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何で生まれたのかなんて解らないけど、今あなたに必要とされたってことだけは解るよ。



「今度、お唐さんをここに連れてきても良いですか?」

陽七がそう尋ねると、勿論、と笑って徳勝が頷いた。

「僕、ずっとお唐さんにお世話になったから…いつか、恩返しがしたくて」
「恩返しの手伝いが出来るなら、喜んで協力しますよ」
「ありがとうございます!」
「…そうだ、それなら…お唐さんの為に一着、私が作りましょうか」

言いながら、腕捲りをして糠床に野菜を埋める。陽七は、暫し口を閉ざした後に漸くその意味を理解した。

「…え?美月さん、が?」
「お唐さんの好きな柄を教えてくだされば、刺繍も出来ます」
「………っえ、あの刺繍、美月さんが!?」

驚きのあまり声を荒げる陽七。徳勝は、何が意外なのか、といったようにキョトンと陽七を見つめた。

「ええ。全て、私の縫ったものですが…」
「……凄い…」

店内に飾られた着物を見渡す。どれも精巧で、とても徳勝のような不器用そうな男に作れる物には見えなかった。

「陽七、そろそろ夕餉の下拵えを手伝って貰えますか」
「あ、はいっ」

ぱたぱたと台所に向かう陽七。目の端には、あの時に見た金色の桜吹雪がちらついていた。




翌日。
同じようにお茶運びを務めていた陽七は、留守番を任された。

“お醤油と、今日の夕餉の為の材料を買ってきます。大丈夫、すぐに帰りますから”

とはいえ、一人で店を任された陽七は緊張のあまり正座のまま固まっていた。

「…お客さん、来ないといいな…」

商売人らしからぬ台詞を吐いた陽七は、今までに何度となくしたように、店先に出ては徳勝の姿を探した。

「…まだかなぁ…」

一日千秋とはよく言ったもの。再び定位置に戻った陽七は、もう数回目の秋を迎えた心の時計を何度も睨んだ。

それでも、たとえ一人でも、絶対に待ち続ける。




あの時のように、独りじゃないから





何で生まれたのかなんて解らないけど、今あなたに必要とされたってことだけは解るよ。





(だから、待ち続ける)

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