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男が平然と姿を現したのが一護が瀕死の状態から奇跡的に目覚め、医者でもある父親を驚かせてから2ヶ月経った日の事だった。
どうもお久しぶりです。夕暮れ時、カラスがカアカア鳴いてる声をバックミュージックに遊歩道へ反映された一護の影からニュっと現れてそう言ったのだ。これには流石の一護もヒ!と叫んだが見慣れた真っ黒ずくめの姿にあの時のは夢では無かったんだと確信した。
冷めた金色の瞳、月色の髪の毛、真っ黒ずくめ、真っ白い蛇、人間が大嫌いだと言ったひねくれ者な死神。
浦原喜助と初めて名乗った男はただ一護の前に現れるだけだった。
生かしてやったんだから、とか。命を返せだとか、漫画や映画、小説で見る様な類の事は一切言わなかった。ただ一護の前にひょっこり現れてからかって影に戻るだけ。一方的な訪問は毎度お馴染みの事となっていたが、影からにょきっと出てくる事だけは避けて欲しい。こちらの心臓がいくつあっても足りないと思わせる程には毎度一護を驚かせている。きっとそれも目的の一つかもしれない。

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未だに捕らえた腕を離さず、浦原は目の前で胡散臭い笑顔をニコニコさせるだけ。真っ暗になった部屋で浦原の黒のスーツが溶けてるみたいに見える。いつだって黒の服装に身を包んだ男は闇と同化する事に長けていた。
じーっと胡散臭い笑顔を浮かべる浦原を見る。
闇夜でも煌めく金色と暫し見つめ合っていれば浦原の表情から胡散臭い笑みが消えて真剣な面持ちへと変わる。スっと腰へ回された腕、キュっと絡め取られて拘束された手、そしてゆっくり近づいてくる距離。ペシンと空いてる手で頭を叩けば不服そうなむくれ面を作った。

「えー…良いムードだったのに」
「なんでキスしようとすんだよ馬鹿か」
「だって一護さんが…キスしてって言うから…」
「言ってません」
「いいや、目で訴えましたね!」

アタシには聞こえましたよ!確かに聞こえた!子供宜しくキイキイ喚く男を冷めた目で見てウルサイともう一度叩いた。

一度だけ、この男とセックスした事がある。
夏休みを利用して親戚の家に行くとなった時にちょうど流行した風邪にかかってしまった一護は渋る三人をせかして行かせた。熱はそんなに高くなかったが親戚の家には生まれたばかりの新生児が居る為、移してしまってはいけないと配慮しての留守だった。
しかし夜になるにつれて咳は酷くなり、寒気も酷くなって熱いシャワーを浴びたら余計に悪化した。ほとほと疲れきってしまって夕飯も食べず薬だけを服用してベッドに潜った。寝れば治るだろうと甘く見ていた風邪は夜中になった瞬間、一護の心臓を揺れ動かし眠りの浅瀬から引きずり戻してくる始末。辛い、こんなに辛いのはガキの頃以来だ。ケホケホ、止まらない咳に瞳には涙が浮かんでは流れ落ちる。枕に染みこんだ涙が冷たくて悪寒が走り、気分は最高潮に良くなかった。
その時、ベッド脇に母親の姿を見た気がした。
あ…。
お袋、呟こうとした瞬間にいつか聞いた浦原の言葉が頭を過ぎった。
"いいえ、それは走馬灯でもなければ思い出でもない。死神ってヤツですよ"
冷たく言い放った男の言葉が過ぎった瞬間、母親の影は消えて無くなっていた。代わりに、どこかの影から姿を現した浦原が知らない間にベッド脇に腰を下ろして一護を見て居るのに気付いた。
なんだ、またあそこに連れていくのかよ。
掠れて音にも成らない言葉を囁いてみるも、男は柄じゃない真剣な面持ちで黙ったまま一護の頭を撫でた。
ひんやり、死神の手はとても冷たい。いつもは黒のグローブに包まれている手の平が今はきちんと一護に触れている。思っただけでトクンと心臓が動いた。
ケホケホ、けほ。小さく嘔吐けば喉をさする手の平。冷たい筈なのに不思議と悪寒は走らなかった。寧ろ火照った体には気持ち良くて、もっと触ってと熱に犯された声で懇願していた程。
寂しい気持ちとどうにもならない気持ちと気持ちの良い感覚と苦しい感覚でない交ぜになった思考回路で一護は熱に浮かされていた。
体の内側から発症する熱で頭がクラクラするのか、それとも突き上げてくる熱で頭がクラクラするのかが分からない。冷たいくせにやけに優しく触れてくる男の熱が熱くて何度も涙を零しながらその腕に縋っていた。
いつものヘラヘラ顔が無くなって真剣な表情で優しく、壊さない様にと触れてくる男の意図が読めないでいたが、その後はぐっすり眠れて朝起きた時にはすっかり厄介な風邪はどこかに消え去っていた。何かしたのかな、そう思っていても男は一ヶ月後に現れたから何も言わず、普段通りに接していた。

身長差がある男の瞳を覗く。シルクハット下に隠された瞳は綺麗な金色、お月様みたいな輝き具合に凡そこの男には不釣り合いだと思った。じーっと見つめていたら再び笑われる。ああ、なんだってそう隠すんだお前は。胡散臭い笑顔も男には似合っていない。あの時、生死の境を彷徨ってこの男と出会った。出会って、この男には柔和な笑みではなく、全部を諦めて嘲笑したかの様な笑いが似合っていると心底思った。

「あれ?キスして良いの?今度こそ」
「言ってません。あんたさ、死神って暇なの?それとも神様でもこの日は休みなの?」

死神なんてけったいなモンに有給休暇があるとしたらそれはそれでお笑い草だ。人間も神様も働き詰めなんて。自分で考えて少し可笑しくなって一護は口角を無意識に上げる。

「…笑った…」
「は?」
「初めて見た、君が笑ったとこ…」
「…俺をなんだと思ってんだあんた…人間なんだ、面白かったら笑うしむかついたら怒る。悲しかったら泣く。まあ、なかねーけど」

良い加減離せよ、唇をへの字に曲げながら浦原の胸を押しのけ束縛から逃れようとしたら尚更強い力で腕を捕まれる。痛いな、視線ひとつでそう訴えれば珍しく男が苦笑をして見せたので言葉を飲み込んだ。

「今日ね、実はアタシの誕生日なんですよ」
「うそつけ」
「即答とか酷くない?」
「神様に誕生日なんざねーよ」
「キリストはあるじゃない」
「お前さ…海外の神様とも面識あんの?どんなファンタジーだよイエスに土下座しろ」
「…本当ですってば。一人ぼっちの誕生日なんて嫌じゃない。」

グ、息を飲み込んだ。
これはきっと彼なりの策略かもしれない。弱気な所を見せて相手に同情を感じさせるある種の卑怯な手段かもしれない、そう脳内では思うのに一護の心はギュっと何かに鷲掴みにされた感覚を味わう。まるであの真っ白い蛇に心臓をぐるぐる巻にされている感覚。
チっ、舌打ちをして掴んで離さない手を叩いた。

「そんで?何が望みだよ。ひとりぼっちの死神様」

折れた瞬間、目前の図体ばかりデカイ男がにんまり胡散臭い笑みを見せた。

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