貴方がずっとずっと笑っていてくれたら、途方もなくそう願う。 「ところでお唐さん。その時、美月さんには会ったんですか?」 着物を広げ、懐かしむように刺繍を撫でていたお唐に陽七が訊ねる。顔を上げたお唐は、記憶を引き出すように暫し黙り込んだ。 「……ああ…、確か、あたしが行った時は男の子一人だったね」 「男の子?」 「そう。十五年前かしら。だから、今はもう大人だと思うけど。確か、名前は………のり、」 「徳勝」 そうそうノリカツ、と応え、お唐は陽七の方を見て言葉を続けた。 「あたしが二十四の時。店を開こうと決めて、接客用の服を買いに出て…たまたま見かけた美月屋でね、この着物と出逢ったのさ。……そう、随分と客慣れした子だったよ」 だんだんと思い出されてきた記憶を、お唐は遠い目で語り続けた。 「少しだけ話をしたけどねぇ…両親に早々と先立たれて、ずっと独りで店番してたんだって。随分としっかり者で。ただ」 「…ただ?」 「目が、ね。目だけは冷たい子だった。感情が読み取れない、って言うのかい、そんな感じ」 とにかく子供っぽくなかったね、と付け加えて、さて、とお唐は着物を畳み始めた。 「そろそろ店始めるよ。陽がこんなとこにいたんじゃ、客に勘違いされて指名されちまうよ」 帰り道、陽七はお唐から聞いた話を思い出していた。 「…冷たい、か」 少なくとも今の姿からは想像に難い。 「昔の美月さん……どんな人だったんだろ」 それに、何より 「親がいないなんて、寂しかっただろうな…」 寝る前に、一つだけ質問をしてみた。 「年齢、ですか?えっと……二十六、ですね」 ということは、お唐さんが会ったのは十一歳の美月さん。そんな若い頃から…。 「それが、どうかしましたか?」 「いえ…何でも」 十一歳の、冷たい目の、僕の知らない美月さん。 知りたいけど、見たくはないと思った。 貴方がずっとずっと笑っていてくれたら、途方もなくそう願う。 (あなたの笑顔が一番好きだから) [*前へ][次へ#] [戻る] |