歩む先に何があるのか解らないままでも、このまま手を繋いでいてくれますか?
その話は、ついひと月程前から言われていたという。
「ちょうどその頃、吉原の方で敷地を広げるって話が出てたらしくてね…あたしらの店がある辺り、あそこもその範囲に入ってたんだとか」
「…ここ最近、岡場所が妙に静かだったと思ったら…」
「ああ。うちの近くにあった店も、何軒か吉原の中に入っちまったみたいだ」
他の遊廓を吸収して大きくなった吉原は、いよいよその計画を実行に移そうとした。
「ただ、うちの遊廓はねぇ。男娼だったもんだから、御法度の都合上、吉原には入れないしね。まあ入る気なんかさらさら無いけどさ…吉原に入らない以上、あの場所を退くしかないらしくて」
それから、幾度と役人に立ち退きを迫られていたらしい。
「こちとら、雇ってる奴らの命が懸かってんだ。簡単に店畳むなんて出来やしないよ」
「でも…じゃあ、役人達は」
「今までは何とか話をごまかしてきたんだけど…最近どうも頻繁に顔出してくるもんだから、そろそろ一悶着あるんじゃないかね」
陽七が不安げにお唐を見ると、お唐は「ま、大丈夫だよ」と勝ち気な笑顔で返した。
「あの店は絶対に守るよ。陽達はみんな、あたしの大事な家族だからね」
それから、お唐と別れ美月屋へ戻る二人。陽七は、始終落ち込んだ様子で歩いていた。
生まれて初めての、不安でいっぱいの感情
「…、っ?」
ふと右手に温もりを感じる。
「陽七。暗くなってはいけませんよ」
徳勝が優しく包んだ手に、言い知れぬ安堵を覚えた。
「……はい」
歩む先に何があるのか解らないままでも、このまま手を繋いでいてくれますか?
(貴方となら、)
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