいるんだよ。
心の中でもう一人の自分が無責任にも罵倒し始めた。チっ、普段ならしない舌打ちまでしてしまう始末で柄じゃなく焦っていた。同じく斬月もだ。
今ここで一護の株を落とす事は何が何でも避けなければいけない、バンドの為と言えば聞こえが良いかもしれないが、修兵自身が嫌だった。

「…これ以上、苦しめたくないなあ」
「…なんか言ったか?」

いんや。聞き逃さない斬月の地獄耳さ加減にフと笑って窓に触れる。ひんやり冷たいガラスに全ての熱を吸収されてしまいそうだ。
既に空っぽになって水滴を滴らせているグラスを片手に、フロア全体を見渡してはたと珍しい色に目が止まる。スポットライトからの光を吸収して跳ね返すミラーボールはキラキラと人工色の星をフロア全体に散りばめていた、その中に唯一光を吸収して暗がりにも負けない鮮やかな色彩を持つ人物が一人、黒のキャップを目深に被りながらウロウロしている。

「斬月さんさ」
「…なんだ」

窓に手をそえながら修兵は鮮やかな緑をガラス越しに撫でた。

「バンドが活動停止してる理由があれば、良いんだよな?」

人間はいつだって全ての物事に理由をつけたがる。曖昧で不確かな理由ではダメだ、それでは秘密と噂を呼んでしまい、余計に外野が煩わしくなってしまう。それならば、決定的で確かな理由さえ餌として与えていれば一護の事は表沙汰にはならなくなる。
素早く頭の中でプランを立てて修兵は指先で撫でた緑色の感触をしっかり握り、不敵に笑いながら斬月を見た。


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