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ダサイ音だ。煩わしくなって耳を塞ごうとしたものの、爆音が渦巻くフロア内では隣の話声を聞くのも精一杯で、どんなに耳を塞ごうともこの音は全て消し去る事は出来ないだろう、諦めてカウンターバーに足を運んだ。
hey,少しボリュームを上げて声をかけたバーテンダーの男はyesと流暢に答えて注文を受けたカクテルを手早く作りあげていく。流石、TOKYO。接客サービスが場末のクラブでも行き届いている、小さい事に胸を撫で下ろしたネルは手渡されたグラスを手にありがとうと日本語で答えた。
さて、これからどうしようか。混雑してきたカウンターから離れて人気があまりない端っこのテーブル席に移動しながら考える。一口飲んだレッドブルウォッカは少しだけ薄い。
勢いで日本に来たが、彼がどのホテルに泊まってるのか聞くのを忘れてきた。大事な事を聞き逃すなとあれほど言ったろうが、頭の中でマネージメントの男が喧しく怒鳴る。そうね、私の悪癖だわ。苦笑しながら答えて酒を煽った。
NYに居るであろうテッサイとは連絡が取れない。彼の主人がフリーダムなお陰でいつだってテッサイは忙しなく動いているが、あの几帳面で真面目な性格の男の事だ、早くても明日か遅くても明後日までには連絡が入るだろう。
ふう、小さく吐き出した溜息の音は周りのどんちゃん騒ぎにかき消された。ネルの心を跳ね上げさせる事がないサウンドに酷くつまらないな、と心中でぼやきながら一口アルコールを飲み込む。
きつい炭酸の刺激が喉を焼きつける様に流れてウォッカの熱が胃に落ちた。酔う事もなさそうね、フと口角を上げて周りを見渡せばカウンター近くに居た男性陣の内の一人と目が合った。ネルはキャップを目深く被り直す。
悪いけど、日本語は少ししか喋れないのよ。心中で呟いてまた一口、不味いアルコールを煽った。
エクスキューズミー、流暢な母国語が耳をついたのはDJブースからディスクジョッキーがチェンジし、テクノサウンドを流し始めて数分が過ぎた頃。
目深に被ったキャップから流れる様に視線を横へ向けて声をかけてきたであろう人物を見る。
身長はおよそ180は越えているであろう長身の男は少しばかり背丈が浦原に似ていたから心がビクリと動いた。彼と違う所は全身まっくろ尽くめでロックテイストな所。すっきりと体のラインが綺麗に出るロングTシャツ1枚に黒のダメージスキニー、シンプルな作りのエンジニアブーツはかなり年季が入ってると見て分かる。同じく目部下に被った黒キャップを少し上にあげながら人の良さそうな表情でhiと片手をあげて笑った彼を見て視線を反らす。

「"悪いけど、日本語は喋れないのよ私"」

威嚇するのと同じ要領で技と英語を使って話す。こうすれば日本人は怖じ気づいて去って行くと言うのが分かった上での術だ。今ここで騒ぎを起こされちゃたまったもんじゃないとネルは無表情で拒否を示した。

「"英語は得意なんだ。あとさ、分かってると思うけどアンタ目立ち過ぎだ。VIPルームが空いてる。来ない?"」

すんなり耳に入ってくる流暢なしゃべり方、けれども到底、レディをナンパするには乱暴な物言いにネルは眉間に皺を寄せてきつく睨んだ。

「"そう怒んなよ、取って食うわけじゃない。なんてったら良いかな、アンタ"」
「"アンタじゃないわ、ネルって言う立派な名前があるの"」

つい声に出してしまえば後戻りは出来ない。しかし、この男の真っ黒く挑発的な視線に堪えきれなくなって吠えた。元来、彼女はとても負けん気の強い女性だ。
クっと笑いを押し殺しながらホールドアップしてみせた男の意図が読めない。

「"名前、言われて困るんじゃないかな〜って思ってさ。大方、浦原喜助に会いにお忍びで来ました〜って所だろう?"」

浦原の名前を容易く出した男の前でピタリと動きを止めた。呆気に取られた彼女の表情は大人から子供に戻った様に柔らかく見せるからどっかの誰かさんと同じだな、修兵はまた笑う。

「"ビンゴだ?"」
「"あなた、誰よ?"」
「"あなたじゃないよ、修兵って立派な名前があるんだ"」

今度は修兵が勝ち気に微笑んでみせる。切れ長の瞳に笑われてファックと口汚く呟いた。

「"つまりさ、どこまで知ってるか知らないけど俺はBLEACHのメンバーだ。こっちじゃ目立つし互いにバレたくないだろう?"」

悔しいけれど彼の言う通りだとネルは思った。本当に悔しい、こうして先手を打たれ自身が望まないながらの解決は好きではない。何事も自分の力ひとつで世界を渡ってきたネルだからこそ、先手を何重にも打って保身に回る男が大ッ嫌いなのだ。
美しい顔を歪めながらも周辺を見渡し無言でコクリと頷いた。

「"ネルってさ結構負けん気強いね?"」
「"馴れ馴れしく呼ばないでくれる?やっぱりあなたに名前呼ばれるの嫌"」

エスコートしようとした手を叩かれて修兵は再度ホールドアップ。それからネルの強気な言葉にかわいくねーのと日本語で呟いて笑って見せる。

「"それじゃあお姫様、行きましょうか?"」
「You are pissing me off!」

ぷっくり魅惑的な可愛らしい唇から出た言葉は汚くて、修兵は思わず破顔して腹を抱えて更に彼女を不機嫌にさせた。

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修兵、それで良いんだな?
真剣な顔をして表情を曇らせた斬月を脳裏に浮かべる。あーあ、誰が好き好んで騒ぎの渦にダイブするかよ。言わんとした言葉を飲み込んで苦笑してみせた修兵を見て斬月はフと短い息を吐いてみせた。誰しも、あの子の為ならと重たい腰をあげる。ビジネスが絡んでいる以上、斬月からしてみてはバンドのメンバーは誰でも大事だ。しかしバンドの華でもある一護に関しては修兵以上に甘い。薄汚く嘘っぱちばかりで塗りたくられた世界に染まらないでただ純粋に音楽が好きな一護だからこそ周りは重宝する。彼の純粋さに皆、心を奪われてしまう。きっとあのカメラマンだってその中の一人だ。
窓を少しだけ開け、煙草の煙を外へと流す。バックミラー越しに見たお姫様は後部座席に足を組みながら座り、流れる外の風景へと視線を向けていた。
助手席のドアを開けてもそこに乗り込まず、自分の手で後部座席のドアを開けて乗り込んだ可愛くない女性はずーっと無言で外を見ていた。
車内に流れるロックテイストのメロディだけが煩くも反響する。シンプルなツインギターの音と心臓が動き出す低音のベース音とドラムバスのリズムが心地良く、少しだけ甘めの濁声が訛りの強い英歌詞を紡いでソングを生み出す。

「"好きよ"」
「…は?」

このままホテルに着くまで無言を貫くのだろうと思っていた彼女の口からこの場に似合わない単語が紡がれた事に対し、うっかり日本語で反応してしまった。
バックミラーを見る、視線は変わらず窓の外に向けられていたが声はガラスにぶち当たって修兵の鼓膜を強く揺さぶった。

「"彼ら。あなたじゃないわ"」
「"はいはい、知ってましたよー。何、JETファン?意外にロック好きなんだ?"」
「"喜助が好きなの"」
「"おーっと…聞かなきゃよかった"」

なんだこの女、好きな男の趣味を好きになるタイプか?嫌気がさしたので胸ポケットから煙草を取り出し口に咥えて火を点け軽く吸う。充満する煙に彼女が文句を垂れようがなんだろうが知ったこっちゃない。
我が儘姫様の機嫌を取る為に手を組んだわけではないのだ自分は。心の内に広がる太陽の暖かさをニコチンで冷やしながら修兵は時計を見た。現在時刻深夜1時ちょい過ぎ。クラブから出て10分程度で届いたメールには「スイートを予約しておいた、くれぐれも粗相無い様に」とたった一文だけ書かれていた。不謹慎な時間帯で都内唯一の三つ星ホテル、そのスイートを予約だなんて斬月さんも容赦ねーよな。いつだって無表情、見ようによっては堅気に見れない男の姿を思いうかべてまた苦笑した。

「"どちらかと言えば私はR&Bが好きね"」
「"へえ、例えば?"」
「"アリシア"」
「"NYの顔じゃねーか"」
「"彼女の力強い声が好きなの"」

ああ、似た者同士って事で?彼女が更に不機嫌になりそうな言葉がポっと浮かんだがここで怒らせても意味がないとしてゴクリと飲み込む。

「"残念ながらアリシアはねーな、スカイラーならあっけど"」
「"え、彼女は聴くの?フューチャリングじゃなくて?オリジナル?"」

予想外にも食いついてきた彼女をバックミラー越しに見れば身を乗り出し、運転席の横に顔を出してきたから少しだけ驚いた。

「"まあ…オリジナル"」
「"私ね、ホリー・ブルックの頃から聴いていたの!提供ばっかりしてるから彼女自身のオリジナルはあまり広まってないのよ…良い詩書くのに…"」
「"まあ…コアなファン寄りなんじゃないか?大衆受けするには少々…暗すぎるし政治的要素が入りまくりだ"」
「"分かってないわね!そこが彼女の良い所なのよ?"」

ビシ!そう効果音が鳴りそうなくらい間近で指をさされ、眉間に皺を寄せるも彼女に急かされてBGMをJETからSkylar Greyへとチェンジした。
メロウなメロディ、馴染みのメロディが流れた瞬間、彼女はうっとり耳を傾け静かに定位置へと背中を預けた。
しっとりする、何か物足りなさを感じさせるメロディに甘い声が乗る。甘い声なのに紡がれる歌詞は少しだけ乱暴でこちらの心を鷲掴みにする。
喜助はあまり好きじゃないの、呟かれた言葉にフと笑い、何も言わずに車のスピードを上げて高速道路を抜け出した。
光輝くネオンが真っ黒の海に反射してキラキラ光る。大都会のネオンが浮かんでマンハッタンを連想させた。


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