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第一話「悟空転生」




彼は突然目覚めた。
突然、この世に生まれ落ちたのだ。女の腹も、石の卵も通らずに、彼は唐突に存在していた。
最初は一体何が起きたのか、彼にもわからなかった。事態を把握したのは先ず頬を撫でる冷たい風に気付き、次に耳から音を得て、次にその目に映る色彩の奔流を知ってからだった。
吹き荒ぶ北風、クラクションにエンジン音、何処かの交差点から響く調子外れの古風なメロディに、聳え立つ摩天楼は様々に安っぽい光を湛えている。行き交う人々。道端に寝転ぶ死体のような浮浪者。客引きをする風俗店の看板持ち…
明晰なる頭脳はこの状況下から予測され得るだろう全てを理解した。
「…は、」
道の真ん中で棒立ちになっていた彼の肩に、一人の中年男がぶつかった。小柄な肩はしかし、よろめかない。
余りに異様な雰囲気に圧倒的な存在感に、ぶつかった男がこわごわと振り向く。
「ははははははは!」
気狂いのような呵々大笑。大音量。周囲に在る眼球が悉く一点を見据える。
長い、長い咆哮だった。大気が震えていた。
「っ、は、は…」
息をすっかり吐き出すと、彼は深呼吸した。肺の調子は上々だ。腸の具合も悪くない。
「お、おい君…」
人の良さそうな壮年の男が観衆の総意を代弁しようと声を掛けるが、しかし次の瞬間、彼の姿は最早見えなくなっていた。
続け様に響いてくる笑い声。
強いビル風が耳殻を擽った。彼は中空にいた。瞬きの間に跳躍したのだ。にぃ、凶暴に口角を上げて笑う。唇の隙間から剥き出しになった犬歯が冷たく乾く。
重力に従って落下しながら、また吼える。
「この手!足!」
濁った大都の空に、赤い瞳が金に光る。翳した手が足が映り込む。
「まさしく人だ!人のものだ!」
白い骨に肉が包まれるはこれも毛のない肌。尻に尾もない。変化はしていない。長い手足が、その証。
押し寄せる歓喜と共に雲を蹴り、高き摩天楼をまるで木の如くして舞う。次はあちらへ今度は此方へ、めまぐるしく駆け上がりそして悪戯に下降し、鉄骨を孕んだ塔を弄ぶ。
一際高い塔を見付け、其方に飛び移ると、彼はその外壁の僅かなでっぱりに手を掛けた。そのままぶらぶらとぶら下がりながら、此処は何処かと確かめようと、広い視界に河を探す。
すると彼が現れたのは展望台の硝子の向こう。中の凡夫は驚き婦女は叫んで喧しい。仕方なしに尖った天辺へと登り、今度こそ全てを臨む。
ややあって、下から上下が一体になった作業着姿の男が二人やって来た。
「君!一体、何をやってるんだ!早くこっちに来なさい!」
強い風に煽られて、彼の髪が靡く。
「ハッ!」
この程度の、高さ。
「誰に口聞いてやがる」
振り向く。紅蓮の瞳が黄金に光る。例の、牙を見せた凶暴な笑み。高らかに名乗る。
「俺こそは斉天大聖、孫悟空!貴様らにこの孫さま、止められるもんなら止めてみやがれ!」
次の瞬間、彼は身を投げ出していた。あっという間に姿は遠く、下方の雑踏へと紛れてしまった。塔の上には声の余韻が残るばかりである。






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あきゅろす。
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