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三角ティーパックの入ったマグカップに熱湯を注げば香り立つアールグレイの香りに外の雨音が泣いた。冷蔵庫に入っていた賞味期限切れのミルクを避けて新しく購入したミルクパックの口を開き、行儀悪くも直接口を付けて一口飲む。起き抜けの冷え切った身体に冷たいミルクが五臓六腑を震わせる。唇を指の腹で拭いながら湯気の立つマグカップにたっぷりと注いだ。琥珀色が白に変わるくらいミルクを入れるのは男の癖で、砂糖を入れないのはステータスだった。
ミルクの冷たさで程良い温度になったミルクティを飲みながら思う。
また、雨か。
外は曇りで空は泣いているから、朝の日課でもあるティータイムはここ数日の土砂降りでアンニュイに演出されていた。



An angel says most that barrel wrong is justice.




トランクの中に詰め込まれた遺体は三つに分割されてみっちりとスペースを埋めていた。四肢に捻じ込まれていたのはコカインだ。それを街を牛耳る三大マフィアの元へ運ぶ。
ひとつは日系ロシア人が仕切るホテルモスクワ。
胴の部分はアメリカ人が仕切るブライトンビーチ。
括られた両足の部分は中国マフィアへと渡った。
潰された顔では身元も知れず、ややコンパクトになった成人男性を引き摺って回る日だった。土砂降りの中、ボロクソになった黒い傘を指し街の隅から隅、そして中央へ。贔屓にしている中国マフィアのカポである夜一は受け取った遺体に目もくれずニヤリと不敵に笑んでは浦原を出迎えた。
悪趣味な仕事だなあ、喜助。
煙草と酒で焼け嗄れた声。女性にしては低いハスキーヴォイスがやけに甘ったるく下品に笑む。
ええ、今日はくそっカスなデートでしたよ。
肩をコキリと慣らしながら両手でサインを描く。夜一の笑みに習って、浦原もシニカルに笑って見せた。

昨日は流石に疲れた。
ローテーブルに置いたマグカップは未だに白い湯気を浮かべては暢気に香りだけを振り撒く。
お気に入りのソファは真っ赤。コテージをリフォームした事務所の天井はやけに高く、コンクリートが剥き出しな為に年中冷ややかだ。灰色をベースにして集めた家具はどれもこれも色彩のトーンが落ちていて見栄え的にも地味だが、このソファだけは真っ赤に色彩の強さを強調する。
目にも痛いその赤は灰色の中で優しく寂しく孤独を演じ切っている。なんともお見事。浦原は身体を折り曲げて深く沈める。少々窮屈であるが、結構寝心地が良い。
お前、身体やあらけえな。
柔軟な浦原を揶揄った笑い声を脳内で思い出し彼の声を反響させた。チャリ、身動きした為に小さく鳴るタグ。刻まれた英数字には浦原の存在意義が詰め込まれている。
エースラッシュオー。A/O、傭兵であった浦原のコードネイムでもあり培って来たライフでもあるその記号を人々は皮肉ってゼロと呼んだ。
暫し指先にチェーンを絡ませて遊ぶ。
さて、今日の予定は、と考えてみたが悪い事にスケジュールは真っ新。不景気の波がここまでやってきたと見える。まあ良い、これで心置きなく惰眠を貪れると言うもんだ。
チャリリっ。タグとタグがぶつかり合い軽めの金属音を立てて定位置に戻る。浦原はくああと大きな欠伸をひとつした所で瞼をゆっくり閉じた。瞼裏に潜んだ煌びやかな闇は胡散臭くも心地好い睡魔を引き寄せる。ゆっくりゆっくり、まるで…そうだオーロラみたいだ。ゆっくり波打つ七色カーテン。未だ見る事もその予定もないオーロラを脳裏に浮かべながら漸く眠りについた。


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あきゅろす。
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