2 酒臭い。浦原が好んで飲む焼酎や日本酒の様な苦味の無い、打算的な甘さを含んだ香りが浦原の鼻を燻る。 アッ、ア、絶え間なく漏れる喘声が反響する。 いつも必死で声を出さまいと堪えているので、こんなに素直に快楽へと溺れる彼は珍しい。相当酔ってるのか、それとも酒のせいにして熱に溺れたいのか。きっと後者なんだろうと思えば腰の動きをやや乱暴に進めてしまう。 ぐちゅりと生々しい音も反響して、鏡越しに見る一護の顔は既に快楽によってドロドロに溶かされていた。 なんて良い顔をするのだろうか。後ろから貫く形で追い上げる浦原はずっと鏡越しに一護を眺める。 「ひぇっ、えっ、アアっ…!」 鳴き声はか細くも高い。生理的に出た涙がボロボロと流れ、頬を汚して唇に引かれた赤を濡らし、テラテラと厭らしくも下品に光らす。 少しだけ爪先立って腰を上げる体制に疲れたのか、一護は洗面台についていた腕を曲げて左頬を擦りつけながら泣いている。 「一護さん、っ、…一護さん。ね、見て」 彼が何かを発する前に浦原は腰を支えていた右手を外して顎へと持っていき、無理な体勢で前を向かせる。 「!!やぁっ!」 涙と快楽の渦とアルコールによって悪くなった視界の先には、とても酷い顔の己がありありと鏡に映し出されていた。 それから目を反らす様に顔ごと横に振るう。それでも浦原の神経質な手先がそれを良しとせず、更に力を込めた。 「ホラ、目ぇ開けて?」 腰を動かしながら耳元で囁いて甘く噛む。 「ふうっ」 「見ながら、イッてみせて?」 自分の欲に溺れてドロドロになった表情を。言葉に含ませながら空いた片方の手で性器の付け根をぎゅうっと握り締めた。 「イタっ!…あっ!いやだ、…やっ」 「嫌じゃない癖に」 もっと低い声で意地悪く囁く。一護がこの声に弱いと知っていて業とそうする。浦原は性根が腐っているとしか言い様が無い。一護は僅かに残ったまともな思考回路にてそう思い、下唇をぎゅっと噛み締めたまま、恐る恐る目を開いて、鏡を見た。自分を見た。欲に溺れてぐちゃぐちゃのドロドロになった、自身の顔を。 「…ひ、あっ!あ!ああっ」 一護が目を見開いた瞬間、熱を塞き止めていた手を離し一気に奥を犯す様腰を進める。 そして鏡越し、忠実にも浦原の言葉を受け入れて己の姿を見たまま熱を放とうと必死な一護を見た。 ゾクリ、と背筋を走るのは紛れも無い快楽。 蕩けたハニーブラウンの瞳が雄弁にも気持ち良いと語っていたのに対し、浦原も耐え切れなくなって息を荒げて熱を放った。 「っ、こん、こん…っ、こん…なに…走ったの……ハァっ、ハァっ……学生ん時、以来やっ!」 「はいご苦労様。そしてサヨウナラ」 「ちょい待たんかいっ!」 閉めようとしたドアに足を入れられて阻まれる。 ちょっと鬱陶しそうに目を細めながら見た浦原に対して市丸は額に浮かんだ青筋を消さず叫んだ。 「ちょ、近所迷惑」 「5分やぞ!?喜助の言う通り5分で来たんやぞ!?なんやもっと労わってくれてもええやん!」 奪い取る様にして受け取ったコンビニの袋が市丸の荒げた声によってカサカサと音を立てて揺れた。本当に、煩い。 時刻は明け方4時を指した所だ。どんなにオートロック式の高級マンションでも、響く声は響き、各階の部屋の中まで浸透しているであろう。 チッと小さく、それでも市丸には聞こえる様舌打をしながら、その襟首を引っつかみ乱暴に中へと招き入れる。 「もうちょっとTPO弁えて下さいね。殺しますよ?」 「ふーんだ!喜助が毎度毎度無理難題言うからやないか!僕の苦労も省みろや!」 何が苦労なものか。いつだって苦労しない為に最善を尽くして楽な方向へ事態を持っていくのがお前の十八番だろうが。心中で思って眉を顰める。 風呂上りと直ぐに分る浦原の格好は、真冬のこの時季に見るのは少々、目に痛い。 灰色のスウェットだけ着用したまま、上半身は裸。まるでこの高級マンションの住人じゃない風体の男を前に市丸は尚も煩くギャンギャンと噛み付く。 「いきなし夜中に電話で叩き起こして5分でメイク落とし買うて来いやと!?無理に決まってるわあほんだら!」 「出来たじゃないっスか」 良く出来ました花丸。素敵に棒読みした挙句、子供の様に市丸の頭を撫でれば、息を切らしながらもその憤りを露にした身体は傍若無人振りの浦原を前にしてワナワナとか細く震えている。 若干、狐を連想させる細長い目の端には涙が浮かんでいる様に見えたが、一護の涙でも無い腐れ縁な男の泣き顔を見たってなんにも楽しくない。 「泣くな気色悪い」 あまりにもムカついたのでペシンと小粋良い音が鳴るくらい頭を叩いた。 「な、な、な、…殴ったん!?なんで殴ったん!?こんな、こんな扱い!5分で来たやろ!ホレ!早ぉ!例のヤツ出しぃっ!」 ん!強い口調で目の前に手を出す。差し出された手を暫し見つめて浦原は隠しもせずチッと舌打をした。 本当は最終手段として切り札は残しておきたかったが、この際仕方無い。まあ、ネガはこっちにあるのだしこれからもソレをネタにして利用すれば良いのだ。 「メイク落とし買ってきて。そんで5分で来い」 「……ふざけんな。今何時やと」 「お前が2年前まで遊び呆けていた頃の写真があるんだけど……松本さんに渡そうっかなぁ」 電話越しにドスンと言う音と雄叫びが聞こえたのですかさず携帯を耳から離す。 「ななな、ななんで喜助が持ってんねん!」 「なんでアタシが持ってないと思うんですか?馬鹿か?」 浦原の言い分は最もだ。なんせ市丸が長年片恋を続けてた乱菊とやっとの事で付き合う様になる前、散々二人でクラブを巡っては気に入ったオンナノコを持ち帰りしていた日々。それも毎日と言って良い程の頻度だ。 どんなに馬鹿でもまさか一緒にクラブ通いしていた事も忘れたのか?この馬鹿は。浦原は胸の裡で思うも、それが音を成して口から出ていた。 「バカバカ言うな!へこむやろ!」 「いやあ…馬鹿に馬鹿と言って何が悪いんだろう…と今思いました。それじゃあ待ってるんで宜しく。あと、5分で来れない場合は松本さんに写メって送ります」 ブツン。言い終わらない内に電話は問答無用で途切れた。 電話は切られる前に切るのが浦原のステイタスであり、ツーツーと言う耳障りな機械音を聞きたくないが為の防衛だったのだが、それを先に切られて若干イラっとした。 それが本当に5分前の話し。 数十年付き合ってはいるがまさか本当に5分で来るなんてとんだ馬鹿だな。淡々と思う。 「おい!口に出てるで!声が!心の声がっ!」 おっと。浦原は業とらしく手の平で口を覆った。 そろそろ相手もマジでキレ出す5秒前となった時、浦原は茶色の封筒に入った幾枚かの写真を市丸へ手渡す。 手渡された封筒をバシンっと奪う様に取り、中身を一枚一枚チェックする。 なんやねんこれ、うわ!なつかしぃ……あ!こんな子もおったなぁ…って喜助若い!って僕も若い!ぎゃはは!なあなあ喜助こん時なぁ、 「煩い」 再び頭を叩いた。 「いったいなぁ!何すんねんっ!んなバカスカ殴りぃな!バカなってまうやろ!」 「それはそれは。既に手遅れではありますが一応謝っておきます。すみませんでしたお帰りはあちらです」 子供の頃から繰り返しているやり取りはもう身に染みていて、お互いこのやり取りに半ば本気でキレて大喧嘩したのは中学生の頃までだ。今ではこれが当たり前、普通。とでも言う様にやり合っている。 浦原は玄関を指しながら帰宅を施した。 まだやいのやいの言っていた市丸ではあったが、また乱菊の怒りの種になる恐れがある物を受け取れて一先ず安堵しての煩さなのだろう。浦原は思っておざなりに手を振るって扉を閉めた。 「さて、と」 首をコキリと慣らしながら寝室へ向かう。 next>> |