疲れたでしょう、さあ目を閉じてぐっすり休んで、明日の貴方がどうか笑っていますように。
「驚きましたよ。突然、接吻など」
男は、粥を啜る陽七にそう言うとくすりと笑った。俄かに赤面する陽七。
「…すみませんでした」
「いえ…しかし、あなたはそういった性癖をお持ちなのですね」
「………」
「この御時世ではさぞや大変でしょう」
言いながら口元を押さえる彼の、その頬が何故か薄桃に染まっていたことに、陽七は気づいた。
「…あの、美月さん」
「何でしょうか?」
「美月さんは…異性愛の方ではないのですか」
粥を飲み込むと、陽七は男---美月 徳勝と名乗った---に向かってそう尋ねる。徳勝の手が、唇から離れた。
「え…あ、はあ」
「あんなことされて、平気でいられるなんて」
「……私は、どちらなのか自分でも分かっていないのです」
俯きがちになる徳勝を見た陽七は、まずかったか…と口を噤んだ。
「いえ…あまり、人に興味がない、とでも申しましょうか…」
「人に…?」
「はい。若くして両親に先立たれ、身寄りもなく、この店を独り切り盛りして生きていました。殊に、恋愛に関しては…」
「店…そういえば、美月さんは」
「呉服屋を営んでいます。幼少から両親を手伝っていたのが、功を奏したと言いましょうか」
ふ、と小さく微笑む徳勝。その翳りを、見た気がした。
「そろそろ、お休みになられたら如何ですか?陽七さんもお疲れでしょう」
「…あ…、はい」
「布団、一つしか無いのですが…大丈夫ですか」
戸惑ったような笑みを浮かべて言った徳勝の言葉に、陽七はその意味を理解した。
「…大丈夫、です…」
お互いの顔が赤かったのは何故だろうか。その理由を知るのは、もっと後になってから。
疲れたでしょう、さあ目を閉じてぐっすり休んで、明日の貴方がどうか笑っていますように。
(久しぶりの、安らかな夜に)
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