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「して。」

乾杯をした後、暫しの沈黙が互いの間を埋めたが夜一が口を開いた事により浦原はそうっと顔を上げて目前の彼女を視界へと入れる。

「その子供は、主の気持ちに気付いているのかのぉ?ちゅーか喜助、お前が手を出していない相手は初めてじゃないか?」

悪戯っ子さながらな笑みが浦原に向けられた。

「手出してないって…なんか言葉悪いなあ……。うーん、難しい。気づいて、る。かな?いや、気づいてないかも……アタシとしては彼の気持ちは少しだけ、分ったけど……」
「なんじゃ、両思いってやつか?」
「…いや、待って。……わかんない」
「どっちなんじゃ……」

本当、どっちなんだろうか。
凍てつくような寒さの中、腕の中へと収めた一護の身体は微かだが震えていた。冬の風によって震えたのか、はたまた抱き締めた浦原自身に戦慄いたのか。あの時は溢れ出した愛しいと言う感情に負けて身体が勝手に動いていたのでそこまで冷静にはなれていなかった。
それでも、小さなライブハウスで聞いたあの歌。あの歌声に乗ったメロディと数々の言葉が今、浦原の心中深くに残っている。まるで、小さな傷跡みたい。
空になったビールの瓶を片した夜一が、新しい瓶ビールを取り出し渡す。心中に出来た傷跡を癒す様にアルコールを煽った。

「もうこんな年だし、…それに、彼は日本では有名なアーティストだから……」
「だからなんじゃ?それなら、一般人だったら良かったのか?」
「……その例えってなんだかベタだ…」

夜一は最初の時と同じ様に眉間に皺を寄せた。

「……馬鹿な喜助じゃ。」

睨むつもりがいつの間にか目を伏せてしまっていた。
夜一は思う。他人の恋情に口を挟む気は無い。アドバイスも、出来る身分ではない。
彼が、浦原がどんな気持ちでここへと戻ってきて、どんな気持ちを抱えているのかだなんて、いくら旧知の仲でも全てを理解できる筈なんて無いのだ。それでもひとつだけ言える事は、迷うな。だった。自身の持ちかけた気持ちに目を背けて自分自身を押し殺すよりも、潔く向き合って色んな感情と対面した方が幾分かマシだろうて。そう、思った。
言えたらどんなにか、夜一自身も楽になるだろうか。
浦原は夜一にとって大事な友だ。だから目前で悲壮感漂う男の心を今すぐにでも楽にしてやりたい。酒で楽になるのなら安いものだが、人間の感情と言うのはとても厄介な代物で、逃げれば逃げる程しつこく心を蝕んでいく。酒なんて一時の気休め程度にしかなり得ない。

「辛いか?喜助」
「本音言っても良いんですか?」

くく、喉元で笑った。

「なあに、小さい頃よりお主を見ているんじゃ。今更、あの時の様に泣き虫喜助を見せ付けられようと、ちーっとも驚きゃせんわ」
「……辛辣、それに泣かせていたのは貴女でしょうに。」

浦原の頭を撫でる。未だ、外気の冷ややかさを含んだ髪の毛が夜一の手の平を刺して、冷たいし痛い。
優しく撫でる夜一の手の平を甘受しながら、口を開きひとつひとつ言葉を選らんで吐き出した。

「馬鹿みたいに彼の事だけ考えている」
「………」

低い声がまるで唸っているみたいだ。額にかかる前髪を梳きながらも夜一は静かに耳を傾ける。

「日本に居た時よりも、離れた今の方が多く彼の事を考えて、思い出して……これは恋なんかじゃない。って言い聞かせた事もありました。」

笑った顔も怒った顔も、照れた顔も、何か言いたそうな顔も。思い出すのは夕焼みたく強い光りを放つ彼のイメージカラー。
眉間に寄せられた皺を撫でればくすぐったそうに笑っていた子供みたいな彼。触れた温度はとても暖かで浦原の指先と心をやんわりと包む。太陽みたいな、彼。

「彼に……、サヨナラを言ってない」
「………」
「最低だアタシ……背中向けて逃げてきた…」

一護にも、そして自身にも背中を向けて逃げた。こんなに身勝手な気持ちを持て余して何を悲観的に陥っているのだろうか。ますます混乱した。

「喜助。」

幼い頃より耳にする声色がすんなりと入ってくる。
ほどよいハスキーヴォイスの中に僅かな甘さが含まれているからとても心地好い。
カウンターバーに立つ夜一は優しく名前を呼んだ。まるで歌う様な軽やかさを持って。

「後悔はして初めて意味を持つんじゃ。逃げてると思うてる事自体がお主の本音なんじゃろうて。本当は、逃げたくないんじゃろう?」

くぴり、グラスに入った透明な液体を飲む。美味そうに喉が上下したのを見て浦原は小さく頷いた。
逃げたく、ない。
今更湧き上がる想いが喉を焼き尽くす様に上がってくる。

「アタシは…、…彼が好きだ」

カウンターに肘を付き、顔を覆う様に手でガードして伏せた。
沸々と腹の底でマグマみたいな熱さの恋情が体をくすぐる。気恥ずかしいけど、とても恥ずかしいけれど。今、この気持ちを大っぴらに喚き出したい衝動に駆られる。
一護が好きだ。

「好き。とても……あの子が、好き」
「……おい、それはその子供の前で言ってやれ。わしの前で言うな、こっちがどうして良いか分らん」

恥ずかしい奴じゃな。夜一は大層意地悪く笑みながら浦原の頭を乱暴に撫でて、再び笑った。今度は母の様に優しげな笑みで。
サヨナラを言うのはまだ早い。残り少ないビールを一気に飲み干して心に宿った明確な恋情を温め直した。















諦めたと思っていた。嘘を吐いた。今はもう、逃げたくない受け止めたい。サヨナラは遠のいた



◆ラブに陥ると行動と思考がてんでバラバラになりますよね。あれ?私だけか……?
人それぞれの慕情ですが、うちの二人の場合はかーなーり恋愛に対して臆病です。じれったい程の遠回りを何回も繰り返してやっと自分の気持ちと向き合える。そんな可愛らしい恋です。ちゃんと書けているか不安ですが(爆)




あきゅろす。
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