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上も下も判らぬ黒。黒一色だった。
しかし、ぽつりぽつり現れるぼんやりとした光の球を見て、欽十朗は漸く、視界を埋めるのが黒ではなく闇だと知った。闇の中に、何時か見た夜光蟲にも似た、しかしそれよりも様々な色合い、様々な大きさの球が、彼方は浅葱、此方は朱色にと、まるで祭の提灯のようにして浮かんでいるのだ。
「鍔鬼!」
ひとつ、少し離れた場所に、紅色のものがあった。それはまるで胎児のように丸くなった、椿色の着物を着た鍔鬼だった。
まろく溶ける輪郭は朧で、今にもただの、光の球と同じになってしまいそうだ。
「鍔鬼…」
近くへ、そう思った途端、宙に浮くような感覚だった足がしっかりと歩みを始めた。実際に近寄ってみると、鍔鬼は長身の欽十朗が僅かに見上げねばならない位置に頭がある。
抱き留めようか。
だが、安らかにしかし人形のように眠るその顔を見ると、おいそれと触れる事は出来なかった。
ずき、と、何時か目の下に付けた傷が痛む。鍔鬼の刃に触れた証。
「…鍔鬼、頼む。聞いてくれ」
益々以て、少女の姿をしたものが、個としての鬼が溶けかかる。
「俺の名でも、魂でも、腕でも、何処からでも良い。繋いでくれ。お前の銘に、俺の銘に。だから、頼む」
髪の栗色が、肌の白が、消えて、着物と同じ清らな色に染まる。椿。武士の花。潤塗の鞘。紅梅と同じ色。
「頼む。行かないでくれ」
行かないでくれ。捨てないでくれ。谷を、鬼を、椿を、刀を、捨てないでくれ。




「もう一度、約束をしよう」














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