Short
恋のジンクス
『願いが叶う花』
今上陸している島には、そう呼ばれる花があるらしい。
その花に強く願えば、
望みが叶えられる…――――
「四つ葉のクローバーみたいなものかしら?」
「そんな所ね…でも、見つけるのはかなり困難みたいね」
船での朝食後、ナミさんとロビンちゃんが話している『願いが叶う花』というものが気になって、俺はコーヒーを出しながらその会話に混ざった。
「その花はこの島にしか咲いてないんですか?」
「そうみたい。だけどこの島の人間でさえ、滅多に見る事は出来ないらしいわ。とても色鮮やかな青色で目立つのに、不思議となかなか見つからないんですって」
「へぇ…素敵な話ですね。…見てみたいなぁ…」
「あら、サンジ君。その花を見つけたら何を願うの?」
思わずうっとりとしていた俺に、ナミさんが面白そうに聞いてくる。
「…そりゃ勿論、ナミさんとロビンちゃんとの永遠の愛を…」
「ロビンは何を願うの?」
「フフッ、何かしらね」
「まぁ所詮ジンクスでしょ〜?お金の話はないの?」
サラリと二人にかわされた俺は、心の中でアイツの事を思い浮かべた。
アイツは…
ゾロは、レディにモテる。
一緒に買い出しに行けば、必ずと言っていいほどレディからの熱い視線が向けられてる。
…悔しいけど、イイ男だもんな。
マリモのくせに。
日に焼けた肌に、逞しい体。
鋭い眼光に、筋の通った鼻。
いつも怖い顔してるけど、たまに笑った時は意外とかわいい。
そんなゾロに、レディ達は釘付けだ。
そんなゾロに…
俺も釘付けだったりする。
鷹の目との戦いを見たあの日から。
俺は、ずっとずっと…
ゾロのことが大好きだ。
最初は、同じ男としての『憧れ』的な気持ちだと思ってた。
でも……違った。
声を聞けばキュンとするし、顔を見ればドキドキする。
近くにいたらそれはもう、心臓が爆発するんじゃないかってくらい。
言葉を交わせるのが嬉しい。
俺の料理を食ってくれるのが嬉しい。
喧嘩でも何でも、ゾロと関われることが嬉しい。
構って欲しくて、わざと喧嘩をふっかけたり。
とにかくゾロの全部が大好き。
あの整った顔も、
引き締まった体も、
低くて男らしい声も…
意外と真面目なところや、
一本気な性格、
鍛錬してるところ、
剣を振ってるところ…
果ては寝てる姿でさえ格好良く見える。
だけど、レディにモテるゾロ。
別に俺はゾロの恋人でも何でもないけど、嫉妬みたいな感情が湧いてくる。
レディ達は大好きだけど…
そのレディ達にヤキモチを焼く俺。
もう、重傷。
…俺がどう頑張ったって、願ったって…
この想いは報われないのに。
ゾロはあの腕で、逞しい体で…
どんな風にレディを抱きしめるんだろう?
―――――……‥
「…おぅ、兄ちゃん!それ、買うのか?買わないのか?」
「え?………あ、あぁ…買う。20個くれ」
「気前がいいねぇっ!5つオマケしとくよ!」
「…いいのか?ありがとなっ」
「毎度〜!」
そうだ。今は買い出し中。
……ゾロと二人で。
せっかく二人でいるのに、時間が勿体ない。
気さくな店主から品物を受け取ると、いそいそと店の外へ出る。
「おまた、せ…」
外へ出ると、目立った緑頭がいない。
「…あの野郎、どこ行きやがった…」
あれほど動くなって言ったのに。
どうせ勝手に動いて迷子にでもなったんだろう。
辺りをキョロキョロと見渡してみるが、それらしき奴はいない。
「…ったく。しょうがねぇなぁ」
それほど大きな街じゃなかったから、俺は買い出しをしつつゾロを探すことにした。
―――――……‥
「…クソ、見つかんねぇ…」
暫く街を歩いて探したものの、マリモの姿はどこにも見当たらない。
このままウロウロしていてもキリがないと思い、近くの街人に聞いてみることにした。
「すみませんレディ、ちょっとお訊ねしたいんですが…」
「あらヤダ、レディだなんて!何でも聞いてちょうだいっ」
歳は50くらいだろうか…
だけど俺にとってはいくつの人もレディには違いない。
「この辺で緑髪の剣士を見かけませんでしたか?刀3本の…ダサい腹巻きしてる奴なんですが」
「…あぁ!その人ならさっき見かけたわ!…綺麗な女の子と歩いてたわよ〜」
「………え……?」
「確かあの丘の方へ歩いていったわ」
心臓が大きく跳ねた。
胸がギュッと締め付けられる。
「……そうですか。ありがとう、レディ」
…何て事はない。
ゾロがレディにモテるのは分かってたことだ。
買い出しなら、俺一人でもできる。
後を追いかけるのもバカらしくなって、俺は元の道へ引き返した。
「ちょっとお兄ちゃん!追いかけなくていいのかい?」
「…はい…」
ペコリと軽く頭を下げ、足早に道を歩いた。
何も考えないようにひたすら進んで、気付けば街の外れに来ていた。
急に冷静になって立ち止まると、瞼がじんと熱くなるのが分かった。
「………っ…」
…こんな事で泣きそうになっててどうすんだ、俺。
涙が零れる前に空を見上げた。
「…船に…戻ろう」
出航は明日の昼だ。
日も沈んできたし、明日の朝一番に買い出しの続きをしよう。
大きく深呼吸をして、ゆっくりと歩き出す。
「そこの綺麗なお兄ちゃん」
「…?」
大通りへ向かって歩いていると、一人の若い男が話しかけてきた。
「寂しそうな顔してるね。何かあったのか?」
「……いや、別に…」
考えないようにしていたのに、またさっきの事が頭に浮かんできた。
「可愛い顔してるのに…そんな顔してちゃ勿体ないぜ?」
「………………」
「よかったら一緒に…」
―――バキッ!!
「…気安く触んじゃねぇ」
馴れ馴れしく腰に手を回してきたもんだから、蹴りを一発お見舞いしてやった。
自慢じゃないが、俺は…
男にモテる。
バラティエ時代から、こういう事は何度もあった。
…モテるなら、レディにモテたい所なんだけど。
「………はぁ…」
だけど、別にモテなくたっていい。
大勢の人に好かれなくても、たった一人の…大好きな人に振り向いてもらいたい。
「……ゾロ…」
小さく名前を呼んでみる。
トボトボ歩いていると、何だかまた切なくなって、涙が溢れてきた。
好き。
好き。
大好き。
今度は涙を堪えることが出来なくて、俺は子供みたいに泣いた。
「…っ…ひっく……ふぇぇっ…」
「――――クソコック!」
「…っ…!?」
…クソコックなんて呼ぶ奴は、この世に一人しかいない。
低く掠れた、聞き覚えのある声。
振り向くと、そこには息を切らしたゾロがいた。
「……ゾ、ロ……」
「やっと見つけ……って、テメ…何…泣いてやがる…!?」
「…ぅうっ…な…泣いてねぇ…ひっく…」
「泣いてんじゃねぇか…」
目の前に現れた愛しい人に、更に涙が溢れてくる。
「…道に迷って泣いてたのか?」
「…違ぇよバカっ…」
「…じゃあ何でだ」
「…っ、何でもねぇ!…つーか…泣いてねぇし…ひっく」
「………アホ」
「…ぅうっ…アホは…てめ…だ…っ」
とことん素直になれない俺に、ゾロは呆れた顔を見せる。
だって…
泣いてる理由なんて…
そんなの言っちまったら、ゾロに告白するようなもんじゃねぇか。
言えるわけねぇよ…
「…………」
「…………」
暫く沈黙が続いた後、ゾロは少し気まずそうに何かを差し出してきた。
「…これ……テメェにやる」
「………?」
涙でボヤけている視界の中、必死に目を凝らしてそれを見る。
「……これ…っ」
ゾロの武骨な手には不似合いな、一輪の綺麗な青い花。
「………やる」
「……俺、に…?」
「…あぁ」
ゾロに言われるがまま、その花を受け取る。
この花、もしかして…
「……願いが…叶う花…?」
「……そうらしい、な」
今朝、ロビンちゃんが言ってた。
青くて綺麗な…
願いが叶う花。
「…テメェがロビンから…その花の話を聞いてた時、随分興味持ってただろ?……だから…その…あー…何だ……採ってきた」
俺の…ために…?
何で…何で…
「勝手に離れちまって…悪かった。店の外で待ってた時、偶然その花らしきモンを持ってる女が通りかかったんだ」
「………っ……」
「…咄嗟にとっ捕まえて…その花を見つけた場所まで案内してもらった。同じ場所にゃ滅多に咲いてねぇっつーから…見つかるか分かんなかったけどな」
そう言って、ゾロは笑顔を見せた。
…もう、だめだ。
嬉しすぎて…
どうにかなっちまう。
「…な…で…っ…何で…!」
「ん…?」
「……こんな事、すんなよ…っ……!…期待しちまうだろっ……俺は…っ、ゾロの事が…っ……」
涙がぽろぽろ零れて、手に持った花を濡らしていく。
「…ゾロの事が………好き…だから…っ」
泣きながらそう告げた後、俺はゾロの驚いた顔を見て我に返った。
「!…っ…ごめ、ん……俺っ…!」
顔の温度がどんどん上がっていくのが分かる。
俺…言うつもりなかったのに…
何て事言っちまったんだ…っ
笑い返して「ありがとう」って…そう言えばよかっただけなのに。
痛いほど静かな空気に耐えられなくなって、俺は目線を地面に移した。
…終わった。
頭の中で、これからコイツにどう接していこうか、なんて考えていたら、ゾロが口を開いた。
「…その花に…お前は何を願うつもりだったんだ…?」
「………?」
驚くほど優しいゾロの声のトーンに、俺は思わず顔を上げた。
相変わらず視界は涙で霞んでボヤけてるけど、ゾロが真剣な目で俺を見ている事だけは分かった。
「俺は…ジンクスだのそんなモンは信じちゃいねぇが……一つだけ、ずっと前からどうしても欲しいモンがあった」
―――――グイッ
「…っ………?!」
一瞬何が起こったか分からなかった。
強い力で引き寄せられ、気付けば俺は…
ゾロの腕の中にいた。
「……ぞ…ろ…っ?」
「……俺は…テメェがずっと欲しかった………サンジ」
「……ぇ……」
今目の前にいるのは、間違いなくゾロだ。
俺がずっとずっと想い続けた人。
「…好きだ…どうしようもねぇくらい…」
「…っひ…ぅ…、ふぇぇ…っ」
信じられない。
初めて名前を呼んでくれた。
ゾロが俺を好きだと言ってくれた。
ずっと憧れ続けたゾロの腕の中に、今…俺がいる。
「泣くな」
「…っ…泣いて…ねぇ…ばかまりも…っ」
「意地っ張り」
ゾロは優しく笑いながら、そっとキスをくれた。
――――――……‥
『願いが叶う花』に力があったのかは分からない。
だけど、それが俺たちを結ぶキッカケになったのは事実。
ゾロがくれたその花は
いつまでも枯れることなくキッチンに咲き続けた。
いつまでも、
いつまでも…。
end.
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!