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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
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サーヴァント「あとになって気が付いたんです…」

サーヴァント「誰かに頼るのってとても勇気がいることで、断られる恐怖が常にあるって…」


リリン「……」


彼女が開けた窓から風が舞い込んで青い髪を靡かせる
返事はない

当然だろう
昨夜は自分勝手に怒り、断わりも入れずに帰ったのだから。


顔も見たくない
そういった言葉も甘んじて受け入れるつもりだ。

しかし、せめて
彼女の想いをわずかにでも踏みにじった自分の行いを詫びたいのだ


サーヴァント「僕が…愚かでした」

サーヴァント「本当にすみません…」


頭を深く下げ、精いっぱいの謝罪の姿勢を見せる
が、変わらず彼女から答えはかえっては来ない。

しばらくすると、自身の肩に柔らかな手を乗せられる


リリン「顔をあげてください、私は昨夜…貴方に家に帰ってよく考えるように伝えたではありませんか」

サーヴァント「え……」


そんなこと…彼女は一言も…。


顔を上げると、自身の目線の高さまで彼女は姿勢を低くしてこちらの顔を覗き込んでいた
その紅い目に映る僕はとても揺れていて
小さな雫となって頬を伝い落ちる


サーヴァント「な、なぜ泣かれているのですか…」

リリン「なんでもありません、お気になさらず…」


彼女はそっと自身の頬を服の袖で拭う。
その仕草に、大人びた外見とは裏腹のまだ子供の姿を重ね見た。


リリン「私からも―――お願いします、どうか私を守ってください」

サーヴァント「はい…。」


差し出された彼女の手を、僕は服で軽く手汗を拭ってから握る
真っすぐとした視線と優しい微笑みを向けられて、たまらずに僕は照れ隠しに目を背けてしまった





――――――――――




リリン「そうでした…サーヴァント様、放課後にお時間はありますか?」


あれから特に問題もなく学業に勤しみ
休憩のために昼食を摂っていた時の事、彼女から夕方以降の予定を聞かれる


サーヴァント「ええ、さして用事はありませんけど…」


シャフ「お、なになに二人してデート?」

シンシア「無粋っ!」

突然現れたと思ったら連れていかれる
シンシアは軽く手を翳して「ごめんね?」と謝ってくれたので軽い会釈をして返すことに。


サーヴァント「……で?」

リリン「もし、あなたが私の所へ来るようなら…家に連れてくるようにとお爺様が。」

マヌカン王から?
なんなのだろうか、昨晩の事に対しての怒りから来る言葉なら身構えておかないと…

少し嫌な気配はするが、このまま帰っては意味がない。

僕は彼女の申し出に対して頷いて返すと午後の授業に集中することにした。


そして…


―――――――――


リリン「すみません、ご足労頂いて…」

サーヴァント「いえ、昨日無礼を働いたのは僕ですし…伺うべきなのは筋かと。」


授業を終えて、僕たち二人はまっすぐ彼女の家へと向かうことにした。
訪れたマヌカン邸は昨夜と状況は変わっておらず

玄関へと向かう際に裏庭をちらりと覗くも芝の手入れは既に済まされ、何事もなかったかのように蝶が舞っていた。


リリン「どうぞ、お入りください」

扉を開けて家の中へと進む。
やはり静かだ。

この大きな家の中には他に誰もいないのか?
そう疑ってしまいそうな程の静寂は恐ろしくすら感じる。


リリン「こちらですね」

サーヴァント「む」


通された先の部屋では、一人の男が茶を飲んで寛いでいた。
そいつは、きっと僕の今まで生きて来た中で一番苦手な奴だ。


日景「来たか、再起するのにもう少し時間が掛かると思っていたのだが」

日景「存外、単細胞なのかもしれんな」


サーヴァント「なんだと…」

同じ侮蔑でも、夢に出る彼女とコイツとでは雲泥の差だぞ。
声の波長か、それとも露骨に出ている感情の表れ…

どちらでもいい。
コイツは明らかに僕を嫌っているのがよくわかっただけ収穫だ。


リリン「無礼は許しませんよ、謝りなさい」

日景「……失礼いたしました、姫様」

リリン「私にではありません、品格が問われますよ」

やりとりを聞いていると、普段の彼女がウソのように厳しさ凛々しさに満ちている
やはりマヌカン族の王家であり時期の王ともなると、このような側面も持ち合わせるようになるのだろうか?

リリンの言葉にバツが悪そうにしながらも彼は小さく頭を下げて謝罪の意を示し、その場は済んだ。


リリン「お爺様は?」

日景「先程まで咳がひどく、今は寝室で休まれています。」

リリン「……、行きましょう」

サーヴァント「え…大丈夫なのですか、体調が優れないのであれば日を改めても…」

彼女を引き留めると、日景がこちらを睨み付けてくる

やはり、その目…嫌いだ。
苦手なんかじゃない。

蔑みを含んだ迫害の眼差しは僕をヒトとして見ない。


その視線に彼女も気が付いたのか、取り繕うように説明をしてくれる

リリン「少しでも時間が惜しいのです、お爺様がマケットへと旅立たれるのに僅かな時間しか残されていない」

リリン「今、貴重な時間を少しでも私の地固めに使わないと…」


そこまで彼女を追い詰める時間との戦い…。
これ以上の詮索は無粋だとわかり、僕は大人しく二人の後をついていく。

訪れた先の扉はとても質素で、この家の扉とは思えないものだった
どうやらここがマヌカン王の寝室らしい

先に日景がノックして部屋へと入り、少ししてから入室の許可が下りる


サーヴァント「―――ん?」

マヌカン王の部屋に入るなり、一番最初に気が付いたのはニオイだ。
他の二人は気が付いているのだろうか?


見た所、ベッドから半身を起こしこちらを見ているマヌカン王に違和感はない。
が、この部屋から感じるニオイは間違いなく血のソレだ。
しかも鮮血ではなく、古い…腐ったような悪臭。

これってもしかして…


マヌカン王「良く戻った、サーヴァント」

サーヴァント「はい、昨晩は失礼いたしましたリリン様にも重ねてお詫びいたします」

深く頭を下げて昨夜の事を詫びる。
リリンはまた、昨日は自分から帰るように促したのだと庇ってくれてマヌカン王もそれを認めているようだった


…考えるのはやめよう。
このニオイの正体、此処に居る全員が知っていてもおかしくない。

病から来る肉体の腐敗は…こうも生き人に突き刺さるものかと知らしめた会合の始まりだった。



マヌカン王「…昨夜はすまなかった、今のお前の力を見てみたかったのでな」

サーヴァント「……今の僕の力、と言うのは?」


僕が言葉を口にしたことにより、日景が何かを言おうとしたがすぐにマヌカン王がそれを律する。

黙って話を聞いているだけじゃ信じられない
僕は、僕にしかできないことを為す。

でも…それでもわからないことだらけなのはイヤなんだ。


マヌカン王「多くは語れない、それを知れば多くの者の心に傷を残すからだ」

マヌカン王「ただ、言えることは確かにお前は過去にリリンと一度契約を結んでいるのだ」


サーヴァント「傷…約束」


まただ
そうやって僕にわからない話を膨らませて…

知らないことをさも事実のように語って…


リリン「お爺様、私は彼にきちんと説明をしたほうが良いと思うのです…事の成り行きを」

マヌカン王「―――薦めはしない、聞くからには相応の覚悟が必要だぞ」

サーヴァント「………はい」

リリンが、一歩前へと出てくると深く呼吸をし落ち着いた声色で語ってくれた


僕が―――何者なのかを。



リリン「十年前、私は七歳の誕生日を迎えた日。その時に生誕祭が催され多くの者達が集まり祝ってくれたのです」

リリン「その中に、あなたもいました」


十年前…?

だとしたら僕の年齢は四つ、と言うことになる
なるほど…それほどの頃合いなら子供心にそういった約束をしてもおかしくはない

僕と彼女とでは約三つの歳の差があることだし、その頃からきっと彼女はしっかりしていたことだろう


サーヴァント「ずいぶんと、可愛らしい約束だったんでしょうね…小さな僕たちの約束というのは」

リリン「いいえ、あなたはとても素敵な方でしたよ…幼かった私を連れて、母や叔母の代わりに面倒を見てくれたりもしました」


…?

そんな幼いころから僕は彼女をエスコートしていたのか?
どれだけマセた子供だったんだろうか?

そう考えるととても恥ずかしく感じてしまう。


リリン「今の話を聞いていて、違和感などありますか?」

サーヴァント「…はい、特に問題はありませんが?」


何だというのだろうか
彼女は定期的に話を区切って僕の顔色を窺い、体調にも気を遣ってくれる

僕になにか…


サーヴァント「…記憶の、改竄…ですか?」

リリン「はい、あまり踏み入った話をされると何かがキッカケになってあなたを苦しめるようで…」

リリン「このような探りを入れた話し方になってしまいます…申し訳ありません。」


深く頭を下げる彼女を制し、可能な限り話を続けてもらうことにする
それだけ、僕に課せられている洗脳と記憶の改竄は質が悪いらしい


リリン「それで、私が………、困り果てて……っ…泣いていたらあなたが守ってくれるって約束をしてくれたんです…」

サーヴァント「………」


もう、これぐらいでいいのではないか?

彼女は嘘はついていない
初めから、今もずっと視線を一切逸らさずに語ってくれた過去の話に僕は疑う余地を持てなかった


なぜか

それはこうして昔話をしてくれる彼女の目にはずっと涙が溜められていて、辛そうにしているからだ


サーヴァント「もう、いいですよリリン様」

リリン「すみません…ホントはもっとお話ししたいのですけれど…」


十分だった。
彼女を信頼するにはこれ以上にない根拠である

それ以上に僕は、また彼女を泣かせてしまった罪悪間に苛まれてしまう


マヌカン王「多くを明かせぬまま、お前に物事を託す…いや投げてしまってすまないと思っている」

マヌカン王「が、どうかリリンを頼めるか…お前なら守り切れるという絶対の自信がるのだ」


時間がない

彼女が言った言葉の意味を改めて推し量る。
きっとマヌカン王は残された時間が少ないのだろう


せめてもの願いと今も続くというマケットとの小さなすれ違いを無くすため、向かうのだ

僕は…僕にできることは…



マヌカン王「とても重たい責務となる、耐えられないのであれば今ここで降りてくれても誰も責めはしないさ」

サーヴァント「いえ、引き受けます…及ばずながら、戻られるまでの間お守りいたします」


マヌカン王「頼むぞ、なるべく早く戻る…しかとリリンを守り抜いてくれ」

サーヴァント「…御意に、必ずや。」


リリン「――――っ!」


挨拶を終えるとマヌカン王は咳き込み始めたため、僕たちは寝室を後にすることになる

後を追って来た日景がこちらへと向かってくる


日景「殿下と私が留守の合間、お前にはリリン様とピースでの活動の補佐をしてもらうことになる」


活動の補佐…
なにをするのだろう、やはり政治に関わることなのだろうか?


リリン「補佐といっても、飛び込みの案件や些末事の対処です、前者だと厄介なのですが基本は後者ですね…」

リリン「普段通り、学校には出られますし…用事がなければ自由な時間もとれるかと」


サーヴァント「なるほど、では落ち着いて過ごせそうですね」


日景「旅立って尚、政を預かるのは殿下だがひとえにリリン様の学業に差支えがでないようにとの配慮。」

日景「常に異端はついて回るのだ、気を引き締めろ」

確かに。
彼の言うことはもっともだ。

異端…それはつまり…


日景「カイライ」

サーヴァント「…っ」

日景「アレらが活動を続けているのならば気を抜くことは片時もできないだろう」

日景「努々、寝首をかかれないように一層の配慮が大切となる」


夜も襲ってくるってことか…
あれ…でもそれって僕が彼女を守れない夜間はどうすれば…


日景「これを受け取っておけ、ここに転移ができる呪符だ」

ひらりと紙幣に近しい大きさの紙を手渡されるとそれには解読できない文字が綴られており
彼の説明を聞くに、どこに居ても一度だけなら此処に来られるとのこと。

受け取った枚数は五枚。

念を押されたが不在の最中に呪符の補給はできない為、安易に使うなと釘をさされてしまう


サーヴァント「む」

話を終えた矢先、日景はこちらに向けて昨夜と同じように木刀を投げてよこしてくる

室内でこれだけの長物を放ってくるあたり、なかなかの神経の持ち主だ。


日景「屋外に出ろ、昨日の今日だが貴様にはもう少し実力を伴って貰わねばならない」

サーヴァント「昨夜、圧倒されたって言ったやつのセリフじゃないな」

僕が軽口を叩いた矢先、一瞬の合間に距離を詰められて彼の手刀が眉間を捉えていた。
殺気こそなかったが、本当に殺そうとしていたのなら今ので――――


日景「浮かれるな、所詮は制御しきれない力の暴走だけでしかお前は戦えていないんだ」

日景「そんな状況で、カイライが攻めて来たときに全力で戦えるとは思えん」


言ってくれる。
今のは不意を突かれただけだ…

正々堂々なら昨日のように食い下がって消耗させてやる―――



サーヴァント「受けてたってやる」



――――――――――



――――――――――



リリン「大丈夫ですか…?」

サーヴァント「……ふぁい」


簡潔に言おう、ボコボコである。
昨夜の善戦は何だったのかと言われるくらいに完敗だ。

木刀で一太刀も浴びせられず、全て回避される度に顔に手刀をお見舞いされる

極めつけには頬を平手打ちされて腫れ上がってしまった。


サーヴァント「面目ない」

リリン「いいえ、今回の稽古は安心して見ていられましたから…」


稽古…か。
戦いですらなかったという事らしい

当然か、相手に刀を抜かせることもなく
最終的には手刀ですらなくただの平手打ちに屈したのだから


日景「お前の弱点は首から上らしいな」

リリンによって治療を受けている傍ら、芝に敷物を敷いて握り飯を頬張る日景は僕の弱点を教えてくれた
首から上、との事らしいが
それは誰にでも言える事なのではないのだろうか?

首を刎ねられれば無論、目や眉間、脳髄と頭部には多くの器官が備わっているのだし…


日景「胴体はとても丈夫だ、殴る蹴る…あとは切り落としても問題ないだろう」

サーヴァント「いやいや…おかしいだろ言ってること」

特に一番最後、切り落としても問題ないってなんなんだよ
流石に剣や刀で斬られれば痛いだろうし血も出る

それを平気と定義するってどんな環境で生きて来たのだろうか彼は…。


日景「とにかく、貴様はその肉体についていけてないのだからもう少し頭を利かせろ」

日景「肉体の強さに引っ張られてるから、ああも力に飲まれて暴れるだけの化生になり果てるのだ」



暴れるだけの化生…か。
言い得て妙だが、実際的を射る言葉なのが悔しい

所詮、僕は暴れていただけなんだと…


サーヴァント「悔しいな…」

リリン「でも…、それでも私はあなたに守っていただいたんですよ…」

リリン「その事実もまた、受け入れて頂けますよね…?」


そっと僕の手を握りしめる彼女の手を眺め
僕は今一度、彼女を守るために力を付けなくてはならない、そう自覚した瞬間だった


サーヴァント「日景、頼む…僕に戦い方を教えてくれないか?」

日景「ふんっ…私はそんなに指導は得意ではないのでね…ただ袋叩きにされるだけと思ったほうがいいぞ」

上等。
変に御託を並べられるのはこちらから願い下げだ
習うより慣れろだなんて、手っ取り早いを通り越していち早く正解を指し示してくれているような物じゃないか。


それから今一度、僕は日景と対峙する
芝を踏みしめ、距離を推し量る


有効な打撃を打ち込める間隔と、踏み込めるだけの脚力。
風を読み
相手の視線を見て
自分の心を如何に効率良く行動に移せるかの思考を持つこと


日景「む」

サーヴァント「なんっ―――だ、結構口が利けるじゃないか!」

彼は自らを教え下手と言っていたがとんでもない
実技と学科、どちらも的確に利点を挙げて示してくれる


故に反対の動きも理解できる
意図的にそれを取り入れると、すぐに足元をすくわれて転ばされるが
教えに従った動きならば、至らぬ点である判断と速度だけ。


日景「……それらに関しては経験が体を構築するだろう」

日景「焦ればそれだけ未熟となって実りが悪くなる」

日景「あくまで私の型であって、お前に合った型ではない…それも心に留めておけ」



――――――――――


マヌカン邸での日景との稽古を終えて帰路につく
暦では夏になったばかりでまだまだ日が沈むのは先だ。

時計は十七時を指しているが、やっと夕焼けが見えてくるかという頃合い

昨日の事もあって僕は寄り道することにした
目的は妹にもう一度菓子を買って帰ること。

今度は同じような結果を招かないために、お菓子をそれぞれ二つずつ買ってあるところがポイントである。
こうすれば姉も何かをくすねた所で差支えはないし、上手くいけば皆で夕食後のデザートタイムも作れるだろう


サーヴァント「っ、っく…」

腹部が痛む。
結局のところ、あの後も一撃も食らわせることができなかった

単純に力負けしていることもある
少年の体を抜け出ていない僕では彼のような成人の体格には遠く及ばない

その埋め合わせは、自ずと体が理解し自然と補うと日景は言っていたが…


サーヴァント「抽象的な回答だったな…そこが隙になったらどうするつもりなんだ?」


彼が言っていた部分が顕れたのかも知れない
答えが見いだせなければ、それは時間が解決すること…と。

それは逃げではないのか?
対処することに億劫になり、穴となってつけ込まれたら弱点となる


それでは元も子もない
姫君を守る…その約束を果たすために、より堅実な方法を求めなくては…


サーヴァント「ただいま…」

キショウブ「おかえりなさい、お風呂わいてるから先入っちゃって?」

帰るなり、リビングから姉が顔を覗かせている
エプロンを付けている…と言うことは今日の夕食は姉が作っているのだろうか

…大丈夫、と思いたい。
この家で間違いなく一番料理が上手く作れるのは妹だが、いかんせんめんどくさがり
次に自画自賛になるが僕で、炒め物が主で煮物系統が弱くレパートリーが少ないとダリアにダメ出しをされたことがある
最後に姉が順位に上がるのだが……

サーヴァント「今日の夕飯は?」

キショウブ「ん、納豆と、冷ややっこに、豆腐の味噌汁と、大豆と昆布を甘く煮たやつでメインは湯豆腐」


こ れ で あ る 。

大きな問題ではない…っ
ないのだが…何かがおかしいのだ!!

どうして大豆ばっかりで、しかも殆ど買ってきたものをそのまま出せるレトルト物!
味噌汁もインスタントだし、暑くなってきているのに湯豆腐…っ「
せっかく冷ややっこで季節感を出せているのに…!

今日はこれで済んでいるが、姉は普段から同じ材料で献立を考える傾向が強いからか
バランスに偏りが出るのだ…

もっとも、一見しっかりとした献立に見えるので騙されそうになるが
食べている最中か、その終盤に気が付いて凹むのが我が家での流れ…



サーヴァント「っっくう…、…っとそうだコレ、ダリアと分けて食べてよ」


キショウブ「んぉ、プリンじゃんじゃあ私二個もらうね?」

サーヴァント「待 て」


袋をがさがさと漁り、目的達成のために購入した戦利品を尽く全てを奪い尽くそうとする姉の肩を掴んで止める

これでは意味がないではないか
せっかく妹のために練った作戦を前回破壊した姉が、再び惨劇を繰り返そうとしている…!
是が非でも止めねば…


キショウブ「うまっ」

サーヴァント「ああああああ゛」

既に一個平らげているだとっ!?
なぜだ、スプーンを携帯している訳でもないし、どうやってプリンを…


サーヴァント「い、卑しい…」

姉は僅かながらにプリンの蓋を開けると、直に口を付けて啜るように飲んだ様子。
しかもハムスターさながら、頬を膨らませてモニュモニュと奇怪な音まで鳴らす始末でより卑しさが目立つ。


キショウブ「あっ!」

サーヴァント「むぅんっ」

強引に袋を奪い返すとそのまま逃げるように妹の部屋まで駆け足で向かう。

『コンコンっ』

手前までやって来て、ドアをノックするが返事はない
意図的に無視している訳ではないらしく、部屋の中からは生活音が一切聞こえて来ず
妹は留守にしている事実を証明したのだった。


サーヴァント「ダリアは?」

キショウブ「あれ、部屋にいない?」


おっかしいなぁ〜、と言いつつ頭を掻きながら妹の行先を思い出そうとする姉。
普段、外へと出かけるのであれば誰かしらに報告するのが我が家の掟なのだが今回は異例である。

お忍びで外出?
妹も年頃なので、そういった変化や出来事に配慮しなければならないのもあるが
やはり音沙汰なし、と言うのは心配なのが家族である。

とりあえずプリンは冷蔵庫へと仕舞うことにして、僕は稽古によって汚れた体を清めるべく浴室へと足を向ける


サーヴァント「ん?」

ダリア「―――――っへ?」



脱衣所のカーテンを開けた先に妹がいた。
幸いにもタオルを体に巻いていたので問題はないと思うが、もちろん風呂上りなために裸である。


―――――。

互いにしばらくの間、沈黙してしまう
そして、我に返った僕は一歩下がってからカーテンを閉めて背を向ける


顔を真っ赤にしていたな
アレは間違いなく恥じらいであり、後々八つ当たりが発生するパターンだ。


サーヴァント「すまない」

ダリア「…う、うん」

腹を括って謝罪をしたが、どうも予想していたものとは違った反応で拍子抜け。
か細い声で僕の行いを非難するでもなく激昂することもなく許してくれたのだ


キショウブ「あっ、っごめーんダリア今お風呂だった」


サーヴァント「 お そ い よ 」

ダリア「 お そ い よ 」



――――――――――



――――――――――



ダリア「まったく、お姉ちゃんには困ったもんだよねぇ」

あの後、僕はダリアに叱られることもなく
こうして妹の部屋で一緒にプリンを食べて寛いでいる

…一個は姉に食べられているので僕はシュークリームだが。


サーヴァント「しかし、あれはやり過ぎなのでは?」

ダリア「ん?へーきへーき、アレくらい余裕っしょ!」

もちろん姉はものすごく叱られて、膝に重石を乗せられ首には『ラッキースケベを仕組んだダメ女』と
端から見ると意味不明な手書きプレートを下げられ無様な姿を晒していたのだった


サーヴァント「……」

部屋を見渡す。
妹の部屋はとてもシンプルで整理整頓も行き届いている辺り姉とは正反対。
あちらは雑多で汚く、物があふれている。
流石にゴミなどはないが、本当に整理がされていないのだ。


ダリア「ん、何か面白いものでもあった?」

サーヴァント「いや、逆だ。何もなくて驚いている」

僕の言葉に対して妹はとても形容しがたい表情をしている
イヤそうな、ウザったそうな…違う。

ああ、アレだ。
お前が言うな、という顔だな。


ダリア「よく見て!DVDに漫画っ、コスメにお洋服っ!」

ダリア「ちゃんと女の子してますぅぅうう!!」


おお、言われてみれば確かに。
テレビにテーブルにベッドに勉強机まであるではないか


サーヴァント「普通だな」

ダリア「雑っ、雑ぅうう!!」

冗談はさておき、先ほどから僕が気になって止まないことがある
それがなんなのかと言うとダリアが着ている服だ。


サーヴァント「なぁ、なんでお前は僕のワイシャツを着てるんだ?」

ダリア「あ、気になる?気になるぅ?」

露骨に顔を寄せてくる辺り、あざとさがあって喧しい。
見た所、パジャマを着ていないので下着に羽織る感じらしいがなかなかに目に毒である。


ダリア「んふふ〜彼シャツってやつっ、やってみたかったんだぁ」

サーヴァント「兄シャツな」

訂正すると妹は頬を大きく膨らませていつものブーイングを決める
いや、だって血のつながった兄弟だし
そういう話は良くわからないというか、兄妹でそれは明らかに変じゃないか?

ダリア「ぶうううっ、いいじゃんお兄ちゃんの匂いするし!」

サーヴァント「む」

ちょっと待て、僕のニオイがするだって?
つまりそれは洗濯済みのワイシャツではなく―――

サーヴァント「没収です」

ダリア「あぁっ!?、待ってっ、脱がさないで!待って待てえええ!!!」

危うく妹の危険な性癖を聞き出してしまうところだった
これからは自分の洗濯物はなるべく迅速に自分で洗わなければならないと痛感させられて日となった。


――――――――――


サーヴァント「っふ…ぅ…」


その後、特に何もなく食事と風呂を済ませてベッドへと潜り込む。
筋肉痛と、受けた傷から来る疼痛をひんやりとした布団が包み込み緊張した体を綻ばせる

サーヴァント「さて…今日も日課の報告を…、…ん?」


日課の報告ってなんだろうか?
布団に包まってまでなにか作業でもするつもりだった?

いいや、そんなはずはない。
学校で出された課題は授業中に終わらせているし、家でやり残したこともないはずだ。

なのに不意に口からこぼれ出た言葉の意味がとても不思議でしかたない。


サーヴァント「まぁいいや…もう瞼も重いし…眠ろう」


部屋の灯りを消し、真っ暗にするとすぐに眠気が襲ってきた。
僕は誘われるまま、睡魔に身を委ねて深い眠りへと沈む。


そして――――




――――――――――




コハク「今日も来てくれたんだね?」

サーヴァント「ん、ああ…そう…だね。」


いつものように、この草原へとやってくると
変わらぬ彼女が出迎えてくれる。


コハク。

僕の夢の中に住まう蟲と名乗った女性は、漆黒の体に淡い緑の光を走らせ
片目にも同じ色の炎を宿している

一見、とても恐ろしい外見をしているがとても面倒見がいいお姉さん気質で無邪気だったりもする。

ここ最近、僕は欠かさずこの夢の世界へと訪れる事に少なからず楽しみを見出していたんだ。


コハク「今日はあなたが好んでいたチーズスフレを作ってみたの、冷やしてあるから美味しいと思うんだ?」

サーヴァント「ありがとう、よく僕の好物を知ってたね?」

彼女は僕自身ですら知らないことを言い当てる
妙な話だが、「こうだった。」と彼女が断言すると本当にそうなんだと納得してしまう自分が居る

魔法?
いいや、だとしたら何かしらの片りんは感じるさ。
それを見いだせないとなれば、本当に彼女の言っていることは真実なのだろう

それに…


コハク「んぅ?…ふふっ」

サーヴァント「…は。」


こうやって楽し気に笑っている彼女を見られて僕は…自然な笑顔になれる
これもまた真実なのだから…。





コハク「ふぅーん、今日は剣の訓練をしたのね?」

サーヴァント「ああ、日景に習ってね…基礎の型しか教えて貰ってないんだけど全身ぼろぼろで」


二人で洋菓子を突きながら、『日課』の報告会を執り行う。
彼女は僕が今日何をしていたのかを聞くのに前のめりの姿勢を絶やさず
いつだって、どんな話にだって耳を傾けてくれていた。



コハク「ん、じゃあ教えて貰った型じゃ一本もとれなかったんだ?」

サーヴァント「お恥ずかしい話…そうなるね」


おかしいな、と彼女は呟きながら席を立つと
何処からともなく一本の細い剣を取り出す

色は黒に見え、剣というよりは針に近しいほどに華奢で細いもの。

彼女はそれを軽く払うとこちらに剣を向けて稽古の復習を見せるようにと促してくる
女性相手に喧嘩腰になるのはイヤだが、あの目を見ては引き下がれないだろう


コハク「ほいっと…」

指をパチンと大きく鳴らすと、前回とは違い黒板ではなく木刀が現れた。
形はどれも似通っているためなんとも言えないが、重さから見て日景に渡されたものと同等の代物だろう。


サーヴァント「これなら…」

軽く振りかぶり、木刀の取り回しを確認すると同じように扱える自信に満ちる。
動きを見たいという彼女の申し出を改めて受けると共に距離を取り
剣先を向けると彼女も対峙する

が…。


コハク「……」

動かない。
構えない。

ぱっと見、隙だらけでどこからでも切りかかれるほどに締まりがない状態の彼女に呆れてしまう


サーヴァント「おい、やる気あるのか?」

コハク「もちろん、いつでもどうぞ?」


挑発するように横目で見てくる彼女に僕はこれ以上の断りを入れることなく、つま先で地面を蹴って踏み込む―――
木刀はコハクの額を捉え、そのまま打ち抜こうとしたのだが…


サーヴァント「!?」

コハク「木刀だからって力み過ぎ」

木刀が…逸れた。
間違いなく彼女の額を打ったはずなのに…


サーヴァント「こんの――――!?」

薙ぎ払うように横へと一閃―――
これも当たらずに翳めることすらなく空気を斬るだけで終わる


コハク「雑、牽制にすらなってないからだめ。」

サーヴァント「なっ―――」


今度は木刀が大きくゆがみ、彼女の細い剣の柄の部分が僕の顎をどついた。
勢いにたまらず腰を抜かしてしまい尻もちをついてしまう


コハク「一本、だね?」

サーヴァント「ぐぬぬ…」


手も足も出ない
完膚なきまでに負かされた。


日景とは違った敗北。
彼の場合、押し退けたり苦し気な表情へと追い込むことができたが…


いや、今日の稽古…あれでは一切表情が揺るがなかった

つまり――――



サーヴァント「結局…あんな力を使わなきゃ…僕はだめだってのかよ・・っ」


空を眺めると淡い緑色の空に白い雲が漂う

手にしていた木刀はとうの前に放ってしまって、脱力した状態だ
僕なんかじゃ彼女…リリンを守れないだろう。

どうせ―――僕じゃ…


コハク「立ちなさい」

サーヴァント「……もういいんだ、到底敵いっこない相手がこうもたくさん居るんだ…自信なんてなくなるよ」

投げやりになっていると懲りずにコハクは僕の顔を覗き込んでくる
先程対峙した時とは違って、いつもの穏やかな彼女だ


コハク「そうかしら、私はあなたが強いのは知ってる。」

コハク「だからもう一度だけ私と勝負してみてくれない?」

サーヴァント「……君、優しいから八百長する気だろう?」


そんなことはないよ、と頑なに否定をする彼女だが魂胆は見え見えだぞ
気立ててどうにかなるような問題じゃないことは自分でもよくわかってる

だから、中途半端になるくらいならきちんと彼女に尽くせて応えられる人材を見つけたほうが良いに決まって――――


サーヴァント「え――――」

立ち上がったコハクは、いきなり細い剣を僕へと投擲してきた。
危うく串刺しになる所だったが奇跡的に間一髪のところで体が動き、これを回避することができたのが幸い

サーヴァント「今、何をしたんだ…」

余りにも速すぎて見えなかった。
稽古や遊びなんてもんじゃない…確実に殺しに来ていたぞ!?



サーヴァント「おいコハクっ答え――――」

コハク「…ふふ、あはは…」


彼女はお腹を抱えながら、心底面白そうに笑っている
狂った笑いでもなく
失笑でもない…純粋に喜んでいるようだった


サーヴァント「何を笑っている…!」

コハク「いや、ごめん…しょげてる割りにちゃんと避けられるんだなって…」

サーヴァント「ふざけるなっ、今のは一歩間違えれば死んでた一撃だぞ!」

夢の中で死ぬなんてことあるのかどうかわからない。
しかし、先ほど感じた戦慄はまさしく本物で命を落とす恐怖がそこにあった。

でも…殺気は感じられなかった。
代わりになにかを感じられたが…あれはいったい…?


コハク「平気さ、君は私の太刀筋を読み切っているからね…」

サーヴァント「なにを訳のわからない事を言ってる…現に僕は負けて―――」

コハク「私の全力の投擲を避けただろ、それが君の本分だ」



コハク「君は、強くなれる…私が保証する」


彼女はそう告げると、僕の手を握り
半ば強引に立たせると勢い余って抱きしめてくれる

その温もりはとても心地よく
懐かしさを感じる匂いがした



コハク「私と、一緒に頑張ってみよう…ね?」




――――――――――




サーヴァント「………」


目が覚めると、日が昇っていた。
つまりは朝である。


少し寝汗がひどい。
夢での運動が現実でも反映されているかのような程に汗をかいている

けれども体の疲労感はない
これに関しては彼女が夢から覚める前に治癒魔法を掛けてくれているのもあるが意味があるのかはわからない


サーヴァント「所詮夢だし…な。」

言葉を呟くたびに心のどこかに歪みを感じる。
何故なのだろう?

夢で彼女に会うたびに膨れ上がるこの気持ち…


鼓動が速くなり、呼吸も荒くなる。
視線は逸らせず、気が付けばずっと見つめている…


サーヴァント「コハク…」

君は何者なんだい?
どうして、そんな黒い姿をしている?


どうして綺麗なドレスを隠す?



サーヴァント「……なんで、君の名前を思い出すと…別の名前が頭を過るんだよっ…誰なんだよ…君は…」


どうして『ボク』は――――君の正体を尋ねられないのだろうか?




――――――――――




――――――――――



サーヴァント「んっ…んー…」


今日も何事もなく学業を終えて帰宅する用意を済ませる
皆、日課のようにホームルームを終えるとそれぞれの目的の地へと足を向けていく

僕はその景色を眺めながら大きく背伸びをし、時間が大いに余っている優越感に浸るのだ。


リリン「今日のご予定は?」

サーヴァント「いえ…特には、今日は日景との特訓もありませんし体を休めるか家族の手伝いをしようかと」


ここ数日、彼女とは欠かさずに帰宅を共にしている
意図的なのだろうか?
こちらが帰る間際に必ず声を掛けてくれる。


おかげで周りから妙な噂を囁かれるようになったが、正直どうでもいい。

僕と彼女の関係は枠に収まるような小さなものではないのだから。


リリン「でしたら…その…」

サーヴァント「ん…?」

改まってどうしたのだろうか?
手をお腹の前で擦り合わせて…モジモジしている。

何かを言いたそうにしているのは伝わるのだが…


リリン「少し、街の方までお買い物に付き合っていただけたら…と」


サーヴァント「え、あぁ…はい」

珍しい。
彼女の方から誘ってくるだなんて…。

…、

いや、僕の方から誘うこともないのだが…


サーヴァント「何をお求めで?」

リリン「その…本を見たいな…と。」

本か…だとすると書店の本店が街にあったはず。
あそこなら最近の本はもちろん、少しばかり古い本なら取り寄せてくれたりするので手堅いだろう。

僕たちは悩むことなく、席を立ち教室を後にすることにした。



シャフ「最近、ほんと仲いいよなぁ…あの二人さ」

シンシア「………、」



――――――――――




――――――――――



街。

学校から徒歩でも通える範囲にあり
街と言っても過剰に賑わうことはなく、生活を支える施設が多く連なる掛け替えのない場所。


彼女と約束した通り、ここまでやってくると商店街が見えてくる。
マヌカン族である僕らからすれば、このような光景はあちらでは見ることはなく

初めて見た時、ヒトの流れや活気に心が躍った。



リリン「こっちですね…」

彼女の案内に従い、ヒトの流れを縫って進むと本屋が見えてくる
存在こそ知っていたが…こうしてやってくると他の店より大きい。

早速と足を踏み入れようとした時だった


サーヴァント「……?」

リリン「どうかされました…?」



微かに感じた視線。
それを追っても誰もこちらを見ては居なかった。


サーヴァント「いえ…」


気のせい…にしては生々しい。
こちらをジッと見ていたはずなのに…

後ろ髪を引かれながらも僕は彼女と共に書店へと歩を進める



薄桃色髪の少女「………、」




――――――――――




サーヴァント「ん。……雨…か。」

梅雨。

初夏に訪れるこの世界に欠かすことのできない恵み。


かつて、世界は仲人界のみと認識されて時代には一部の国にしかなかったとか…
もっとも季節感を持つ国や領土も限られているらしく、梅雨もまた…この地に根付く独特の環境の一部である。


話が変わるが、
水という資源が不足しているために各国で貧困に喘ぐことも珍しくなかった

言い伝えでは…その事態を重く見たとある人物が全ての国に雨を恵み、大地を潤わせたと言う

その話を知る者は皆、とある人物について口を揃えて特徴を表現するのだ。

「蒼白の髪の乙女」と。


僕の勝手な予想だが、
この頃には既に世界は繋がっていて、蒼白の髪の乙女はマケット族かマヌカン族だったのではないかと思う

…特に根拠があるわけではない。ただ、そんな気がしただけだ。



リリン「何をご覧になってるのです?」

リリン「ぁ…旧史書…ですか」


目的の本を見つけたリリンがやって来て僕が手にしている本の表紙を覗き見る。
柄を見ただけで何の本なのかを当てる辺り、愛読者なのだろうか

それとも、マイナーである本故に妙に知れ渡ってるのか…

旧史書。

この世界について綴られているという分厚い本。
こうやって一般の書店に置いているのでそれなりに普及しているのでは、と思っていたがそうではく

本が好きだと掲げる者達にコレを問うても認知されていなかった


内容も漠然としていて理解が難しい。
先の蒼白の髪の乙女の話も、この本に近しい事が書かれているが雨の話ではない。


魔法を世に知らしめた偉大なる魔術師

世界の隅々まで渡り歩き、多くの人々に救済の手を差し伸べた偉人。

今世今生に根付く悪と戦い、その後大樹の根元で眠りについた


…これらの話を、蒼白の髪の乙女を知るものに話しても皆首を傾げるだけ。
酷い時には話を捏造するなと憤慨されてしまうほどだった。



サーヴァント「この…三幕引きについて気になっていて…」


昨今では珍しく、この本は封をされていない
そればかりか立ち読みはご法度だというのに、こうして中身を見せていても店員は怒らないのだ。

もったいない
これだけ物語が綴られた作品ならもっと愛好者が増えてもいいはずなのに。


リリン「…ふふ。」

不意に彼女が微笑む
なにか可笑しなことを口走っただろうか?

いいや、心当たりはない。
もしかして僕の顔になにか付いている?

身だしなみは普段からしっかりしなさいと言う姉と妹の口癖が身に染みている僕は急いで顔や髪、服に手を滑らせるも何もない


…なんだ?
聞いてみよう…

サーヴァント「なぜ、笑われるのです?」


リリン「だって…三幕引きの英雄のお話って…絵本のやつですよね?」


サーヴァント「…絵本。」


そういえば…この本の一部は子供向けに再編集されたものも出回ってるんだっけ?
旧史書という原本の存在は知られておらず、
彼女の言う絵本など、組み替えられた話は広く知れ渡っているという不可解な現象が蔓延している

実際、三幕引きの英雄伝の絵本は凄まじいほどの知名度だ。

殆どの人が知っていると言っても過言ではない
これに関しては本当に不思議で、

マケット、マヌカン、ピース

どの種族、すべての年齢層で知られている

そんな三幕引きの物語が、どのような内容なのかと言うと――――


リリン「本当に旧史がお好きなのですね…」

サーヴァント「ええ、ただの歴史となると関心が逸れるのですが旧史となると別なようで…」

リリン「その気持ち、わかります…」

リリン「私もこの本が好きで…懐かしくて買っちゃいました…」


彼女は恥じらいながらも手にしている絵本を見せてくれる

三幕引きの英雄伝と書かれた絵本童話だった


サーヴァント「懐かしいですね、でもこれ難しくて子供向きじゃないと思うんですよね…」

リリン「確かに…抽象的と言いますか…でもそれが良いんじゃないですか?」

サーヴァント「そういうものですか…」

リリンは目を輝かせながら購入した絵本に目を通している

僕も待たせてはいけまいと、一冊だけ手にしてレジへと向かう
もちろん、旧史書である。

購入時、店員が首を傾げていたが特に気にすることはないだろう


リリン「では、買い物も済みましたし…帰りましょうか?」

サーヴァント「そうしましょうか…そうだった傘出さないと………ぅぇっ!?」

買い忘れがないことを確認し、本屋を出て傘をさして歩き始めた矢先だ
急に服を摘ままれて引っ張られると態勢を崩されそうになり懸命に留まる

誰だと半ば怒りながら振り向くと目の前には、ずぶ濡れの女の子が僕の服の袖を掴んで立っていた



薄桃色髪の少女「…………」



僕は知らなかった



この少女との出会いが後にボクの運命を大きく変えることになるだなんて……




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