サンセットラインに左様なら ガチャガチャと煩くなく、センスの良い音楽が流れるこの店はロス一番の日本料理店だ。 運ばれてくる料理に舌づつみを打ちながら、綺麗にチョップスティックを持つ彼女の爪先をなんとなしに眺めていた。 淡いピンク色の先にキラキラとしたショッキングピンクのラメが乗り、煌びやかな光りを放っている。女性のこういう細かな所までの気遣いが何気に好きだったりする。 ど派手な格好はあまり好まないが、何気ない一面に見る可愛らしさとエロティックさが本能を燻った。 前までは気に入った女性のこういう一面に気づくのが趣味だったのに。浦原は考えながら出されたお茶をズズズと下品に啜った。 「喜助!貧相悪いっス!」 「………行儀が悪いでしょう……」 「??」 何が違うんだ?と言う具合でネルは首を僅かに傾げた。 その仕草がどうにも子供っぽい。26歳の成人した女性にこういう感情もどうかと思うが、ネルはいつまで経っても子供らしくてその無邪気さを浦原は心底気に入っていた。 無邪気な子供の風情を出すのに、カメラを向けた途端、魔性にも天使にも妖精にも悪魔にも早変わりするのだから恐ろしい。 「ネルさんは、綺麗にお箸を持ちますね」 「練習したっす!シンジはへたっぴです」 ハハハ!笑って抹茶ムースを口に入れる。ほろ苦い抹茶の味と生クリームの優しい甘さが舌先を甘く痺れさせて美味しい。でも、あの子と食べたチョコレートケーキの方が倍甘かった気がする。 「ジャパンはどうだった?」 軽やかなメロディと共に流暢なUKイングリッシュが耳に流れた。 部屋の外でも気を抜かず、そうやって綺麗な英語を話すネルはやっぱり一流のモデルだ。 浦原は彼女の品格を汚さない様、自身もBBCを使う。 「そうですねえ……やっぱり四季がちゃんとしていて綺麗でしたよ」 冬の空しか思い出に無い様な気もする。寒々しい空に映えた夕焼け色の鮮やかな色彩が未だ、浦原の脳内で鮮明に一枚の画として浮かび上がる。暖かで優しくて少し子供っぽい。そんな色。 「…ゆう、やけがね……凄い綺麗でした」 「ユウヤケ?」 「sunset」 ああ。と納得したネルは窓の外を見た。 まだお昼を過ぎていない時間帯。3時を過ぎれば直ぐに暗くなり、辺りは闇と化する。浦原が言う日本の夕焼はこちらとは違うのだろうか?ネルにはどの夕焼も同じ様に見えるが、世界を渡ってフィルター越しに様々な物を見てきた浦原にとっては違うのかもしれない。どの空も、色も、形も、空気も香りも。 「やっぱり私、日本に行きたいわ」 浦原が見てきた風景を見たい。世界を見たい。心の奥で強く思った。 「本当、日本が好きですね?」 キラキラと輝いたネルの瞳を見ながら浦原は苦笑する。 「ええ、だって喜助の見た世界だもの。喜助が世界で一番美しい国だって言ったんじゃない」 「…そう、でしたっけ?」 「また!自分が言った事忘れるだなんて信じられない!喜助はいつもどっか抜けてると思う」 右頬だけをぷくっと膨らませたネルの頬を指で指して空気を抜く。 「そんな意地悪言わないで。でも、確かに言ったかもしれない……凄く美しい国だよ」 「だから好きなのよ」 何度か出向いた事はあるが、独特な文化が好きだ。 ちゃんと四季によって分かれる色彩。慎ましいながらにも芸は細かく繊細だ。建物でも着物でも絵画でもなんでも。手先不器用なネルは日本に行く度、色んな物に触れては感動を貰っている。一番気に入ったのはビードロだ。初めて浦原が日本へ仕事で出張した時、手土産に買ってきたビードロ。硝子の薄い容器が触れたと同時に壊れてしまいそうで危なっかしいからちゃんと触れるのに2日はかかった覚えがある。 無色な硝子は光りが入り込む角度によって様々な色と輝きをネルに見せてくれた。 「今回はやけに長い滞在だったけど……良い写真は撮れた?」 一年足らずの滞在期間。長くもあり、短くもあった一年あまりが一気に浦原の脳内を駆け巡った。 様々な色を浮かべながら移ろい行く景色の中で、やはり鮮明に強く残るのは橙色。 「………」 「喜助?」 「え……あ、ああ……。はい…。そうですね。良い画ばかりっすね…」 吐き出した笑いは苦笑にしか成らず、チクリと胸を痛ませた。 オレンジ色の色彩と彼の声が混じり合って新たな感情を生み出す。愛しいとは違った、もっとこう…どうにも出来ない様な気持ちの類。寂しいと切ないが混ざり合って溶け合った途方も無い気持ち。後悔に似ているけど、もうどうする事も出来ないと分っているから始末に負えない。 「今度、見せてくれる?」 「……勿論」 得意のポーカーフェイスを装い笑って見せた。 訝しげに浦原を見ていたネルのグリーンアイズに引きずり込まれそうで、浦原は咄嗟に視線を反らし、窓の外を眺める振りをする。 ああ、空が灰色だなあ。雨が降るかもしれない。 そう思うのに、心の中に広がる橙が暖かくも優しく、苦々しい感情ごと抱き締めている気がして、浦原はひっそりと笑った。 next>> |