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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page7 二重調律・ダブルメトロン

『転送継続、推移』


『軌道、仲人界のまま異常なし』


アレース「……」


頭の中で聞こえる声を特に気に留めることもなく私は目的地である仲人界への転移に身を任せていた



『魔力係数安定、思考安定、全て問題なし』

『何か異常はありますか?』


む。

問いかけとは…これはまた面白い趣向ではないか
仕掛けたのは彼女だな。


アレース「特に問題はないよ、転移も委ねるだけで疲弊も少ない」

アレース「流石だな、シラフ」

シラフ『あ、バレてます?』



いつもとは違った案内の音声に感情が籠っているとなれば気が付くだろう

こういった些細なお遊び心があるのが彼女らしい点だ。
もっとも、私本人に内緒でいろいろ弄るという行為自体は褒められたものではないが…


シラフ「音声を透明化させます、気のせいでしょうか…アレース様からお怒りの気配が」

アレース「憤りは感じていない、単に説教をしたいだけだ」

シラフ「うぅ…それって怒ってるんですよぉ?」


本当に怒ってはいないのだが…。
まぁいい
情状酌量の余地ありということで全て目を瞑ることにするか



アレース「到着までの予測時間は?」

シラフ「まだ余裕はありますね、一時間と少し…という感じでしょうか?」

ふむ。
仲人界から戻る際には時間は掛からず、カイライから向かう際はかなりの時間を要するのはなぜなのか
詳しいことは戻り次第、この声の主に尋ねてみるとしようか


アレース「少しばかり休んでも良いだろうか、処理が鈍くてな」

シラフ「体調も万全ではありません、申し訳ありません…私がもっと上手く治せていれば…」


”治す”か…

どうも彼女は他の者とは違った目線で私を見ているらしい
俗に訊く、異性のソレだ。

尤も、私はヒトですらないのでその思いに幾許の期待を寄せられるのだろうか?
よしんば、あらゆる問題全てを超越して添い遂げられたとしても彼女には今まで以上に苦労を負わせることになるだろう

そんな境遇に彼女を引き込んで良いものか、私には理解できずにいる


シラフ「アレース様?」

アレース「シラフ博士、無事に帰還出来た際にはまた講義を頼みたい」

シラフ「それはもちろん構いませんが…」

アレース「カイライには良い店というものがないからな、連れ出すことは出来ないが共に食事でも取れればと思っている」

シラフ「店?――食事って…―――え、えぇええぇ!?」


なにか可笑しなことを私は口走っただろうか?
声からするに彼女はとても狼狽しているように思える…

心なしか、私の胸から顔にかけて妙な熱さと鼓動が早まる感覚が支配する


これは気持ちの断片か。
だとしたら、これが私にとっての劣情なのかもしれない。


シラフ「あの、その…いいんですか?」

アレース「ああ、もう踏ん切りはついてる…」


ノイズの波に埋もれた、顔も思い出せないかつての想い人。
彼女は私の記憶に埋もれていく最中も笑顔を絶やさなかった。


『もういいよ』

その一言が、私を解き放つ

でなければ、私自身もこうして『もういいだろう』という考えに至らず
いつまでも悪夢を見続けているだけの弱者でしか居られなかったのだから…


アレース「到着の前に起こせ、寝起きでは流石に劣るからな…」

シラフ「了解しました。…その…デート、楽しみにしてますね?」

彼女の言葉に私は声ではなく、静かに頷いて返すとそのまま瞼を閉じる




夢を見た。


あれは、いつの話だったか…

我ら兄弟が今の主に預けられる前…そう、創造主の元に居た頃だったか

弟が作られて間もなく、カイライ軍の他世界への攻撃活動と性能実験中の出来事だった





『ひぃぃぃいぃ!!!』


『お助けを!!』


絶叫

断末魔

それに合わせるように鋭利な金属の腕は研ぎ澄まされ、鳴り響く。
弟がその腕を振るう度にニンゲンたちの血液が飛び散り辺り一帯を赤く染める




ネメシス『だぁーめだ!!!殺してやる!!!』


無情

その一言だ

幾ら敵がマヌカンの軍人とはいえ

武器もなく、魔力も尽き

戦闘意識を無くした物への惨殺行為は目に余る。



アレース『……』

ネメシス『ひひ…ぃひひっ…』


立ち込める鉄血の臭い。
獲物を仕留め終えた獣は暫くの間余韻に浸り、騒ぐことのない亡骸を腕に突き刺して玩具のように遊ぶ

そうして興奮が一定の値まで下がると興味を無くしたかのように投げ捨てて新たな血を求め鼻を利かせる


ネメシス『ひ…ヒヒ…あっちに村があるな…』

アレース『止せネメシス、我らの目的は武力を持つ者への攻撃のみ…一般人を巻き込むな』

ネメシス『ぁ〜?……』


私の制止の言葉を聞くや否や、今にも駆け出そうと身構えていた姿勢を崩す

どうやら聞き入れてくれたらしい


安心した私は、肩の力を抜き
作戦の追行状況を確認し撤退の準備に入ろうとした時だ



ネメシス『なーんちゃって!!!』

アレース『っ!?』


私は自身の甘さを呪った

奴は私が気を抜いたのを視覚で確認することなく魔力だけで判断し、
全速力で村へと駆け出す

なんという恐ろしい速度…

私はすぐに気を持ち直し、追いつくべく地面を蹴った



流石に同じ形式なだけはある…私と同等に近い脚力…

だが、幸いにも奴は走り方を知らない

追いつくことは容易だった



ネメシス『カワイイ子供がいっぱい…殴って殺して掻っ捌いて…食ってやる!!!』


奴は、村の外れの公園に位置する場所に集まる子供たちを目標にしている…


もはや一刻の猶予もない…地面を大きく蹴り、己の躯体を宙へと舞わせる



ネメシス『いただきぃ――――ギっ!!!ギギ!!』


助走を付けた全力の蹴りを容赦なく奴の横顔にぶち込む

我ながら気持ちのいい飛びっぷりだ



ネメシス『ギ…ギギギ…この…』


吹き飛ばされてもすぐに受け身を取る能力は素晴らしいとだけ言っておこう
しかし、本来ならあれほどの大振りの攻撃、受ける時点で落第なのだ。


アレース『何で邪魔をした、とでも言いたそうな顔だな』


見事なまでに奴の顔は歪み、陥没している

狩りの邪魔をされて心底頭に来ているのだろう
ネメシスは腕を獲物の針の形状へと再変化させ、その切っ先を私に向ける。





アレース『―――』



だが、予備動作を相手に見せているような奴に私は倒されない

瞬く間にネメシスの懐に入り込み、自慢の針をへし折り、今度は胸部に拳を打ち込む



ネメシス『ギぃ!!!が―――――』


仕留めた。

卒倒した弟はそのまま地に突っ伏し、一時的に停止した呼吸の影響で戦闘など行える状態ではない

敗北は一重に油断である

自身が圧倒的な強者だという驕り。
その他は劣るという卑下。
万が一を想定していない軽率さ。

それらが全て油断という大きな隙を作り突きいる弱点となったのだ。



アレース『良いかネメシス、戦いとはお互いに己の力を出し切って殺し合うものであり、単純な殺戮ではない』

ネメシス『………』



ピクリとも動かない

意識はとうに手放しているのかも知れないが私の知ったことではないので、そのまま奴に語り掛け続けるとしよう



アレース『お前は一方的に弱いものを虐殺するのが楽しいか?』

アレース『今、私はお前を沈めて見せたが楽しいなんて気持ちはちっともしない』

アレース『何故かわかるか?』

アレース『お前は力を出し切っていない、脆弱で非力なお前を殺しても面白くないからだ。』

アレース『私を黙らせたいならば戦おう、お互いに全力をもって…』



ネメシス『っち…うっせぇな…なんだよベラベラ喋りやがって…』

ネメシスはゆっくりと起き上がり、私を睨み付ける
来る


ネメシス『――――!』

折れた針状の刃を高速に打ち込んでくる

私はその一撃一撃を確実に見切り
避け
拳で打ち返す

アレース『―――っは――――!』



今度こそ、こいつの能力がわかる…こいつの本気がわかる


交わる拳と刃
迸る火花と、飛び散る血潮。

一歩、私が突き進む度にその先へと立ち回らんと食い下がるネメシス。
それが着々と私を追い込む形へと進化し続け――――



アレース『ははっ…わかるか…これが戦いと言うものだぞ!』


とても楽しい…これこそが私が求めた戦い
この気持ちが…ネメシスにも伝わるだろうか…



ネメシス『あぁ!?、うっせーよ、この――――』





――――――――――




――――――――――






はて…あの後奴は私になんと言ったか…

忘れてしまったな。





シラフ「間もなく仲人界です、お目覚めですか?」

アレース「問題ない、到着次第ネメシスと合流する」




…そろそろ仲人界だ…気を張るとしよう…




――――――――――




――――――――――



仲人界

僕とプラムは再び魔法によって作り出された不可解な場所へと誘われる



暁色に染まる一帯

歩くたびに舞う煙


夕焼けなどではない

砂埃でもない



眼前に広がるのは家屋が燃えている


僕が、僕たちが暮らしてきた家



それが今、燃やされているのだ




誰に?



そこには見覚えのある存在が立っていた



アレース…



ネメシス「よぉ、グズ野郎」


サーヴァント「……」


否。

その気迫と辺りを漂う魔力の流れはアレースと違う。

目の前の存在は確かに奴に似てはいるが、細かな部分に違いがある

いいや、そんな物は二の次だ。


…圧倒的な「狂気」、アレースにはないものが目の前の奴にはある


ネメシス「……はぁぁ…――返事も出来ねぇのかよ」

サーヴァント「―――っ!?」


揺らめく炎の光に照らされた奴の姿が眼前から消えた

その途端に胸に感じる激痛。

痛みの原因を探るべく胸部に視線を落とせば、針のようなもので僕の体は穿たれていた。



サーヴァント「こんの―――!?」

ネメシス「っと…へぇー…すげぇや…アレースの話も嘘ではないようだな」


これほど鋭い針に体を貫通して串刺しにされなかった…

アレースと戦った時もそうだけれど想像以上の自分の体の硬さに驚きつつも
心を落ち着けて針を引き抜き距離を取る事を優先する


それともう一つ…目の前の敵はアレースを呼称した…

サーヴァント「…やはり、お前はアレースではないのか…っ…」

ネメシス「あ?…てめーには同じに見えんのか?」

サーヴァント「最初はわからなかったが…確かに違うようだな…お前は狂っている様に見える」


僕の言葉に奴は目を丸くしていると面白可笑しげに笑っている


ネメシス「はは!狂ってるってか…ぁー…」


だが、奴の目は笑ってなどいない…常にこちらの動きを捉えている獲物を殺す獣の目…

すぐに笑いを止めて息を整え始めるのも
その静けさも相まって不気味さを強調していた。


ネメシス「――――上等だコラァ!!!」


沈黙の後に突然とした怒号と共に地面を蹴ってこちらに近づく―――

直感で判断するに、奴の身体能力はアレースと同等かそれ以上。
瞬時に対処を迫られることになるが――――


サーヴァント「――――!」


以前の僕とは違う――

日景と、コハクによって仕込まれた動きが体に馴染んでいる
だからこの程度の攻撃、一度受けたのなら二度と通用なんてするかっ―――


ネメシス「――――なんだ、避けたってのか?」

次々と敵はかなりの高速で突っ込んでくるが、間一髪で避けて見せる
打突の速さは日景に軍配が上がる

攻撃の表面積は今の敵の方が小さい為、そこは警戒を怠るワケにはいかない
一歩間違えれば、また気が付いた時には刺されていたなんて無様な姿を晒さなくてはいけないからだ。


ネメシス「―――――ギ!」


灰の砂浜で高速に機動した敵は目標である僕を見失い、制動すると灰に足を取られ動きが鈍くなる

隙ができた、見逃すわけにはいかないっ
僕はすぐさま敵の背後に回り込み、右手に渾身の魔力を溜め込み拳として打ち込む――


サーヴァント「――――っく!!!」

サーヴァント「がぁぁぁ――――!!!」


だが、その拳は奴の体に届くことはなく、代わりに僕の右手から血液が飛び散った

何が起きたのかわからなかった


痛みと熱


今まで感じたことのない苦痛に意識を手放しそうになる

手が―――手首から先がはじけた…!?


ネメシス「んー…――――イィ悲鳴だぁ……もっともっともっと――――!」


再び奴は地面を蹴る―――

俊足



すぐに判断しなければ死ぬ

落ち着け
どっちから来る?
真正面、後ろに回り込んで?

ああああ、手首が、頭が痛い
冷静に物事の判断が出来ないっ…

煩わしい、煩わしい!!


ネメシス「――――聞かせろやァ―――!!スレイブぅぅ!!!!」

サーヴァント「―――ぎ――――!」


咄嗟に左手を前にかざす

仮に同じ手が通用しないなら

正面から本気の一撃を食らわせて一気に決着をつけるまで


手のひらに魔力を一瞬で高められる限界まで収束し

敵をギリギリまで引きつけて


――――解き放つ。


ネメシス「――――っくそ…目くらましか、往生際の悪い…」

サーヴァント「――――――――――」


魔力を放った後、僕の視界は真っ白に染まり、体が宙を舞う


そのまま灰の砂浜に叩きつけられ、体は言う事を聞かなかったが頭の中はとても鮮明に思考が利く。


確かにありったけの魔力をぶつけたはずが手ごたえがなかった

理由はわからない…ただ、押し負けたのだけはわかる


ネメシス「アレースとの戦いで使った現実改変の力は使わねぇのか」

ネメシス「それとも、アレが最後の悪あがきってやつで使えなくなったのか…」

ネメシス「まぁ、どっちでもいいか…どうせ今ここで死ぬんだしな」


迫りくる足音

魔力の爆発によって巻き上げられた塵煙の中、敵は魔力の流れを見てこちらの位置を正確に把握し向かってくる


ネメシス「……おい、これで終わりか?」

サーヴァント「………」


アレースを負かしたあの力を引き出そうとしても、体はこれ以上の活動を良しとしない

…参った、完全に負けだ


ネメシス「つまらねぇ…こんなゴミにアレースは負けたのか……もういい…死んじまえよグズが―――」

サーヴァント「―――――!」


敵は右手を鋭い針状の刃に変化させ、僕の顔に向かって振り下ろす――


ネメシス「な――――!?」


だが僕は針の刃に貫かれることなく、
何かに引き寄せられて灰の砂浜を滑空したのだ


そして体に感じる掴まれた衝撃と微かな痛み




プラム「……………」

サーヴァント「プ…ラ……ム」


僕を確かに抱えていたのはプラムだった

しかし…幾ら肉体年齢が近いからと言って男の体を軽々と抱えているのは驚いた

原理はわからないが、恐らく僕の体を軽くしてるのだろう…


これがプラムの魔法…


ネメシス「メスガキがぁああっ…どこに隠れても無駄なんだよぉ…」

ネメシス「魔力の波長とニオイ…どっかで感じたことあるなぁ…そこかぁ!?」


敵から打ち出される腕部の棘針。
アレってそんな使い方もできるのか…!?


サーヴァント「ぐっっぎ!?」

プラム「っいけない…!」

飛来したそれは一切逸れることなく僕の足を穿ち直撃する。
たちまち目の前が真っ白に染まり意識を手放す

プラムを守らなければならないというのに、この体は休息を求めていっそう活動を鈍くするのだ


そうはいくか…

何が何でも守らなければいけない存在が…ここにいるんだぞ!?


サーヴァント「っギ…ギギ!」


立てっ

目覚めろ!



心で強く願い、肉体に魔力を収束する


体を無理やりにでも覚醒させ戦闘体制へと切り替えるために目を開くと―――――






――――――――――








そこは、見たこともない世界…場所だった




サーヴァント「どこだ、ここは…?」




おかしい、戦っていたのは間違いなく僕の家の前のはず




なんだ…神殿……いや城か?


古びてはいるが、マケットやマヌカンにも存在しない程に巨大でありながらとても窮屈そうだ。
なぜか

城の上になぜか天井があるのだ


つまり、これは地下に存在する城…ということになる




サーヴァント「樹…?」


視界は遠く離れて城全体を見渡せる位置へと移動する。

天井の上には大木が根ざし地上を苔の草原へと彩っている




サーヴァント「随分立派だな…」

何年物だろうか?
樹はヒトの寿命より遥かに永い時を生きる

そして年月が経つほどに、太く逞しく育つという。


僕はその大木の袂に降り立ち、樹皮に触れる


感じるのは湿気
しかし、触れた手は汚れることはなく綺麗なままだ。


サーヴァント「夢だからあたりまえか」



『違うよ』


声…どこからだろうか
頭に直接響いてくる感覚が煩わしい


『こっち、後ろを見て』


子供の声のようだが…
この声…どこかで…

いいや、割と最近まで聞いていたんだ


彼女は確か…



声の案内に従い、ゆっくりと振り向くとすぐに合点がいった


プラム『おはよう、サーヴァント』


プラム…。

目の前に立つ少女は間違いなく先ほどまで行動を共にしていたプラムなのだが、どことなく雰囲気が違う気がする


それにこの構図。

まるで彼女の作り出した茶会の席のようではないか


プラム『茶会、ね』

プラム『ここは、貴方の思想の中…簡単に言えば意識を整理するために眠って夢を見てるの』


サーヴァント「思想の中…コハクも同じような事を言っていたな…だが、僕はこんな世界は知らないぞ」


サーヴァント「それにプラム…普段より話し方が大らかじゃないか?」



…む、それもそうだが
なにか重要な事を見落としている気がするのはなぜなのだろうか?


いや待て、そうだ…僕は今、言葉を口にしていなかったはずだというのに
彼女はまるで僕の言葉を聞いているかのように答えたぞ…?



プラム『今の私は貴方の心、夢の中の存在…そういった架空なら知りえない空想も創造できる…』

サーヴァント「そうか…僕はプラムを守りたいと強く願った…だからプラムが夢の中に出ている」

プラム『そう考えて貰ったほうが簡単かも…でも夢ではない部分もあるの』


夢ではない部分…?
この夢の世界で起きていることが現実にも影響を及ぼすというのだろうか?


プラム『なにを今更、あなたはこれまでにも此処に住まう蟲という存在から干渉されて変化しているでしょう?』

サーヴァント「…な、」

言われてみればそうだ。
彼女、コハクと会話をするたびに教えを説いてもらい、この身の糧にしてきたと言ってもいい。

言い換えれば、それは彼女なりに現実への干渉をしているということになる



……?


サーヴァント「でも、それになんの問題が…?」


プラム『つまり、ヒトが見る夢とは違う危険性を孕みつつ…夢と言う安全性がないもの』

プラム『そして…こうしている今も、現実世界の私はあの野蛮な獣と対峙しているわ』



それって――――



プラム『このままでは確実にネメシスに殺される…もちろん貴方も、私も』


殺される…?

僕も…プラム、君も…?




サーヴァント「ふざけるな…」


プラム『…』


そんな事させてたまるか
誰かを泣かせたり、苦しめるために戦ってる訳じゃない



僕は…いや…


サーヴァント「『俺』がお前を守って見せる…!」

プラム『…そっか…じゃあ、私が手伝ってあげる』


彼女はそう呟くと背伸びをして俺の頬に手を添える


頬に触れてくる冷たい手の平と指先

しっとりとした白い肌に僅かに紅潮した頬

艶やかに整えられている薄桃色の髪

潤んだ瞳

穢れを知らない張りのある唇


…とても魅力的で、心が躍り高鳴る



この娘を傷つけさせたくない



守りたい

そんな気持ちが引水のようになり

体の、心の奥底から魔力を引き出す



プラム『鎮めよ、我はヒトの意図を手繰りし者』

プラム『汝は器、注がれし水の静寂を保ち溢れる事を忘れさせる器なり』


詠唱が行われ、彼女の言葉が紡がれるたびに心は落ち着き

先ほどまでの昂ぶりは消えていく

けれども、引き出された魔力は消えることなく、自分の体に染み込む




プラム『繋ぎ無き青に張り巡らすは白き糸…汝と我に心鎮を司る者の手解きを…繋げ!』


プラム『心鎮の糸手繰り、その契りを!!』




こんな感覚があるのだろうか

眠りの中で更に意識を手放す

とても心地良い…

自分が誰だか理解できなくなる…

今までのものとは違う暖かさ

パチパチと花火のように美しい光が眼前に広がり

俺の周りを明るく照らしていく…



サーヴァント『――――――――――』



光に包まれていく

…頭の中に…イメージが流れ込んでくる








――――――――――











日景『―――――――――――――』









日景…?



泣いている…

その胸には同じ年ごろの女性が眠るように抱かれている…



サーヴァント『死んでる…のか?』


日景『ふざけるなよ…お前が殺したんだろうが!!』

日景『返せ…還せぇ!』

日景『彼女を…俺の大切な…』


意識にノイズが掛ると場面が切り替わる

死体の山々…そこに立つ一人の男…


『俺が求めたのはこんな事じゃない』

『こんな事のために子供達を育み、導いたんじゃない』

『応えろ、お前はこの光景を見せたくて俺を呼び戻したのか!?』

『応えろ!リアル!!』



これは俺…なのか…


なんなんだ…これは―――――!!!!






――――――――――






サーヴァント「――――っは!!…今のは……?」


目を覚ますも映り込む景色は先ほどとはまた違ったもの。
しかし、そこは良く見慣れた場所でもあった



サーヴァント「…草原…ここって…」

そう
あの丘だ。


コハクといつも茶を飲み交わしてる思い出の場所。

しかし
そこに居たのは紛れもない異端者だった


コハク「……なぜ」


黒いそれは彼女の声を発する。
ああ、そうだ

ここ最近、彼女は白いドレスにばかり身を包んでいたから忘れていた


こちらが彼女の本来の姿、そう言っていたっけ…。


コハク「…いいえごめんなさい、まさか再び二重調律をするだなんて思わなかったから…」


サーヴァント「にじゅう…ちょうりつ?」


聞きなれない言葉だった。

彼女はとても落胆しているらしく、先ほどまで放っていた

怒り
憎しみ
妬み

それらを手放し、ただ悲しみの感情を露わにするのみである。


コハク「時間がもうない、だから手短に説明するわ」

コハク「君はこれから私とは会わないほうがいい…」

コハク「いつか訪れるはずの問題で、貴方が解決しなければいけないの」


コハクと会わないほうがいい…?

問題っていったい…?


コハク「『コレ』は私が最後まで何とかするから…貴方はなりたい自分になるといい」

コハク「その為に戦う術を、力を教えたから…貴方ならきっと大丈夫」


足元が大きく歪み
ボクと彼女を遠くへと引き離す


それはとてつもない悲しみを、ボクの心に植え付ける


ああ、もう会えないのだろうか?

きっとそうだろう



でなければ、彼女がああして涙を流す理由がわからないから



サーヴァント「待って…待ってくれ」

コハク「出来ると信じて、貴方なら私が居なくても…先に進めるって信じてるっ」


サーヴァント「…っ…!!」


手を伸ばしても

声を上げても


その手は届かず掴みとれない

声は無意味な叫びとなって、彼女の名を呼ぶことを許さない


ただ、意識が引き戻される




もう目覚める

眠りの浅瀬から立ち上がろうとした時
最後に彼女の顔がボクの上から逆さまに見下ろして、こう告げて来たのだ











『 ど う し て 私 を 選 ば な い の ? 』













――――――――――





――――――――――









サーヴァント「―――――っぐぅう…」


胸の痛みにたまらず意識が引き戻される
するとどうだ、今まで眠っていたはずだというのに灰の砂を蹴って駆けている自分がそこにいるではないか



意識よりも先に体が起きている不可思議な現象

そして眠っていた際に見た光景…最後のコハクの言葉…


酷く混乱したが今はもっと大事なものがある




サーヴァント「この音…っ…」



近くで交戦の音が聞こえる

間違いなくプラムだ…助けなければ…!







――――――――――




サーヴァント「いたっ」



燃える家を回り
先程の反対側の位置でより大きな戦闘音を感知すると彼女はそこに居た




ネメシス「このメスガキがぁあっどこに隠しやがった!!」


プラム「……っ…!」


プラムが追い詰められている…!

あの華奢な体でよくここまで…とは言え時間がない…

僕は深くしゃがみ込み
出来るだけ足に魔力を収束し、大きく跳躍する


サーヴァント「はあああああああっ!!」

プラム「…!」


跳躍で得た力をそのままに
けれども撃鉄としてではなく、この体を投擲武器…砲弾として成り立たせるために素早く体をひねる。
足は前へと移動させ、奴の顔面に蹴りとして食らわせることに成功した


ネメシス「…ギ!!!…てめぇ…スレイ…ギギギ!!!!」



手ごたえは十分。
見事な直撃で今度は効いたようだ…その証拠に奴の顔面は微かにへこんだ

敵のカラダは衝撃に怯み、揺れる視界を調整するのに手一杯のようだ


プラム「…サーヴァント…!」

駆け寄ってくるプラムに、優しく微笑み掛けて頭に手のひらを軽く乗せ、優しく撫でる


サーヴァント「心配かけた…後は任せろ…」

プラム「…んっ…!」

何を求めているのかわかるのだろう
プラムは灰の砂の上を駆け、戦闘に巻き込まれない位置へと退避する



ネメシス「っち―――」

舌打ちが聞こえてくる
思ったより早く敵は視力を取り戻し戦線へと復帰したようだ

念のため、今一度プラムが退避した方向へと視線を配り安全を再確認する


問題はない
後は俺自身が目の前の敵を乗り越えるだけだ。



サーヴァント「…来い―――!!」


日景に教えてもらった距離を意識し
コハクから学んだ構えを取る


今度は負けない…絶対に


ネメシス「調子に乗ってんじゃねぇぞ!!!このグズ野郎がぁ!!!」


―――――――刺突。

容赦なく打ち込まれる針と刃の数々に冷静に魔力の流れを見て回避する


隙が出来た――!


サーヴァント「…―――…そこだっ」


距離を詰め
左手に魔力を収束し、打ち込む―――が…




ネメシス「―――っハ!無駄なんだよ!マヌケぇ!!!」



サーヴァント「――――――!!」


直撃した魔弾は敵のカラダを破壊することなく反発したのだ


これで今までの謎が解けた

コイツには―――魔法が効かない




ネメシス「そらそらそらそらぁぁぁぁぁ!!!!」




繰り出される刺突と斬撃に、必死になって避けては見せるものの

攻撃の余波は肥大化し
完全に避けても俗に言うカマイタチのように体にダメージを与えてくる



サーヴァント「…っく―――」

敵は力も速度も上がっている
対して俺は着々と体力を削られて疲弊するばかりだ。


参った…コイツは魔法が効かないばかりか、吸収し己のパワーとして使う術も持っている…

近接戦も迂闊に近づけば串刺しにされるのは目に見えている



こちらから近づけず

遠くからの攻撃も封じられている以上、圧倒的不利な状況に追い込まれてしまう



ネメシス「キキキ…死ね…スレイブ―――!!!」



止めの一撃



これは避けきれない…

せっかく起き上がったっていうのに…ここまでなのか―――!!!





プラム「サーヴァント!ウィレム展開!!」


サーヴァント「――――――!」




突然聞こえた声に体中の魔力が解放される

体から溢れ出した魔力は色がなく、爆発的に広がると敵の反発効果を逆手に取り大きく距離を保つことに成功する



ネメシス「っち、咄嗟に反射しちまったじゃねぇか―――――悪あがきしやがってぇえええ!」


再び迫りくる敵は冷静に判断し直し
溢れ出した魔力を吸収、加速して近づいてくる



サーヴァント「ウィレム――――展開!!」

彼女が告げた言葉を復唱するように叫ぶ。

両手を前にかざし、吸収されていない拡散させた魔力を引き寄せる

―――魔力は纏まり形を持って剣と成る




ネメシス「っ―――剣…!?」


出現した剣を持つ

これなら魔力を以てせずともダメージを与えられる…!

臆せず踏み込めっ、勝負は一瞬―――!



サーヴァント「―――――――――――っ!!!」


ネメシス「ギィィィィ―――――!!!!」



奴も奥の手を隠していた

自分で針先を折り、投てきの武器として隠し持っていた

突然投げられた針は肩を貫くも痛みに怯む訳にはいかない―――


サーヴァント「これでぇぇぇぇ――――――!!!!」


ネメシス「ギ―――!?ギィイイイイイイ!!!!」


剣先を敵の腹に突き刺す

敵はその一撃に耐えられず卒倒する


勝った―――



サーヴァント「―――は…――――」

プラム「――――っ!」


とてつもない戦いとダメージに体は限界にきており、倒れそうになるとプラムが駆け寄り受け止めてくれた

抱きしめ、受け止めてくれる彼女から香る甘い匂いに、心は安らぎ今にも眠りに落ちそうになったが―――






ネメシス「ギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!!!!!」






耳障りな機械音を立てながら敵は再び起き上がった


突き刺したはずの剣は、『僕』の戦闘意識がなくなったせいか消滅している

それが原因で再び奴を再稼働させてしまったのだろう



サーヴァント「……しぶ…とい」



ネメシス「あの動、き…、あの剣…」


ネメシス「コロ…―――――コロス!!!」



金属を軋ませる音を鳴らしながら近づく敵に、今度こそ覚悟を決める


せめてプラムだけでも逃がさなくては…


サーヴァント「にげ、ろ…」

プラム「だめ…!」


敵が腕を振り上げると僕はプラム抱きしめ、背中を縦にして庇う




サーヴァント「…、…?」



―――静寂

斬撃は僕を切り裂くこともなく、プラムも無事



サーヴァント「…何…が」



プラムを抱いたまま、視線を後ろへと向ける

微かに視野に入る影は白く
ネメシスとよく似た形を成していた為か、その正体に気が付くのにそう時間は掛からなかった。




アレース「…………………」


そこには奴がいた

僕とプラムに背を向け、ネメシスと対峙する形を取っている




ネメシス「ギギ…何ノ…マネ、ダ…アレース…」


アレース「ネメシス…良く聞け、我らは利用されてるだけなのだ…このままでは世界は壊滅する…」



アレースから明かされた言葉は世界の終焉

カイライという組織ならば憂うことなく、あっという間に事を成してしまうだろう


だというのに、何故アレースは破滅を否定するのか…



ネメシス「ギギ、結構…な事じゃ…ねぇか!」

ネメシス「こんな世界、こんな、ゴミクズ共が巣食うなら、消し、消し―――」


彼の言葉と共に溢れ出る憎しみの感情は紛れもないもの。
しかし、この世界を滅ぼさんとする意志とは相反し、その眼からは透明な液体が滴っていた



アレース「それでいいのか、契約者の想いを…願いを踏みにじってまでお前は私怨を優先するのか?」


ネメシス「――契約者、…?―――――ギ…――――ギ―――ギ…」

アレース「―――――ネメシス…!!どうした!」


突然頭を抱え、砂浜に崩れるように座り込むネメシス

苦しむネメシスにアレースは寄り添う



サーヴァント「…これは…」

見たことある光景…



まるで自分だ。


激しい頭痛に襲われ

言葉を発しようにも思考が出来ず

魔力の流れは止まり

体も動かなくなる



記憶の欠損…

泥のような意識による悪心。





ネメシス「っち、うるせぇ…っギ、俺の頭ン中に…入ってくるな…女ぁあ!!」

アレース「女…?」

アレース「ネメシス…まさか、お前……」


ネメシスは誰もいない空を手で掻き分ける動作を続ける
そこに何か、誰かが居るように

煩わしくも、それでも…どこか悲し気に掴み取ろうとしていたように見える



サーヴァント「急いで戻れ、ネメシスの記憶がなくなるぞ…」



アレース「…―――――貴様が…私の弟をここまで追い込まなければ――――」



凍てつく瞳

殺意

憎悪


サーヴァント「っ…」


怖い

アレース、以前に戦った時はこんな魔力の流れを見せてはいなかった


これが…コイツの本気、なのだろうか


だとしたら…僕は、コイツに勝てたのは…まぐれだったのだろうか



それほどに、恐怖した


だが、退く訳にはいかない

目の前の者達は敵とは言え、自分と同じ苦しみを感じる者。

そんな者達を放っておけない



サーヴァント「……今の僕にはお前らを倒す魔力がない…殺すなら殺せ」

サーヴァント「だけど、その時間にそいつの命が掛っていることを忘れるな」


一瞬で考えついた命乞いも含めた脅迫

直感だった
アレースを納得させるには、自分の不利な立場を認めなければならない

もしここで自分が圧倒的な立ち位置であると誇張するならば
より危険な存在として認知されて戦いを挑まれるかもしれない


たとえ、彼が抱えているネメシスという存在がここで潰えたとしても
計り知れない脅威を討ちにくるだろう


だから…今の僕たちはアレースにとって取るに足りない弱者なのだと
偽らなければならない

生き残るために
生かすために



アレース「……承知した…退かせて頂く…しかし努々忘れるな…借りとは思わんし、貴様らを見逃すつもりもないとな…」


サーヴァント「――早く行け、そいつが大事なら」


アレース「………―――感謝する――――」



二人は転移の魔法を唱え、燃える灰の砂浜を後にする


魔力の影響がなくなったからか、

暁色に染まる空間は色を失い、目の前には変わらず燃え落ちた我が家が佇んでいた




プラム「………―――――」



サーヴァント「――――プラム!!!」




意識を失い、倒れ込むプラムを咄嗟に受け止める

無理もない…殺し合いに巻き込まれて普通でいる方がおかしいのだ

…そう、おかしいんだ



サーヴァント「僕は…いつからこんなのが平気になったんだよ…」



たくさん痛い思いをして

今までしてこなかったような訓練を受けさせられて

誰かの期待を背負って


今まで自分が住んでいた家まで燃え落ちて




サーヴァント「なんで…なにも感じないんだよ…僕は…」




―――――それにあの力…




ウィレムって言ってたな
紫の細い剣…




サーヴァント「まるで針のようだった…良く折れずに戦えたもんだ」






おまけに自身の内から滲み出た魔力の波長…

アレースや日景と戦った時に現れた現象とはまた違っていた


混濁した意識の中で見た夢と、プラムと交わしたヤーンの契り

それが起因となっているのかも知れないが、今の彼女に問いただすわけにはいかない…



サーヴァント「プラム…」



この子は…一体何者なのだろうか…


…よそう。


今はこの子が、僕たちが二人とも無事であったことを喜ぶべきだ





日はとっくに暮れている


早く帰ってリリン様に報告しなければ…


眠りにつくプラムを起こさないように慎重に背負う




プラム「…――――すぅ―――――すぅ――――」

サーヴァント「………ふふ……」



お陰で助かったよ


ありがとう、プラム…


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あきゅろす。
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