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人間は何時も忙しない。
一匹の狐が草むらから出て、堂々と人の姿に化けたとしても、気付かない。但し、六歳を数える前の子供は例外で、まだ人間ではないから、見えてしまう見付けてしまう。
落ち着いた、少しくすんだ水色に染めた麻地の中華風のシャツに、黒いジーンズ、有名ブランドのスニーカーという出で立ちの青年を、一人の子供が見上げていた。小さな口をあんぐりと、大きく開けて。恐らくは、衣服からして女児。
「今のは、秘密だよ」
膝を折って、先程まで狐の姿だった青年…丘山が子供の口に人差し指を当てる。
そのままにっこりと笑って、鼻歌を歌いながら歩いてゆく。行き先は複数の会社が事務所を構える集合ビルである。
誰に咎められるでもなく丘山はビルに入り、階段を上り、屋上の扉を開いた。風の吹きすさぶ屋上には空き缶が一つ転がっている位で、閑散としている。
錆び付いた手すりに近寄って、そして不吉に軋むそこにふわりと腰掛けると、眼下には道を挟んで、向かいのビルの事務所がよく見えた。時刻は夕暮れを過ぎた頃で辺りは一面薄青い。
確認の為に目を閉じて、耳を澄ます。
「ほんと、バカだよなぁ木下の奴」
「子供轢いて自分も自殺とか、凄いよね。化けて出るんじゃない?」
「でもさぁ、何言ったって結局はヒトゴロシだろ?遺族の無念を晴らしたっつー事で!」
「あっはは、ヒッドー」
ゆっくりと瞼を上げて、それから長い足を組む。尖った爪の生えた指先を、さっき子供に向けた時よりも真っ直ぐに立てる。
「…そろそろ、頃合いか」
そして指先をゆっくりと、まるで指揮者のようにゆらゆらと振る。
バツン。
電気が落ちて、何人かの女が悲鳴を上げる。
「こんなものかな」
ぽつ。ぽつ。ぽつ。
青白い狐火が、事務所の中を照らして踊る。今度こそとうとう男女入り混じった悲鳴が上がって、丘山はその場を後にした。




抹香髑髏(これは丘山が命名した)の件が片付いてから、鍔鬼の機嫌は最高に良かった。
「やれば出来るのだから、鉦継、きちんと精進なさい」
親のように口煩く鍛錬しろと言ってくんのは相変わらずだけど、前みたいにギスギスした威圧感はない。大分ラクだ。
「初めてにしては中々だから、次は狐だけ連れて、一人でやってみなさい」
「ちょっと待てっ!次ってなんだよ次って!?」
「当たり前じゃない。世には怪異も妖も溢れているのだから」
あっさりとそう言い切られて仕方なく(オレだって嫌だが、妖怪は真剣に怖い。怖いモンは怖い)怪異とやらに遭っても対処出来るように、真面目に修練を始めた。
丘山はといえば相変わらず甘ったるい菓子ばかり食ってゴロゴロしている。つか今日もオレの部屋でゴロゴロしながらボロボロ菓子パン零してやがったから殴った。
まあ、親父やお袋には鍔鬼も丘山も見えてないみたいだし、バレなきゃ良いかと思ってる。
「あ、そうだ…兄貴」
「ッんだよ銀牙。オレ今お前に何も借りてねーからな」
「そうじゃなくて…あいつら、何」
「は?」
「着物のやつと、何時も青い服のやつ」




…オレ終了のお知らせ。







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