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一週間前、夏休みが始まった次の日に、親父に蔵の整理をしろって言われて、従姉妹の伊堵子(冗談みてーな名前だと思う)と一緒に蔵に入ったら刀の鬼と筒入り狐が居た。なんかその着物美少女の鬼と(ムカつくが)美形の狐男はオレの眷属らしい。何でもオレの曾祖父さんから「椿欽十朗の名を継ぐ者と共に谷を護る」ように契約を交わしているらしい。…意味わかんねぇ。
そんな訳で元から居た口煩い親父に加えて、その刀の鬼…鍔鬼までもが剣道の稽古しろって言うようになった。はっきり言ってウザい。やりたくない。
「オレじゃなくて、銀牙にやらせろよ…」
イライラしながら横断歩道の信号が変わるのを待ってたら、携帯の電池が切れた。最悪だ。
「はい」
スッと後ろからナチュラルに携帯の充電器が差し出された。思いっ切り嫌そうな顔をして振り向くと、釣り目のイケメンモデル体型の男が立っていた。口元に何かムカつく、こう、余裕綽々って感じの笑みを浮かべてるのがハラ立つ。
「…妖怪なんだろ?なんだよ、そのカッコ」
「妖怪も日々流行の研究はするのさ」
オレのしもべである筈の狐――丘山(変に人間臭い名前だ)は白いTシャツにライダース風なブルーグレーのノースリーブパーカー、細身のダメージジーンズに黒い革靴という限りなく都会的な服を着ていた。ご丁寧に尻ポケットにはチェーン付きの財布まで入っている。手には大きなコンビニの袋をぶら下げていて、間違いなくオレより金を持ってるのがわかった。
「うげっ、全部甘いもんかよ…」
「目がなくてね。昔から」
思いっ切り甘ったるそうなバナナミルクのパックを出して、心底美味そうに飲んでいる。袋の中身はメロンパン、ワッフルやシュークリームにプリンにゼリーに、とそういったものばかりだ。見ているだけで胸焼けがしてくる。
「新発売のこれなんか実に僕好みだ。矢張り、時代が進むと良い事もある」
「そりゃー良かった。今すぐ帰ってくれたらもっと良いけどな」
「おや、いいのかい?ほら、見てごらんよ」
コンビニの袋から出した、女子がよく持ってるような手鏡を開いて、丘山が見せてくる。何かと思って覗き込むと、後ろに立っているものがあった。結構離れた場所に居るのに、何故だかくっきり映っている。それがこっちを見ているのがわかる位には。
「うっ…わ、」
「静かに」
ぱ。叫び出しそうになったオレの口に、甘ったるいメロンパンが押し込まれた。バクバク鳴る心臓をどうにかこうにか手で押さえて、一口かじってなんとか飲み込んだ。ハンパなく甘い。その甘さで逆に冷静になれた。
「なっ、ななななんだよアレっ…」
「妖怪さ。見た所、生まれてまだ新しい。君に目を付けたようだ」
アッサリと言われるが、そんな軽く済まされるようなもんじゃない。ズルズル長い海藻みたいな髪と今にも腐り落ちそうな目玉を持った骸骨がこっちを見ている。
「説明したじゃあないか。椿家の血は陽の気が強い。妖を寄せる人間だ。つまり、奴には君が美味そうに見えるのさ。つまり、メロンパンみたいにね」
暗に、それでも帰れと言うのかい?と聞いてくる狐を殴りたいのは山々だが、それよりもまず、恐ろし過ぎる。
「どっ、どうすれば良いんだよ」
「君が祓うしかない」
「お前が倒せよ!」
「あれは不味そうだ。口に入れたくはないね」
食うのかよ!
と、突っ込みたいのは山々だが、後ろの奴が近寄ってきたからそれ所じゃなくなった。
「これは不本意ながら僕の主なんだ。何か用かい?」
先に丘山が体ごと振り向いた。さっきまで見ていた手鏡が白いビニール袋の中に戻されて、既に青に変わった信号を見る。
「なんだよ、これ…」
おかしい。
人も、車も、何も居ない。遠くに駐車違反の車が何台か止まっているが、動くものが何もない。音もしない。気配も、物凄く遠くにはポツポツあるが、近くには後ろのヤツと、丘山の気配しかしない。
怖い。
ぞわ。背筋が冷たくなった。今ここには、オレ以外に人間が、居ない。




「オ前デモイイ」




嫌な予感がして振り向くと、丘山と骸骨の姿は消えていた。同時に、車や、行き交う人々が戻ってくる。静かだった反動なのか、いつも聞いている町の音が煩い。
「丘山…?」
地面には、コンビニの買い物袋が落ちて、中身のプリンだとかがハデに崩れている。
信号機から流れる「とおりゃんせ」の安っぽい電子音が、変に頭に響いた。






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あきゅろす。
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