貴女がいてくれなければ、今ここに僕はいない。
それから家に帰ってきた二人は、明日の為の支度を始めた。
「この店は、休みが一週間に一日しかないんですか?」
「ええ。毎日は、流石に疲れますので」
着物を畳む手を止めて徳勝が言うと、陽七は感心したように溜め息を吐いた。
「お唐さんとこなんか、週に三日は休みなのに」
「お唐さん…?」
「仕事場の…言ってませんでしたっけ。僕、遊廓で働いてるんです、男色専用の」
「遊廓……ですか」
「あ、身売りじゃありませんよ。…それに」
一呼吸置いて、陽七はふっと笑った。
「あの店は良いところです。お唐さんも、優しい人ですし」
「…しかし、遊廓と聞くと…農村から身売りの娘がやって来る場所だと」
「お唐さんの遊廓は、仕事に困った人や身寄りのない人、或いは男色で肩身の狭い人が頼って来るんです。吉原のように春を売らされるのとは違って」
「お唐さん、というのは素敵な人ですね」
「ええ。僕も…お世話になりました」
本当に…と呟く陽七。徳勝は、あぁそうだ、と思い出したように言った。
「お唐さんのところに、挨拶に行ったら如何ですか。陽七は無事、新しい住処を得ましたと」
「…そうですね…あの人には心配ばかりかけていましたし。それに、幾らか返さないといけないお金も…」
お金?と徳勝が訊ねると、陽七は苦笑いを浮かべて頷いた。
「今まで、遊廓の他に生活の稼ぎを作る仕事がなくて……やっと、ちゃんと仕事が探せそうです」
「そういうことでしたら…お給金、出しますよ。美月屋も立派な働き先ですから」
「え…でもそれは、住まわせて貰う代わりに」
「家族を住まわせる為に、仕事を強いることはしません」
それとも、と言って陽七を見つめる。
「家族より、雇い主の私が良いですか?」
「…美月さん…」
「遠慮は要りません、小遣いだと思ってください」
お唐さん、幸せな未来をありがとうございます。
貴女がいてくれなければ、今ここに僕はいない。
(昔も今も、僕はたくさんの愛に包まれて生きている)
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