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涙の温度2


ドラムのバス音が響く。耳に残るリズムに自然と足が動き、ハンドルを握る指先もトントンとオーディエンスから流れてきたリズムに合わせて動いた。
助手席に座った一護も同様、意識しないでも自然と動く足と手が自分と重なって少し、面白い。
なに笑ってんだよ。
赤信号の為に車は一時停止。
その間、瞳の中に収めていた一護が修兵を見て唇を尖らせてそう言った。様な気がした。

「自然とさ、リズムに合わせて動く手と足ってなんだろうな?」

は?今度はそう言っている。
一護は瞳が雄弁で、表情豊かでもある。
それはグリムジョーも恋次も同じ事だ。扱いやすいとは正にこの事だが、今日程、この雄弁な琥珀色に感謝した事は無いだろう。
まだ、大丈夫だ。
修兵は心中深く思い、笑いながら一護の頭を撫でた。

「やっぱ…俺等って大概、音楽馬鹿。だよなあ」

お前には負ける!
そう書かれたメモ用紙を見てハハハ!と笑い、再びハンドルを持った。
信号は青。真っ青で人工的な明かりだったが、あの時空港で見た空もこんな風に嘘みたいに真っ青だったっけ?
笑顔を曇らす事はしたくない。あの子を護りたい。そう言語に含んで頭を下げた男も、護りたいと言う気持ちは同じだったのだろう。
一体、どんな気持ちで内側に秘めた恋情を押し殺したんだろうか。それだけは修兵にも分らない。それが、とても痛い。心に、痛い。




雨だったら良かったのに。晴れ渡った空は雲ひとつ無い澄み切った青で、冗談じゃないくらいに青く晴れた日だった。
黒と白のモノトーンな色彩がこの青の下に広がっていて、なんだか歪だ。それは鮮明に覚えている。
一護が小学校3年。修兵が5年生の時。
春だったか、夏だったか。曖昧な季節感の狭間で体験した。初めて見る一護の色の無い表情に、幼心に鋭い痛みを感じ取った。
泣けよ。
最初に強く思ったのは、慈しみの言葉でも励ましの言葉でも何でも無い。かなり自己中心的な感情だった。
泣けよ。泣け。思う存分、泣けよ。頼む、泣いてくれ。
空を見上げて、泣かない一護を見たら居ても立ってもいられなくなった。あの時のみたく感情が根こそぎ削がれた様な無表情には、なって欲しくない。

専用駐車場に停めた車から降りる時にフラッシュバックした幼い頃の感情が、今まさに目覚めてくる。
忘れ去った筈の痛みが胸の内に戻ってきて苦しい。
前を歩く一護の後姿を見ながら修兵は隠れる様にそうっとシャツ越しに胸の上を手の平で押さえつけてぎゅっと握り締める。ドクリドクドクと脈打つ心臓が皮膚から飛び出てその形を手の平に焼き付ける。やけにリアルな感触が残る。
カギ。
メモ用紙に書かれた文字が視界いっぱいに広がり、一護が修兵の目前にメモ用紙を掲げたのでハっと息を飲んでしまった。

「あ…ああ……悪い悪い」

高鳴る心拍数を気にしていたらいつの間にか部屋の前まで来ていたらしい。エレベーターを乗った記憶もどこかに吹っ飛んでいた。
歯切れの悪い修兵を訝しげに見つめていた一護の琥珀と目がかち合う。ヘラリと笑って見せたが、さて…上手く笑えていただろうか?
キーを差し込んで鍵を開ける。ガチャリと鳴った無機質な音が廊下中に響き渡って更に修兵の心臓をぎゅうっと鷲掴みした。
先に一護を入れて自分もその後に続く。
後ろ手にドアを閉めて鍵をかけて靴を脱ごうとした時、目の前で見た一護の後姿が幼い頃のあの風景と一致。重なり、軋んだ心が更に荒くれ立った。
お願いだ、泣いてくれっ。
随分と自分勝手な感傷に負け、修兵は靴を脱がないまま、その後姿を自分の腕の中へ抱きとめる。

「っ!!」

息を飲む音だけは聴こえるのに、一護の声はそれでも出ない。
なんだかそれが悔しい。

「一護。一護……っ」

きついくらいに抱き締める。それで苦しい思いをしたら良い。何でも良いから…理由を付けてでも良いから…泣いて欲しい。泣いて泣いて、疲れて眠ったら良い。
そんな思いで一護の名前を叫んだ修兵の方が、いつの間にか泣きそうになっていた。
修兵よりも低い身長の一護の肩を抱き締める。胸に回した腕に触れたのは一護の心臓だろうか。ドクドクと脈打つ振動が伝わってきて、その背中に自分の心臓を押し付ける。鼓動が共にリズムを取って乱れて、圧迫されて、その内側に広がる無数の闇を俺に移せば良い。
震える肩に頭を預け、深く息を吐いた。

「おい。一護」

深呼吸をした為、幾分か楽になった心拍数をこれ以上荒げない様慎重に、一護を振り向かせる。
少しだけ震えだした琥珀色に混ざった困惑の色に苦笑しかけ、それでもいつもより真剣な眼差しを向けて屈みながらその瞳に自分の色を合わせた。

「俺はさ、馬鹿だけど。」

我慢したけど、やはり震えてしまう自分の声。

「ちっちゃな頃からお前見てんだ。……大概、お前も負けず劣らず、馬鹿だぜ?」

そう、俺等は共に馬鹿だ。
大事なやつの笑顔を曇らせてしまった事も、大事な思いを押し殺してしまった事もなにもかも。いつから、こんなに臆病になっちまったんだろう。
考える毎に増えていった思いはその重圧を心臓へと負担かけるのに。それでもまだ言葉に成して思いを形にしない事が、こんな結末を招いてしまったのだろうか。疑問符ばかり飛び交って頭と心はパンク寸前だ。
馬鹿と言われた事に対してじゃない、ヘヘと笑ってはいるが、反して潤んだ様に歪んだ修兵の悲痛な瞳の色に一護はふるりと震えた。

「壊れちまいそうになるのが嫌で泣かないってのは違うだろう」

一護の瞳が見開き、大きくなる。

「情けないって思うのも違う」

今度は大袈裟に肩が震えた。やっぱりそう思ってたな、こんにゃろう。修兵は胸中で笑った。

「泣きたい時は泣け。もしそれで心が壊れたとしたら、俺が拾い集めて直してやるから。だから」

俺の前でだけは我慢するな。自分を殺すな。無理して笑おうなんてするな。
沢山の思いを詰めて言葉をぶつけた。やや乱暴だったが、一護には響いていると言う確信はあった。
グラリと揺れた琥珀色がそれを物語っているのを見定めて、今度は前からきつく抱き締める。
まるで一護の涙を隠す様に、自分の胸に染み込む様に。きつく抱き締めて背中を撫でる。
大丈夫。大丈夫。そう言われているみたいな手の平のリズムが優しくて目頭を熱くさせたので一護は胸元のシャツを握り締め、その胸に顔を埋めて身体を震わせた。ガーネッシュの香りが染み込んだ修兵の香り。とても落ち着く。
吐き出した吐息は熱くて、声なんて出ないのに涙だけはポロポロと面白いくらい出てくるから現金だ。きっと、この痛みから解放されたがっていたのは心なのかもしれない。
シャツをきつく握り締められた感触と胸を湿らせたナニを感じ取って修兵は目下にある橙色に小さく口付けた。
本当は、こういう役割は俺じゃなくてあんただった筈なのに……。
遠い異国に居る男を思いながら、腕の中の震える華奢な身体をぎゅっと力強く抱き締めた。














涙の暖かさが心臓に沁みる



◆修兵兄さんが頑張っていらっしゃる回でした。もう修一になりかねん。これ。
兄弟愛なんです。決して性的愛情は含まれていません。と言ってみる。一護は修兵にだけは弱くなると良いなあ…だなんて少し思っちゃっています。




あきゅろす。
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