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サヨナラが遠のいた


「なんじゃその顔は。」

夜のまどろみが漂うようなBARはセカンドストリート沿い、ビルの裏側にひっそりと佇んでいる。路地裏の危険な香りと闇を抜けた所に位置している為、客足は斑で、尚且つ馴染みの客層しかいない。儲けなんてつまらない物に執着はしない、とBARワスプの女主人は鼻を鳴らした。
店内で流れるスウィングジャズの軽やかなメロディが扉を開くと同時に夜の夢を見せてくれる。様々な音楽が流れる店内は静かだったり、時にアップテンポでファンキーだったり色々な顔を現すから面白い。もっと客足途絶えない様な店にも出来る筈なのに、そうしないのは彼女が多少の面倒臭がりだったからだ。
カウンターバーに立つ夜一は、久しぶりに顔を見せた旧友を見て眉間に皺を寄せた。

「……久しぶりなのにこの言い草……」
「フン、お主がしけた面で入ってくるのがいけないんじゃ」

メインストリートでは週末の夜を楽しむ為に集まった若者達で賑わっていたが、路地裏に入ると同時に空気が変わり夜の静けさを一層強く物語っている。そしてこの店だ。週末の夜はまだ始まったばかりだと言うのに、浦原と夜一の二人しか居ない。相変わらずだな。浦原は苦笑しながらカウンターの椅子を引く。

「はいお土産。」
「おお!待っておったぞ!」

嬉々として差し出された紙袋の中を開き、取り出す。
日本から購入し、持ってきたお酒はアルコール度数が46度のウォッカよりもかなり高めの「さむらい」だ。こんなの好んで飲むのなんてこの人くらいだよなあ…。浦原は思いながらも目の前でウキウキとした面持ちの夜一を眺めた。
ボトル蓋を開けて香りを楽しむ。そして恍惚な笑みを浮かべながらも客である浦原を放置してスマートフォンのカメラで写真を撮る始末。

「よおし今夜は無礼講じゃ!勿論お主も飲むじゃろう?」
「……ソレは嫌。アタシはベックスで」
「つまらん男じゃのー!ビールばっか飲んでたら腹出るぞ!」

余計なお世話だ。ひっそりと思い浮かべ、冷蔵ショーケースより取り出された瓶ビールを受け取る。
夜一はタンブラーにロックアイスを2個入れ、ウォッカの用量でとくとくと酒を注いだ。透明な液体が氷を溶かし、グラス内でからんと軽快に鳴る。
一升瓶だけじゃあ足りなかっただろうか。珍しく舌なめずりをして機嫌が良い夜一を見て笑う。

「よおし!乾杯じゃ!」

グラスを掲げた夜一に合わせて浦原も瓶を掲げる。

「何に?」
「……さむらいに!!」
「アタシの帰郷にじゃないの?!」

叫んだ浦原を見て夜一はカッカッカと豪勢に笑う。
瓶とグラスの合わさった音を合図にして変わったメロディはフュージョン。

「なあにが帰郷じゃ。すぐ戻るんじゃろうて」
「……」

ぐっと息を飲んだ。
気管を通るビールの炭酸がちくちくと内側から刺激を与え、胸につかえた蟠りを濡らした。

「なんじゃ。違うのか?」
「…なん、でそんな話しになってんですか…」
「違うのか。それならこちらに引き戻してくるのか?」

夜一の瞳が意味深に浦原を射抜く。再度、息を飲んだ。

「まだ……迷っています。」

すんなりと出た言葉に自分自身、戸惑う。
決心して戻って来た筈だ。何に決心したのかも分らずに戻ってきた。先程、電話越しで言った言葉が胸中に渦巻いて、ビールの味も分らなくさせる。
違う、自分はただ逃げているだけではないか。知らず知らずの内に確信へと触れるも、怯えきった指先が辿りつく答えに触れぬまま温度を引っ込めた。また、逃げる。

「迷っているんです…夜一さん……アタシは、正直、どうしたら良いのか分らない。分らなくなっている」

珍しい事もあるものだ。グラスに入る酒を煽りながら夜一は浦原を見る。
俯き加減の男の瞳はテーブルをじっと眺めているだけで、伏せた長い睫が悲愴な影を象る。それだけでもこの男らしくないが、もっと柄じゃないのが男が迷っている所だろう。策士に見えて実は行動派な彼が今、自身の抱える気持ちを疑い、そして強すぎる気持ちに身体がついていけずに翻弄されているザマだ。
なんだ喜助、まるで子供みたいではないか。ひっそりと思う。

「前に電話で聞いたのぉ。なんじゃ喜助、人生で初のラブか?」

笑ってしまう。実際、夜一の言葉に対して皮肉な笑みを浮かべた。

「そうですね……うん。初恋みたいだ……」
「じゃあその可愛らしい初恋とやらに」

夜一は空になったグラスに酒を注ぎ足し、掲げた。習って浦原も瓶を掲げる。
カン。小粋良い音にフュージョンのメロディが重なってなんだかとても、歪だった。


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