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貴方がその悲しい微笑みに慣れぬよう見守ることの出来るこの距離を、どうか私に与えていて下さい。



昼間のうちに仕事を終え、簡素な昼食を済ませる陽七と徳勝。

「ごちそうさまでした」
「…あ…そうだ、陽七さん」

茶碗を水の張った桶に浸け、徳勝が思い出したように陽七を呼んだ。

「陽七で良いですって…あなたより年下なんですから」
「そうでしたっけ……では、陽七。これから少し、散歩にでも出かけませんか」

軽く茶碗を濯ぐと、徳勝は手拭いで手を拭いて、良い天気だから、そう続けた。




「本当に、良い天気ですね」

町並みを歩きながら、陽七は軽い足取りでそう言った。

「散歩には良い日です。最も金のかからない趣味ですね」
「確かに」

可笑しそうに笑う陽七につられ、徳勝もくすりと笑った。

「…ん」

一軒の水茶屋の前で、ふと立ち止まる徳勝。陽七が不思議そうに顔を見ると、にこりと笑って店の中を指差した。

「ちょっと、寄っていきませんか」
「…いいんですか…?!」

ええ、と頷く徳勝。贅沢など殆どしたことのない陽七は目を輝かせ、店に入る徳勝の後を追った。



「さあ、召し上がれ」

団子の皿を差し出し、どうぞ、と勧める徳勝。恐る恐る手を伸ばした陽七は、一口頬張り嬉しそうに頬を緩めた。

「美味しい…」

その様子を見て、良かった、と笑う徳勝。一本を食べきり、出されていたお茶を啜る。はぁ、と短い溜め息を吐いた。

「……夢みたい、です」
「え?」
「こんな風に、美味しい物を食べられて…普通に、美味しいって喜べるのが」

ふっと、視線を皿に落とす。何を考えているのかは、徳勝に計り知れるところではなかった。

「なんだか、急に幸せ過ぎて…ちょっと、戸惑ってたり」
「……少しずつ慣れれば、いいと思います」




そうですかね、とはにかんだ陽七を見つめて、徳勝は頷きながらそっと祈った。





貴方がその悲しい微笑みに慣れぬよう見守ることの出来るこの距離を、どうか私に与えていて下さい。





(どうか、どうか)

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