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I guess it makes me smile



あの人にも言われた事がある。なんて不器用な人なんだ、と。ウイスキーの入ったグラスでからんと氷が溶けた音がマッチし過ぎていて嫌に演出的だと感じた。あの人はウッドフォードリザーヴを好んで飲んでいたっけ。
春の小風は良い記憶も苦い記憶も甘い記憶も思い出させるから嫌いだ。出会いが春先間近だった為、冬の香りがうっすら消えゆく季節が一番感傷的になる。
綺麗に整備されてる教会の中は思った通り静か。真っ白い壁と合う様に揃えたブラウンの長椅子が所狭しとある。ミサの日には村中の人が集まる聖堂に今は四人だけ。沢山の人間が入ると極端に狭いと思ってしまうのに、少ないと隙間だけが目立つから物寂しいと感じてしまう。時に、有り余るスペースと言うのは心に毒なのかもしれない。
そう言えば、あの人と過ごしたアパートメントも無駄なスペースが多く、いつも孤独を感じていたっけ。思い出せば浮かぶのは不器用に歪められた苦笑だけで、一護の笑みを嫌う石田は露骨に顔を顰めて見せた。

「なんだよ」
「何がだい?」
「見てたじゃねーか」

瞬時に眉間の皺を増やして威嚇する様に石田を見据えた一護に対し彼はキラリと光る眼鏡を上げながら冷笑する。全く、行動もさることながら笑い方まで嫌味ときたもんだ。

「自意識過剰なんじゃないか。君は毎週、献血する事をお勧めするよ。世の為人の為。一度でも良いから役に立ってみたらどうだい?」
「うるせーよ。説教なんざ誰も頼んでねーし。しかもこう見えておれは貧血持ちなんだ」
「これは驚いた!いつだって血の気が多いからね。いやいやこれは…失礼失礼」

思ってもいない事をおめおめと言う神父がどこに居るだろう?世界中、端から端を探したってここにしか居ない。
これ以上コイツと話してると血圧が上がりそうだと判断した一護は彼の妻に向かって会釈した。

「ウルルを宜しく頼む…」

織姫は無邪気に笑ってウルルを抱き締めてみせる。

「任せてよ!でもウルルちゃんって凄く出来た子だから…逆に私が手数かけちゃうかも…宜しくねウルルちゃん」

えへへと眉を下げて笑った織姫に対してウルルは小さく頷きながら「あい」とだけ応えて一護を見上げた。
皆まで言わずとも、彼女の瞳にはまだ微かに希望が光っている。お互い知ってる筈なのに、もしかしてを望んでいる。一護だって胸の奥底には彼女と一緒の暮らしを望んでいた。
でも…俺と居ると危険だから。
間近に居たのに守ってやる事が出来なかった幼い頃の傷跡を二度も見たくない。一瞬の怯えがウルルと繋いでいた手を外してしまった。

「だな…ウルルはとっても、いい子だから…」

少女と目が合わさる様にしゃがみこんで小さな手を取って笑ってみせた。果たして笑みの形を取っているか謎だったがウルルならちゃんと分かってくれるだろう。

「…約束…」

小さく吐き出された言葉は溢れる感情を堪えたが為にか細く震えている。

「ああ…大丈夫。ちゃんと覚えてる」

手を取ってゆっくり上下に振れば背後で石田の大袈裟な溜息が聞こえた。分かってる…お前は下手な希望を与えるなって言いたいんだろ?
溜息を無視して一護は続けた。

「うんと可愛いやつ送ってやるから。ウルルが好きな色ばかり集めるよ」

出来る事なら世界中の綺麗な色だけを彼女に与えたい。汚く淀んだ色は彼女に似合わない。一護の存在そのものが淀んでいたが、ウルルと共に過ごす様になってものの見事に忘れてしまっていたのだ。己がどんなに汚ない人間だったかを。
最後に涙は見せないと無理に笑った彼女の瞳が潤んだ時、背後で聞き慣れない音が響き教会中に音を充満させた。
カツン。それは革靴が床を擦った音。鋭く甲高い耳障りな音。
聞き慣れない音と共に教会には相応しくないフィルターシガレットの濃い香りも一瞬にして広がる。
織姫とウルルだけが対面している中、一護と石田は一瞬にして彼女達を背に隠しながら振り返った。
先に視界を捉えたのは毒々しい真っ赤な薔薇。数十本の薔薇を束ねた花束がかさりと春風にそよぎ紙擦れのメロディを刻む。
似合わない。真っ黒いロングのスプリングコートから酒と煙草と硝煙の香りを漂わせた男には、薔薇の花束も教会も、そして春と言う季節さえも何もかも似合っていなかった。消えろ、一護は唇を噛み締め、覗こうとしたウルルを手で制して隠す。

「懺悔室は、どこでしょう?」

にっこり笑んだ表情はとても懺悔する様には見えない。どこまで世界を馬鹿に出来るか勝算している笑みが一護達を見据えた。


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