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「かっちゃん居る〜?」
高い少女の声が、広い屋敷にあった。
夏らしく、明るい黄色のキャミソールにジーンズ地のホットパンツだ。
年の頃は十四、五歳か。長く伸ばした髪をポニーテールにしている。
「だっかっら、かっちゃんって呼ぶなよ伊堵子(いとこ)」
少女の呼びかけに、部屋から顔を出して答えたのは、同じく十四、五歳の少年だった。伊堵子、と呼ばれた少女よりも、大分背が低い。髪は今時らしく少し長めで。しかし手入れがさほど行き届いていないせいかボサボサと広がってしまっている。顔の造りは悪くないが、反抗期真っ只中といった雰囲気だ。大きめな黒い丸首シャツに、ジャージのズボンを履いている。
「じゃあ何て呼べば良いのよ。嫌いなんでしょ?名前」
「…うるせー」
「で、どうしたの?そんな嫌そうな顔して」
「親父が倉の道具の虫干ししろってさ」
「おじさんが?」
へぇ、と感心したように頷いてから、少女は微笑んだ。
「楽しそうじゃない。あの倉、色んなものがあって」
「楽しかねーよただのガラクタだろ?」
「もう、おじさんがかっちゃんにやれって言ったんでしょ?信用されてるって事なんじゃない?」
「面倒くせー…」
「まぁまぁ、あたしも手伝うからさ」
二人は喋りながら家の裏手にまで移動すると、縁側から適当なサンダルに履き替えて、三つある内の一番古い倉へと向かう。
「あれ?そういえば銀牙(ぎんが)は?」
前から、倉の中のものが見たいって言ってたじゃない、と聞くが、少年は銀牙、という名前を耳にするなり、不機嫌そうに眉を寄せた。
「知らねー…っつーか、あいつだけカッコイイ名前なのが納得いかねー…」
「しょうがないでしょ。かっちゃん、長男なんだし」
「弟だからこそ納得いかねー」
「所で、燐ちゃんは?」
「学校のプール」
「妹はいいんだ?」
ガチャガチャとポケットから取り出した鍵で古い南京錠を乱暴に開けると、少年は黙り込んだまま、さっさと中に入ってしまう。
「汚ったね…」
「ねぇ!無視しないでよ!」
埃が舞い黴臭い空気が外へと押し出されてゆく。長い歳月を経て堆積していた砂埃が陽の光に当たって、僅かにきらきらと輝いた。
倉の中には古いが作りの良い、しかし現代には巨大で重厚過ぎる箪笥や鏡台、風化してすっかり色褪せた行李や、何に使うのかさっぱり分からない、大人一人余裕で入りそうな水瓶が転がっている。
その他にも様々な大きさの桐の箱があり、一つ一つ見てゆけば、枚挙に暇がない。
ふと少年はその中から一つの箱を目に留め、少女の叱責から逃れる為にそれを開けてみた。
「……」
「わ…綺麗ね、それ」
中に入っていたのは、藍染の布を張った筒の上に、更に透かし彫りで細工を施した象牙の筒を被せた入れ物だった。中身はわからないが、ずっしりと重い。
ただのガラクタばかりだと思っていた倉の中の物品に惹かれているのを知られるのが嫌で、少年は筒を適当な箱の上に置いて、すぐに奥を漁ろうとした。
目の前にはまだまだ、積み上げられた行李や桐箱が山とある。



「…お前が当代の椿か」




不意に声を掛けられた。
まだ若い、凛としたよく通る、少女の声だ。勿論、すぐ横に居る伊堵子のものではない。
「間違いないな?」
息を呑み目を凝らしてみるが、行李の山の頂に居るであろう相手の姿は見えない。
続けざま、後ろでから、と乾いた音がした。伊堵子と揃って振り向く。
「なんだ…今度の主人はこんな小物か。張り合いがないな」
床には先程見た見事な細工の筒が転がり、倉の入り口には、青い着物を纏い、若い男の姿をした、人ならざるものが立っていた。
筒の栓は既に開いてしまっている。
驚きに目を見張りながらも、行李の上に座す何かが息を詰めたのを感じ取って、反射的にそちらへと視線を戻す。急に目が暗闇に慣れる。ものの形が鮮明になる。








「椿欽十朗鉦継(かねつぐ)、お前をずっと、待っていた」








見えたのは、白い肌に、柔らかな色の肩口までで切り揃えた髪に、知識を宿した強い瞳、赤い着物。両の腕に抱いた、刀の鞘の艶めき。
蝉の声が遠くからも聞こえた。
名を継いだ少年は、刀の鬼の名と、銘を、耳にしようとしていた。






   ―梅花皮町忌譚・完―



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あきゅろす。
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