[携帯モード] [URL送信]
3


星を見に行きましょう。特徴のある声で言われた時、NOと即答した。いけず!また騒がれる。

「だってさみーもん。あんたはどうかしんねーけど俺は生身の人間なんだ!こんな寒い日に、おい、今日が何度か知ってっか?1度だ!1度!」

元来寒がりな一護は部屋着にだって厚手のパーカーを羽織っている程、家の中でも暖房が効いてない場所には行きたくないと思って居るのに何が楽しくて外に出なきゃいけないのだ。いっそう険しく表情を変えて睨み付ければ男は「なんだそんな事」と言いながらスっと一護に手を差し伸べた。
黒いグローブをつけた男の手の平に乗っかっていた物。コンビニやスーパー、寒くなると必ずどこでも目にする正方形の物体。黄色とオレンジと赤で暖かみを出し、ロゴは目立つ様に白くホッカイロと書かれた物体。
一護は表情を変えずにペシンと叩いて手にのっかるホッカイロを叩き落とした。

「ひ、ひとつで足りると思ってんのか!舐めんなよ人間の限界!」
「ノリ良いなあ、君」

何がだよ!おちょっくってんなら帰れー!ぎゃいぎゃい喚く一護を余所に、床に叩き落とされて項垂れているホッカイロを手に取って無理ヤリ一護の手に乗せた。

「あ…あれ?」
「ね?ひとつで充分でしょ?」

見慣れたロゴが書かれているにも関わらず、一護が知っているホッカイロと勝手が違った。握り占めただけで手の平から全身に温かさが広がる。寧ろ暑いくらい。数秒もしない内に一護の体は充分に温まった。

「握って無くても大丈夫っスよ、ポケットに入れてるだけで良い。持ってなさいな。また風邪引かれちゃ困る」

何気なしに言い放った言葉にビクっと肩を震わせた。一護が振ろうとして止めた話題を簡単に出された。憶えてたのか…?少し面白くなくって唇を尖らせる。

「今日は晴れてるから星が綺麗ですよ」

目前に差し伸べられた手。
いつだって黒いグローブで覆われている彼の手。あの時、素手で触れてくれた冷たい手。
浦原を見て、それから手を見て、ペシンと叩いてどこに行くんだよ?かわいげなく聞き返せば再び苦笑された。

************

真っ黒な空、それでも目をこらして見ればうっすらと雲がある事が分かる。子供の頃、夜になれば太陽も雲も消えてなくなってしまうのだと思っていた。中学に上がり余分な知恵を埋め込まれてからはそんな事は無いのだと知ったけれど、一日一日を過ごすのに必死な人間には空を見上げる暇なんて無いし、地上は娯楽で溢れているから空を見上げなくとも暇つぶしは充分に出来ていた。だから、こんな風にじっくり空を観察した事も無ければ、天体観測なんて生まれてこの方したことなんてない。
一護はビュウっと吹く冬の風を全身で浴びてながらうつろな瞳で目前に広がる空を眺めていた。

「なにこれ」
「ん?ああ、あれは双子座ですね、ほらふたつ仲良く並んでいる星があるでしょ?」
「うん。丁寧な説明ありがとう、でも違う。そうじゃない」

ゆっくり首を横に振りながらフと自嘲気味に微笑んで浦原の襟を引っ掴んだ。
星を見に行こうと言うのは何となく理解は出来た。外に出て歩きながらアホみたいに空を見上げて終了だろうと、一護はそう思っていた。と言うか普通はそう思うだろう。
だがしかし、一護が今置かれている状況は現実離れし過ぎている。
夜の色に同化せんばかりの真っ黒い絨毯みたいな物に乗り、ゆらゆら心地良いリズムで揺れながら浮遊し宙に浮きながら天体観測をしている。魔法の絨毯とか冗談じゃねえ、一護は襟首を掴みながら無言で訴えた。

「俺、確かにさ言ったよ。良いぜってな。でもこれは無い。なんだコレ」
「え、だから双子座…」
「おちょくってんのか!あと双子座から離れろ!双子座しかしらねーんだろう!?」
「なんで分かったの…?君、エスパーか何か?」

あ。ダメだ、コイツと話していると疲れる。
眉間を押しながら深く息を吐き出し吸い込む。どんな仕掛けなのか分からないホッカイロで体は寒さを感じなく快適ではあるが、こうも現実離れが続くと頭が痛む。普通に、至って普通に過ごしてきた筈だ。生死の境を彷徨ってこの死神に出会うまでは。
ムっと唇を尖らせ睨み付ければニコリと笑顔でスルーされる。

「楽しいか?」
「ええ」
「良かったな。じゃあもう良いだろう、下ろせ」
「冗談でしょ?まだ0時手前だ。アタシの誕生日いっぱいは付き合って下さい」

スーツの胸ポケットから取り出した懐中時計は古びていて銀色に光輝いている。カチリ、蓋を閉じた時になる音が耳に響いた。後10分、良いでしょう?そう言った男の金色が空に浮かぶ月と同じにぼんやりと光った。
一度だけきつく眉間に皺を刻んだ後、折れた一護は溜息を吐いて掴んでいた襟首から手を離す。

「ねえ一護さん。空、飛んでみたくない?」
「…もう飛んでる」

じゃなくて、浦原が笑った。見慣れてきた笑顔はやはりいつまで経っても胡散臭い。男は何を考えているのかいつだって読み取れないから笑顔までも嘘っぱちに見えてしまうのだ。
もう何も言うまい、そう決めた一護の手を取ってバランスの取れない絨毯の上に立った。ぐらり、体制が保てないでいる一護の腰に腕を回して支える。近づいた距離に息を飲み込むも目の前の浦原の金色が柔和に笑んでいるのを見てもう一度小さく溜息を吐き出した。体は温かいのに吐く息は白い。変な感覚が一護を包み、それから訪れた浮遊感にうわっと小さく叫んだ。

「それでは、空中散歩といきましょうか」

紳士的に微笑んだ後、グンっと引っ張られる感覚が頭のてっぺんから感じて浦原と一緒に空を飛んでいた。もういっそファンタジー映画に出演しろよお前、言いかけた嫌味さえも声に成せない。息を飲み込んで夜の闇の中へと入っていった。

next>>>




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!