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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page6 憤怒の輩



薄桃色髪の少女「……」


サーヴァント「あの…」


唐突に袖を掴んで来た少女。
歳はダリアに近しいくらいか
もしかすると僕と同い年かも知れない。


リリン「プラムちゃん…?」

僕の素っ頓狂な声に異変を感じ取ってくれた彼女はこちらへ歩み寄ると
袖を掴む少女を見て驚きの表情を浮かべた。

プラム…

この子の名前だろうか?
名前を知っているのであれば彼女の知り合いなのだろうが…

どうも様子がおかしい。
知人、友達に会う表情ではない…


サーヴァント「リリン様…この子は?」

リリン「ぁ、失礼しました…彼女は…小さいころから一緒に遊んでた幼馴染の子で…」

プラム「名前、プラム…」

クイクイっとこちらの興味を引くかのように絶えず袖を摘まむ彼女は自分からも自己紹介をしてくれた
すこし言葉が足りていないが悪い子ではないらしい。

サーヴァント「初めまして、僕はサーヴァント。」

サーヴァント「よろしくね、プラム」


右手を差し出し、握手を求めたがプラムには意味が伝わらなかったらしく首を傾げられてしまう
困った。

こういったタイプの子は苦手ではない。
寧ろ物静かで良い印象なのだが自分が話下手なせいで思ったように会話が弾まないぞ…!


リリン「プラムちゃん、お兄さんが握手をしてくれるみたいですよ」

プラム「あくしゅ…ん。」

リリンの説明のおかげでやっと理解してくれたのか
彼女は僕の手を取ると、そっと自身の手のひらを重ねてきて…


リリン「ぁー…ちょっと違うんですけど…」

手のひら同士を重ねて指を絡める
握手とはまた違った繋ぎ方を見たリリンは些か表情が強張っていた。


――――――――――



リリン「あのー…っ」


サーヴァント「あ、あはは…」


どうしよう。

あれから会話は進まず、プラムは僕に身を寄せるだけ
それを見ている彼女はジトーっとした目で僕を無言で糾弾している


参ったな…。



サーヴァント「……それで、どうしてこんなところに一人で居たんだ?」

プラム「ん…」

質問に対して瞬きをしてからすぐにリリンの方を見る。
そしてまた視線をこちらへと戻し、口元をモゴモゴさせて何かを言いたそうにしていた


サーヴァント「もしかして…」

プラム「リリンに…会いに来た。」

リリン「え…」


やっぱり。
さながら長らく会えなかった家族に会いに来た感じだろうか

恥じらいもあってか素直に言い出せず、でも嘘は吐きたくない。
そんな葛藤がプラムを一瞬だけ躊躇わせたのだ

彼女の言葉を聞いたリリンは驚きつつも、絶えず困惑の表情を浮かべたまま


サーヴァント「ん…?」

どうもおかしい。
すれ違っているような、微妙なズレのような感覚。

プラムからではない
彼女は純粋にリリンに会いに来たという言葉には偽りがないように思える

問題はリリンだ。
少女の純粋な望みに対して受け身…というより受け流そうとする姿勢が違和感を覚えさせる


どうやら何か訳ありらしいが、今の僕では計り知れない
変に踏み込むと、後で厄介なことになり兼ねないので敢えて様子見に徹するようにしよう


リリン「お、お爺様には私から話しておきますから…一度私の家に来ませんか…?」

プラム「ん、いく。」


二人は手を繋ぎ、雨の中一つの傘に入ってゆっくりと歩き出す
その姿を見た僕は先程まで抱いていた違和感が薄れ、暖かな気持ちで見守ることができた

ぎこちないけれど、二人はそれでも仲がいいのかもしれない。


リリン「サーヴァント様、いきますよ?」

サーヴァント「…あ、はい」

いつの間にか置いてけぼりをくらっていたのだろう
我に返った僕は二人に追いつくために歩き出す


サーヴァント「ん……?」

サーヴァント「!?」

視線を斜め前方の車道へ向ける。
どうやら大きなトラックがこちらに向かってきているらしい
そして二人の傍の道にはとても大きな水たまりができている

その先の惨状は一目瞭然だが、当の二人は気が付いていない


サーヴァント「危ない――――っ!!!」


僕は全力で地面を蹴り、二人に声を掛けるもすでに手遅れだった

二人を突き飛ばす訳にもいかず

僕はトラックと二人の間に割って入り―――――


サーヴァント「ぶぶぁ…うえぇ……」

泥水のシャワーを浴びたのだった



プラム「おぉ…ぐっじょぶ」


リリン「………!?」

リリン「…申し訳ありません…すぐに泥を…っ!」


咄嗟の事だったのでリリンも驚いたのだろう

声をあげることもなく僕をしばらく見つめた後ハッとした表情をしハンカチを出して顔を拭いてくれた



サーヴァント「だ、大丈夫…早く帰りましょうか…」

リリン「私たちを庇って…」

リリン「すぐに家へ、ここからなら私の家が近いですから」

僕は問題ありませんよと言って帰ろうとしても彼女は頑なに許してくれなかった。
こうなったのは予測できなかった自分の不始末だからと半ば強引に彼女の家へ向かうことに…


――――――――――


マヌカン邸へとやって来て、玄関をくぐると見慣れぬ女性が佇んでいた
恰好からしてこの家に従事しているメイドさんのように思える


メイド「おかえりなさいませ」

リリン「ただいま、お爺様たちはいらっしゃいますか?」


主である彼女を出迎えた女性は、リリンの質問に対し深々と頭を下げて詫びの言葉を述べる
どうやら不在らしいが、その行先を知らされていなかった彼女は少々面を食らっていた


リリン「どこへ向かわれたのです、私は引き継ぎなどを受けていませんが…」

メイド「はい…トランジェント様は日景様を連れて三又の大橋へと…」


トランジェント…
会話の流れからしてマヌカン王の本名だろうか

それに三又の大橋…
どこかで聞いたことがあるが…なんだったか


サーヴァント「……」

メイド「あの…差し出がましいようですが、そちらの薄汚れた方は…」

慎ましくもバッチリと僕を汚物呼ばわりするあたり、この女性もなかなかの肝の座り。
手のひらで人様を指してこそいるが目がもう…。


リリン「いけない…彼を浴室へ案内を、客人ですよ」

メイド「仰せつかりました…、こちらです」


僕はメイドに背中を押されて急かされるように浴室へと通されると瞬く間に制服を回収されていく
電光石火…!


サーヴァント「…はぁ…」

体を清め、湯に浸かる。
天井を眺めてから辺りにも視線を向ける


とても大きな浴場だ。
和をモチーフにされたここは旅館のそれに負けない立派な作りであり、とても少人数で使う広さではない

…が。

サーヴァント「すっごい解放感で癒される」

無駄に広い、と言うことではないらしい。
室内全体に広がる木の香り、温かな湯、全身の力を抜いても余りある広さ

その全てが湯治に貢献しているのだと思い知らされる


こんなに良い風呂は過去に一度入ったきりだ。
あれは確か…どこだったか…


サーヴァント「……あっちは石造りで露天だったしなぁ…」

サーヴァント「…ん?」


扉の外から声がする
さっきのメイド?

湯加減を聞きにでも来たのだろうか

心遣いはありがたいが、そこまでされては気が引けると思いお帰り頂こうかと思った矢先――――


プラム「む」

サーヴァント「……はぁ?」

戸が開き、一人の少女が入ってきたのだった


――――――――――


プラム「おかしい」

サーヴァント「いや、それ僕のセリフだからな」


湯に浸かる僕と、その傍らには少女が一人。

状況が理解できない。


幸いにもお互いタオルを巻いた状態での会合だったので諸々の事情として特に問題は発生しなかったのだが…
なぜ、一緒に入浴せねばならんのだ…!?


サーヴァント「入浴中って札掛けといたろ…」

サーヴァント「というか声からしてさっきのメイドもいただろうしどうやって―――」

プラム「お礼…したくて」


お礼?
いったいなんのだろうか…

問いかけようとしたが先にプラムの方が動き、シャワーの場所を指差してる

スポンジと石鹸…?


プラム「泥から守ってくれて、ありがと」

サーヴァント「…ああ」


そういうことならと僕は湯船から体を引き上げると
同じくしてプラムも付いてくる

なんかこうしていると妹が付いてきている感じがする…


小さな頃はこうやってダリアとも一緒に風呂に入ったっけ。
しょっちゅう喧嘩して…姉さんに怒られて、仲直りもして…


サーヴァント「……なぁ、プラム」

プラム「ん」

椅子に座る僕の背中を泡立てたスポンジで丁寧に洗い始めるプラム。

他意はない

微かに感じるのは家族とのふれあいの思い出だけ
故にとある考えが浮かんでしまう


サーヴァント「どうして抜け出してこっちに来たんだ?」

プラム「―――知ってたの?」


やっぱりだ。
憶測でしかなかったけれど、この子は本来居るべき場所からお忍びでやってきたのだろう
質問の「どうして」と言う部分…

きっとリリンに会うためと答えるだろう
しかし僕が聞きたいのはそうではないのだ。


サーヴァント「生憎、僕は君をどうこうするつもりはないよ」

サーヴァント「ただ、気になったんだ…そうまでして彼女と会いたい理由と言うか…」

プラム「そうなった…環境?」

首を縦に振る。

会いたいなら会えばいい。
そんな簡単なことができる状況ではないのが今のプラムという少女が置かれている現状なのだろう…
僕に何かできると軽々しく言葉を発することはできないが、少しでも手を貸せれば…そう思っただけだ。


プラム「ずっと、会えなかった」

サーヴァント「近くに居なかったのか?」


問いかけに対し、彼女はすぐに首を縦に振る
聞いていた話だと子供のころはよく遊んでいたと言っていたが…


プラム「大人になるにつれて、リリン…忙しくて、私もお仕事があって」

サーヴァント「仕事?」

彼女の幼さで罷り通る仕事があるのだろうか?
正確な年齢こそまだ聞いてはいないが…もしかしてダリアと同じで技術系とかに従事を…?


サーヴァント「お前、歳は?」

プラム「十四」

僕と同い年、と言うことになる
それより下であるダリアが手伝いでありながらも働いている現状があるためこれ以上の詮索は無粋だ

サーヴァント「そうか…まぁ、なんだ、今からでもまた時間を作っていけば良いじゃないか…今が無理でも、一分一秒…
わずかな時間を相手のために作ろうとしていれば、相手もきっとわかってくれるさ」

我ながらガラでもないことを口走る
なぜだろうか、普段は他人が思い悩んでいる姿を見てもなんとも思わないのに、この子の悩んでいる姿を見ると助けたくなる

兄貴気取り…というやつなのかな


プラム「ん…そう、かな…?」

サーヴァント「そうだとも」

いいや…まるで自分を見ているようだ
そうか、兄という感情ではなく
自分を重ねているからこそ手を差し伸べたくなるのだ

サーヴァント「僕も手伝うからさ…二人が仲良しに戻れるように頑張ろうな…?」

プラム「ん」

シャワーを手にした彼女が僕の背中に温かなお湯をかけ、泡を落としていく

さっき、自分で洗いこそしたものの、
こうして他人に洗ってもらうことでスッキリする感覚はなかなかに素晴らしい。


サーヴァント「しかし…」

プラム「私の仕事、気になる?」


気になる。
言葉を口にするよりも先に僕も同じくして首を縦に振っていた。


プラム「魔法の探求、研究」

サーヴァント「は…?」

今、なんて言った?
魔法の探求と研究だって?

なにかの聞き間違いに決まってる

じゃなきゃ…


サーヴァント「はは…、そういう遊び…なんだよな?」

プラム「ううん、ホント。」

プラム「私、新しい魔法の試験…安全性を確かめ……る?」


彼女の言葉を全て聞き終える前にボクは向きを変えていた
汗と、湯気でかすかに濡れている彼女の肩を掴む


プラム「サーヴァント?」

サーヴァント「――――」


落ち着け
ここで自分が騒いだところで、何かが変わるわけではないのだ


わかってはいる
理解しているけど…!


サーヴァント「そんな…危険な仕事、やめちまえ!」

プラム「……」


抑えきれなかった。
目の前の少女はさも当然、当たり前と言いたげな表情のまま淡々と事実を口にしたけれど
本来その行いは、こんな年端もいかぬ子どもに負わせるような事柄ではない


命をすり減らし
危険を顧みず
犠牲になるだけの人生


サーヴァント「…そんなのはなっ…できる奴にやらせればいいんだよっ」

サーヴァント「お前みたいな子が…命削ってまでやることじゃ…ないんだ!」

プラム「………」


首を傾けながら、少女は僕の頬に手を添える
まるで、小さな子供をあやすかのような手つきは、不思議と僕の心の棘を取り払うような温かさと優しさに満ちていた


プラム「心配してくれてありがとう…」

サーヴァント「…へ…?」


そう告げるとプラムはそっと立ち上がって浴室を後にする。
今の表情…それに言葉。

今までの彼女から伺えなかった一面だった
あんな風に笑って…言葉も告げられるなら…


サーヴァント「なんで…泣いてるんだよ…」


言いたいことは言った。
後悔はない。

けれども、僕の胸の内に残されたのは…虚しさと、やるせなさ。

怒り、悲しみ
行方のない感情の渦と最後に…涙を流す少女の笑顔だった。



――――――――――




――――――――――




コハク「ほぉーん」


あれから僕は帰宅し、いつものように妹が作ってくれた食事を平らげてから風呂に入って横になると、
瞬く間に睡魔に誘われてここにやってきたのだが


サーヴァント「なんか不機嫌そうだな」

コハク「べっつにぃ〜?」

いや、どう見ても不機嫌だろう。
こっち見ないし、言葉遣いがいい加減だし
草原の葉っぱを千切って投げるとか、小石も混じってるし…もうね。


サーヴァント「なにをそんなに怒ってるんだ、泥をかぶったのは君じゃないだろ」

コハク「ぶふ…ふふっ…」


あ、笑った。
と言うことは日中の事は見ていたらしい。
しかし、やはりコハクに対して何かしでかした…という事はないはず。


サーヴァント「なぁ、ホントにわからないんだ…なにかあるなら言ってくれよ」

コハク「……女の子とお風呂とか、軽蔑するわぁ」


なるほど。
そういうことか


サーヴァント「勘違いするな、特に意識しているわけじゃない」

コハク「どぉだか、大人しく背中を流してもらったりして信じられないわぁ」

サーヴァント「信じろっての…しかも女の子と風呂って言ってもな相手はまだ十四の子供でー…」

サーヴァント「だいいち、あの時だってボクじゃなくて君から―――?」


……?

あの時?

なにを言っているんだ僕は。


コハク「……ま、いっか」

サーヴァント「……」

なんだろう
さっきまで不機嫌だった彼女の表情が柔らかくなった…?

それに…今、脳裏に浮かんだ光景はいったい…?


コハク「さ、今日も私と訓練するかい?」

サーヴァント「あ、あぁ…頼める…かな?」

コハク「お安い御用さ」


こうして日景との訓練に加えて僕は、夢の中でも彼女に指南されて特訓を続けている
流派、といえばいいのか
異なる型を同時に二つ学ぶことに対し、非効率なのではないか…

そういった不安がなかったワケではない。
なので、包み隠さず両方の師に確認を取るべく向かったのだが



――――――――――


日景「言っただろう、あくまで私の型であってお前に最適なものではない」

日景「同時に学べるほどの許容があるなら学べ、お前はそれほどに弱いのだから徹底的に努力しろ」


――――――――――


コハク「んう?非効率ぅ?」

コハク「そういうのは効率を知る者の言葉であって、今のあなたが言うのは違うんじゃないかな?」

コハク「見聞広めて徳を知る、もといお得かもねぇ」


――――――――――


などと告げられたのだ。
どちらも独占せずにいてくれて自由が利くのでとても有り難いのだが…


サーヴァント「要するにテキトーなんじゃ…」

コハク「なにか言ったかしら?」

サーヴァント「いいえ。」


放任主義である。
まぁ、こちらから聞きに行けば二人ともすぐに教えてくれる

『自分で考えろ』なんて言葉はほとんど言われない。
それだけ、僕が右も左もわからない若輩者だからなのかもしれないが

邪険にあしらわれる事がないのが本当に救いだ。

で…


サーヴァント「今日は何をするんだ?」

コハク「ん、連日の動きを見てわかった…貴方はブンドドは並みに強い」

ぶんどど…?
何かの造語、専門用語か?


サーヴァント「なにそれ」

コハク「っは…失礼、鍔迫り合いのことねっ…いけないいけない…」

なるほど。
彼女はなぜか顔を赤らめながら言葉を訂正する
別に語呂は問題ないと思うんだけどなぁ…

コハク「で、余程の相手以外では押し合いで負けないあなたに足りないのはやはり立ち振る舞いだと思うの」

サーヴァント「立ち振る舞い…構えとか?」

そう、と彼女は頷く。
立ち振る舞いか…そこまで意識して剣を持ったことはなかった

そもそも刃を他人に向けたのなんて―――
ない…し…。

コハク「基本的にあなたは猪突猛進、カラダの硬さを過信して突っ込むばかりで目も当てられないわ」

サーヴァント「っぐ…」

ぐぬぬ…何も言い返せない
とにかく前へ先へと突き進むことばかり考えていたが間違いらしい


コハク「姿勢としては良い心がけなのだけれど、時には引くことも大事」

サーヴァント「つまり?」

コハク「並み、またはそれ以下の力の者が扱える構えを教える」


彼女はそう告げると、木刀を手に持ち
僕の前に立つと全身の力を抜いて立つ


―――隙だらけだ。

頭、胴、腕、足

全てにおいて刃が通るだろう。
彼女は今、防御を兼ねた構えを放棄している


サーヴァント「―――打て、と?」

コハク「うん、おいで」

言葉が発せられた時、既に僕は駆けていた

迷いはなかった。
僕は自然とわかっていたんだ

これが彼女本来の構えなのだと――――


サーヴァント「!?」

木刀は彼女の眉間を捉えて振り下ろされるも直撃することはなく芝を沈めるだけ。
コハクはその真横にいつの間にか移動しており―――

コハク「一本」

僕の喉元に木刀を突き立てていた。


――――――――――


サーヴァント「なんだったんだ、今の」

確かに木刀は彼女の頭を割っていたはず。
なのに、見えていた光景は驚くべきものだった


脱力
片足を崩した彼女はその崩落に合わせて体を横へと逃がして攻撃を避けたのだ

それだけではなく、体制を立て直すべく地に足をつき立ち上がった際に木刀を持ち上げていた―――


コハク「これが私の『反動・欠如』の構え」

反動と欠如―――
ああ…確かに…


片足を脱力させた欠如

立ち上がる際の力をで木刀を首元へと運んだ反動


コハク「動かそう、そう考えた時にはひとつ動きに予備動作が生まれて遅れることになる」

コハク「それでは他の追随を許さない立ち振る舞いは不可能」


サーヴァント「……今の動き…」

あれを僕が…?
出来るのか、あんな芸当を。


サーヴァント「いや…やるんだ」

サーヴァント「コハク…頼む、教えてくれ」

じゃなきゃ…守りたいものも守れないまま…
僕はまた過ちを繰り返してしまう



コハク「……いくよ!」




――――――――――



――――――――――



リリン「……」


深夜、ひとり私は化粧台の鏡の前に鎮座する。
手を翳すと鏡は水面のように波を打ち、淡い光とともにとある魔法を発動させる

詠唱は至って簡単。
話をしたい相手の顔を思い描きながら繋がるように言うだけ…

しかし、少しばかり面倒な部分がある。
魔法を発動させるまでの時間が長い…

効果が現れるまでずっと鏡に手を翳さねばならず、その姿はまるで水晶で占うひとのそれ。


リリン「繋げてください」


言葉に呼応し、鏡は波紋をいっそう浮き立たせて乱れる。
パスは通った
後は向こうが気づいて拾ってくれるだけなのだけれど…

マヌカン王「おお…リリンか、すまないな黙って離れてしまって」

リリン「いえ…」

マヌカン王「それよりこんな夜遅くにどうした?」

リリン「…お爺様、今はお時間…大丈夫でしょうか…?」

マヌカン王「構わんよ、話してみなさい…」


鏡は絶えず水面のように揺れているため
祖父の顔がハッキリと見えないが声からすると、とても疲れているのだろう…

私は事の内容を手短に説明することにした



マヌカン王「ふむ…プラムがそちらに…まぁ気晴らしになるだろう…しばらく家にいさせなさい…」

リリン「はい…でも、よろしいのですか?」

リリン「あの子がこちらに居ては新しい魔術や魔力の探求が…」

マヌカン王「リリン、あの子はまだ子供だ…」

マヌカン王「遊びたがりの時期に一方的に仕事を押し付けるもんじゃないぞ…」


祖父の言葉に返す言葉もなく、私はただ俯いてしまう

プラムはマヌカン族だが、実情は違う。

マヌカン族が、いや…これはすべての種族に言える事だろう

不老不死の探求

過酷な実験が行われ


その為に何人もの子供たちが生み出され

その儚い命を散らしていく…

非人道的な研究は、決して万人に歓迎されるはずもなく

秘密裏に研究が続けられていた


プラムはその中の一人


リリン「……っ」

……ふと、私は祖父に彼女が訪れたことを話した理由に首を傾げる

私が初めてあの子に出会ったころは、仲が良すぎたほどで
それが災いとなりプラムの生まれの経緯を話された際には祖父や父を酷く恨んだ

その自分が今、彼女がここに居てはいけないように感じ
告げ口のような事をしていることが自然だった


これが、大人になる。…という事なのでしょうか


いつかはプラムのように彼の事も…


そう思った途端、私は頬を伝うものに気が付き
声を潜めた




――――――――――



――――――――――


それからのこと

連日にわたる雨の日々に嫌気がさしつつも
放課後の帰宅時間には決まってプラムが迎えに来るようになった


あの浴室での出来事の後…
彼女は特に態度を改めたりはしなかった

今まで通り、物静かで何を考えているのかわかりづらいまま。


サーヴァント「はぁ…今日も、か」


今日も例に漏れずに雨。

ついさっきまで曇りで降っていなかったと言うのに、放課後になった途端これだ

幸いにも天気予報によって携帯できる傘を持参しているので問題はないが、
こうも毎日続くと心までジメジメと嫌な感じになってくる


サーヴァント「まだ時間はあるし…」

放課後、いつもはリリンがすぐに帰り支度を済ませ僕のところに来るのだが今は居ない

先程、先生に頼み事されて手伝いをしているらしい
小さなことながら、そうして頼りにされている辺り彼女の人徳が窺い知れる。


サーヴァント「少しだけ…」

少しウトウトしてモヤつく頭をスッキリさせようと
彼女が戻るまで机に突っ伏していると珍しいお客が僕の元に訪れた


シンシア「あの…さー君。」

サーヴァント「シンシア様…?」


マケットのシンシア姫だ

最近は良くシャフ君と一緒にいるので学園内でも少なからず噂になっている

それは置いておくとして、
珍しい…彼女が僕に何の用だろうか?


シンシア「あの…リリンちゃんは…?」

サーヴァント「今、先生の用事を頼まれているようです、すぐには戻られませんね…」

シンシア「そうなんだ…」


沈黙。

僕は伝えることは話したし…それを聞いて彼女はだんまりを決め込む
参ったな…静かなのは問題ないが、こうも気まずい空気を醸し出されるとどうしようもない

僕か、リリンか
どちらにせよ用事があるに違いなさそうなので敢えて問いただしてみるべきか…


サーヴァント「…シンシア様?」

シンシア「あ…ごめん…実は最近…リリンちゃんが私の事避けてるみたいなの…」

サーヴァント「避けている…」



思い当たる節はある

マヌカン王が語っていた水面下でかろうじて続くマケットとマヌカンの関係についてだろう

リリンは今の状況を冷静に見て極力マケットを刺激しないように配慮した結果、
シンシアを避ける形になってしまっているのだと思う

目の前の彼女も、学問に勤しんでいる間は大臣に任せているとは言え気苦労が絶えないだろうに
親友としてリリンを気遣っている

僕に出来ることと言えば、この二人がずっと仲良くいられる手伝いなのだろう…


サーヴァント「…大丈夫ですよ、時間が経てばきっとリリン様とシンシア様も昔の様に時間を作れますって」

シンシア「そう…だよね、うんっありがとう!」

心に積りに積もった思いを吐き出し、僕の言葉を聞いて悩みが取れたのか彼女らしい笑顔を見せる

…なるほど、シャフ君はこの笑顔にやられたんだな


シンシア「それで…話変わるんだけれども…今度私の誕生会が開かれるの…良ければリンちゃんと一緒に…」

サーヴァント「誕生会、良いですねっ…リリン様に伝えておきます。お二人の仲がもっと良くなるチャンスですからね…」

最初は断ろうかと思ったが、その頃にはきっと世界も元通りに安定するだろうと願いを込め申し出を伝えることにした
彼女は僕が考えているのと同じ理由で断られるのだろうと思っていたのか
思っていたより返事の内容が良かったらしく、より一層彼女の笑顔に磨きがかかる。

が、途端にモジモジと落ち着きがなくなり
ちらり、ちらりとこちらを見てくる

サーヴァント「…なにか?」

シンシア「その…できれば私から誘いたいから、待って欲しいなぁ…なんて」

なるほど。
だとしたら余計なお世話になってしまうな

あくまで僕がするのはお手伝いで留まる程度。
その先は当人同士で決め、絆を育むのだから…


サーヴァント「わかりました、では陰ながら見守らせていただきますね?」


答えを聞くなり「ありがとう」と大きな声を出し、満面の笑みを浮かべながら教室を出ていった
その背中を見送り、今までの会話が脳裏を過る


サーヴァント「っは。…プラムに言ったのと同じじゃないか…結局僕に何ができるんだか…」

自らを虐げていると、いつの間にかリリンが戻っていたらしく
僕を見かけると足早に駆け寄ってくる


リリン「遅くなって申し訳ありません…さ、帰りましょうか?」

サーヴァント「はい、プラムも待ってるでしょうし急ぎましょう」

僕たちは共に教室を出て
待ち呆けているであろうプラムを迎えに行くために帰路につく

…のだが


シャフ「お、なになにさーくんの新しいガールフレンドの話?」

リリン「ち、違いますよっ」

突如後ろからシンシアを連れたシャフに声を掛けられ
その言葉に僕が反応する前にリリンが素晴らしい速度で否定していた

シャフ「へー、会うためだけにわざわざねぇ…」

リリン「プラムという名前で…歳は私たちより二つ下だったかと…」

シャフ「プラムちゃんか、良い名前だな!さーくんのガールフレンド?」

リリン「ですから!!もう!」


あれほどリリンが否定したというのに彼は再びプラムの素性を問いただす
彼女の慌てふためく様を楽しんでるな…ぜったい。

シンシア「……シャフ君、帰ろ」


しばらくシャフ君と話し込んでいると
雨の中で待たされていたシンシアは不機嫌そうにシャフ君の腕を掴んで歩き出す


シャフ「待てってシア…ごめんな、さーくん、リリンもまた明日!」

サーヴァント「あ、あぁまた明日…」

リリン「また明日…」


連れていかれるシャフと、彼を引っ張るシアに手を振る
一応、姿が見えなくなるまで見届けたが
その後すぐに僕の視界の片隅で肩を落とす姿が見えた

サーヴァント「お疲れ、ですね」

リリン「ええ…あの手の話題は苦手でして」


まったくだ。
時々聞こえるノイズといい

どうして皆、ああやって聞こえない言葉を口ずさむのだろうか?


そう考えると少しばかり苛立ちが募るも心を落ち着かせ
改めて二人でプラムがいつも待つ場所へと向かうことになった



――――――――――



サーヴァント「…おかしいな」

リリン「そうですね、いつもはこの辺りに…」


帰宅途中

いつも商店街の前辺りでプラムは傘を差して雨の中、退屈そうに待っている
だというのに、今日は彼女がいない

リリン「遅くなってしまったから帰ってしまったのでしょうか?」

サーヴァント「だと良いのですが…とにかく一度戻りましょうか」

入れ違い、という事が無いようにリリンの家に戻ることを優先する
心なしか、この間の泥事件とはまた違った…嫌な予感がするけれど勘違いだと思いたい


――――――――――


マヌカン邸


リリン「ただいま戻りました」

メイド「お帰りなさいませ、リリン様」

メイド「今日は小奇麗なんですね、サーヴァント様」

玄関を潜るなり、いつものメイドが出迎える
最近、ちょこちょことお邪魔する機会が増えて来たため顔を合わせる回数も増えているのだが
その度にメイドが僕に向けて放つ挨拶に棘があるように思えて仕方ない


サーヴァント「――――」

メイド「無視ですか」

リリン「…プラムちゃんは?」


メイドにプラムが家に居るか訊ねる
きっと戻ってきているに違いない

頼む…そうであってくれ。


メイド「プラム様ですか、お二人をお迎えに出かけられましたので…ご一緒では?」

…何という事だ、当たってほしくない予想と言うのはどうしてこうも易々と…

やはりプラムは、未だにこの雨の中僕たちを待っているに違いない
急いで迎えにいかないと…

サーヴァント「しかし…」

窓越しに外を眺めると雨粒が大きく勢いも増している
こんな状況でリリンを連れて歩くのは忍びないが…


リリン「…私は家に居ますのでプラムちゃんを迎えに行ってもらえますか?」


暫く考え込んでいると彼女から思いもしない申し出を耳にする

カイライという脅威がいつくるかわからない今、迂闊に彼女の傍を離れる訳にはいかない…


サーヴァント「それは些か危険が過ぎるかと…」


リリン「大丈夫、ここ数日彼らは活動の兆しを見せていません」

リリン「それに、この家には幾重もの結界もあります、多少は持ちこたえられるかと」

リリン「雨もこれからもっと強くなります…だから、早めに見つけてきてください」


彼女は僕の考えがわかるのだろうか?
最近、言葉を出そうとした途端に納得のいく説明をされて返されることが多くなった


…ここは彼女を信じて早いところ連れて帰らなくては…待ってろプラム



――――――――――




サーヴァント「…っ…結構、走るもんだな…」


普段走らないというのもあるが、雨に濡れた路面で転ばないように走るのが、これまた辛い

アスファルトの上なら問題はない
マンホールに側溝の金網、道路に記された白線など足を持って行く要因はいくつもある


もっといい靴を買うべきか
後で家に帰ったら姉に相談することにしよう



サーヴァント「…はぁ…はぁ…どこだ…」


ようやく、いつもプラムが待っているであろう商店街へと戻ってきた


やはり、いない


……そういえば、少し前にもプラムを見失ったことがあったな。

確かあの時は…


サーヴァント「横道に逸れた場所…か」



そこにいるに違いない

疲れ、今にも滑って転びそうな足など気にせず夢中で商店街を駆け抜ける
学校の制服の裾は泥水で汚れたが深くは気にしない

どうせまた明日も雨なのだ
洗い替えを用意すればいいだけの事


とにかく今はプラムを―――




プラム「あ」


サーヴァント「ぜぇ…ゼェ…っく…はぁ…!………いたな…」

商店街の外れに位置するおもちゃ屋。

そこに目的の人物はいた
息も絶え絶えで整えながらも、プラムを見つけられて良かったと自然と笑みがこぼれる

彼女はそんな僕を不思議そうに見ていた


サーヴァント「探したぞ、お前…傘は」

プラム「…忘れた」


雨予報出てただろうに…

良く見ると服の所々や髪が濡れている


サーヴァント「ほら…風邪引くぞ…」

プラム「ん…んー」

僕は鞄からタオルを取り出し、プラムの髪を拭いていく

プラムの唯一のお洒落なのだろう

サイドテールの髪を解かれることに最初は嫌な顔をしていたが髪を撫でるように拭いてあげれば大人しくなった

サーヴァント「お前は、いつもここに来ているのか?」

プラム「ん…」


…商店街に一つだけある玩具屋、
思い返してみれば、プラムはいつもここにいた

以前に一度はぐれた時もここでじっと店のショーケースを眺めていたのを覚えている


…そうだ、初めて会った時も書店が近くてきっとこの店を見ていたのだろう


サーヴァント「…なにか欲しいのがあるのか?」

プラム「ん…あれ」

彼女が指差したのは店のショーケースに飾られていた大きな熊のぬいぐるみ
サイズはほぼ僕らと同じ、かなり巨大であるが…どうやって持って帰るんだろうか?

サーヴァント「大きなぬいぐるみだな……高っ」

そのぬいぐるみの対価は…とても学生が気安く出せる金額ではない
一か月分の食費…
またはとても美味しい高級なレストランでの食事を満喫できるほどである


これはいけない…
その一言を伝えるべくプラムのほうに目を向けると…

プラム「ちがう」

サーヴァント「へ?」

違うってなにが…?
そう口にしようとしたが、僕の横をそそくさと抜け
その大きなぬいぐるみの前に立った彼女は改めて指示したのだ

プラム「これ」

サーヴァント「こっち…?」

熊のぬいぐるみの横
僕から見て向こう側に位置しているそれは、黄色い怪獣のようなぬいぐるみ


サーヴァント「これでいいのか?」

プラム「ん」


大きさは先の熊ほどではないが、抱きかかえるほどのもの
それなりのサイズだ。

この雨の中、無事に持ち帰る事が出来るか…


店員「ありがとうお嬢ちゃん」

プラム「んむ」


サーヴァント「ん…!?」


店内から聞こえてくる会話。
レジでやりとりしている少女は間違いなくプラム。

その手には先程のぬいぐるみが抱きかかえられており――――


サーヴァント「お前、代金は?」

プラム「はい」

金の出どころを尋ねたら彼女から見覚えのある財布を手渡される。
これは…僕のものだろう

しかし、現金は最低限しか入っていなかったはず
どうやって―――


サーヴァント「あ゛!?」

この仲人界で仕える便利なものがある
後払いでその場を潜り抜けられる魔法のカード…

僕はそれを姉から預かっている…!



サーヴァント「あああああああ゛!?」



すみません、姉さん。
クレジットカードに心当たりのない決済が記載されます…。





――――――――――



プラム「…るん、るん」


帰り道

プラムは相変わらず無表情だが、大きなぬいぐるみを抱えて顔を埋めている

その姿が、とても儚く
そして…どこか嬉しそうに微笑んでいるように見えた


サーヴァント「すっかり遅くなってしまった…急ごう、もう夕飯も出来てる頃だ」

プラム「んっ」


夕暮れ

夏本番もいよいよ目前で、暗くなるのも遅くなった

時計の針もだいぶ進んでいるというのに
外では今も子供たちが駆け、それを心配した親たちが迎えに来ている光景が見える


プラム「うらやましい?」

サーヴァント「いや…、特に思い当たらないんだ、こういう気持ちがね」

プラム「ふぅん」


なにがうらやましいと彼女は問いかけたのだろうか?
その意味、真意すら僕には理解できない

だが、僕の答えを聞いた彼女は

…そっと僕の手を取り、繋いだままともに歩く

微かに感じる温かさが妙に心地よかった…





サーヴァント「………」


随分と歩いた

どれくらい歩いたのだろうか?


一時間は裕に歩いているだろうに、なかなか家に着かない

それに…明らかにおかしい…日が一向に沈まない


プラム「サーヴァント」

サーヴァント「……あぁ…魔法か?」

プラムの呼びかけに、見覚えのあるシチュエーションを思い出し聞いてみる

プラムは、黙ったまま頭を縦に振る


…最悪のタイミングだ

リリンを連れて居ないのが唯一の幸いではあるが、プラムが居る

出来れば戦闘には巻き込みたくはないのだが…


サーヴァント「……?」


はて、確かに魔力の波長は感じるのだが発生させている元凶が現れない
これはまさしくアレースというやつが仕掛けた迷宮へと誘う魔法のソレなのだが…

辺りに気を付けながらも歩を進め、マヌカン邸に通じる帰り道をひたすら突き進み
見慣れた曲がり道に出くわす。


サーヴァント「ここ…は」


サーヴァント「こっちだ」


これを曲がればすぐに家だ

どういう経緯で至ったかは分からない
でも、今はなによりこの抜け出せない環境を打破しなくては

そんな焦りの感情が僕を誘う


リリンが待つマヌカン邸ではなく
僕の家へと続く帰路に―――――



プラム「サーヴァント!」


不自然な環境も、長く続けば自然になるのだろう

プラムの制止の言葉も耳に入らない

僕の頭は「違和感」に気が付かず、曲がり角を進む





――――景色が変わった



夕焼け


辺りは茜色に染まり、まぶしく煌びやかに光る一面の砂浜



サーヴァント「は――――?」



否。

そんな美しいものではない




立ち込めるのは焼け焦げた炭の臭い
足元の砂地は灰の山。


そして―――茜色に染めるもの
夕焼けでなく

燃えている




サーヴァント「僕の…僕たちの家?」



『――――、―――――』

ぱちり、ぱちぱちと火花散る音は不思議と僕の心を落ち着かせている

燃え落ちる屋根、家屋。


蘇る、こちらの世界へとやって来た日の事
姉が自慢げにこの家を自慢して

妹のダリアと部屋を取り合いっこして

多くの時間を過ごしてきた居間
食事を作って来た台所

疲れた体を癒した風呂

天気のいい日は布団を干したベランダ


それらが全て燃え尽きる



サーヴァント「――――、?」


水?

雨など降っていない

これは


サーヴァント「……っ…ぐ…ぅぅ…」


涙が止まらなかった

叫びたかったけれど、声を発することができなかった
駆け寄りたかったが熱くて近寄れない

家族の無事を知りたくて、姉から与えられていた端末を使っても繋がらない


わからない

わからないわからない


なにがどうなっているのか


どうしてこんなことになっているのかを



プラム「サーヴァント」


サーヴァント「………」


プラム「サーヴァント!!!」


地に膝をつき
灰に塗れる僕の肩を揺らす少女。

プラムによって僕は自我を取り戻す事が出来だが
感傷に浸っている余裕は無いようだった


サーヴァント「――――、」

プラム「しっかり…敵だよ」


目の前には茜色に染りながらも、こちらをじっと見つめている存在がいる


アレース…なのか?





ネメシス「―――――よぉ、グズ」




――――――――――




――――――――――




カイライ軍、古城




アレース「……」

ネメシスが発ってから、長い時間が経つ


奴からの経過報告など一向に耳に入って来ない


あいつは、昔から一つ事に熱中すると周りを気にしなくなる


それが長所、と言えば長所なのだが…同時に短所でもある

…あんな捻くれ物でも私の大切な弟だ、作戦が上手く行くことを祈るとしよう…




アレース「むぅ…」


……それにしてもおかしい

最近になってカイライは情報に見えない部分が増えてきている

単に私が失脚をして戦力外通告を受けたのなら納得がいくが、未だに幹部クラスに着いたままだ


自身の怠慢によって遅れを生じさせることはしたくはない
故に私は、日課である情報班の元を訪れて可能な限り見聞を広げるのだ



「アレース様、お体は如何ですか?」

傍らにやって来た女性。
歴としたヒトの女性である。

彼女の名前はシラフ・ソシラヌ

灰か薄緑に近しい髪を靡かせながら白衣を身にまとう彼女は姿に似合わずここ、情報班の管理者である。



アレース「気遣い感謝する、しかし…ご覧の有様よ」

シラフ「御労しい…」

アレース「気にするな、お前のおかげで回復の兆しを見せ始めているのだから」

シラフ「はい…」


ここの連中は親切だ

情報に疎い私に、刷りたての書物を見せてくれる

いつも通り、彼ら…ないし彼女と言葉を交えた後に渡される書物を手に取る

刷りたての紙は微かに暖かく

パラパラと紙を捲る感触は心地良い…

確か、彼女の「こだわり」と言っていたな

なるほど…確かに紙は素晴らしいものだと知った


書物の暖かみが手に馴染み、私は目的の情報を探す為に目を通し始める


シラフ「如何ですか、御眼鏡に適うと良いのですが…」

アレース「あぁ…」



あのフードを被った女の事

ネメシスの作戦の進行状況

そして、主の今の目的



情報班が新しく刷る書物は決して同じ内容を掲載しないほど、常に新鮮な情報に満ちている


だというのに、幾ら目を皿のようにして見てもこれらの引き出したい情報が見つからない


アレース「少し、お前にしか頼めないことを願ってもいいだろうか?」

シラフ「はいっ、よろこんで!」

アレース「助かる…では」


仕方がない、こうなれば自身の足で情報を集めるしかないか

書物を手渡し、彼女らに別れの挨拶をして後にした



アレース「よもやここまで不透明とは」

……驚いた、情報班、その他の連中に尋ねても何も聞き出せない


私と同じで、知らないが正しいのやも知れない



…私達は、いったい何をしているのだ…




アレース「……声」


議室の扉から微かに聞こえる会話

…主の声だ


私は音を立てることなく、議室の扉を少し開けて中の様子を伺う

主の周りに四人…見たことのない連中が鎮座し、話し合っているようだ



「…じきに『プリオル・アニモ』も我らの手中に落ちます」

「『黒き霧』の動きも気になりますが…今のところ変化はないようです」

「マケットの姫君の生誕祭にも余興を儲けておりますのでご安心を」


…背丈、声、姿勢からして男が二人に女も二人…

全員、完全に力量を測れる訳ではないが、その場の魔力の流れでわかる

それなりの手練れだと…



しかし、何だ…?

『プリオル・アニモ』

『黒き霧』


どちらも聞いたことのない単語…何者かの通り名だろうか…


取り巻く者たちの報告を一通り聞き入れた主は息を静かに吐き、口を開いた


カリス「では…もう間もなく全人類の抹殺が行えるというのだな…」



アレース「…っ…」


カイライは、一つの統率により成り立ってはいるが思想だけは一人一人の自由が認められている

故に大義名分を掲げて正義を執行しようとするもの
自らが世界を導く者と信じて戦う者
娯楽のために戦いに身を投じる者

様々なのだが…



アレース「全人類の抹殺…」


私の願い、それは限りなき強者との闘いとは相反するものだ

それは…弟も同じこと

故に非情に徹し、人類を追い詰めているのも、そこから新たな猛者が現れると信じてのもの。

この世の破綻を意味する言葉、それこそが主の望み…

主よ…我ら兄弟の願いを絶やすと言うのか…


「ネメシスは我らの計画通り…見事にスレイブを八つ裂きにし全人類抹殺計画の切手の駒となるでしょう…」



アレース「…………」

最後の一人、金髪の女の言葉に私は意を決する





気配は完全に消していた


魔力の流れに乱れもない

私が立ち聞きしていたことなど知る由もない



そっと、踵を返し私はある場所へと向かった




三世界を繋ぐゲート

命令が出されない限り
固く閉ざされ、誰も旅立つことなく、迎えることも出来ぬ開かずの扉…

私は、それを目の前にし立ち尽くしている



腕を扉に添える


アレース「――――っ!」

体に電流が走る

スレイブから受けたダメージが全て取れていない

しかし、例え体がバラバラになりそうになっていようが構いはしない

私は力を入れて閉ざされたゲートの扉を開ける


空気と共に魔力に乱れが生じ始める



―――恐らく気が付かれたろう


数人の男の声が私の脳内に入り込んでくる

意志伝達魔法まで使われているようだ


「――――アレース様、何をなさっているんです!――――――」


「―――――ダメージは未だに回復しておりません、無理はいけません!―――――」


「―――ゲート――――閉じろ!」


無駄な事を
多少融通が利かなくなった所で私の行く手を阻むことなど出来はしない。

何故なら力づくでも押し通るのみだからだ


シラフ「アレース様」

アレース「シラフか?」


突然、耳障りなノイズを全てかき消し
ひとりの女性の声が頭に響く

彼女だ。

シラフは手先が器用なため、こうした工作活動もお手の物。
先程も会話した通り
負傷した際は彼女に面倒を見てもらうことが殆どだ。

理由はいくつかある。
敢えて言うなら主な修理を担当している技術班を私が好まないのが大きな所以なのだが…


アレース「っは…足を向けて眠れないな」

シラフ「なにか仰いましたか?」

アレース「何も、全て任せるぞ…シラフ博士」

シラフ「はいっ!」


彼女の献身的な姿勢や想いが偏に心地よく、私自身が甘えてしまっているのだろう

戻った際に何事もなければ食事にでも誘ってみるとするか…



アレース「ゲート…開通確認、目標…仲人界」


重い扉も今の私には何ら問題もない
便宜上、彼女に疑いが掛からぬように強引に扉を破壊しているように見せる必要もある


急がねば

我らの願いは、殺戮ではないのだ

そうだろうネメシス…


シラフ「ご武運を、無事にお戻りくださいませ」

アレース「――感謝する」


扉は開かれる

目の前には人々が暮らす安住の地「ピース」



アレース「トガタ・アレース出るぞっ」




目指すは我らの求めた強者がいる可能性を指示した世界…


―――――弟よ、待っていろ

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あきゅろす。
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