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涙の温度


けたたましい走行音がしないキャデラックは修兵のお気に入りでもあり、たまにオフが重なった時なんかは二人でドライブに出かけたりもする。
ただ車を走らせるだけで、過ぎ去る風景を眺めているだけのドライブだ。
運転が好きな修兵は目的地を決めずにフラリと一人旅に出たりするから、吉良辺りが顔を蒼白にさせながら捜したりする。吉良の胃を痛めつけているのはメンバーの中で修兵がダントツ一位かもしれない。
この前なんてスタジオ行く途中で急に路線変更した挙句、一人でさっさと車から降り個人プレーをやってのけたので吉良は慌てて駐車場に車を停め、キリキリと痛む胃を押さえながら必死で探し出したらしい。その事を吉良本人から涙ながらに聞いた事を一護は思い出し小さく笑った。

「なによ。思い出し笑い?エロいな一護は」

誰がエロいんだよ。どっちかってーとお前だろう。
レイバンのサングラス越しの瞳は見れないけれど、きっと瞳も厭らしく歪めながら笑っているであろう運転席の修兵を見る。
少しだけ尖らせた唇。子供っぽい仕草を見せ付けながら一護はMDケースを漁った。

「なに聞きたいの?」

ケース内に詰め込まれた数々のMDソフトががちゃがちゃと音を立てて車内に充満する。
ソフトに付着しているラベルには全て英数字が記載されている。歌手名から見るにR&Bの類だろう。
修兵の好むファッションは全てロックテイストだが、彼自身大の音楽好き、と言うか音楽馬鹿なので色んな音源をその耳で聞く。
ポピュラー音楽から果てはワールドミュージックまで。音源だけならアンサンブルの類まで聴くのだから呆れてしまう。
自分の事を棚に上げて一護はメモ用紙いっぱいにメタルと書いて見せた。

「好きだね〜」

そう言って笑いながら後部座席に置かれたMDケースを手探りで探り当て、手にとって一護の頭上に乗っける様、渡した。




「失声、…症??」

その言葉が上手く言えない。自分までも上手く声を出せない感覚を味わう。

「…ストレス性から来る病気らしい…。」

斬月はサングラスについた汚れをクロスで拭き取りながら無愛想に言う。
常に低い彼の声が今日は一段と低く聴こえる。きっと、自分が思っている以上に彼も困惑しているらしい。

「……ストレス性、か……それなら治るんすよね?」
「あいつ次第、って所か……」

ひとつ、深い溜息を吐いた後、手に持ったサングラスを装着。
黒のフィルターに覆われた彼の瞳がきつく修兵を射竦めた。

「…大丈夫。アイツなら」

確証は何も無い。それでも、それでも一護なら。と修兵は口に出すも言葉を濁してしまう。
同じ様に斬月もそう思っているだろう。否、願っている筈だ。きっと彼は一護のストレスの原因を知っているに違いない。修兵が気づいた様に、斬月も一護の事を見ていて、見守っていたから。直ぐにでも気づいている筈だ。
一護の、秘めた恋に。

「暫くメディアからあいつを遠ざける。こちらも手配するが……一護はお前の所に泊めてやれるか?」
「それは、大丈夫っすけど……斬月さん。」

自分でも、出した声に震えが混ざっているのを感じて居心地が悪いと感じる。
それを瞬時に読み取った斬月が珍しくも苦笑して修兵の肩を叩いた。

「大丈夫だ。心配ない。あとはこちらに任せてくれたらいい。お前は、一護の側に居てやってくれ」

あいつの代わりに?一瞬でもそう思ってしまった自分が女々しいと思った。
何を悲観的になっているのか分らないが、斬月はそんな要素一つも含めず、ただ修兵を信頼してくれての発言だったのに。ちょっとでも感じた劣等感が逆に妬ましい。

「…はい」

頼んだぞ。
最後に一言だけ放った斬月は修兵の肩に置いた手の平でぎゅっと力強く掴む。
大きい手の平。業界一の敏腕マネージャーと言われる男の、頼もしい手の平が修兵の肩を華奢に見せた。
情けない。その言葉だけがやけに耳元付近で漂い、修兵の心に忍び込むのを今か今かと待ち構えているようだ。

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