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please!


トリプルサイズのフロアベッドは焦げ茶色で木材の香ばしくも懐かしい香りがした。
ベッドカヴァは白でピロウも白。夏用のシーツはクリーム色で見た目にも涼しい。今年の猛暑を乗り切る為に新調したベッドはオーダーメイドで、知人の手作りである。一級品のベッドで寝るこの心地良さと言ったらない。広々として見栄えも良いトリプルサイズのベッドを、浦原と一護は気に入っていた。
寝る時はいつもベッドの中心で抱き合って眠る。ドライを効かせた心地良い空調は少しだけ肌寒いが、その中でシーツに包まれてぬくぬくと眠るのが一番良い。尚且つ一護は体温が高いから、浦原は冷え切った身体をピタリとくっつけて眠りに落ちるのだ。あったかいなあ。そう呟く浦原の掠れ声を聞きながら一護は眠りにつく。こうして毎晩繰り返されるベッド上での物語は全部が全部、甘い物ではない。
時々繰り広げられる喧嘩は夜の生活をも変えてしまう。どんなに些細な喧嘩やすれ違いでも一緒に寝るのは二人の中での決定事項だ。
いつもは抱き合って眠るのに、両端を陣取って背中を向けて眠る。大き過ぎるベッドの中心には大きな穴が空いたみたいになる。いくつものクッションがそこを埋めて壁を作ってしまいそうだ。
互いに負けず嫌いでプライドが高いもんだから喧嘩するとどちらかが折れるまで殺伐とした空気は変わらず二人を包み込む。きっとそれを分かっているから眠るのだ。この大きなベッドで就寝を共にするのだ。

ゴソ、眠りの浅瀬で響いた音に耳が反応して一護は重たい瞼を上げた。脳はまだ眠いと呟いて身体はそれに従うが、後方で響いた音が一護に起きろと告げていた。
なんだ?ゆっくりと瞬きを繰り返せば、徐々に暗闇に慣れた視界はサイドテーブルの上にあるデジタル時計の青白い光を捉えて数字を浮かび上がらせる。午前4時とちょっと過ぎ。

「ん…」

まだまだ眠りを貪っていたいが一護は寝返りを打った。窓の外はまだ夜が続いていて世界は就寝中。その中で目を覚ましてしまえば瞬く間に孤独を感じてしまう。だから嫌いなんだ。夜中に目を覚ます事が一番嫌いだから一護は寝返りを打つ。
喧嘩の原因はなんだっけ。
僅かなすれ違いが一度でも互いに持ち合わせているプライベートな部分に触れてしまえば苛立ちに変わってしまい、徐々に積み重なってしまった負の感情が極限にまで達せば爆発する。きっと、喧嘩の原因は些細なものだったに違いない。恋人同士でも他人は他人。許せる範囲と許せない範囲がある。
未だに冷ややかな空気を含んだシーツは冷たく寝起きの肌を刺し心を冷やした。闇に慣れ始めた視界が先に捉えるのは天井の木目とうっすら青白い闇。アコウクロウがそこまで迫って来てる。
途端に寂しいと震えた心が連動して身体を震わせたので一護は左側に寝返りを打った。白いピロウのその向こう側に浦原が寝入ってる。寝る前まではこちらに背中を向けていたのに何時の間にかこちらに向けて寝返りを打っていた。眠りの浅瀬に聞いたのは寝返り打つ音だったに違いない。
すう。息を吸って小さく吐く。枕下に手を入れるのは浦原の癖だ。着込んだ寝巻き用のグレイのTシャツ。丸い襟首のそこから覗いた鎖骨に乗っかるクロスのゴールドネックレスは彼がクリスチャンである事を主張していた。一護はそのクロスを見る度にごめんなさいと謝る。誰に告げる訳でも無いが、そうっと心中で呟く。浦原と付き合い始めて7年が経った今でもそう思わずにはいられない。
あんたの神様は俺を認めちゃないのに…。
悲観的妄想に陥るのは夜の特権で、一護の十八番でもある。これを言えばきっと苦く笑うに違いない男の寝顔を暗闇の中で見た。
健やかな寝息に穏やかな寝顔。珍しくも寝入ってる浦原を見てそうっと手を伸ばした。新調したばかりのトリプルサイズのベッド。あまりにも空き過ぎた距離に手は届かなかった。
あ…やばい。泣きそう…。
静かな夜の世界にただひとつの鼓動が一護をひっそりと責めた。責めてそして優しく包み込む。これだから嫌なのだ、夜に目を覚ますのは。再度思っては中央を占めてる枕を取って腕に抱き身体を寄せる。ズリ、ギシ。ゴソ。静けさを壊す僅かな音を代償に近付いた距離が浦原の鼓動をより鮮明に感じさせる。寝る前に吸った煙草の香りと同じ石鹸の香り。甘い香りにまた涙腺を刺激されて指を這わす。恐る恐る頬に触れて顎に生えた無精髭が指の腹を刺せば心が歓喜する。本物だと、当たり前の事実に歓喜した。
ずっと、…一緒だと良いなあ…。
常に終わりを見てしまう悪癖を、浦原は好まない。
『なん、で…そう言う事を言うの。なんで終わりばかり見るの…それは君が、君自身が、…そう望んでるの?望んでるから言葉にするの?アタシと、別れたいの?』
ああ。一護の瞳がうるりと潤んだ。琥珀色を覆う涙の膜が視界をぼやけさせ、再びアアと嘆いた。
喧嘩の原因を辿っていけば根本は自身の発言にあった。
きっと、二人共怖かったのだ。今更ひとりに戻れる訳が無い関係性に来るジ・エンドを望まずに拒んだ結果がこれかよ。
這わせた指先の腹を、冷ややかな温度が刺してはちょっとだけ笑った。
うらはら。
口だけを動かし、無音で名前を呼んだ。浦原、闇の奥で声が反映し夜と共鳴する。途端に苦しくなったのは胸だ。左心房にある心臓のどこかに存在する心がきゅうんと泣いて心臓を萎縮させる。どこか呼吸困難にも似た圧迫感に耐え切れなくなって零れた涙は冷めた温度に触れて一瞬の内に冷たくなった。
抱きかかえた枕を後方へ投げ捨てて最後の距離をグンと縮めた。浦原の胸に頭を寄せ付けてスンと鼻を鳴らす。より一層濃くなった浦原の香りに大きく息を吐き出した。ゆったりと上下する胸の鼓動に合わせて呼吸をするも、溢れ出た涙は止め処なく零れて頬を濡らす。

「ん……れ、いち…さん?」

泣き声を漏らさぬ様に耐えていたのに。普段より眠りが浅い男はこう言う時に限って起きてしまう。タイミングが良いと言うかなんと言うか。一護が泣いてしまう度に現れる。独りっきりでなんて泣かせない。そう言われてる様にも聞こえた。小癪なくらいのタイミングがそう呟いていた。実際、言われたりもした。
なんでも一人で背負い込むから…アタシにも少し持たせて下さいよ。
柔らかい声色で言われてその優しさに涙腺を壊される。浦原と付き合い出してからと言うもの、昔の泣き虫一護に戻っているみたいな危うい感覚が更に一護の男としてのプライドを固める。屈強に、壊れる事がないハードルの高い壁だ。

「…フ…、ほんと…お前ってやつは、こんな…時に…」

些かタイミングが宜し過ぎるんじゃないかい?浦原さん。
涙を隠そうと胸に顔を埋めても涙声は隠せそうにない。瞬時に一護を包みこむ空気の震えに気付いた浦原は片腕で肩を抱き、もっと密着させる感じで引き寄せる。グンと近付いたゼロに近しい距離。
本当のゼロになれたら良かったのに。思いながらハアと息を吐く。

「夜に独りで泣くなんてどうかしてる」

掠れた寝起きの声は情事中の声に似ているからゾワリと背筋が凍る。旋毛に感じた軽めのキスは少しばかし一護を責めていた。

「ああ…そうだな…どうかしてたんだ、本当に…」

胸元に光ったゴールドのクロス。触れて感触を確かめてキスを送る。
God,asking for U...
常なら読まない筈の聖書を読んだのには訳があった。

「認めて…もらいてーのか俺は…」
「…ん?」
「なんでもねえ」

髪の毛にキスを、耳にキスを、顎を指先で上げられて目尻にキス。
しょっぱい。
涙を唇に含んで舐め取った浦原は苦笑しながら涙を嚥下する。目尻から流れた涙を辿って頬に唇を滑らせ顎を甘く噛まれた。
触れる唇も指も吐息も声もひどく久しく感じる。同じベッドで寝て同じ夜を過ごしていたのにも関わらず、こんなにも久しい。
焦らすような幼い口付けの後で望んでいたアダルティな口付けを貰う。
最初はやはり啄むお遊びのキス。下唇と上唇を甘く噛まれ、期待に震えながらハァと吐いた息。開いたその隙間を狙って侵入してくる舌先を、慣れた仕草で受け入れて互いに堪能する。
合わさった舌先からは僅かな涙の味が。まさかと思うが、しょっぱい味が一護の舌先に乗っかり甘さをより濃く演出する。密着した唇と唇に隙間等なく、息苦しさを味わった瞬間に少しだけ与えられる隙間から呼吸を荒く貪る。口付けが深くなるごとに増していくのは劣情の空気で、キスの合間に浦原の指先は耳の裏を擽り、弱い部分でもあるうなじをツツと撫でる。時折ひっかく爪先は甘やかな痛みを与えて背筋を震わせた。
浦原はキスが上手い。あっと言う間に誘われる快楽の渦に一護はいつも翻弄されっぱなしだ。一番厄介なのは口論中に仕掛けられるキス。いやだいやだと突っぱねても最終的に両腕は浦原に縋り付いている。
興奮した相手を黙らせるのはキスが一番。気障ったらしい台詞を臆面も無く吐き出す浦原が憎たらしい。子供じゃねーんだ。そして最後にはそうやって拗ねる一護をとことん甘やかすのだ。

「ふ、…もぅ…やだ…」

長い長いキスの嵐に一護の熱は煽りに煽られる。悪戯な指先がTシャツの中に侵入しては脇腹を撫でて際どい部分、骨盤辺りを上下するから堪らない。くすぐったいのに含まれている劣情の色を濃く刻み付けるから一護は耐え切れずに声を漏らした。

「いいの?」
「ん?」

既に溶けた一護のハニーブラウンは浦原を上目に見つめる。飲み下せなかった唾液が口端から垂れているのを見て苦笑しながら舌先を這わして舐め取る。夜の秘め事に染めた身体には少しの刺激もキツイ様で、一護はふるりと身体を震わせながらハァと息を吐き出した。

「もう、いいの?」

触れても良いの?怒ってない?
金色が語る。不思議なのはその色彩で、昼間に見るとうっすら灰色っぽく発光するのに、暗闇で見れば光を多く含んでキラリと光る事だった。どうなってんだお前の細胞は。問い質すのと返答を一緒くたにして一護は浦原の目尻に小さなキスを贈った。
4日とちょっと。十分な時間の空白が開いた距離を一気に縮める。喧嘩の原因は既に分からなくなっていた。小さな声で一護が声を成したと共に、浦原は笑ながら再度、濃厚なキスを仕掛ける。


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