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壱四萬打ム



「はーい!そこのお兄さ〜ん!寄ってかないっスかあ?」

紺色のプリーツが入ったスカートをひらりと靡かせ、裾を上げてそこから覗いた長い脚を際どい所まで見せた。モデル並の長身と綺麗についた筋肉が脚線美を描いたが、如何せんヤツは男でその美脚も脛毛が生えている為になんら欲情も煽られない。と言うかドン引きの域に達する。
耳慣れた声が一護の鼓膜を揺すりキョロキョロと辺りを見渡せば、こっちこっち!と低い声と共に茶色のダンボールで出来上がっただろう即席看板が人だかりの向こう側で振るわれていたのを目にした。
人だかりをかき分けて彼を前にした時の一護の表情はまるで苦虫を噛み締めたみたいに顰められている。

「ちょっと。なんスかその顔」
「………キツイ」

浦原から視線を大幅にずらして白いタイルを虚ろな瞳で眺める。

「ヒドイ!浦子になんて事言うの!?ちなみに、ギン子も居るわよ」
「は〜い!いっちゃん〜ギン子やで〜」

教室扉の前で客寄せをしていたであろう浦原の後方、教室側からひょっこり顔を出して人の悪い笑みをしたギンが同じ様な服装に身を包んで出てきた時は流石の一護も脱兎の如く逃げ出してこの場を去ってしまいたかった。

「……なんで?」
「ん?なにが?」
「…なんで、なんで……あんた達が女装なんだよっ!!!」

両手を握り締めながらフルフルと震え、叫びだした一護の声が学園内に響いた。




浦原喜助は一護の2歳年上で、家が隣同士と言うのも兼ねて長年一護の兄的存在に居た。家族ぐるみの付き合いは一護が高校に上がる今でも尚続いており、下の妹達も彼の事を喜助お兄ちゃんと呼んで慕っている。
一護だって小中学の頃は慕っていたしカッコイイとも思っていたが。所詮は幼馴染、幼い頃より浦原の背中を見つめ続けて早15年。幼い恋の芽がムクムクと不可思議な形でもって育っていくのを苦い気持ちで見つめては芽を摘もうと躍起になっていた。だってずっと一緒だったのだ。同年代の友達と遊ぶよりも年上の浦原と一緒に遊んだ方がスリルもあるしとても魅力的だった。
中学までは一緒だったけれど高校からは別の所に進学。浦原が通う進学校は一護の成績では到底手が届かない高嶺の場所。頭は悪くは無く、常にトップ10位には入っていたが、浦原の馬鹿が付くほどの頭の良さには敵わない。倍率の高さに口が開きっぱなしになっても可笑しくないソサエティ学園の進学は早々に諦め近隣の高校進学を決意した。
初めて浦原と離れて過ごす様になって一護の胸中に芽生え始めた恋の形は徐々に大きさを増しては苦しくさせる。
夜が来るごとに寂しいと戦慄く心を抑える為に必死なのに、渦中の男は女生徒と仲睦まじく笑い合っているから絶対に言うもんかと子供っぽい、荒げた感情を胸に秘めた。それが暴走を起こしたのが去年の冬。浦原の迷惑極まりない誕生日に思わず口走ってしまった「あんたが好きだ」の言葉。溢れた想いが夜の冷たい風に乗ったのを今でもリアルに思い出す。思い出せばあまりの恥ずかしさに湯を沸かしそうな程顔を真っ赤にしてしまう。ああう、…なんて事を言ってしまったのだろうと。それでも、あの時あの場所で想いを押し殺し続けて隠し続けていたなら、今こうして浦原とこの様な関係にはならなかっただろう。そう思うからこそ、あの時の自分自身に良く頑張ったと拍手喝采を贈ってやりたい所だ。
好きな人ならば、手を繋ぎたいと思うし、キスだってしたい。
唇と唇をくっつけ合わせて互いの呼吸を交換しあう様な事までやった。勿論、それ以上の事も。恥ずかしい恥ずかしいと羞恥だけが積もる交わりだったけれど、一護の怯えた唇をあやす様に舐めては優しいキスを繰り返し行う浦原の所業がこれまた心に切ない程の愛しさを味わせてくれた。
正直、浦原が望むことならなんでもやってあげたい。一護が恥ずかしいと思う事も、彼が喜んでくれるのなら。あの意地悪な金色の瞳がうっすらと愛しげに細められるのを見るのがとても好きだ。こんなにも、相手だけを想える恋があって良いのだろうか。こんなに苦しくて切ないのに愛しい愛しいと泣いた心は浦原を見るだけできゅんきゅんと喜びを露にする。そんな恋。もっと、もっとと欲深くなる一護の初恋。



「厄介だ……」
「へ?なにが?」

これは非情に危険な状態だ。と一護が自身の持つ恋の凶暴さに打ちひしがれ、買ってもらったわたあめを明後日の方角を見ながら食んでいた時、浦原は然程気にした振りもせず、あちらこちらから掛かる声の嵐に一々手を上げて答えていた。それを見て少しだけ、面白く無いと思ってしまう。
未だ気色悪いセーラー服姿の浦原。
少し肌寒いからと言って羽織ったらくだ色のカーディガンは浦原の髪の色とマッチしていて優しい色彩を生み出す。淡い日差しに当たってキラキラと暖かく光りを反射させるその色彩達に目を奪われてしまう。
見てばっかだな、俺は。
幼い頃から追いかけていた背中。華奢なのにどこか広くて、その長身もまだ抜けれないでいる。悔しいけれど洗練された彼を見てカッコイイと素直に思うのも事実。

「浦原ー!ちょっと寄ってけよ!」
「えー、ごめんなさい今はデート中なの〜」
「リア充爆破しろ!」
「あはは!明日寄りますよ」

各方面から浦原の名前が飛び交う。男も女も関係なく声をかけ、仲良さげに話しかける。
成る程、人の目を惹き付けるセンスもさながら、人望も厚いってわけか。
じろじろと観察していたら唐突に腕を組まれて引き寄せられた。
デート中なの。その言葉に過剰反応してしまった一護は瞬時に顔を真っ赤にさせブンブンと手を横に振ってジェスチャーするも、言われた男子生徒はジョークだと受け止めて流す。慣れたやり取りが癪に障った。

「……デートじゃねーよざけんな」
「あら、ご機嫌斜めだ」

つんつんと頬を突かれたから乱暴に払いのける。

「あれ〜?浦原君。休憩?ってか女装って本気だったの?」

次から次へと。一護は内心で大袈裟にも悪質な舌打をして浦原の周りを取り囲んだ女生徒を威嚇する様に見た。

「ちょっとね。今は市丸が店先に居ますよ。行って見ては?」
「えー!市丸君もしてるの?面白そう!だけど二人共凄い似合ってるから全然面白くないよ〜!」

きゃははは。と見て分る黄色い笑い声は一護の鼓膜を揺さぶった。

「面白く無い?おっかしいなあ……ネタとして使えると思ったんだけど」
「ネタにはなるかも。でも、似合いすぎ〜!」
「じゃあ今度から女子と一緒に体育受けちゃおうかな」
「きゃー!それ良い!それ最高!」

最高じゃねーよ、それ他のヤツが言ったらただのセクハラじゃねーかコイツすげーな…。一護は唖然としていた。日頃から調子の良いヤツだと思ってはいたが、学園内での浦原の事は全くと言って良い程何も知らない。知っているのは悪友でもある市丸ギンとその恋人の松本だけだ。こんな間近で、浦原の学園内における身の置き方を見せ付けられて二の句も告げれないでいた。

「ねね、もし休憩中だったら私達と一緒に、」
「ごめんお姉さん達っ、コイツ、今俺とデート中だから!」

ここまでスルースキルと言うかトークが上手いって聞いてないぞ。苛々はしていたがその術を見せ付けられてモヤモヤしていた気持ちもどこかへぶっ飛んでいきそうだった時、女生徒の一人が浦原を誘おうとしたのを見た瞬間ヤバいと思った。
言葉が早かったか、それとも腕に絡めた手が出るのが早かったか。
ボロっと出た言葉に自身で驚いて、声を張り上げ終わったと同時に顔を真っ赤にさせてしまう。
黒い学ラン姿な一護はどこでも注目の的だったが、隣に居るのが浦原だと言う事もあり、一緒に歩いている時は影が薄らいでいた。それを今、自分でぶち壊してしまう。ああ、出来れば目立ちたくなかった。そう後悔するも放ってしまった言葉は辺りに充満し、目前の女生徒もきょとんと目を丸めている。

「そういう事だから、ごめんね」

ポンと軽めに頭を叩かれ、一護は浦原を見上げる。
少しだけ苦笑いをし、瞳を細めて笑う姿に胸が締め付けられた。
しまった…。
女生徒達は面白おかしく笑いながら手を振るって去っていったが、一護だけは浦原の顔を見る事が出来ず、ただ黙ってその後ろを追う事しか出来なかった。
昔から見ていた背中が今も目の前に。既視感が視覚部位を刺激して軽い眩暈を起こさせる。やっぱり厄介な恋だ。三度思っては溜息を口から吐き出した。


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