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離したくないのさ、と語る掌


ここがトイレでここがキッチン。あ、冷蔵庫の中は空っぽだから後で買い物行かなきゃ…それともルームサービス頼みましょうか?靴箱はここ、クローゼットと化粧台と…凄い…シャワールーム広いっすよほら見て一護さん。
子供みたいな笑顔だな、思って一護は苦笑した。
滞在用に借りたと言うホテルは都内でも有名なホテルでザ・ニューヨーカーズレストランのエッグベネディクトが絶品だと評判。
噂のホテルの一室で今、浦原は真夜中のテンションさながらにキラキラと瞳を輝かせては笑いかける。久しく見た彼の姿は脳内に反映された姿とは一致していなかった。記憶の浦原喜助は笑顔も声も吐息も色彩ひっくるめて全てが冷たくて触れるのさえも戸惑う程だったのに、今はどうだ。どこもかしこも熱い。否、暖かかった。
繋がれた手。大の男二人が手を繋いだままスイートルームをうろちょろうろちょろ。部屋に案内され、ボーイが叩き込まれた完璧なお辞儀をして扉を閉じた瞬間に繋がれた手に戸惑いを押し隠しながら今に至るが、決して離しはしないと決意された繋ぎ方にいよいよ気恥ずかしくなってしまった。
子供の様に無邪気に笑う浦原が振り返る。ホラ見て一護さん大きな窓だ、東京の夜景が見渡せる。ねえ、ちょっとラピュタに乗ってるみたいじゃない?
男に似合わない台詞も吐いて見せる。その姿にいつぞやの光景がフラッシュバックした。
今はもう訪れる事のない浦原のマンション。あちらからの景色もそりゃあ絶品だった。なんせ売り出しの文句が「まるでラピュタから見た光景」だったからだ。あの冬の光景が瞼を閉じれば裏側にうっすらと浮かぶ。

「一護さん?眠たいですか?」

心配そうな声色が耳にすんなり通る。瞼を閉じながらその掠れ声に耳を傾けていた。
ああ…そうかも。ちょっとだけ眠い。
一護はくすりと笑いながらも首を横に振るう。

「大丈夫?ごめんなさい…急過ぎて…」

ひんやりとした冷たい掌が頬を撫でる。冬の温度と煙草の香りを含んだ優しい手。焦がれて止まなかった掌が今、一護に触れている。繋がれた左手も、触れてくれる右手も、耳を通る掠れ声も香りも何もかも、浦原が今ここに存在すると言う証拠で、一護はそろりと瞼を開く。思い描いた通り、目の前の浦原は至極心配そうな表情で覗いていた。少しだけ屈みながらキュっと繋いだ手に力を入れる。
途端に恥ずかしくなった。何故かは知らないけれど、きっと心は十分に承知している筈だ。
金色の瞳が近い。星が浮かぶんじゃないかと思うくらいにはキラキラ光っていた。それと香り、愛用するバーバリーのロンドン。店頭に並ぶ棚から浦原の香りを探して手にするが結局買えずにサンプルだけを貰っていた日々。何度、…何度女々しいと思った事か。その度に酷い自己嫌悪に陥るのに彼の影を探しては彷徨う日々が今日で終わりを告げた。
今、はっきりとした形で浦原が居て一護の心に直に触れてくる。それがとてもじゃないけれど恥ずかしい。尋常じゃないくらいに恥ずかしいだなんて…。
意識したらもう駄目だった。恥ずかしくて恥ずかしくて、浦原の瞳がキラキラしていて繋がれた手が熱くてバーバリーの香りが心地よくて優しくて、尚且つ分け与えられた体温が思っていた以上に仄かに暖かいからその熱で沸騰しそう。思わず口を動かしハっとしてジーンズの後ろポケットから携帯を取り出そうとしたところで浦原に止められた。

「良いよ。口、動かしてください。読み取ります」

真摯な視線だった。
痛いくらいの真剣な眼差しに更に熱を煽られてしまい俯くしか術がなくなる。
一体…どうしたら良いのだ。数え切れないくらいの膨大な感情がブワッと溢れては心拍数を上げて動機を激しくさせてしまう。そうか、これが…恋か。訳の分からない事まで感じてしまう程だ。

「一護さん…やっぱり気分が…」

再び触れてくる掌、火照った頬に触れられた瞬間にひやりと心地良い温度を与える。ちくしょう、冷めてやがる。平均体温以下の末端冷え性な男の持つ温度と己が持つ温度の差にギリっと歯を軋ませる。感じた途端に心中を埋め尽くした天邪鬼な感情が一護の目つきを悪くさせた。
キっと睨み上げた琥珀色は若干だが潤み浦原の心をドクンと跳ねさせる。頬は赤らみ、ムーディを演出した間接照明の仄かなオレンジ色に照らされている。同じくオレンジ色の鮮やかな髪の毛に影を植え付けてはアンニュイな色気を漂わせた。ああ…一護さんいけない…それは反則、でしょうよ。少なからず一護は計算附くではなく天然にやってみせているのだがその視線は男を駄目にする要素を十分に備えていた。鋭い目線の奥底に蹲る何かしらの感情が色濃く闇に紛れる。紛れている癖に主張するのだから救い難い。
離せよ。
ゆっくり、紡がれた言葉を上手い具合に読み取った浦原はハテ?と小首を傾げて見せる。

「離せ…って…え?これ?」

繋いだ左手を挙げて見せれば一護はコクリと頷いた。目前に掲げられた浦原の手と一護の手。何時の間に恋人繋ぎなどと言う絡み方をしていたのか。成る程、これじゃあ解くに解けない。一本ずつ絡んだ指と指の間を見ながらもう一度頷いて見せた。
そうだよ。コレだよコレ。離せよ!

「え…それは……ヤ、です…」

なんでだよ!はーなーせ!

「ちょっ!振り回さないで!良いじゃないですか別に!手ぐらい!」

てっ、手ぐらいだ?!大の男同士が手ぇ繋いだ図を想像しろ!痛いだろう!

「ん?痛い…?なにが痛いの…?あ、力強かったですか?」

違う!えーっと…この場合…と、兎に角離せったら離せよ!

「だから嫌だ、って一護さん!あぶな!」

離せと言った手前、自身の発言に羞恥が上昇しては体が暴れてしまう。早くこの羞恥から逃れたい一心で振り回した腕と後ずさった足は絡んではバランスを崩して背中から落ちてしまった。
うわっ!
咄嗟に掴んだ浦原のワイシャツの襟。重力は背後へ吸い寄せられる。バフン!唸るスプリング音と背中へ感じた質感の良い柔らかなマットと毛布。二人で落ちたベッドには数個のピロウと気障ったらしいワインレッド色のドライされた薔薇が一輪置かれていた。
どんな演出だ!馬鹿!
都内一有名なホテルのスウィート。窓の外に広がる絶景。一人には多少でかいダブルのベッド。繋がった手と近付いた距離。目の前に広がるグリーンアイズ。きらりと光った中央の金色。全てが揃った様な気がした。


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