[携帯モード] [URL送信]

Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page8 再宣戦




波打つ空間。
流れゆく歪んだ景色


それはありふれた自然のものではなく
意図的に湾曲させられた情景。


転移の魔法は些か息苦しい




アレース「……」



そんな中を私は一人、

いや、傍らに弟を抱えながら私は考えに更けっていた。




「よろしかったのですか?」



唐突に頭に響く女の声。
その声の主が誰なのか、私は知っている



アレース「白々しいな、あの時私の手綱を握って離さなかったくせに」


シラフ「あはは、やっぱりバレてますねぇ」

アレース「当然だろう…でなければ戦っていたさ」


あの時に感じた、奴…

スレイブから感じた魔力の波長には強い違和感があった。


シラフ「本当に戦われましたか、あの時に…」

アレース「何が言いたい…、…何か気づいているな?」

私の問いかけに彼女は無言ながら頷く気配を感じ取る。
遠く離れた場所からでも察知できた異変…

奴に何が…?


シラフ「私見ですが、件のスレイブはヤーンの契りを使っていたかと」

アレース「ヤーンを…?」


おかしい。
ヤーンの契りについては私たちはそれなりに知識はある。

故に、奴はその知識から外れた部分が目立っている


シラフ「…アレース様の方こそ、なにかお気づきで?」

アレース「ああ、ヤーンを結んでいるなら契約者の魔力の色が乗るはず…」

アレース「しかし、奴のあの様は…単に魔力が増大していただけに見えたが…」


私の疑問点を聞いていたシラフが混乱し始めた
彼女もそれなりに知識はあるが私との意見が食い違っているために頭を抱えているらしい


シラフ「えっと…なぜアレース様はスレイブが契りを結んでいないという前提でお話を?」

行きついた先の問いかけはこうだった。
彼女は私が『スレイブが契約していない』と思って話をしているらしい。


アレース「奴には、マヌカンの姫君の魔力が備わっていなかったからな」

シラフ「え…?」

アレース「む…?」


より増した相違点。
私の言葉を聞いた彼女はとても悩んでいるのがこちらでもわかる。
今も尚、それを言葉にして伝えようとしてはいるのだが…


アレース「砕けた話し方でもいい、言ってみろ」

シラフ「えっと…じゃあ…、彼の契約者って…近くにいた女の子では?」


……なんだと?


アレース「莫迦な、そんなことがあってたまるか!!」

シラフ「お、落ち着いてください…憶測の域であってまだ確定した訳では…」


ありえない。
アイツが、マヌカンの姫君と契りを結んでいないなどと…

もし違うとしたら…
あの方の想いは…



アレース「…はぁあああ………すまない、取り乱した」

シラフ「いえ…あの、差支えなければ…なぜスレイブがマヌカン姫と契りを結ぶと思われたのかお聞かせいただいても…?」

そうか。
そこから話さなければいけなかった…。

彼女が私の考えに対し、理解に苦しむも無理はない。


アレース「要点だけで構わないか?」

シラフ「構いません、お願い致します…」


アレース「十余年も昔、我らにはそれぞれ契約者がいたのだ」

シラフ「…」


遠い過去に想いを馳せる。
あの時発現した感情は今もこの胸の奥に、どす黒い感情を渦巻かせ続けている


とても厄介な事件があった


アレース「私たちはそれぞれ契約者の警護に当たりながらも戦いに身を投じることになったのだが」

アレース「不幸にも私とネメシスの契約者は亡くなり…スレイブの契約者のみ生きながらえた」

シラフ「その契約者とマヌカンの姫君になにか関係が…?」



………。



アレース「その契約者がリリン・マヌカン姫なのだ」


契約が今も続いているのか
あの時だけだったのか私は知り得ない。


しかし

過去に見た奴が纏う魔力はとても強大だった。
全てを奪い尽くす紅蓮の魔粒子

その片鱗とまではいかないが、先日に戦った奴は何かしらの力を隠していた。

顕現させたソレは、大きく予想から逸れた外道ではあったが
リリン姫から賜ったものではないとすると…


アレース「ネメシスを回収後、すぐにピースへと戻る」

シラフ「なっ…無茶ですっ…まだあなたも万全ではないんですよ!?」


知れたこと。
今の私では全力を出せるとは思えない

だが、それでも奴には問いたださねばならないことがある


アレース「いくら記憶を失っているからと…それを理由に切り捨てるなど許せるか」

アレース「ましてや、定めに従い姫君の元へ与するのであれば尚の事…」


奴の頭蓋を叩き割ってでも思い出させねばならない
奴の胸部を打ち抜いてでも吐き出させなくてはならない

かつての想いを。
その胸に抱く愚考を。




アレース「さて…今の話はこれくらいでいいだろう…問題は…」

シラフ「…ええ。」

転移魔法で帰還している最中、私は再び考え込んでいた


敗走


無断で出撃して、ネメシスの損傷も防ぐ事叶わず

敵に一撃すら食らわさずに退却…


おまけにスレイブにまで情けを掛けられ…完全な敗北だった


これでは、もうカイライの幹部として機能はさせてもらえないな…




アレース「せめて弟だけでも残してやりたいものだが…」

シラフ「なにを仰るのですか、貴方のような方を見限るなんてことあるはずが…」


一度や二度ならそうかも知れない。

小さな失敗も許されるであろう…


しかし
私は過去にも大きな失敗を起こし、甚大な被害をもたらした事のある欠陥品。

それも今度は最重要任務であるスレイブについての作戦行動中の阻害



アレース「望み薄だよ」

シラフ「そんな…」



腹を切る方法を考えていた矢先だった


傍らに抱いていた弟に変化が見られる





ネメシス「―――――――……ここは…」



アレース「…気が付いたか、ネメシス」



機能停止まで追い込まれ、
危うくは先がないと思っていたが…

やはりコイツの精神力は尋常ではないらしい。





ネメシス「…俺は……負けたところまでは覚えてんだ…」

ネメシス「だが、歩けなくなるまでのダメージは負ってはいなかった…何があったんだアレース?」


確かに。

今のネメシスの足は歩行には『外装での判断では』腹部の傷以外は差支えない状態だ



だが、ネメシスは動けない

先ほどの意識を失うほどの頭痛による『内部』の破損が原因だからだろう

幾ら意識が戻ったとはいえ、危険な状況に変わりない。


アレース「スレイブの件に関しては後回しだ、まずはお前の治療と整備を優先する…」



ネメシス「――――兄貴」



珍しい

あのネメシスが私の事を兄と呼ぶのは、いつ以来だったか


それ程までに今回の件、ネメシスにとって精神を乱すものだったのだろう



アレース「気に病むな、間もなく転移空間を抜ける…そしたらゆっくりと休め」


ネメシス「なあ、あの女は誰なんだ…?」


女…

スレイブの傍らに居た少女のことではない。
ネメシスが頭を抱えて叫んでいた時に口にしていた…


ネメシス「ずっと俺の名前を呼んでくるんだよ…悲しそうによ…」

ネメシス「ああいう奴はキライなんだよ…でも…」


ネメシス「アイツだけは…泣かせたくない…なんでだ?」


弟の言う女性の正体に私は心当たりがある。
だが、その記憶を失っている状態のネメシスに打ち明けてもいいのだろうか?

風化しかけていた想いが再燃して暴走
何事もなかったかのように流され
頑なに存在を否定して

どれも『彼女』の願う形ではない。
そして…かつてのネメシスが願った形でもない


アレース「回復したら、誰なのかを一緒に考えよう」

ネメシス「……」


私の言葉に安堵したのか、頷くこともなく

弟は静かに意識を落としていく



今はこれでいい。
いいんだ。


もう、務めに縛られることはないのだから…。





――――――――――




――――――――――







アレース「転移完了、現在位置…カイライ城」

シラフ「確認しました、差異はなし…躯体の異常も見受けられませんが早めに治療を受けてください」



転移魔法を抜け
地に足をつけると見覚えのある景色が目に映る


どうやら無事にここまでは連れて帰って来れたみたいだ



――――弟だけは。





アレース「……」

シラフ「……これは…」



音声のみだが彼女の焦る気配を感じ取れた


頭の片隅に、有り得るかもしれないと思っていた予想が的中してしまう。


ざっと見渡す限り、私の周りには五十に及ぶ数の量産されたトガタが囲むようにして立っている


そして目の前には、例の四人組の姿も確認された





青髪の男「無断で出撃して、手柄もなく帰還とは…いやはや軍神アレース様には恐れ入る」


太った男「ウィヒヒ…うまそうなの連れてるな…食っていい?食っていい?」


褐色白髪の女「よしな、そんな出来損ない食ったところじゃ身にもならないよ」


黄色髪翡翠色の目の女「………」



やはりか
転移前の議場でのやり取りでは、フードを深く被り顔が見えてはいなかった為に断定出来なかったが…

目の前の存在は我ら「トガタ」と呼ばれる戦闘に特化したカイライ兵ではない





アレース「何者だ貴様ら……」




褐色白髪の女「あんた達と同じ、カイライの幹部よ」


アレース「ぬかせ女、貴様らのような生温かな肌を持つ幹部など同僚に持った事はない」


青髪の男「でも事実ではあります、そして貴方達よりはカリス様に信頼されている」


太った男「今まで表に出てこなかったのは、必要がなかったから…いやぁー、便利な駒があるって楽だよね!!」



ただ独り、沈黙を貫く女を除いて一通り言葉を発した
誰もが私たちを快く受け入れるためにここに来た…という訳ではないらしい。


ならば、答えはひとつだけだ。




アレース「…よく喋る。はっきり言え――――ライ。」



ライ。


私も詳しくはないが確かな存在として今、認識をした

単語を口にした途端、目の前の奴らは動揺を隠しきれておらず

また私自身の直感が決めつけた


こいつらは、奴……スレイブと同じ人間の身なりを持つ化け物だと…




青髪の男「面白いことを…我らをライ…そう呼びましたよね?」

太った男「言った、確かに言った!ははっ!」

褐色白髪の女「…ふん」



なんだ…?
ライという単語に対しての奴らの驚愕に満ちた表情は途端に崩れ喜々としているようにも見える


とは言え、未だに言葉を発することのない女は今も表情を崩す事はない
淡々と私とネメシスの戦闘力を推し量っているように見える

この娘が一番厄介か…



青髪の男「おや…、貴女が前に出るとは珍しい」



周りの連中に苛立つかのように黙り込んでいた最後の一人が前へと出る

深いため息をつきながら、視線を左右へと振り
もう一度こちらを睨む



黄色髪翡翠色の目の女「つまり、お前達は名前だけの幹部で実質捨て駒」



なるほど、やはりそういう事か

主は我ら兄弟を当てになどしてはいなかった

そして目の前の奴らこそ切り札なのだろう。



ネメシス「調子こいてんじゃねぇぞコラァ!!!!」



突然の怒号


傍らに抱いていたネメシスがいつの間にか覚醒していたようで明確な殺意を目の前の存在に容赦なく向ける


アレース「落ち着けネメシス…負担が増える」



ネメシス「うるせぇ!」

ネメシス「おめーは恥ずかしくねぇのか、こんな顔も知れねぇ奴らに良い様に言われてよ!」



アレース「…ふ…」


そうか


コイツは昔みたいにただ苛立っているだけではなく、私が侮辱されたことに怒っているのか…



ネメシス「―――…なに笑ってんだよ」





…こいつはここまで、変わることが出来るのだな

……ならば、せめて繋ぐとしよう。




アレース「お前の存在こそ私の恥である」


ネメシス「なっ…」



次なる芽吹きになると信じ、
私も私なりに、意地を通してみよう




アレース「お前のような出来損ないの援護をしてこちらまで失脚するとは…私もつくづく愚か者よ」

ネメシス「…てめぇ…」

太った男「おいおい、兄弟喧嘩かい?ほんと愉快だねぇ!」

アレース「語るな贅肉。こいつはマヌケだが私はここまでではないぞ」



ネメシス「――――――っギ!!!!」


アレース「消え失せよ、お前との繋がりも今日までだ…」




単調な罵倒に持ち前の殺意を明確に表してくるのがわかる



さぁ、どうするネメシス…


…変わったのだろう?





ネメシス「……………………………そうかよ…ギギ…こちとら清々するぜ…」




体も満足に動けず、自身の圧倒的な不利な状況を把握したのか

ネメシスは落胆したように一人、足を引きずりながら城へと戻っていく




青髪の男「ふーん、そういう事ですか…逃がす気ですね?」


アレース「ぬかせ、所詮奴は重荷…どうなっても構いはしない」




流石にこの程度の思惑は筒抜けなようだ…





ネメシス「――――――――」




だが、私には培ってきた信頼がある

頼む…何としても情報班と合流しろ…辿り着ければシラフが治してくれるはずだ。





太った男「どうなってもいいならぁ…」

褐色白髪の女「ここで殺したっていいじゃん」



私の頭上を飛び越えていく二人。

後生のせめてもの頼みすら無碍に扱うとは…
本当に矜持など持ち合わせていないらしいな…


シラフ「加速。」

アレース「む」


脳内に響く彼女の声を皮切りに躯体の制御が一時的に譲渡される。
支配ではなく、あくまで補助的なものだ。

両足で勢いよく地を蹴り、宙を駆けると瞬く間にネメシスを追撃しようとした者達を捉えた。



太った男「ぴぎっ!?」

褐色白髪の女「速いっ…っが!?」


間合いに入った時、彼らも私の存在に気が付いたが遅い。
瞬間的に両腕で首根っこを掴み地面へと組み伏せる



シラフ「この方の言うことが聞けないクズども…」

シラフ「例えライといえ、それが己を無価値にしていると知れっ!」


……驚いた。

女性を怒らせると怖いというのは良く聞くし
過去、私も一度だけ怒らせたことがあるので知ってはいたけれど…


あの温厚なシラフ博士がここまで激昂するとは思ってはいなかった。



ネメシスの姿を見送るため、
私は敵対する存在全てに動きを与える隙など与えずじっと睨み殺す


視力で確認できなくとも魔力の流れで動きは読める
少しでも不審な動作が見られるならば、この組み伏せた二人の無事は保証できない。



アレース「……」

シラフ「こちらからのネメシス様の位置が確認できました、もう大丈夫かと」



魔力探知すら届かない距離まで行ったことを確認すると
有り難いことに確認のため、彼女から報告が上がる



これで安心して己の事を気にすることができる

私たちは再び奴らに視線を向け直すことにした




アレース「では、改めて貴様らの目的を聞こうか?」

褐色白髪の女「っ…アレースの捕縛、およびネメシスの…事情聴取」

アレース「前者は快諾しよう、しかし後者はメンテナンスを受けたネメシスになら良しとする」

太った男「ぐ、ぎぎ…そん、な事知らないねっ…お前の命令なんか聞くもんかっ!」


私の発言が気に入らなかったのか、肥えた男が不機嫌そうに口を開く



我々幹部はいつも互いを牽制してはいたものの
決して意見を無碍に扱う事だけはしなかった

それが他者に対する礼儀でもあったから…



先程と言い、こいつらにはカイライの幹部である礼儀すら持ってないということか



少々図に乗りすぎだろう。




アレース「――――なるほど、どうやらお前たちは私とここで血肉を削ぎ落す争いがしたいらしいな」


褐色白髪の女「っは、たかが一匹のトガタで私たちを殺せるとでも―――」

アレース「いいだろう、限界稼働を用いて貴様等全員…皆殺しだ」




訪れる静寂。


どうやら、こいつらは私と手合せしたら多少でもリスクになる理由があるようだ



青髪の男「―――了解です、そちらの条件も飲みましょう」


一人、口を開くと私の望んだ答えが返ってきた
思惑は正しいのか、それとも何かこいつらには策があるのか…そんなものは知ったことではない


アレース「賢明な判断だ」


今はこの状況を少しでも打開するしか我らが生き残る術はない

その為ならどんな思惑も利用して見せる…




青髪の男「では同行を願います」




私は手錠をはめられるとカイライ城の地下奥深くへと連行される



アレース「………」


いつの間にか私は独りで歩かされていた。

厳密に言うならば、先ほど徒党を組んでいた量産型のトガタが引率している形であり、
例の四人は音もなく立ち去っていたのだ



アレース「ここか」


扉を目の前に佇む

過去に何度か訪れたが、幾度も良い思いをした事がない。



技術班の管轄している場所である一室。

深手を負っていたり、再帰不能にまで追いやられたトガタはここに運び込まれる
私も、ネメシスも…スレイブもここに厄介になったが…


アレース「やはり、技術長はいない…か」


現在逃亡中の技術班の長、彼女が居てくれれば幾許か心に余裕が持てるが、今ではそれも叶わぬ夢。


見たこともない設備

人材


皆、おかしな気配を身にまとっている
私は今になって、ひとつ気が付いたことがあった。


アレース「……聞こえているか?」


応えはない。

シラフ博士の声が完全に断ち切られてしまっている。
そればかりか、補助的に送られてくる魔力も全て遮断されているようだった


これでは戦うこともできず、いずれ動作を停止してしまうだろう。

やれやれ…どうやら本当に私はもうダメなのかも知れないな…



「先ほどから何をぶつぶつと申されているのですか、軍神ともあろうお方が」


む。

聞き覚えのある声。

残念ながらシラフ博士の物ではないので心には一切響くことはない。
むしろ嫌悪感が募るばかりだ


アレース「貴様か、諜報の。」

諜報機「如何にも、改めて名乗らせて頂きます軍神アレース…」


表情を持たないトガタである諜報の長は私に対して一度跪くと自らの名を告げて来た


諜報機「我が名はフェイスレス・ノッペラーヴォ。」

フェイスレス「貴方と同じトガタにしてカイライ軍諜報機関を預かる幹部の一人です」


フェイスレス…
名の示す通り…いや。


アレース「見かけ通りの名か…カオナシ」

フェイスレス「然り、これは私を製作された方の意匠にて。」


しかし妙なやつだ。

ヒトの言う気配というものが安定しておらず
私たちが視ることができる魔力の流れも不規則だ


アレース「貴様、本当にトガタなのか」

フェイスレス「いや、今そう名乗らせて頂いたばかりですが…痴呆でいらっしゃる?」


失敬な。

確かにスレイブのやつに頭部を何度もやられはしたが破損などしていないし、ボケてもいない



フェイスレス「ははーん」

アレース「なんだ、言いたいことがあるならハッキリ言え」


フェイスレス「いえいえ、単に貴方を小馬鹿にした程度では怒らないんだなぁとね」

フェイスレス「短気な愚者かと思ってましたが…これは失敬」


…まぁ、言いたいことはわかる。
カイライに属する者達に私の印象を尋ねれば多くの者がこう口にするだろう


暴力の化身と。

その印象は甘んじて受け入れるとしよう。
ただ、私に対して挑発しようとするコイツの思惑が知れないので不気味である。


フェイスレス「以前は塵とお伝えしましたが…これも今日は怒られませんねぇ」

アレース「先ほども言ったろう、何がしたいのだ貴様は」


フェイスレス「いやぁ、簡単ですよ…戦ってみたかったんです」

フェイスレス「自称、カイライ一の豪傑である貴方とね」


む。

私と戦ってみたかった?


それはとても心躍る誘いではあるけれど…


アレース「生憎、この有様でな…廃棄も確定している身であるし貴様の望みは叶わないだろう」

フェイスレス「えぇ、もったいない…本当にゴミに興じてどうするんですか」

フェイスレス「躯体を張って笑いをとっても何も良いことはありませんよぉ?」


カオナシは私の前で顎にあたるであろう部分に指を添えて考えに耽っている。
ぶつぶつとまぁ、よく喋る奴だ。

いい加減話し疲れて来たし、目の前の存在もだいぶ煩わしいので先へ行こうと歩を進めた時だ



フェイスレス「まぁ、低能なヒトに与する位だから何考えてるかわからないのも無理はない、か」

アレース「なんだと?」


低能なヒト…?

それは誰の事を言っているのだろうか


私は現カイライでは主の命令以外受け付けない
例外があるとすれば、彼女…シラフ博士の頼み事くらいだろう


故に、その低能と蔑まれる対象が彼女だとすれば遺憾である。
シラフは体力的には私たちには大きく劣る。

しかし、それ以上に頭がいい。

なので侮辱であると私は受け取れるが…


フェイスレス「いえ、三姫守だなんて過去の栄光に縋っているくせに今では腰抜けと」

フェイスレス「かの御仁も、あの世ではせいぜい嘆いていらっしゃるのかなぁ」

フェイスレス「あぁ、それとも平らな世を望まれていたからこそなのか?」

フェイスレス「どちらにせよ、失望ですよ…貴方にも、かの姫君にも…ねぇ?」



アレース「………黙れ」

フェイスレス「―――いぎっ!?」


―――殺そう。

そう決意するのに時間はさほど必要なかった
意志が固まる前に私の腕が勝手に目の前の存在の首を掴んでいた


許せん。


何がとは言わせん。




フェイスレス「は、はは…怒りましたね、図星のようだ…かの姫君を侮辱されて怒るとは貴方は本当に―――みぎゃ!?」

アレース「黙れといっているだろう…」


私はいい。
いくら侮辱されようとも、全てを甘んじて受けるとしよう

しかし、彼女を―――


アレース「リコリィ様を侮辱することだけは何人たりとも許さんぞ…」

フェイスレス「ぁ、がっ…ギギ!!」


かろうじてカオナシは私の掌から逃れると呼吸を整えるために地に伏す。
その様子を私はジッと眺める

眼前の存在はとても無様だ


アレース「弱者め、首を絞められたくらいで動揺するなどと…」

右足を後ろへと振った後
すぐに前方に向かって加速させる


フェイスレス「ぐっぷぉ!?」

嗚咽に興じていた弱者の腹部を穿つほどに蹴り上げたが
どうやら私に球技の才能はないらしい。


アレは球としても落第だ。


フェイスレス「ぐ…ギ、こん…の、ゴミ…塵が…」

アレース「立て」


カオナシの頭部を掴み無理やりにでも直立させる
ふらついていて目障りだが仕方ない。

ここに柱や杭があるのであれば打ち込んでやるが、残念ながら壁のみだ。



アレース「謝罪なぞ許さん、贖罪ならば求めん」


躯体が熱い。
奥から溢れ出るこの熱に覚えがある


十年前に起きた事件
あの時、私は取り返しのつかないことをしでかした。

まるであの時の再現をしようとでもいうのか


アレース「…!」


そうか。
コイツの目的は―――


アレース「残念だが貴様の思い通りにはならんぞ」

フェイスレス「――、ギ…ぁ?」

深く息を吐く。
躯体の奥から発する熱は未だに引く気配を見せないが問題はない


私はもう、あの頃の過ちを繰り返すことはない。


アレース「――――死ね」

フェイスレス「が、―――ぁ、があああああああ!?」

私は全ての怒りを右手の拳に乗せて打ち出す
何ものも抗えない

容易く躯体を穿ち、眼前の存在を死へと導く


虚脱―――


魂の抜けた躯体は腕をだらんと落とし、一切の抵抗を示すことのない壊れた玩具へとなり下がる



ここまでだ。


アレース「……私を怒らせたかったらしいが失敗だったな」

応えはない。
当然だろう、死した存在から言葉を求めるほうがおかしいのだから。


今も尚、それを続けている私はとても…壊れている。


アレース「さて…ん?」

改めて歩を進めようとしたが違和感を覚える。
私をここまで引率したトガタが地に伏しているではないか。

しかも胴をくり抜かれて絶命している


アレース「巻き込まれたか…?」


そんなはずはない。
いくら自身を見失いそうな程に激昂していたとは言え、

何を壊し
何を殺したか

それを憶えていないということはないからだ


つまり、このトガタは―――



フェイスレス「ご明察ぅ」

アレース「!!」


天井からぶら下がるようにカオナシは私の前へと再び姿を現す

その躯体には一切の傷がなく
まるで時が遡ったかのようにさえ思えるほどに―――


アレース「――――っ」


考えよりも先に拳が出ていた。
コイツは思っていた以上に厄介であり危険だ。

脳裏に浮かぶ疑問
答えは出ている

しかし確証はない。
それを確かめている時間も―――

ならば為す事はただひとつ。


再び殺し―――



フェイスレス「――――遅い。」


アレース「――――、ギ…が」



躯体が大きく弾ける
胸を裂かれた私は為す術なく、組まれたものを悪戯に解かれていくだけだった。


アレは――――なんだ?

カオナシは―――何をした?




奴はなぜ躯体を二つも有していた…?



フェイスレス「塵の分際で…まだ考えることができる脳みそをお持ちなんですねぇ…」

フェイスレス「いい加減に死ねよ…」



腹部から胸部を失った私はとても滑稽だった。
このままバラバラに解体され続けるだけだろう


その証拠にカオナシは私の躯体を壁に押し付けると一歩、距離を置く


なにかをする構えだ


己の欲がこの期に及んでも湧き出てくる
圧倒的な興味。
これ以上のない敵の持つ武技への憧れが、失ったはずの胸部を駆け巡るのだ



アレース「―――、」


極限の死合。
求め欲したものを掴み取るために
私は愚かしくも、一矢報いる拳を速く解き放ってしまう


フェイスレス「ハズレ、これで楽になりなさい」

フェイスレス「鏡面投影――――水面狩」




――――――――――




躯体が重い。
言うことを聞かない


起き上がることができず
私の上には奴が鎮座している


フェイスレス「あーぁ、こんなにしちゃってまぁ…」

フェイスレス「しっかし…とんだコケオドシだ」

フェイスレス「限界稼働…それを持つものならばもしやと思いましたが、まさかもぬけのからだなんてっ」



負けた。

私はあの躯体に勝てなかった。
全力を出せなかった?
万全なら勝てていた?


否。


それはないだろう。
相手は確実に私を仕留めに来ていた


だから万が一があったとしても、ふたつやみっつ以上の策は講じるだろうし
自身が敗れる可能性をひとつでも多く潰していたに違いない


その結果がこれだ。

私はただ、戦うことを楽しむだけで
相手を打ち負かし、滅ぼすことを考えていなかった。


そのツケを支払う機会が回ってきたのかも知れない





アレース「……もう、陽を見る事すら叶わないかも知れんな…」


フェイスレス「まだ喋れるんですか…存外しぶといですねぇ」

フェイスレス「もぬけのからなら、それなりに空洞を活用してあげようじゃないか…ねぇ、アレースぅ?」



カオナシは形をかろうじて維持している私の頭を掴むと
近場にあった柱へと拘束する


迫りくる器具の数々と笑みを浮かべる躯体




私は、暗闇の中に独り、幽閉される




最後に垣間見たのは、脳裏に焼き付いている

かつての契約者の微笑みだった。





――――――――――



――――――――――







仲人界のマヌカン邸に向かう最中にて。


ネメシスとの戦闘後、僕はすぐさまプラムを背負い路を急いだ。
あの場留まることは許されない

炎は消えず
灰は舞い続け近くにいる者の内臓を焼く。

自分だけなら家族の捜索をしただろう
しかし…今はプラムがいる。



サーヴァント「すまない…姉さん、ダリア…」


懺悔の言葉も虚しく消えていくだけ。
呼びかけた対象はどこにもおらず
焼け落ちた家屋の憧憬だけが今も脳裏に焼き付いて離れなかった


サーヴァント「誰か…誰かいないのか!?」

到着するなり声を張り上げる。

ノックなどしていられない
片手で施錠されていた扉を強引に破壊すると、その音を聞きつけたのか
メイドたちが急いでやってきた


メイド「サーヴァント様…?」

サーヴァント「はやく、この子を…」

メイド「っ、畏まりました…薬とお湯、手ぬぐいを…早くしなさい!!」


いつも僕に対して何かしらの小言を働く彼女も事の重要さをすぐに理解してくれたらしく
他のメイドに指示を出しながらもプラムを引き受けてくれた


これで幾許か安心ができる…


サーヴァント「……良かった」



ふり絞って出た言葉を最後に僕の視界は暗転する




限界だった。
体力的にも…精神的にも。




遠くから声が聞こえたような気もするけれど
そんなこと関係がない。

今は一刻も早く、この睡魔の微睡みに身を委ねたかったのだから。





――――――――――




――――――――――



爽やかな風の香り。

透き通る様な青い空。

草原の揺らめきの音。



僕はまた、いつものようにここにやって来ていた。




サーヴァント「ああ、もうそんな時間か…」


眠ると訪れる事ができる夢の茶会。
今夜も彼女の呼び出しに従い懲りずに来たのだが…


サーヴァント「…いない、か」

彼女の姿が見当たらない。
当然といっても良いか。

ネメシスとの戦闘の際に彼女から告げられた言葉を思い出す


サーヴァント「私に会わないほうが良いって…なんでだよ」

サーヴァント「だったらなんで僕をここに呼ぶ…」

仮にもプラムとの契約をしたことに憤りを感じているのなら謝る
あの時はそうでもしなければ乗り切れなかったし

ネメシスを退けなければ僕もプラムも――――


サーヴァント「……アイツ、ネメシスっていうのか」

今になって気が付く。
あの敵…ネメシスと呼ばれる存在の名を僕は聞いていない

はて…ではなぜ知っているのか?
誰かが言っていた…?


サーヴァント「…それにあの姿…」

最初こそアレースに見間違えたけれど、
色や造形、細部など異なる部分は大きくある。

…既視感、というやつに近しいものを僕は感じていた。



知らないのに知っている…
最初に出会ったアレースも然り。

彼が口にしたカイライ、ヘル・メルトカリス…


どれも頭に引っかかる言葉ばかりだ
もしかして……


サーヴァント「…よそう」

妙な事は考えるべきではない。
僕は僕なのだ…今は学生としてあるべき姿に身を投じるべきなんだ…

ただ、身の周りで過激な事件が多発しているだけ…それに僕は巻き込まれている。


そうだ、そうに違いない。

そう自分にとって都合よく考えてなければ―――



「ねぇ」


サーヴァント「ん?」


今の声はコハク…?
にしてはやけに落ち着きがあるというか…


サーヴァント「…!?」

コハク「もうわたしには会わないほうが良いって…言ったでしょ?」


起き上がり、彼女の姿を捉えた自身の眼を疑う。
以前よりも黒い姿が顕著になり
ヒトの姿というよりもまるで…


サーヴァント「アレース、ネメシス…」

まるであの二機のような姿に変化していたのだ。
しかも先程感じた妙な落ち着きにも覚えがある


殺気だ。


コハク「消えてよ、ねぇ…お願いだからもうここには…来ないで」

コハク「出てって!今すぐここから出ていってよ!!」


時折現れた白いドレスの彼女の面影はどこにもなく
黒い姿のまま、その皮膚に緑色の光線を走らせた形はまるで怪物だ。

けれども…


サーヴァント「落ち着け、僕は君に危害を加えるつもりはない」

サーヴァント「望むのならここから出る、だから…」

サーヴァント「泣かないでくれよ…コハク。」


コハク「っ…うるさい!」


僕の言葉は聞き入れられることなく
彼女は掻き消すように叫ぶとそのままこちらへと勢い任せに突っ込んでくる


サーヴァント「っぐぉ!?」

コハク「その姿で、そんな名前で、その声で…知ったようなこと言うな!」

大きな掌に抗えず
組み伏せられると、地面の芝生に叩き付けられてしまう

幸いにも衝撃は和らいだが、いかんせん痛みは完全に防げはしない。


サーヴァント「…なにを、意味のわか、らないこと…を…?」

コハク「私が何とかするつもりだったのに、ぬけぬけと別の女に席を明け渡して…!」

コハク「恥ずかしくないのかっ…見境なしかっ」


なんなんだいったい…
なにが言いたい…?

何とかする?
別の女に席を明け渡す…?


サーヴァント「言いたい事、聞きたい事はたくさんある…」

サーヴァント「だけどな…!」


思ったより軽い
彼女の気が動転しているからか、本気での拘束は試みていなかったらしい
なので体を起こすことは容易で瞬く間に体制を逆転させることに成功した


サーヴァント「俺だって、何がなんだかわからないんだよ!」

サーヴァント「知ってるなら教えてくれよっコハク!!」

コハク「――――っ、いやだ」


サーヴァント「コハク!!」


まるで駄々をこねる子供を咎めるように怒鳴るも
彼女は頑なに己の意志を曲げなかった

絶対に嫌だと。
それがなにに対しての『嫌』なのか

問いかけていた僕には、ズレを感じていたのだ。


サーヴァント「…っぐ…ギ…!?」


唐突に訪れる胸部の痛み。
視界を下へと向けると、彼女の腕が僕の胸を貫いていた。


溢れ出る血液。
食道…いや肺からも血液が逆流して口と鼻から血が吹き出る


サーヴァント「な、…んで、?」


コハク「『俺』…?」

コハク「…いい加減にして、私をそんな名前で呼ばないでよ!」


意味が解らなかった。

彼女は自身のことをそう呼ぶ様に言っていたのに…
その名で呼ばれることが嫌だというのだろうか…


コハク「いやだ、いやだ…イヤ、嫌、いやぁあ!!」

コハク「私の本当の名前を呼んでよっ、昔みたいに…抱きしめて、囁いてよ!」


彼女は、誰かと見間違えているのだろうか?
『俺』は、過去に彼女と会ったことなどないし…これではまるで関係を持っていたような言い回しだ。

産まれてから、ずっと
姉と、妹と暮らしてきたんだ

だから……


サーヴァント「…ない、」

コハク「……ぇ…?」


サーヴァント「し……らない…、おま…え、なん…か」

サーヴァント「お前、なんか…しらない…」


コハク「っ…!?」


拒絶の言葉をぶつけると、彼女は狼狽し
貫いていた腕を引き抜いて、一歩、また一歩と後ずさりしていく。

夢幻の蟲
蠱惑の夢

コハク。


ああ、そうだ。

確かにそんな名前、今まで聞いたことない。
こいつは他人の夢に勝手に巣食う存在で、都合のいいことばかり言っているだけなんだ


コハク「わた、わたし…」

コハク「ね、ねぇ…、あなたは、また、そうやって遠ざけるんでしょ…?」

コハク「昔みたいに…わたしの為って…」

コハク「そうなんでしょ…スレイブ」




………


違う。



サーヴァント「違、う…」



俺は、そんな名前じゃない。

俺は…



サーヴァント「サーヴァント、だ」


コハク「はっ…ぁ、はは…」


もう喋れない。
肺に残っていた空気全てを使って言葉を紡いだ。
なにを言われようが、答えることは出来ないだろう

でも、その必要はなさそうだ。


目の前の彼女は芝生に膝をつき
身体に走らせていた緑の光線も脈動を止めている

同じ色に輝く眼からは透明の液体が滴っているが、アレはなんの感情の顕れなのか?

まったく理解できない。


コハク「帰って」

サーヴァント「……、」


そのまま、まるで己の殻に閉じこもるように彼女は膝を抱えて顔を伏せている。

小刻みに身体を震わせているけれど
寒さを感じているのだろうか

だとしても、何かできるわけではない。


彼女の言葉通り、ここを立ち去るとしよう

這いつくばってでも
現実の世界へと戻らなければ…


待ってる人がいる、あの世界へ。






――――――――――




――――――――――







サーヴァント「……」


見慣れない天井だ。



ここは、どこだろうか?

記憶をたどってみよう


ネメシスと戦ったあと、プラムを抱えてマヌカン邸にやってきて
メイドたちに任せた後の記憶がない


つまりは…


サーヴァント「リリン様の家、か…」

サーヴァント「ぐっふっ!?」

言葉を発した途端にコレだ。
余程疲労がたまっていたらしく、倦怠感が拭えない。

空咳かと思っていたが、思った以上に負傷しているらしい


サーヴァント「吐血、かぁ」

心なしか胸部に違和感がある。
なにか蠢くような感じもするし、やけに熱い。

そして何よりも…


サーヴァント「なんだこの汗…」

衣服はおろか、寝具まで浸すほどの発汗。
幸いにも滴るほどではないが、マットレスが再使用不可能なほどに浸水している

参ったな…
弁償できるだろうか?


改めてほかに被害が出ていないかを確かめるために起き上がり、ベッドの周りを見るも無事な様子。


サーヴァント「良かった…、ん?」


ふと、近くにあった姿見に映る自身の姿に目が向かう。
身体は全身包帯だらけ
所々に痣と血痕もあって、演技さえすれば満身創痍だと言い切れそうだが

問題はそこではなかった


サーヴァント「なんだろう」

何かがおかしい。
どこがと問われてもすぐに答えられないのがむず痒いが、変なのだ。


サーヴァント「僕って、こんなだったか…?」


『コンコンっ』


来客の様だ

僕は促されるかのようにドアノブに手をかけて回し、ドアを開く


リリン「……」


来客はリリンだった
要件を訪ねても黙ったままで、流石に立たせたままでは悪いと部屋へと通す


サーヴァント「…すみません、あのような騒ぎを起こしてしまって」

リリン「いえ…それよりも具合は如何ですか…?」


――――、答えられなかった。

身体的な問題はない。
しかし、内面に大きな傷を負ってしまったためか、彼女の問いかけに対して即答できなかった


リリン「申し訳ありません、私がもっと上手くできていれば…」

血痕に気が付いたのだろう
僕の口元を拭うと彼女は突然、頭を下げて謝罪の言葉を告げて来た
察するに、全てを知っているのだろうか?


サーヴァント「どこまで、ご存じなのですか…?」

リリン「サーヴァント様の家が燃え落ちたと…メイドたちに調査に向かわせましたが…」


ああ、そうか。
やはり…ダメだったか


リリン「私が…プラムちゃんを迎えにいけと言ったから…」

リリン「いいえ、それだけじゃない…色々と巻き込んでしまって…こんなことに…っ」


サーヴァント「……」



僕はただ、顔向けができずにいた

彼女の言葉を否定できなかったのだ。
僕は今も尚、悩んでいるのだろう


彼女と共にあって、良き未来を見ることができるのかを
生き延びることができるのかを。



スッと、柔らかく温かみのあるものが僕の頬に触れる

僕は俯いていた顔をあげると彼女の白くて細い指先が添えられていた



サーヴァント「……リリン様」


リリン「どうか私に怒りをぶつけて…」

リリン「どうか私を責めて…」

リリン「悲しみを胸の内に潜めないでください…」


怒りや悲しみ
そういった感情は顕れなかった

代わりに今、彼女が泣いているからだろうか
小さなその肩を震わせて

渦巻く怒りの気配を纏っているからだろうか


わからない。

僕は、こんなにも他者の気持ちを理解出来なかったか?


わからない。


ただ、ひとつ言えることは…


サーヴァント「……つらい」



ひたすらに押し寄せてくる喪失感が、耐え難いものだった。





――――――――――





サーヴァント「落ち着かれましたか…?」

リリン「ええ、少し…すみません取り乱してしまって…」


サーヴァント「……」

リリン「サーヴァント様…?」


彼女に伝えるべきなのだろうか?

プラムとの契約について…

そもそもあれは現実なのだろうか

ヤーンの契りとは簡単に何度も行うことが出来るものなのだろうか


疑問は尽きないが一番の気がかりは…あの子は一体何者なのだろう




リリン「…どうされました…?」


どうやら深く考え込んでしまったのだろう

彼女は心配そうな表情で僕の顔を覗き込んでいた


これ以上黙っているのも申し訳ないし
立ち止まったままではダメになりそうだった


僕は意を決し、プラムについて聞いてみる事にした



サーヴァント「あの子、プラムは何者なのですか?」

リリン「…………」


僕の質問に、彼女はとてもバツが悪そうにしている

聞いてはいけない事だったのだろう
予めそんな予感はしていたが、こうも露骨に表情に顕されると尋ねた自身が悪いものと錯覚してしまう


サーヴァント「…失礼いたしました、今聞いたことは忘れてください」

リリン「構いません、いつかはお話しようと思っていたのです…」


引き際か…

そう思い、引き下がろうとして矢先だ
彼女の方から歩み寄ってくれたのである。

無理強いはしたくはないが
興味のある話題なだけに簡単に遠慮などできなかった


サーヴァント「……、」

どこか心の片隅で感じる罪悪感に苛まれながらも
口にこそ出さなかったが、プラムに詫びの言葉を告げる


そうしなければ、二度と彼女の目を見て話すことができそうになかったから…




――――――――――





サーヴァント「…人工生命体……?」



リリンから明かされたプラムの事実は衝撃的なものだった。


言葉の通り
自然の摂理に背き、ヒトの手によって作り出された命



リリン「………私達、マヌカンの民は皆、魔法の探求を一生の宿命、誇りとして生きてます…」

リリン「しかし、新たな魔法やそれらを運用するに当たってのリスクに私たちは怯えていました」


サーヴァント「リスク…」


そう、魔法は確かに便利だ。

だがどんな魔術も、機械のように
作り出した人間が記した説明書が存在する訳ではなく
偶発的に見つけ出した産物を手探りで扱わなければならない。



もっとわかりやすく言えば

これは食べられるキノコかと、知りもしないキノコを頬張らなければならない。

そんな事を生身で一つ一つ試していては命が幾つあっても足りはしない


ならば、いっそ動物にでも食わせれば良いではないかとヒトは考えたのだ




サーヴァント「――っ、」



プラムが……あんな小さな子が動物のように実験台にされている…



リリン「…軽蔑されても仕方ありません…私達の家系はそれらを認め、推奨し」

リリン「発展と繁栄のためなら容赦なく切り捨ててきた一族なのですから…」


俯き、肩を震わせる彼女は今にも自身の背負おうとしている業に押しつぶされそうだった。

僕は怒りを抑え、黙って彼女の隣で膝を立てて寄り添うと、小さな体に腕を回す



リリン「―、…っ…ぅ」


語りかける言葉が見いだせず、紡ぐ器用さもない


せめて、彼女が背負っている物を少しでも軽くしたいと
その一心で体が動く

抱きしめる、という行動しか今の僕には出来ないから…





リリン「――どんどん、離れていくんです…」


リリン「お互いに、会いたくても、次に会う時は―――――もしかしたらって――――」




呼吸を乱し、啜り泣きながら僕の胸の中で溢れ出す言葉を、

思いを聞き逃さないように耳を傾け続ける




『ねぇ』


サーヴァント「――…?」




なんだ…?

傍らにいる彼女の声ではない。
プラムのものでも…

しかし聞き覚えのある声だ…。




『わたし、今すっごく幸せだよっ』


『今度はわたしがあなたを守るから』


『わたし…正義の味方、やめる』


『あなたと一緒に――――』




懐かしく感じる声を最後に、僕の意識は途絶える

温かくも
どこか悲し気で
それでも、優しさに満ちた『彼女』の声にボクは身を委ねてしまいたかったから






――――――――――





――――――――――



まるで誘い水だ。

あの断片だけでここまで引き寄せるのだから大したものだよ、まったく。




見慣れたはずの彼女の家の一室。



どうして見慣れたか?


さぁ?

ボクも聞きたい
なんで家が燃え落ちたんだろうか、とね。

あんなことが無ければ、こうした結果にならずに済んだというのに…


家族の行方も知れず、
いいや、捜しもしないで女の家に入り浸って…


愚かしい。




そして、ここは僕に与えられた部屋。

窓から差し込む陽の光。

ふと目をやれば中の良い男女が話し合っているではないか




リリン「――――――――ですね、ふふ」




先ほど、とはどれくらい前だったか。
とにかく、直近に違いないであろう…そうに違いない…

その時の辛そうな雰囲気は消え、
彼女には自然と笑顔を浮かび室内に笑い声が聞こえる




もう一人の男に目を振る

ベットに横になり半身を起こしながら彼女と談笑している






僕だ。




あぁ、僕って…こんなに、幸せなのか…。






『ねぇ』


『どうして、わたしを選ばないの?』




サーヴァント「―――ぇ?」




どうやら、かろうじて聞こえているらしい。

もう先のない彼女の声が…
怨みにも近しく
尚も情が込められた言葉を。





無駄だろう。

キミの声は僕には届かない。
なにせ、コレはボクではないのだからね。


故に問いたい。


キミはなぜ、まだボクに固執するんだい?

キミはなぜ、今も役目を負い…果たそうとするんだい?




ボクは、どうすればキミの想いに応えられるだろうか

ボクは、どれだけ存えばキミに償えるのだろうか




どうか答えてほしい。


コハク…いいや、 ------・----。




サーヴァントでは理解できない


僕では足りえない


ボクでなければ、キミと――――。






――――――――――






リリン「…サーヴァント様?」


サーヴァント「―――――――え、はい…シンシア様の生誕祭の話でしたね?」


リリン「夏真っ盛りですからね、とても素敵な思い出が出来ると思うんです」


快活だ。
とても楽しみなのだろう…
ベッドで休む僕の傍らで彼女は高揚しながら林檎を剥いてくれている



サーヴァント「…………」

何を思ったのか
僕は唐突に自身の手のひらを見つめて、グッと握り込むとすぐに広げて見せる

何度も何度も同じように拳を握り、開く。





付きまとう違和感




夢?

シンシアの生誕祭?



そんな話をしていたのか――――?



いや、していたのだろう

彼女の話を理解することが出来ているのだから




サーヴァント「………」


リリン「―――――♪」



きっとアレなのだろう、




彼女たちが語った、洗脳と記憶の改変…。


大きく症状として現れるのは稀ではあるけれど
これまでにも何度か認識、知覚がズレるという感覚に苛まれることが度々あった。


なにを起因としているのか理解できず、
原因もハッキリとはしていない


あの時の会話の流れからして、カイライに関係しているのかも知れないが
それもハッキリとさせないまま、僕は逃げ出していたのだから―――



サーヴァント「ツケ、というやつなのかな…」


自身が感じた痛みとネメシスが苦しんでいた姿を重ね見た時に思ったことが幾つもある。



いつか、この痛みに殺されるのではないだろうか

なぜ、こんな痛みが僕を追い詰めるのか

誰がこのような事をしたのか

この痛みは誰が与えているのか



考えは尽きず
だからと言って、悩めば答えが出るというものでもない。

終わりは来るのだろうか
来たとして、それは救いになるのだろうか


それとも、僕が全てを諦めて死ねば――――



リリン「……もう少しですからね」


悲壮に浸っている中、傍らでリリンがリンゴの皮むきを行なっている


とても手先が器用だ。
普段から料理をしているのだろうか?



料理、か…。





――――――――――





『おなかすいたぁ』


『なにを作ってくれるの?』


『やったぁ、思い出の味っ!』




瞼を閉じれば映し出される覚えのない憧憬。

どこかで聞いたことのある女性の声。


煌びやかに輝くそれは間違いなく幸せの断片。




なぜ、こうも認識がずれるのか






――――――――――



赤々としている。


絶えず削ぎ落とされたものは地に落ちて山となり
香りを一帯へと立ち込めさせる



それが果肉のものか、別のものか


僕にはわからない。


ただ、言えることは
この手が、着々と彼女へと伸びていること。


目的は――――




――――――――――






サーヴァント「―――――っ!?」



突然の落下音に我に返る




僕は何を見ていた?

何をしようとしていた?




彼女を…いや、リリンをこの手で……


やめよう…






首を横に振って雑念を振り払う
改めて物音がした方へと目を向けると、リリンが青ざめた表情をしていた



サーヴァント「…リリン様…どうかされましたか?」


いつの間にか彼女は林檎を剥く事を止めている


包丁も
林檎も床に落としてしまったようで、先の落下音の正体はこれだった。




リリン「…、―――っ」


僕の問いに答えるように彼女は指をさす


指し示された先にはテレビがあり、
映し出されている番組の内容はとても恐ろしいものだった





サーヴァント「――虐…殺?」





テロップには大きく綴られた文字が横切るように流れていく




『マヌカンでの大量虐殺行為』


『マケットによる新型兵器の攻撃』


『マヌカン王、捕縛される』


『再戦』



リリン「なん…で…?」


彼女の声を掻き消すように外ではセミが煩く鳴いていると言うのに
夏とは思えず、とても冷ややかに感じられたのは…


きっと、この先に起きる事を誰もが無意識的に理解していたからかも知れない。





シンシアが催すマケット王生誕祭の行われる夏が今、始まろうとしていた―――

[*前へ][次へ#]

10/13ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!