SとMの自堕落なメロディを パタパタと耳に煩い音が近付いて来たから夢現のまま、浦原は背中を向ける様に寝返りを打ち、更に深く布団の中へと潜った。 SとMの自堕落なメロディを 暖房の途絶えた室内はやけに寒い。2年前にリフォームされたばかりのフローリングが冬の冷たさを全て吸収するからだ。 防寒せずに晒した素足が布団の冷えた箇所に触れてビクリと戦慄く。 パタパタパタパタ。今度ははっきりと、しかも近くで聞こえる羽音が煩わしい。後5分、否…後20分、寝かせてくれ。往生際悪くも目を強く瞑る。 「うらーら!起きる!もう朝!遅刻しちゃう!」 「……んー……ダメ。寒い。後20分」 耳上、まさに頭上で羽音と幼子の甲高い声がキンキンと降り注がれ耳に煩い。舌打してしまいそうになるのをなんとか堪え、毛布を引っ張って耳元まで覆う。 あー!ダメだったら!と毛布越しに聞こえる声はくぐもった。 「ちゃんとおっきするって!もう!ダメうらーら!」 ダメ人間でもなんでも良い。兎に角今は睡魔とランデブーしたくてたまらない。寝かせて。声にならない思いが「んー」とか「うん」だとかの曖昧な音を生み出す。 幼子の声が段々と遠のいていき、ああやっと寝れると半ば夢現に浸っていたその時だ。 ごそごそと下で音がしたかと思えば下肢部位に身に覚えのある感覚が過ぎり、浦原を夢の淵から引きずり出した。 「ちょっと待った!!」 勢いをつけて身を起こす。 丁度人肌に温められていた布団をひっぺ返せば冬の冷たさが一気に身体を包み込み、心臓が萎縮してしまった。ブルリと震えるも、ひっぺ返した布団の中身がもっと酷い有様となっていたので寒さもぶっ飛ぶ。 「い、っ!いちごさん!」 ん?そんな可愛らしい擬音が聞こえてきそうなくらい、浦原を見上げたヘーゼルナッツ色の瞳はくりりと大きく見開かれる。 寝間着用のグレイなスウェットをずらし、ボクサーパンツも一緒にずらす。そして中から取り出した性器に躊躇なく舌先を這わした幼子、基スモールサキュヴァス。 黒いタンクトップ風の上着は背中が見える程ぱっくり大きく開いている。下肢を包み込むカボチャ型の愛らしいパンツも同様に黒くて、そこからふにふに柔らかそうな足がちょろりと見える。背中から生えた黒の羽だけが可愛らしいと形容し難く厳つい。ぎざぎざに切り揃えられたかの様な羽は蝙蝠の羽とそっくり同じ。 浦原は唖然としながら、未だにパタパタと羽音を発している羽を掴んでいちごごと持ち上げた。 「きゃあ!」 「きゃあじゃありません!それアタシの台詞!」 「だってえ……」 「だってじゃない!毎度毎度、なんでこうも尻軽なの!」 「いちごのお尻軽くないもんよ!」 ぷっくりと膨れた頬にうっすら光る透明な液体が浦原の視界を突き刺した。 口端にもついている液体の名前を脳内で変換させ溜息を吐きながら袖で拭ってやる。未だ膨れている頬を指先で押して中の空気を抜いた。 「そうじゃない。なんで起こす度に人の股間舐めてんスかって聞いてんの。……もう、本当勘弁してくださいよ…」 どうすんの…コレ。と浦原は自身の意思とは全く関係ないところで勃っている性器を目にして再び溜息を吐いた。 「だからいちごが処理する!」 「処理って言うな。処理って!」 「えー!だっていちごお腹すーいーたー!!」 目前にある琥珀色がブーブーとブー垂れる。最早日課になりつつあるこの押し問答。昨日だって明け方4時過ぎに寝たのだ。取り掛かったパソコン内でのデータ処理が思った以上にセキュリティシステムが新しくて解読も出来ていない状態。パスワードは解析していった側から尽く変更されてはホスト名を一から辿らないといけなくなったり。要は一回でも失敗をすれば初めから辿っていかなくてはいけない。浦原にとって全く利益にならない仕事ではあったが、デメリットは金銭的な面であり、メリットは浦原自身のコストだったりする。久しぶりにこんな腕が鳴るセキュリティ構成を発見したのだ。寝不足になろうが単位が落ちようが構っちゃいられなかった。 だから今日の本業はお休み。そう自分で決めていたのに……このサキュヴァスときたら。 眉がピクリと動く。 「冷蔵庫の中に生肉があるんでそれで我慢してください。以上。おしまい。今日は学校お休み。んじゃあいちごさん。グッナイ!」 早口で捲くし立てた後は羽を掴んでぽ〜いと後方に投げた。それから逃げる様に布団へと潜る。 フル活動と言っても過言じゃない程酷使した脳ではパスワードも覚えられない。自身の息子が起立していようがいまかろうが寝てしまえばこちらのもんだと半ば強引に目を瞑って夢の中へと侵入しようと試みた。 「生肉なんかで腹が膨れるか!!」 後方で響くドス低い声色に背筋がゾクリと戦慄く。 面倒臭い事になった。布団の中で盛大に溜息を吐く。 いちごは自身の身体を自由に変化できる(なんせ天下のサキュヴァス様だ)。幼児だったり大人だったり時には女性に化けることだってある。必要な時に変化できる身体は着込んだ服ごと変化するのだから十分に浦原の現実から程遠い所に存在している。非現実。正にいちご自体がソレに近い。 「えい!」 「ぐはっ」 勢い良く飛び乗られたから口元から臓物が飛び出しそうになった。吐き出した息が多すぎて窒息してしまいそう。 大袈裟に唸ったベッドのスプリングと共に身体へとかかる重圧が浦原を覚醒させる。もう、寝る気も見事にぶっ飛んだ。 「いーちーごーさーん?」 「お腹空いた!」 布団を捲って乗っかっているであろう人物(悪魔)を睨みつける。これでもかってくらい殺気を込めて睨むも、目前に居るサキュヴァスのあられもない格好に度肝を抜かされた。 「ちょっと!なんでまっぱなの!」 「すぐできるように」 不敵に笑んだいちごだったが、浦原からしてみれば全然威張る事でもなければ褒められた事でもない。 男の、しかも未だ勃起している状態の下半身上に全裸で乗り上げ、淫靡に誘う瞳の色でこちらを見下ろすのは、とてもじゃないけど反則極まりない。 どんだけ飢えてんだコイツ。諦めた浦原は遠のきかけた意識を手繰り寄せ、のそりと布団から上体を起こした。 「………一回だけですから」 「3回!」 「いやだ。一回!」 「2回!」 先程の幼児よりは大分大きくなっているいちごの姿はざっと見、15歳くらい。まだ幼さが残る面持ちのまま、眉間に深く刻んだ皺をもっと濃くして中指と人差し指を立て綺麗なピースマークを作って浦原の目前に翳す。 「譲らないよ。一回!」 「じゃあ2.5回!!」 「2.5回ってなに!?」 「2回はちゃんとイって、半分は空イキ」 もっと眩暈がした。聞かなければ良かったと思った。 「それアタシが疲れるじゃない!ねちっこく攻めろって事でしょ!?」 「ごちゃごちゃるっせーな!譲歩してんだよ腹ペコなのに譲歩してやってんだよ!おら、さっさと舌出せ舌!」 可愛い振りを止めたいちごは厳つい表情のままで浦原の口を無理矢理塞いだ。何が譲歩だ!言わんとした言葉を飲み込まれる。 開いた口の隙間から侵入してくる舌先は薔薇の香りを放ち、飲まされる唾液は酷く甘い。前頭葉から刺激される感覚が疲れた体にはとてもじゃないが毒だ。 目の前に火花が散る様な眩暈を感じた後はもう、体内へと循環したいちごのフェロモンによって身体の自由を尽く奪われていった。 理性も全てぶっ飛ぶ。浦原はもう、いちごの虜だ。 next>> |