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With the lights out it's less dangerous



コードネイムルナから、コードネイムカラスへ。

春の香りが濃くなった午後の日、メイルボックスに入っていた白封筒の手紙にはそれだけ記されていた。ご丁寧にも万年筆で書いたと思われる筆記。斜め右上がりの英字には見に覚えがあり過ぎた。一護は目を顰めながら片眉をピクリと器用に上げて見せる。
全く、昔っから神経質な文字は変わっていない。気を抜けばため息が零れてしまいそうだ。
同封されていた物はすっかりと草臥れ萎れたブーゲンビリア。色褪せた花は一護の手の中で簡単にへし折れ花弁を散らせた。脳内へと巡る花言葉に舌打ちをひとつ。お前の方が、薄情ではないか。
既に6年と言う月日が流れ去った小春日の午後、訪れた一通の手紙に昔受けた銃傷がズキリと疼く。
丘台に建つ一軒家は可愛らしいピンク色の屋根で淡いクリーム色の壁が印象的な家だった。まるでおとぎの国にある魔女の家みたい。
網戸を開いて中へと入る際に手の中のブーゲンビリアを粉々に砕いて庭へ散りばめた。

「ウルルー。ウルル。」

入って直ぐ横には二人分の外出用靴が散乱していてそれを片足で隅へと追いやりながらキッチンに居るであろう子供に向けて声をかけた。
靴箱上を占めているビルとDMの中から目当ての封筒を探っている最中にキッチンからひょっこり顔を覗かせた子供はとことこと近づいてくる。
真っ黒い髪の毛を二つに編み、白にピンク色ストライプが入ったカーディガンを羽織り膝下までのプリーツスカートは上品な紺色。踝を隠す丈の白い靴下は可愛らしくレースが施されていた。

「ああ悪い…料理中だったか??」

片手に銀色のボウル、そしてもう片方にフィスクを持つウルルを見て眉を下げた。

「あい…。でも、大丈夫です」

一護を見上げた真っ黒いつぶらな瞳は嬉々と光る。
いつだって眉が下がり気味の彼女は泣きそうな顔で黒埼を見る。けれども一護は知っている。彼女の強さを。
孤児でもある彼女と共に旅を続ける様になって早3年。初めの頃は一護の腰にも満たなかった身長だったと言うのに今じゃあ軽く腰辺りを越して一端に色めき始めてきた。女の子特有の成長期。おめかしして修道院に通う彼女の後ろ姿を見ていたら自分が父親になった気分になる。おかしな話だ。独りを好んであの人の元から離れたと言うのに、こうしてまた二人になっている。
一護は微笑みながらウルルの頭をくしゃりと撫でた。
そうだよな、いつまでも一緒って訳にゃあいかねーんだ。

「ウルル。教会は楽しいか?」

街にある小さな教会にウルルは毎日通っている。

「あい」
「そうか。石田とシスターは好きか?」

牧師は石田雨竜と言う少しヒステリック気味な男。シスターでもある織姫は石田の妻であり、夫妻で神の啓示を説いていた。
石田は神経質な所が癪に障るが信用できる男だ。一護はウルルの頭を撫でながら考えた。

「…シスター達は好きです。だけど…」
「ん?…あ、ウルル!」

しゃがみこんだ一護の瞳を見て、ウルルは背中を向けキッチンへ引っ込んだ。
女と言うのは小さいながらにも勘の鋭い生物らしい。きっとウルルは一護の瞳の中に漂うサヨナラを読み取ったのだ。
ふう、ひとつだけ深い息を吐いて頭を掻く。キッチンに向かう途中、廊下の壁に貼られたレポート用紙が数枚。縦線の入った紙に描かれた子供の絵。オレンジ頭の男と黒髪ツインテールの子供が仲睦まじく手を繋いでいる。空は真っ青に晴れ渡り、地面には無数の花が咲き乱れるなんとも胸が暖まる絵だ。
そうっと指先で触れればクレヨンの色がべっとりと人差し指の腹を汚した。オレンジの色が、べっとりと。

「ウルル」

扉に腕をかけて覗き込む。彼女は食卓の椅子に行儀良く座ってじとりと一護を見据えていた。真っ黒い、何色にも染まることのない綺麗な瞳が恨みがましく見る。堪えるなあ、思わず苦笑してしまう程。

「…置いてかないで、…下さい」

悲痛な叫び声だ。昔、本当に遠い昔に聞いた事のある叫びは確実に一護の心を抉った。
置いてかないで…。何も言えずにいる一護に向かってか細い声で縋る。お上品なプリーツスカートの裾をぎゅうっと握りしめ、顔を伏せて肩を震わせる。
怖い。単純でいて痛々しい感情が今、彼女を支配している。捨てられるかもしれない恐怖、独りになってしまうのかもしれない痛み。一護は彼女が用いる感情の全てを既に味わっていた。
俺も…きっとこんな気持ちだったんだ…。
ウルルの気持ちは痛い程知っているのに、一護は昔負った傷跡を彼女に委ねようとする。
謝っても謝りきれない。

「俺は、…お前を捨てたりなんかしない」

嘘は吐けなかった。優しい嘘なんて、今の一護には到底、吐けなかった。しかし口が勝手にエゴだけを吐き出す。何故、こうなる事が分かっていて彼女の心中に入る様な真似をしてしまったのだろう。何故…ひとりに慣れた人間に暖かさを教えてしまったのだろ。

「ごめん…」
「っ!!!あ…あたし…私っ!もっといっぱい料理上手くなります!!!お掃除だって上手にする!!邪魔なんてしない!!絶対、っ絶対しないから!!だからっ」

涙を堪える様に引き結んだ唇は音として出た感情に耐えきれなくなってボロリと零れた。
黒い、真っ黒い綺麗な瞳から大粒の涙が溢れ出た事に酷い後悔と目眩を覚えてしまう。
覚悟を持って接しなかった己のせいだ。人と関わりを持つと言う事はその先に幾ばくかの別れが存在する事で、まだ幼い彼女に叩きつけるには些か酷な現実。それも一護で二回目となる別れを与えてしまった。
何も言わない一護に少女は絶望を垣間見た。揺れる黒色が一瞬だけ光を失い、震える唇はもう感情を吐き出す事は無かった。ただ、細い腕を必死で伸ばし一護の前で広げて見せる。今だけ、少女は暖かな抱擁を強請った。
消えてしまうのなら、せめて暖かさだけでも覚えておきたい。彼女の切望する事を感じ取り一護はしゃがんで小さな体を両腕で包んだ。
ごめん。最早謝罪の言葉しか浮かばず自身の無力さ加減を思い知る。
少女と旅を始めて早3年あの人から逃げて早6年。旅カラスなんだよ、とウルルに言った事がある。ひとつの場所に長く留まる事をせず、現地に馴染む事も浮く事もしなかった彼。一体どこから送られてくるのだろうか、宛先も宛名も無い白い封筒が郵便受けに入ると一護は必ず顔を曇らせる。表情を強張らせ、不器用な笑みで「今度はどこ行きたい?」等と聞いてくる。そうやって旅を続けていたのだ。
それも、最後になるかもしれない。抱き締めてくれる暖かな腕の中であの白い封筒を憎んだ。

「お願いがあります…」

絞った涙声が一護の耳元近くで吐息と共に鼓膜を揺るがす。
未だ震えが収まらない背中を撫でながら「ん?」と優しく聞いた。

「…は、離れても…」

離れる。自分から彼が遠く離れる。吐き出した言葉の重みが心に負担をかけて言い淀んでしまうが、堪えて更なる言葉を生み出す。

「私に…手紙、送って下さい…なんでも良い…絵葉書でも真っ白でも良い。なんでも、良いから…っ」

私を忘れないでいて下さい。首元に回された華奢な腕は震えながらにも力強く一護を抱く。ああ、この腕になら殺されたって構わない。切に泣いた心が物騒な事を思い、苦笑した一護は鼻をスンと慣らして少女を力一杯抱き締めた。必ず、送るから。色とりどりの愛らしい手紙を送るから。忘れないから。胸中を占める言葉は沢山あるのに実際に吐き出した言葉は「うん」だけだった。全く我ながら…酷く、不器用だ。


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