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クレイジー・アイランド





人をフライパンでぶん殴ってもあんまり血は出ない。そう、顔面だったとしてもあんまり出ない。寧ろ鼻血以外では涙とか唾液とか鼻水とかが目立つ。顔以外を殴るんだったら或いは腹部や胸部だと黄色くて酸っぱい刺激臭のする胃液。とか。出ちゃうかも知れない。
ぎぃ。こー…。きぃ。
錆びた蝶番が軋む鋼鉄の扉を開ける。大量生産品に相応しい。のっぺり。無個性。広がる赤い血鉄錆の臭い。薄汚れた汚い床に倒れる肉と皮と血とあれやこれやの物質。つまりは人間。
目撃者であるネズミは嘆息した。
「ヒールコーぉ」
フライパンを持った少年がゆっくりと顔を上げる。所々塗装が剥げた、鮮やかなオレンジ色の調理器具に目立った汚れはない。アッシュに染めた筈の髪の毛は傷みまくってキューティクルは壊滅状態。色も落ちまくって白っぽい。肌も無駄に白い。血色が悪い。不健康な体躯。顔だけはきっと上の上。多分あと二年もすればホストになれるし、今すぐ男娼になって一回六万ぐらい稼げる。そんな所謂カワユイお顔。お誂え向きに安っぽいグレーのパーカと国防色のカーゴパンツ。派手な靴ひものスニーカーはブランドのパチモン。よくいる良さめなスラムの住人。でも薬をキメてる様子はない。
やれやれだぜ。お気に入りの少年漫画の台詞をトレースしながらネズミはわざとらしく肩をすくめた。
「マトーに用があったんだけどな」
返り血ならぬ返り鼻血をパーカに散らしたヒルコが洟を啜った。汚い。ヒルコはいつもよい子ではないのでハンカチちり紙を持ち歩かない。
「ケンカーぁ?」
首を傾げて片足まで上げて体を傾けるネズミの前で、ヒルコはボロボロと涙を流した。足元ではフライパンでめった打ちにしたヒルコ最愛のマトーがぴくぴく痙攣と瞬きを繰り返している。
「マトーが、オレが話しかけてんのにぃ…電話取ったぁ…マトーはオレより電話のが大事んなったみてぇだから、だからぁ…」
ぐすぐすみっともないヒルコは鼻水まで垂れ流しながら幼稚園児みたいに泣いた。無様。ヒルコは十五歳だ。しゃがんで、マトーのズボンのポケットに入っていたポケットティッシュを取り出して洟をかんで、使った紙をマトーの上に捨てた。ぺしょ。体液を包んで重たくなった紙はめっこめこにされた頭の上に落ちた。
「っ、は、キャハハハハハハハハハ!超うける!」
キャハハハハハハハハハ!キャハハハハハハハハハ!キャハハハハハハハハハ!
ネズミが笑う。





素材:「ニコジャム」様









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