□■katsuragi×Hyuuga List
ティーカップと角砂糖
たまたま執務室で二人だけになった、ただそれだけのことだった。
「いつも思うのですが、なぜあなたは私の用意したお菓子をちゃんと食べてくれないんですか?」
俺の方を真っすぐに見つめる、数歳年下であり、しかし、立場上は上司に当たる彼の視線に居心地の悪さを感じて、小さく息を飲む。
――あぁ、早く誰か帰って来てくれないかな。
そんなことを心の中で信じてもいない神に祈りながら、今の状況を一人ごちてみる。
いづれこうなることもあるかもしれないと、極力彼と二人きりになるのを避けていたというのに、その努力も無残に泡へと消えてしまった。
「理由があるなら教えてください」
ある程度予想していたそんな質問に、にっこりとした笑顔を返しながら、残り少なくなった有名な菓子店の飴を口の中で噛み砕く。
食べてるよ、なんてありきたりな嘘をついてみようかとも思ったけど、それは止めておいた。これまたありきたりな返答が返ってくるのは分かりきっている。
だからにっこりと笑いながら、「なんでだろうねぇ」、なんてぼやかしてみたら再度、「どうしてですか?」と同じ質問が繰り返された。
――あぁ、めんどくさい奴。
今頃言及するなんてどういう風の吹きまわしなのだろう。
そんなことを思いながら、口に広がる甘酸っぱいその味を堪能する。やはり飴はここのものが、二番目においしい。そう一人で納得しながら、新しい飴玉をポケットから探り出す。
「あなたは甘いものが嫌いなわけではないでしょう?そして別段、和菓子が嫌いというわけでもない。ならば一体どうしてですか?」
がりがり、とわざと音を立てながら飴を消化し、新しい飴の包装紙を取り外す。
にこにこと、これまた自分でも胡散臭いと思える笑みを浮かべながら、真っ赤な色をした飴を口に放り込んだ。
カラン、と音が鳴る。
「当ててみればいい」
暗に答える気はないと告げれば、相手もにっこりとしてくるもんだから嫌になる。心を読ませないようにするのは、この部隊(しょく)故なのか、それとも性格なのか、どうなのか。
「毒味役としてくらいでしょう、あなたが私の物を口にするのは」
「どうだろうねぇ」
「わたしがそう言うんですから、事実そうなんです」
「その口調だと俺のことずっと観察してるみたいだよ。え、何? 大佐ってもしかしてストーカーの気があるとか? わぁ〜、さすが諜報部に暫く居ただけのことはあるね」
「そうですよ。私はあなたのことをずっと見ているんです」
にっこりと笑っていた表情が、すっぽりと彼から抜け落ちる。代わりに現れたのはまるで飢えた野獣のような目。
その視線に、反射的に脇差へ手が伸びてしまったのはなぜだろう。技術的に自分の方が武術の腕は長けているはずなのに、捕食されるような感覚に支配されてしまって身体全体が強張っていく。
情けないと分かっていてもなぜか柄を握り締める力は緩まない。
「―――、意味が分からない」
カラン、と口の中で軽快な音が鳴った。含んだフランボワーズが、吐き出したいくらいにやたら甘ったるい。
「ふふふ、」
そんな俺を見た彼は、小さく笑いながら、「怖がらないでください。別に悪いことをしようと思っているわけではありません」、なんていう。
「ただ、教えてほしいのです。なぜ私の作ったお菓子を食べてくれないかを」
「だから、それは――、」
歩み寄ってくる彼を避けるように後退る。
彼がこの部隊に入ってからもうかれこれ数年が経つ。その間彼の用意したものはほぼ、――それは茶の一杯ですら――、まともに口にしたことはない。
あるとすれば、それはアヤたんのための毒味役を兼ねた初めの一口。ただそれくらいだ。
もちろん、別段彼の腕が悪いというわけではない。むしろ菓子作りにしても、ご飯作りにしても彼の腕はこの軍内でもトップを争うと思う。
しかし、それとこれとは話は別なわけで――。
「理由があるなら言ってください。私はどのお菓子もあなたのために用意しているんですよ」
「―――――、」
真っすぐに見つめられた瞳から視線を逸らせない。口の中も、胃の中も甘ったるい。胸やけを起こしそうだ。
「――ヒュウガ」
お願いだから、俺をそんな熱い眼差しで見ないでくれ。
いつもはぺらぺらと勝手に動く口が回らないのも。心臓が馬鹿みたいに煩いのも。全部、全部、君のせいなんだから。
ティーカップと角砂糖
(次第に甘やかに染まる)
食べるわけないじゃないか。
いくら彼が作ってくれた飴が一番美味しかろうが、こんな風に俺を狂わそうとする彼が作ったお菓子など、俺は絶対に食べてなんかやらない。
絶対に。
絶対に。
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