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ウィンターダークネス


昔から体を動かす事は好きだった。中学の頃は真面目に通えなかったが、小学校高学年までは空手に通っていたし野球好きな父親と良くバッティングセンターにも連れ添って通ってた。体育は好きだし学校から家まで歩いて帰ってたりもしていた。力の有り余ってる体には一駅くらいどうって事ない。さすがに2月の寒い時期には電車を利用するがそれ以外は歩いて帰った方がむしろ体が温まって良いと一護は思っている。
野球バカの父親から高校生活は野球一筋で生きろ!俺を甲子園に連れて行け!と馬鹿な事を散々わめかれたりもしたが一護は野球よりもバスケットの方が好きだったからバスケ部へ入部届けを出していた。
ドリブルから入ってパス、そしてシュート。単純な動作に思えるかもしれないがこれが意外に難しい。まず、パートナーとの波長を合わせなきゃいけないしチーム全体の息をひとつにまとめなきゃいけない。全ての競技においてチームプレイがいかに大事かと言うのを知った1年の頃は思う様に足が動かなかった。地元のヤンキー連中と戯れてる時は自分の呼吸を合わせて敵の行動パターンを読むだけで良かった。それが健全なスポーツになれば敵の動きを読んで尚且つチームとの呼吸をひとつにまとめなきゃいけない、存外、スポーツと言うのは頭を使うもんだ。
体力には自信があったし、メンタル面でも自分は強いと自惚れていた1年の頃。上には上が居ると言う言葉が頭を駆け巡り直ぐ様自信喪失へと陥った事がある。センス無いかもしれない…諦めかけていた一護に対して浦原はふーんとたった一言だけ告げた。
"諦めちゃうんだ"
たったそれだけ、興味なさそうに呟かれた彼のたった一言がズシンと心臓上部に乗っかり、言葉の重さだけを実感させた。元来、負けず嫌いな一護はそこでハっと気付く。情けない事を言ってしまった、それが幼いプライドをめっためたに傷つけた。簡単に弱音を吐き、浦原を落胆させてしまったかもしれないと言う深層心理よりも前にプライドを自分自身で傷つけてしまった事にむくれて、黙々と自主トレーニングに励み、1年の後半にはレギュラー選抜に見事合格ラインを勝ち取った。期待の新人、ルーキーだと先輩達に茶化され、唯一1年から選ばれたレギュラーに同級生達は喜んでくれた。照れくさいけれど地道に頑張ったお陰だと思い、心の中には自然に「自信」の芽が芽吹いた。
一護が初めてインターハイに出場した時は浦原が応援に来てくれていた。当然、あの面倒臭がりはサボるのだろうと思っていたが、対戦相手にゴールを決められて悔しいと素直に感じ、顎を伝う汗を腕で拭いながらふと上を見上げた時に彼と目が合った。
あ、口はその一文字に開いていただろう。試合開始から30分が経過していた頃合いで一体いつからそこに居たのか。先輩達のファンクラブとも言える女子軍団から少し離れた所に立つ浦原は一護に手を上げて無表情のまま口を開く。
声援と応援団のコールで煩い体育館、ゆっくりと口を開いて無音の言葉を告げる浦原。直ぐ様言葉を受け止めて飲み込んだ一護は勝ち気に笑んだままピースサインを贈った。
"ぶちかませ"
乱暴な言葉だったけれど、一護にとっては充分闘争心を煽るストレートな声援だった。
結果、見事に試合に勝つ事が出来た。一心同体になったチームでの初勝利の感動は今でも心の奥底に刻まれている。
三年生が引退して、二年生に上がった一護にも可愛い後輩達が出来た。毎週放課後を部活に費やしては夜の8時に帰宅している。高校生にあるまじき門限が伸びたが2時間しか譲歩されなかった。まあ、夜遅くまで遊ぶタイプではなかったから部活帰りにみんなでファーストフード店に寄るくらいでちょうど良かった。
浦原のバイトが無い日は一緒に帰る事もあるが金曜日には泊まりで浦原宅へ遊びに行く事もある。一番楽しみなのが夕飯だ。勿論、遊子の手がける料理も美味いが浦原のは格別に美味しいと言っても過言ではない。1から10まで手の込んだ料理が一護の腹を満たしてはガッチリと掴む。
彼のレシピの中で一護が気に入っているのが明太子パスタだ。サっと茹で上げた少し固めの麺にオリーブオイルと塩で味付けして、バターを混ぜ合わせる。それからほぐした明太子を絡めてからフライにかけて仕上がるのが浦原流明太子スパ。こんがり狐色に染まった麺と白く染まった明太子、仕上げに紫蘇の葉を千切りにして混ぜ合わせて完成するパスタはほろ苦くて甘くて紫蘇の香りが口内へと広がって絶品。今まで食べた中で一番に美味いパスタだと、初めてご馳走された日に告げれば眉間に皺を思いっきり寄せられた。今まで見た事の無い表情だし、褒めたのにしかめっ面された事に衝撃を受けた一護は「何…怒ってんの?」と半ば弱気に聞いた。

「別に、怒ってません…」
「いやいや…怒ってるだろうが…って、あれ…?」

フイ、と背中を向けて台所に戻ろうとした浦原の耳、普段なら金髪に隠れているが調理中は後ろでひとまとめにするので見ない耳があらわになる。右耳の軟骨部分にひとつだけピアスをしているその耳が真っ赤に染まったのを見て初めて彼は照れているのだと知った。

「おま…わかりにくいヤツだな…」
「誰かさんみたいに一々顔に出すのが苦手なだけです」

照れ隠しに憎まれ口を叩くのは可愛くないな、告げれば頭をペシンと叩かれた。そんな些細な事まで記憶している。クラスメイト達が畏怖して近づかない浦原の意外な一面を見つけて行く事が楽しい。
思い浮かべながら一人で帰路を辿った一護の頭の中には「留学」の文字が駆け巡っている。なぜか頭に引っ掛かる文字が忌々しいと思う様になったのは数分前だ。
今日はなんだか冴えない日、部活中にも留学の文字が脳内に蔓延って浦原の声が耳から離れてはくれない。ゴール手前でパスを受けとる時も指をボールに突き立ててしまい、突き指してしまった。初歩的なミスが目立つ為にコーチに呼ばれてはお説教をくらうし、チームメイトには過度な心配をされる始末。今日はもうダメだと心が諦めた瞬間、ドっと疲れが背後からのし掛かって帰路につく足取りも大分遅い。お腹が空いている筈なのに今の気分じゃあどんなメシも喉を通らないだろうと確信していた。

「留学…、かあ…」

呟いた言葉は吐き出した二酸化炭素の白に混じって冬の夜空に消える。

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