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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page3 夢間の蟲





マヌカン王「サーヴァントよ、お前はヤーンの契りを交わし主であるリリンを守れ」



サーヴァント「ヤーンの契り……」

突然告げられた契約
しかもその相手は敬愛するリリン

重く伸し掛かる責任もあるが、それ以外にも素直に喜ぶことが出来ない理由が多くある



サーヴァント「…わかりません…どうして僕なのでしょう…」


マヌカン王「―――なに?」


サーヴァント「若輩者であり、血筋や経歴も不透明な僕をリリン様の護衛に置く…本来その役目は彼の、…えっと」


日景「―――――」


視線を横にずらすとマヌカン王の後ろでジッと見返してくる男性がひとり。

たしか、ヒカゲと言ったっけ…


サーヴァント「彼の方が適任かと」


マヌカン王「なるほど、ではお前は己の責務から逃げたいと?」

サーヴァント「責務…ですか、っ―――」


不意に頭痛に襲われる

なにかが頭の内側から打ち付けるような…そんな鈍痛だ。
おまけに変なイメージが見える…
髪が青い女性…リリンに良く似ていたけれど…


マヌカン王「この子はな、お前との約束をずっと守っている…幼き日に交わした、夢物語の続きをな」



約束…
夢物語…?


いったい何を言っているんだろう

僕は、僕は…彼女と、つい先日初めて会ったんだ

そうだ
僕は、憶えてなんかいない
忘れてなんか―――


サーヴァント「―――僕は―――」



リリン「お止めください、お爺様…今は彼を困らせる時ではないはずです」

リリン「…それで、ヤーンの契りとは…?」

僕が答えを口にしようとした時だった
リリンが手を前へと翳し言葉を遮る。


十七歳という若さでマヌカン界の大魔術を学ぶリリンでさえ聞き覚えのない魔術


”心鎮の意図手繰り”


どんな効力を持ち、危険性を孕んでいるのか…
微塵も想像がつかないシロモノをそう安々と使う訳にはいかない


……、



日景「心鎮の意図手繰り…僭越ながら私がご説明仕ります」



”圧倒的な力を有する者を我が手中とし”

”それを使役しヒトがヒトを統べる物”

”これぞ鎮めの大魔法、ヤーンの契り成り。”



日景「…つまり、貴女様がこの者を下僕として従えるという事になります」


下僕…、従者という訳ではないらしく
言葉のまま、契約者が意のままに扱える駒のような存在…

僕が…彼女の…駒…?


マヌカン王「リリンよ。お前もよい歳になった…伴侶を迎えてもよい時期…」

マヌカン王「そろそろ王としての器を培うためにヒトを傍に置いてはくれんか…この老体を安心させておくれ…」


寂し気に話すマヌカン王だが
その眼には新しい時代の担い手であるリリンを立派に育てたいという強い気持ちの火が灯っている



リリン「そんなことよりも、もっとその魔術について詳しく教えてください、今の説明では余りに漠然としています!」

置いてけぼりを食らっているのはどうやら僕だけらしい
彼女に至っては日景やマヌカン王にヤーンの契りがどういった代物なのかを食い下がって聞く始末。


少ししてからやっと納得がいったのか
深く呼吸をして胸を撫でおろすと、キリっとした表情へと切り替えた彼女は口を開き―――

リリン「お爺様……私は…」

日景「お待ちを。」

意思表示の直前、リリンの言葉を遮るように彼は一歩前に出るとマヌカン王とリリンの双方に目を配ってから最後に僕を見た。



サーヴァント「…?」

日景「…はぁ…」


む。
とても心外である。

今のは間違いなくため息であり失意の末、しかたなく…と言った感じのものだ。

今日初めて出会った相手にここまで失望される謂れはないし
彼個人に対して期待に応えたいという願望は持ち合わせてはいない。

そんな僕の気持ちを知ってか知らずかわからないまま
彼は僕を一度睨みながら語りだす


日景「この者の力は余りにも暗く淀んでいます。ましてや先の戦いを見る限り、暴走していたではありませんか」

サーヴァント「……」


暗く淀んでいる…
その的確な言葉になにも言い返すことが出来なかった

だというのに、なぜ…そんな自分になにも感じないのか
怒りも悲しみもなく
ただ、諦めに似た無の感情だけが込み上げる



リリン「彼は私を守ってくれたんです!!」

リリン「その事実は知っているのでしょう、だったら!!」


僕と日景の間に割って入ると、彼女は庇うべく便宜を図ってくれる


そうだ。さっきの戦いを二人は見ていた
確かに暴走したという事実は隠せない。

それでも…それでも僕には非がないと
自分を助けるために戦ってくれたのだと声をあげる彼女に対しても何も言葉をかけられない…

だって、僕には…貴女に庇ってもらう理由も道理もないのだから…


マヌカン王「陽輝よ…お前が申したのではないか…リリンにもヤーンの契りの素質があると…」

日景「お言葉ですが…対象者の品格が違い過ぎます、『コレ』は論外かと…」


リリン「…っつ!!!」


屋敷の空気が一変する
目に見えない風が視界を遮り、水のようにサラサラしながらも肌に纏わりつく
清らかながら恐怖を併せ持つ、そんな密度の濃い魔力が彼女から溢れ出てくる


リリン「今の言葉…取り消しなさい」


日景「―――、と…申されますと?」

リリン「私自身が貶されるのなら良いのです…けれど、身を投して守り通してくれた彼を蔑むなど…」

リリン「ましてやモノ扱いする無礼、幾ら近衛生粋の戦士とは言え許せることではないっ!!」


日景「…っ」


サーヴァント「リ、リリンさ…ま?」

驚いた。
単に彼女の発する魔力の流れもあるけれど、それ以上にここまで感情を露わにするリリンを今まで見たことはない
学校ではとても温厚に過ごし、学友たちにも慕われる程の女性が怒りに飲まれるなんて…

肌がビリビリと痺れる
ああ…これは紛れも無い怒りの感情。

彼女のその形相に、僕を含め周りにいた誰もが息を飲んだ

彼女の祖父、マヌカン王を唯一人を除いて…



マヌカン王「鎮めなさいリリン…陽輝、私はこの子達にかけているのだ。未来を…」


リリン「…」



血がなし得る技なのか
怒りに飲まれていた彼女にたった一言で冷静を取り戻させる

表には出ていない凄みが彼女の感情を抑えたのだ


マヌカン王「良いな?」

同じ威圧感が全員に向けられる

マヌカン王の計らいに反対する為の策がこれ以上見つからないのか
仕方なさげに日景はこちらを睨みつけてくる



日景「殿下……致し方ない。ならばお前にチャンスをやろう」

マヌカン王「陽輝。」

日景「申し訳ありません殿下、流石にこればかりは私の意見も汲んでいただけなければ…後にツケが回ってきますよ」

サーヴァント「チャンス…?」

冷静から苛立ちの感情を見せるマヌカン王の言葉に退くことなく彼は僕に対して何かしらの試験を執り行うと押し通す。

二人はなぜそうまでして僕に契約を結ばせたいのだろう…
それに日景も…この期に及んで何を試そうというのか
戦いは好まない…できれば穏便に済めばいいのだけれど…。


日景「ついてこい」


そう口にするなり日景はマヌカン王とリリンの傍らを抜けて屋敷の外へと向かった
どうやら裏手に回るらしい


サーヴァント「…庭?」


とても涼しい風が頬を撫でる。
初夏ということもあるが、日中は蒸すような暑さであれこの時間…、夜になるととても過ごし易い気温で心も体も落ち着きを見せる

日景の後を追い、玄関を出て屋敷の裏へと歩を進めると
そこには庭が広がっており、芝生の中心に立つ彼はこちらを見据える


サーヴァント「一体なにを始めるつもりだ」

日景「なに難しいことはない…一太刀だけで良い、この木刀で私を打て…」


サーヴァント「っ…とと…」

いきなりなんだろうか…
日景はどこからともなく取り出した木刀を放り投げてくる
咄嗟に投げ渡されたそれを落としそうになるもなんとか掴みとり、剣技には不慣れながら構えを取って守りを固める

我ながら様になっているような気がする…。


リリン「無茶です…!さっきまで戦っていたんですよ!」


彼女の指摘通り今の僕は疲弊しきっている。
実力の差は計り知れないが、とても戦いになるとは思えない。

僕は素人で、相手はマヌカン最強の近衛兵なのだから…


マヌカン王「この位の事が出来ないのならば…それまでという事か…」

リリン「何を悠長に…止めさせてください…こんな無意味な戦い…!」


必死にマヌカン王に止めるように懇願するリリンだったが
この場に居る者は誰も止める気はなかった。

もちろん、僕もだ。

どうやら土壇場や崖っぷちに追い込まれると肝が据わるらしい。
あれだけ意味や価値を見出そうと思い悩んでいたのが嘘のように消えて
今は如何に目の前の男に一矢報い、驚かせようかと画策することにワクワクしているような感じだ。

どうせ勝てないのなら、せめて一太刀…それで勝ちらしいが当てたからと言って何も起きないはずはない
ボコボコにされるなら血反吐をかけてやろう


サーヴァント「良いんです…リリン様」

リリン「サーヴァント様…?」

サーヴァント「僕は…っ…自分で言うのもなんですが、この一日…いえ、前から自分が何者かわからなくなってしまっていたんです」

言葉に嘘はない。
今までの生活、数々の思い出、どれもが輝かしく手に取れば暖かなものだった

今日という日が決定打となり、あの戦いが全てを霞ませ冷たくした


自分は本当は何者なのだろう…

何を求めているのだろう
満たされない得も言われぬ欲求に押し潰されてしまいそうになりながらも
心は答えを求めようと体を動かし続け、あのような獣になり果てたのではないか?

だとしたら、尚の事。


僕は…なんなんだ?



サーヴァント「ヒトには、いつか己を知る時が来るって良く言うじゃないですか…きっと今がその時。ここで倒れるなら…それまでの男なんだっ」


土を踏みしめ、勢いを込めて走る。
敵と認識した対象へ木刀の剣先を向け、つま先で地面を蹴りさらに加速する



日景「……」

奴は無防備だ。
構えることもせずこちらを見据え続けるだけ




サーヴァント「がら空きだぞ…!」

両手で木刀を頭上にまで掲げると敵の額目がけて大きく振りかぶる
が、捉えたはずの一撃は空振りとなって地面を大きく抉るだけの結果を残す



サーヴァント「な―――!?」


確かに木刀は彼の顔へと振り下ろされたはず
だというのに、一切の回避の動作を見ることなく、なにもない場所…土を叩くだけ―――


日景「何処を見ている」


声の方向へと振り返ると、ものの十メートルは離れた所に彼は立っていた


どうやって…
確実に捉えていたはずなのに…


日景「――――ふん」

つまらなさそうにしながら彼は左手を払うように振るうと風が巻き起こり僕の視界を妨げる
一瞬だけだが目にゴミが入って見づらかった

が―――

何処に居るかはわかっているぞ…


サーヴァント「…討った!」


この間合いならいける―――!

近づいてきた彼の眉間へと一撃打ち込むべく木刀を振り下ろす
だが、木刀はある一定の位置を境に先へ進まない

まるで何かが邪魔をしているかのように


攻撃を遮った正体を知るのに時間はかからなかった


日景「木刀とは言え、刀…斬る角度や心がまるで備わっていないから…こうして受け止められるんだ」


サーヴァント「…っ…!!?」

木刀は日景の頭部を打つことなく
まるで花を愛でるような優しい手つきで包まれている

引き抜こうとしても
振り払おうとしてもダメ。

どれだけの馬鹿力なんだと思っても、彼の右手は変わらずのままで握っているようには見えない


日景「心意気は良し…だが、初手を間違えたな」

言葉と共にその右手は木刀を瞬く間に返し、僕の体を宙へと飛ばす
添えられなくなり、自由となった手を素早く手刀へと型を変え、必殺の一撃として落下する僕の首へと振り―――


サーヴァント「っ…ぎ…!!!」

たった一撃で目の前が暗くなり息をすることすら出来なくなる


薄れゆく意識の中、彼と自分の力量の差を嫌と言うほどに思い知る。
同じ「一撃」でありながら、こうも違うものなのだろうか、と…。


負けたという事実を認知しておきながら別の感情が湧き出る

死。

血の気が引く感覚
痺れているのか、痛がっているのかわからなくなる神経の数々。


言う事を聞かなくなった体はそのまま地面へ落下し
勢い良く叩きつけられて腫れた頬には夜の芝生は程よく冷たくて気持ちがよかった




――――――――――




――――――――――







サーヴァント「ここは…?」



今日、何度目か迎える自分の意識の中でとある景色が映り込む。
前回と違って今回は鮮明だ。



暗い空。

無間と言っても過言ではないほどに広大な大地、広がる芝生。
花も咲いては居るけれど、どこか色あせている


そんな景色を眺めている僕の傍らには、ひとつ。
白いテーブルが安置されていた


野ざらしにされていたからだろうか
所々が腐食し、セットで置かれている椅子は傾いでしまっている

ティーカップも置いてある
数は二つで、こちらも随分と長い間放置されているらしく汚れが目立っていた




淀んでいる


カップの中に溜まった汚水はまるで自分のように思えた。
だって、こんな状態のものを見たのなら普通は嫌悪するはずなのに、僕は何も思わない―――


いいや。
寧ろ親近感を覚えるのは、自分に近しいからだろう



心の中に
泥や油が注がれてるみたいで


濁っている


というのが正しいのかも知れない


透き通りのない薄汚い自分の心が、このカップなのだと


サーヴァント「はは」


柄にもなく黄昏てしまった。
何気ない毎日を繰り返すだけで気に留めていなかったものが、今日だけで全部押し寄せてきた


自分の名前

幼少期の記憶

家族の事

自分の夢

嬉しかったこと

怒ったこと

哀しかったこと

楽しかったこと


どんな些細な気持ちや記憶を思い出そうとしても、まるで電流のようなものが心の中に走り邪魔をする

カップを爪で弾くとキィンと甲高い音と共にこれらのもの全てに亀裂が入って粉々に崩れる
そんなイメージが色濃く表れて…



「−−−−」


サーヴァント「……?」


何かが聞こえる

風の音ではない
揺れる葉音でも、暗い空の稲光でもなく紛れもないヒトの声だ。






「………やぁ。」


サーヴァント「……」

いつの間にか、崩れかけていたテーブルにつく人影があった。
声からして女性だろうか?
姿は捉えきれない。

なにせ影なのだから、真っ黒なのだ。
テーブルに肘を突きながら頬を支えつつこちらを流し目で見ている

幸いにも影が向いている方向は解っているので助かる

腕の曲がりとか骨格がしっかりしているだけでなく、「目」があるのだ


片目だけだが、緑色の炎のように光る目は僕を視界に居れたまま一切揺れ動くことはない



「挨拶、しているだろう…返事もできないのかい?」


サーヴァント「こんにちは、あなたは?」


こちらの問いかけに対し、影は肩を揺らして笑う様子を見せる。
ただ単に素性を聞いただけでこの反応は、少しばかり苛立ちを覚えたのは無理もない


「私は君の夢に住み着く悪い虫だよ。ひと呼んで『夢間の蟲』『蠱惑の夢』、でも悪さはしないから安心してくれ」

サーヴァント「そうですか」


素っ気なく答えてしまったけれど
心の奥では何かが蠢いている

とても心地いい
彼女が声を発するだけで気持ちが安らぐのに、どうして僕の心は弾むのではなく蠢くのだろう?


サーヴァント「僕は…」

「いいよ、知ってる…だから名乗らないでくれるかい?」

知ってるならいいかな
でも、名乗らないでくれだなんて…一歩間違えたら交流にヒビが入ってもおかしくない文言だ

彼女は僕の事を知っているとのことだが面識はない

いや、こんな真っ黒な人はホント知らないのだけれど変な理屈抜きで思い当たる節がないのだ。


「で、なんでここに来ているんだ?」

サーヴァント「なんでって…ここは僕の夢の中なんだろう?」

「ほー、ここが夢の世界というのはわかっているんだ?」


それはもちろん。
だって貴女が今自分の事を夢に住み着く虫と例えたし、
先程まで僕は日景陽輝という人物と戦い、ボコボコに負けたのだ
それで恥ずかしながら意識を飛ばして、リリンの家の庭で芝生で寝て今に至る。


説明こそしなかった
でも、影の女性は僕が何を言おうとしているのかわかっていたようでクスクスと笑いながら手を伸ばしてくる


「弱っちぃな…本当にきみは」

サーヴァント「申し訳ない」


なぜか謝ってしまった
彼女に対して引け目や負い目などないというのに…

こうして責められてしまうと条件反射というかつい謝ってしまう


「謝るのは私にじゃないだろう、今君が仕えるべき姫君に頭をさげなよ」

「そんなのは、とっくの昔に終わったんだから」


サーヴァント「……」


彼女の手は僕の頬に添えられて、とても優しい手つきで撫でてくれる
温かくて…柔らかい。

でも…微かに、その指先が震えているのが不思議で仕方なかった



「自分で立ち上がれるかい?」


サーヴァント「…ああ、きっとできる」


「なら良し、男だろ。みっともない姿をこれ以上私には見せないでくれ」


そのまま両手で頬を軽く叩かれる。

痛くはない
彼女なりの気付け、というやつだろう。


背中を押されたように僕は芝生の丘を下ってみて、彼女が居る場所を見上げてみる



「―――――」


そこには、とても綺麗なドレスに身を包む女性が佇んでいた



サーヴァント「貴女の名前を教えてほしい」


「私の名前か…そうだなぁ…蠱惑の夢…コハク、そう呼んでくれるか?」


コハク…。

初めて聞いたはずなのに、どこか懐かしく響く音。
名前ではなく…その声に遠い昔の誰かを重ね見てしまうのはなぜなのか…

サーヴァント「また、会いにきてもいいかな?」

コハク「構わないよ、ここは君の夢で…私は勝手に住み着いている虫なのだから」


虫だなんて…
謙遜が過ぎるよ


貴女のような人が虫ならボクは―――

言葉を口にしようとした時だ
彼女は丘の上でくるりと回り、踊りながら手を大きく広げると
呼応するように芝や花が風に巻かれて空を舞う



コハク「…相手は君に相対するもので厄介者、しかし君ならば対抗できると信じているとも…」


コハク「選んだ道はとてつもなく険しいが、昇り詰めた時―――きっと君は新たな高みを目指せるだろう」


コハク「私は、そんな君が疲れたり心の整理をできるようにここで待っている」




コハク「さぁ、行きたまえ!」






――――――――――




――――――――――



冷たい

微かに戻りつつある意識の中、再び頬に感じる芝の冷たさが現実へ戻ってきたのだと身をもって知らせてくれている




まだ目は開かず。
けれども感じる傍らに立つヒトの気配…

意識を手放してどれくらいの時間が経ったのか
放置をされていないということはものの数秒の出来事だったのかもしれない…

日景「……」


マヌカン王「…もう良いじゃろう…陽輝、サーヴァントを屋敷に運べ…」


日景「――――畏まりました、殿下」


髪を掴まれて強引に立たされる

痛いじゃないか、
そんなことしなくたってヒトを立たせる術などいくつもあるだろうに…


未だハッキリとしない意識の中でも聴力だけは戻りは早いらしく
先程から二人の男性のやり取りは全て聞き取ることはできた

それから…こちらに近づいてくる足音が一つ…軽い音からして女性か…


リリン「なりません。私が彼を引き受けます。下がりなさい…」

日景「お退きを、この者は我々で面倒を見ます」

リリン「できない、と申しましたが…貴方は私の言葉に耳を傾ける気はないと?」


ああ、リリン。

僕が守らねばならないヒト。
約束なんだ


彼女から託された、最後の約束。

仕える姫を守る
僕は―――




日景「…!?姫、お退きを!」

リリン「え…?」

日景「御免!」

瞼を開けた時、目の前には男がただ独り
そこに立っていた

傍らに居たはずの彼女の体は一瞬で魔力の風の渦に巻かれ宙へと飛ばされる

直後だった
布の破れる音と共にまたも魔力の風が巻き起こる



リリン「ぁ…」


彼女の目に、僕はどう映っているのだろう?
絶えず風を送り続けて落下しないようにしつつ眼前の敵へと視界を固定させる


サーヴァント「…ギ――――………!!!!」

日景「これが――――見事なものだが…!暴走して力がコントロールできないのであれば!!」


きって落とされた再戦の火蓋

彼は回し蹴りを繰り出し、見事に僕の頭部に直撃させると、遠くへと弾き飛ばす。



サーヴァント「……!」

飛ばされて地面に落ちる時、体が不自然な軌道を描き飛ばされてきた方向へと戻る

今の一瞬で地面を蹴ったのだ
先程弾かれた木刀を回収しつつ、再度敵を見据えて飛び込む―――



日景「この…化け物め…!」



彼が僕を化け物と例えるのも頷ける
ヒトとは思えない四肢を使っての跳躍は獣そのもの。


こちらが木刀を振りかぶると、日景も応じるように僕の眉間目がけて手刀を振るう。
どちらも譲らない速さを競う戦い。


互いが交差し合う度、煌びやかな光が散る。
魔力同士が反発し夜の暗闇を照らすほど眩い大きな光は幻想的でありながら、戦う者には戦慄をあたえる光だ



日景「乱暴な刀使いで流し切れない…面倒な―――、さすがに捌き切れんな――――!!」


追い詰められた日景は自らの腰に手を当てる
まるで抜刀の構えだ

しかし丸腰の日景には武器などない


対峙する僕としてはそんな事など大して気にはならなかった
ただ眼前の敵を屠ることを最優先にする

その大きすぎる隙が日景の待っていた好機だった



日景「四季抜刀術――――居合…春刀!!」


腰を深く落とし、目の前に迫る僕をギリギリまで引き付けた彼は
添えられていた左手を右から抜き払う

今まで存在しなかった腰元には鞘があり、彼の声に応えるように引き抜かれた刀は僕の胴を捉えた


光り輝く銀の一閃は辺り一帯に甘い花の香りを放ち
暖かな風が束の間の夢のように儚く攫って行く



刀の軌跡が体を切断することはない
それどころか…僕はただ、立ち尽くしていた。



サーヴァント「………これは―――…」


意識がはっきりとする。
アレースと戦った時のような自己の認識のズレもなく、今は自分が自分であることを認知できている

改めて体の安否を確認しても外傷はどこにもなく
痛みどころか、不思議と体の重みが和らいだ感じさえする



日景「目覚めたか」


サーヴァント「あの場所は…君が?」

声が震えている
今の自分に出せる言葉はこれで精一杯だった

遅れて訪れる恐怖、
間違いなく自分は先ほどの技で胴体を横断されていたに違いない


それにもう一つ
さっきのは夢…でいいのだろうか

いつも眠りで見ていた夢は思い出すたびに頭痛に悩まされ、記憶にとどめておけた試しがない
今回は不思議なことに、とても鮮明に覚えている
どちらもこれまで以上に感じだ事のないもので、ひどく不気味だった



日景「…貴様が寝ている間に何を見たのかは私にはわからない」

日景「…が、私が使った術はお前に根ざす向上心を手助ける役目はあったと自負できる」


向上心?
僕にそんなものがあるのかと鼻で笑って放りたくなるが、夢の中で出会った彼女の顔が脳裏に浮かび軽率な行動には移せなかった。

だって、彼女には過去に大きな恩があって…それを思い出したから約束としてリリンを守るって――――



サーヴァント「…ぎ……ぃ…」

突然襲う激痛
それは日景が与えたものではない全くもって別のモノ


頭が重い

体も痛い

破裂しそうで

溶けてしまいそうで

苦しい


意識が、自分が保てそうにない




リリン「サーヴァント様!!」

膝をつき頭を抱え苦しむ僕へと彼女は駆け寄ってきた
彼女なりに自分の出来うる限りの治癒魔法をかけ、苦痛を極力取り除こうとするも変化は見られない…


それどころか、彼女の魔力に触れるたびに体の奥から何かが飛び出しそうになって気持ちが悪い


近寄ってほしくない



マヌカン王「…陽輝よ」

日景「はい、この者はどうやら記憶の改変を受け洗脳に近いものをされているようです」


襲い掛かる眩暈に苛まれる中、彼が口にした僕の現状を聞いて驚いた


僕が―――洗脳を受けているだって?
しかも記憶の改変…?

何を馬鹿なことを言ってるんだ…
確かに僕は化け物みたいに暴れこそした…けれどヒトを辞めたつもりなんてないんだ
そんなの仲人族が扱う機械がして、されることだろう…


リリン「そんな…!」

リリン「な…何かっ…方法は!?」


しかし、どうやらデマカセでもないらしい。
あのリリンがこうも狼狽えている…

つまり、魔法ではそのような芸当が横行しているということになる。
姉や妹も魔法や魔術に対しては博識ではあるがそんなことは教えてくれなかった

いや、知らなかったのだろう。
そんなことで責めたりしたくはないし…何より今は―――


この頭痛、と…

夢の中で出会った彼女を見てから溢れ出そうになる、この厄介な気持ちをなんとか抑えほしい
言葉にできないこの感情…邪な想いが誰かに向けられない内に―――



日景「方法がございますが…とても危険であることに変わりはない」

日景「それでも貴女は…この者を救いたいと?」


リリン「勿論です…彼は私にとって大事な人…その為ならどんな事でも…」


傍らに寄り添うリリンの手を掴み、爪を立てる
一瞬だけだったが彼女の表情が痛みに反応をしめし、すぐにこちらを見て微笑む

僕はそれを見て、頭痛のみと戦うことを決意し
溢れ出そうになった気持ちを胸の奥へと幽閉することを選ぶ


日景「決意は固いと…。では…結びましょう、この者とのヤーンの契りを…」



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