Lost voice すき。たった二文字の言葉が記入されたノートを卓上に広げて、修兵は煙草を吹かす。 愛用しているアメリカンスピリットのインディアンパッケージはあちこちが凹み、歪なシルエットを描き出していた。ズボンの後ろポケットにずっと入れっぱなしだったからシガレット本体も折曲がる。やはり、こういう点ではソフトボックスは頂けない。 口に咥えた煙草が最後の一本だった為、修兵は空き箱を握りつぶす。くしゃりと鳴った音が部屋に響く。卓上の広げっぱなしなノートは二文字の言葉を残してはひっそりと佇む。目に痛いな、と修兵は紫煙を吐き出しながら文字を追う。 すき。それだけしか記入されていない頁は捲られる事も、閉じられる事もない。 ぶっきらぼうな一護の声が脳内で変換され、音として心中に響いては気持ちの重さを鉛球に変えて修兵の身体、そのどこかしらに重圧をかけた。 重てーな。最後にひとつ紫煙を吐き出してフ、と小さく微笑む。 漢字変換もされずに記載されたたった2文字がこんなにも心を突き刺すだなんて、初めて知った。 最初はいけすかない奴だったらしい。 まあ、そうだろう。一護は見た目を裏切って超がつく程の生真面目さがたまにデメリットになっている。浦原喜助はどこか人を食った様な厄介極まりない性格の持ち主だから、最初は犬猿の仲だったのだろう。でも、浦原喜助は黒崎一護の真っ直ぐさに惚れたのだ。修兵がそうだったように。互いに持つ感情は全く別の所にあったけれど、好意そのものは同じだろう。 両思いと見て取れるのは第三者からの視点で、客観的に見て取れる範囲内での感情交差だ。本人達は自身の思いに周りの風景がぶっ潰されてしまい中々客観的に見る事が出来ないでいる。だから恋って迷ったり踏みとどまったり、悪い場合には逃げる様に諦めてしまったりするのだ。 あの男がそうだった。 修兵の脳内に空港で見た青空と男の瞳が悲しいくらいにミスマッチして、浮かび上がる。 お願いしますと頭を下げた男。 切ないくらい揺れた金色の瞳がとても悲しかったのを覚えている。 どんな気持ちで背中を向けたのだろうか。あんなに、切なくも暖かい、そして愛しいという気持ちが凝縮され映し出された写真を見た事が無い。初めて見た時には愕然としたものだ。 「ま。これは俺一個人の意見だけどな。」 誰に聞かせるわけでもなく呟く。 「……好き、なんだろうよ」 すき。音に成してもやっぱり痛いと感じてしまうのは、目前のノートに書かれた文字が健気過ぎるからだ。 既に寝室へと向かった一護の後姿を瞼裏に浮かべては心臓が唸りを上げた。悲しい、寂しいと自身が感じるのはお門違いである。途端に欲したのはニコチンで、買ってこようと腰を上げた時、ソファ上でヴヴヴと鈍いバイブ音が部屋に響く。 一護が忘れていった携帯が、青白い光りを放ちながら震えている。 next>> |