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傭兵になったのにはそれなりの理由がある。
忘れもしない2032年、10歳の誕生日を迎える一週間前、浦原は立て篭もり事件の被害者となった。丁度クリスマスイヴの真昼間。空は快晴で冬の雲が青空に君臨しては太陽の光を反射させて凍てつく空気のを温めていた。あったかいなあ。吐き出される白い息と共にそんな事を言っていた記憶がある。そう、まだあの頃は浦原にも声があった。
響く銃撃音と建物が崩れる音、コンクリートに銃弾がめり込む音、弾が床に落ちる音、断末魔に女性のヒステリック気味な鳴き声喚き声母の神に祈る声人々の心拍音、がなる声に異国語に怒鳴り声。音の洪水だと幼心に思った。
高級デパートの一角を占拠したテロリストグループのホームグラウン。政府への要求はありふれた仲間の釈放だった。人質37名、テロリスト17名、計54名もの人間がNYの街並みが綺麗に見渡せる16階の角に面したブランド店舗の中に入っていた。
自動ドアが設備されたガラス張りの扉には夥しい血痕が付着。警備員二名が店舗の外でこときれている。Cのロゴを目立たせた至ってシンプルでどこかレトロ調なブランドマークが一気に色褪せる。お上品で品質が良い香りも火薬と錆びた鉄の香りで血生臭く塗り潰された。
父にクリスマスプレゼントとして強請るのだと数分前の母は幸せそうに笑っていた。しんと静まり返った店内とデパート内。きっと父はもうこの世には居ない。浦原は悟った。
覆面で身元を隠したテロリスト達からは火薬と死の匂い、そして世界に向ける憎悪の匂いがした。銃器を背負い、構え、狂喜する。世界中で一番自分達が強いのだと銃口を向ける。その吠え面はまるで怯えている様にも見えた。
一人、一人、また一人と尊い命が一瞬にして消えゆく様を間近で見ては恐怖で涙が引っ込み幼い脳内は何とかこの現実から逃げようとアドレナリンを大量に放出。完全にスイッチがオンになったのは窓の前に母が連れて行かれ10分程度の乱暴な交渉の末に後頭部をサブマシンガンで打たれ窓から放り投げ出された時だ。プツン、浦原の回線はここで途絶える。砂嵐と化した記憶の渦がザーザーと耳鳴りを起こす。いつしか心拍音と同化して酷い耳鳴りになり両耳の鼓膜を引き裂いた。ここで浦原の聴覚が壊れる。
そこからはもう、ただただ地獄だった。
どこに用意していたのかテロリスト達が持ってきたビデオカメラの前、ブランドのロゴがきされたアンティークで座り心地抜群な椅子に括られ座らされる。視覚が捉える情報がフィクションムービーみたいでキョロキョロと目を動かす。口を大きく開き、罵声を吐き散らかしてるであろうテロリストは唾を吐きながら浦原の髪を引っ張ってビデオカメラの前に突き出した。
よく見ろ!これがお前等の正義が生み出す厄災だ!
早口に捲し立てられる言葉。動かされた口から見え隠れするヤニで濁ったエナメル質の悪い歯並び。
テロリストの手に握られていた刃渡り30センチのサバイバルナイフの鋭利な刃が浦原の喉元の皮膚を掻っ捌いた。
ブチブチと千切れる皮膚と神経と名前の知らない細胞達の音が唯一リアルに聴こえて息の出来ない痛みを味わい残酷な現実に浦原は叫んだ。叫んだ筈なのに音が出てこない。最早声をも失った浦原には人間として尊厳を主張する事も出来ず、喉元から溢れ出る血液の生暖かさだけを味わいながら床に投げ出されゆっくりと瞼を閉じた。
薄れゆく意識の中、神に祈った。死にたくないと、無意識に祈った。ここで浦原に訪れたのは死神だったのだろう。遅れて数秒後にSWATが入ってきて店内を滅茶苦茶に大破。人質も、そしてテロリストも全てが全て生き絶えた店内で唯一息をしていたのが浦原だった。ひゅーひゅーと小さいながらも必死で酸素を吸い込み二酸化炭素を吐き出す幼い命を掬い上げたのが当時、リーダーだった斬月だった。

嘘っぱちの正義にもう飽き飽きした。
身元が無くなった浦原を引き取ったのが彼で、数年暮らした後の浦原が17になった頃合いを見計らって脱退。皮肉った台詞を吐いて彼は傭兵に出戻った。それが浦原が傭兵になった理由のひとつだ。もうひとつは聴覚も声も人としての大事などっかの感情をも失った事にあった。
裏も無く表もなく可もなく不可もなく、正義とはなんだ?良く耳にした皮肉混じりのジョークに出ない声で笑っていた。さほど興味の無い話だ、浦原の正義は10の時に357マグナム弾で撃ち殺されているのだから。
感慨も無く、手に銃器を持ち掲げては硝煙臭い金を貰う日々の繰り返し。打ち続けた銃弾の死骸は数え切れない。


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