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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 18「和平」


マケット城、玉間

凄まじい爆煙とともに室内一帯に蔓延るトガタの山を吹き飛ばした正体は―――


サーヴァント「日景―――、」

決して屈する事はないと誓っていたのに
彼の姿がとても心強く、彼が来て不意に膝をついてしまう。

するとそんな姿を見てか日景は胸を膨らませるように大声で一喝してきた


日景「気をしっかり持たんか!馬鹿者めが!」

彼なりの鼓舞だろう。
自然と微笑んでしまうも、どうやら今の言葉が自分ではない別の対象に届いてしまったようだ


ダリア「―――、アンタ。今更どのツラ下げて―――しかもお兄ちゃんに向かって…」

妹のとてつもない殺気。

まるで鬼のような顔をしているんだろう
怖くて後ろを向けないが止めないわけにもいかない。


サーヴァント「待てダリア…今は味方同士で争ってる暇はない…日景、申し訳ないけど助力を頼むよ」

日景「―――仕方ない、なら残りは私が請け負う。その間に体力を戻しておくんだな」

ダリア「…言い方。そのうち殺してやるわ…ほんと。」


悔しいが今は日景の言葉に従うしかない
安堵によって砕かれた足腰は思うように動かず、立ち上がろうにもうまく行かない。


日景「――――」

シンシアを含めた三人を背中に来るように立ち回る
相対的にトガタたちはその反対へと間合いを移すことになる

誘導は簡単だった


日景「…兵法が成ってないな――――」

ため息を漏らしたかと思えば、姿は瞬く間に消え遥か先のトガタの群れを超えた場所へと出現する
正に瞬足。

恐らくこの場に居たものは誰もその目に捉えることはできなかったであろう

日景「秋刀―――枯葉。」

先ほど彼が城壁を破り飛び込んで来た時に使ったものと同じ技だろうか
トガタたちは成す術もなく塵芥と成り果てて風に攫われる

驚きだ
かなりの数だったというのに、巧みに敵を集中させて一網打尽にしてしまう能力と判断の速さ…


サーヴァント「凄い、」
この一言しか思いつかない、それほどに芸達者なのだ
自分では真似などできない剣戟…

見えない剣を払う仕草をする日景を見ていると
ふらり、ふらりとシンシアが彼に歩み寄っていく

刀を抜かない―――彼は受け入れるつもりで対峙をする


日景「―――姫様、ご機嫌麗しゅう」

日景の挨拶が気に障ったのかシンシアは小さく舌打ちをしながら睨みつけた
とても穏やかな雰囲気ではないのは明白

ようやく足もいう事を聞くようになり、重い腰を上げて二人を仲裁せんと間に割って入ることにしよう
…それに、考えもある。

サーヴァント「待ってくれ、日景。あとは僕に任せて二人を助けてきてくれないか?」


日景「なんだと?」

突然の申し入れに驚くどころか、彼にとっては珍しく著しく苛立ちを見せた
普段冷静な彼が感情を露わにするなんて…


日景「貴様、ここで敵の大将を見逃せというのか」

確かにその苛立ちももっともだ。
彼の言う通り、シンシアを見逃せば今までの行いを無に帰す物に等しい行いだ。


…だけど、こればかりは譲れない
ここで間違ってしまったら後悔だけでは済まない。そんな本能か理性かが訴えかけてくる


シンシア「そいつの言う通りよ…今私を殺さなければまた多くの血が流れる」

後ろからくすくすと笑い声が聞こえる
シンシアだろう、同時にダリアの殺気も感じられたがどうしたものか


サーヴァント「何度も言わせないでくれ、彼女は俺に任ろ」

静まり返る玉間
こちらを見据える日景の目はとても冷たいもので、少しでも視線を逸らせば殺されるだろう

でも、シンシア…いや、彼女は――――



日景「………わかった、できるだけ急げよ」

深く息を吐き、呆れたように彼は手をひらひらとさせ背を向ける
その姿に一番に驚いたのは他でもない彼女だ


シンシア「な――、ふざけるなよ―――腰抜け共が」

立ち去ろうとする日景に向け、玉間の像に飾られていた剣を手にする

いけない
幾ら話が通じたとはいえ日景は容赦なく敵を打つに違いない

今、彼女を失ってはいけない
それでは彼女を庇ったシンシアが―――

考えるよりも先に体が動いていた
日景と彼女の間に割って入り、剣を収めるよう目で訴えるが彼女の意思は固い

シンシア「退け、出来損ない」

ダリア「―――お兄ちゃんの事?――――殺すよ?」

『出来損ない』

とても重くて悲しい言葉だ

確かに自分は何かを成し遂げたことも、何者かであったこともない

ただ生きていたデキソコナイ―――



「なら、私たちも出来損ないだね?」


不意にシンシアから紡ぎ出された言葉に誰しも言葉を失う
とても柔らかな物言い
明るくて、誰とでも打ち明けられるような爽やかさ

シンシア「―――ひ―――な、なんで――」

彼女の言葉を耳にして唇を小刻みに震わせる
計り知れない恐怖

当たり前だ
自分の口が勝手に動き、思いもしない言葉を口にしたのだ

シンシアは確かに、自分も出来損ないと口にした


ダリア「一体どういうこと…?」

シンシア「煩い!うるさい!ウルサイ!!!」


頭を掻き毟り、見えない何かを振り解こうとする
まるで近くに誰かが居るように…


「ねぇ、もうこんな事はやめよう」

再び口にされる言葉。
間違いない

目の前のシンシアからだ

確かに取り乱している彼女以外にもう一人、そこに居る


シンシア「黙れ!アタシがシンシアなんだ!アタシが決めたことに私が口を挟むな!!!!」

その場でうずくまり、視界を塞ぎ耳すらも閉じ、ひたすらに自分の中から発せられる声に逆らう



「誰も喜ばないよ、お父さんもお母さんも…」

「黙れ!!」

「リンちゃんも、さーくんも、シャフ君も」

「黙れと言っている!!!」

「お爺ちゃんも、ファインベルドも」

「お前になにが解る!?」

「私も―――」




「私も、こんな事しても、してもらっても嬉しくないよ……」


顔を上げた彼女の頬を涙が伝う
瞳は激しく揺れ、今にも崩れ出しそうなほどに不安定だった


「やだ―――アタシは―――ただ自由が欲しくって―――」

「アタシは―――誰かに認められたくって―――」

「産まれたかっただけなのに―――!」



「うん―――、知ってる」

「ぇ…?」

「だって見てきたから」


とても暗い

暖かな水の中で私たち二人は芽吹いた

幸せに満ちた世界

外から聞こえる今か今かと私たちが産まれ出る事を心待ちにする声


いつからだろうか
全てが狂ったのは


大人たちの言う理由は今になっても理解できない

初めて外に出た時
とてもまぶしかった


でもそれだけ

一緒に手を繋いで、外に出ようって約束したのに


その手は何も掴んではいなかった


「寂しかったよね…苦しかったよね」

「何を―――」


あの時の約束を…

「でももう大丈夫…これからは…」

今なら出来ると信じて両手を繋ぐ
姿は見えなくても、きっとこの手は彼女と繋がっていると、温もりが確かに伝わる


この子ならきっと―――


「貴女がシンシアになって?」

「―――え?」


突如として彼女の魔力が激減する
並みのマケット族、いや仲人族と同じくらいまでだ


ダリア「これは―――?」


「いや…いやだ、シンシア…消えないでよ」

腕や髪を掻き毟り
今まで内側に居たはずのもう一人の自分を探す目の前の彼女の表情は僅かに変化が見て取れた

耳が長く
涙に濡れる目も凛としていて明らかにシンシアとは別人だった


「アタシがシンシア―――?私―――え?」


辺りを見渡してもその問いかけに答えられるものは誰一人として存在しない

その姿はとても見ていられるものではなかった


サーヴァント「―――」

ダリア「ちょ、お兄ちゃん―――」

泣き崩れるシンシアに向かって歩き出すサーヴァントを引き留めようとしたが彼の眼差しは頑なな意志を物語っていた

このままじゃ…きっと


「シンシア―――、どこ?」

サーヴァント「しっかりしろ、お前が見失ったら彼女を見つけられなくなるぞ?」

「彼女…?誰の事?」


どうやらかなりのショックだったらしく錯乱しているようだ
自分が何者なのかも理解できていない

もう一人の自分がシンシアだという事もあやふやになっている、とても危険な状態だ


「アタシは―――誰、誰。」

サーヴァント「―――、キキ。お前はキキだ」

突如口にされた言葉に目の前の彼女は泣きじゃくるのをやめる

『キキ』

サーヴァントがシンシアとは別の、目の前に存在する彼女を見据えて名づける

「キキ―――?私が?」

サーヴァント「そう、お前はキキ。絶えず己を自身と否定してきた軌跡…そのサインだ」

「―――、なにその名前ダサい…」

お気に召さなかったのだろうか
確かに年頃の女子に、しかも親でもなんでもない奴に変な名前を付けられたのだ怒りもしよう

キキ「でも―――、結構好きかも、音が可愛いし」

サーヴァント「ん…?、なんで更に泣く?」


目の前の彼女からは殺気が消えて、悲しみの表情も少し収まった
だというのに頬には涙が伝い続ける

キキ「知らないわよ…バカ」


―――――


―――





それから彼女の、キキの様子が落ち着くまで待った

聞きたいことがたくさんあるが、今最優先に確認しなければならないこと


『シンシア』の生存


目の前の彼女からは今までのような強力な魔力の波長を感じない

ただのか弱い女性そのものだ


一体、二人の身に何が起こったのか…
まずはそれを知らなくてはならない

ダリア「お兄ちゃん、私たちの目的は?」

苛立ちながらダリアが詰め寄る
そう、本来の目的は彼女の捕縛ないし、殺害による戦争の決着

そしてマヌカン王の救出だ


サーヴァント「わかってる、だがこのまま彼女たちを放置しても打開策が見つかる訳でもないだろ?」

ダリア「力を無くしている今がチャンスなんだよ?殺そうよ?」

サーヴァント「ダリア!」

ダリア「―――!」


力なき者を躊躇なく殺す―――

それではカイライやマケットの戦争を肯定する派閥と同じだ
ダリアを一喝し再びキキへと視線を向ける


キキ「ふふ―――その子の言ってることは間違いではないわね…甘さは身を亡ぼすわよ?」

サーヴァント「なら、用が済んだら殺すよ」

キキ「――――っ、」

ダリアに対しての一喝と正反対に無機質にキキへの殺意を向ける

今の彼女ならいとも簡単に殺せるだろう
ましてやシンシアから肉体を明け渡されたばかりの状態なら尚更だ

自分が生きている

これほどの感覚の喜びは何物にも代えがたい

俺でさえ、その感情が存在するのだから―――

そこから一気に転落するほど恐ろしい事はないだろう
みるみるとキキの表情が青ざめるのが解る


サーヴァント「――で、今の君の現状を話してくれるか?」





先ほどと打って違い、キキはとても冷静だった


何故ならシンシアは完全に消えたわけではないという

キキ本来のマヌカン族の魔力を封印した状態で昏睡している
その為に今の彼女はマケットの魔力もマヌカンの魔力も扱えない仲人族レベルまで弱体化しているわけだ


サーヴァント「どうやればシンシアを呼び起こせる?」

ダリア「何もそこまでしなくても、その女が生きていれば十分じゃない?」

ダリアの言いたいこともわかる
今、この瞬間もキキの存在を知るものは極めて少ない

そんな状態で彼女をシンシアに仕立てあげて全ての責任を押し付けることも容易いことだろう。

サーヴァント「カイライとの繋がりも聞いておきたい、なぜ君たちがこんなことになったのかアイツらも関わってるに違いないからな」

明らかに今回の一件、マケットのみが発端ではないことはすでに明白。
過激派を裏で煽り、トガタまで手配して軍備を強化

ここまで露骨に暗躍されて聞き出さない愚か者は居ないだろう


キキ「―――そんなモノ、アタシ一人尋問すればいいでしょ」

唇を噛みしめ、とてもバツが悪そうにキキは項垂れている

サーヴァント「ダメだ、君の存在を知ってしまった以上どちらにも事の真相は聞いておきたい」

キキ「アタシが全部やったんだ―――!それでいいでしょ!!」

彼女の唇に滲む血の滴

悔しさからだろうか
何かを隠しているようにも感じる

サーヴァント「なるほど…では全てお前が、『シンシア』がやったことだと?」

キキ「なんだと―――このっ!」

どうやら図星のようだ
キキのみの私怨で起こっただけではない

シンシアの問題というより、『この国』の問題だという事も薄っすらとわかってきた


キキ「―――、一つだけ方法がある」


サーヴァント「その方法は?」


キキが口にしたシンシアを呼び起こす方法…


キキ「我がマケット家に伝わる宝…それを使えば間違いなくシンシアの意識を元に戻せる」

ダリア「宝?」

キキ「―――ただ、その場所を知るモノは―――!?」


キキの言葉を遮るかのような爆音

いや、これは衝撃音だろうか
何かがとてつもない勢いで壁にぶつけられたようで振動の余韻が残っていてもお構いなしに波のように押し寄せる


サーヴァント「まずいな、二人とも急ぐぞ!」

この音は間違いなく戦闘によるもの
しかも並々ならぬ怪力の使い手

リリンが危ない―――


ダリア「お兄ちゃん…」
玉間から出ようとするところをダリアに引き留められる

振り返り、室内を見ると座り込んだままのキキがそこにいた


サーヴァント「立てないのか?」

キキ「うるさい…ほっといて」
ダリア「どうするの、こんなお荷物いたら戦いの邪魔になるよ?」

少々辛辣が過ぎるがダリアの言葉も間違いではない

この状況下で彼女を連れて回るのは危険だ
いつ背後からトガタが襲撃してもおかしくない現状だ


サーヴァント「なら、ダリア…すまないがお前はここに残って彼女の警護を。」

ダリア「は?」


なんで私が?とでも言いたそうな表情でこちらを睨みつけてくる
しかし適任者がいないのだ

サーヴァント「聞け、さっきも話したが彼女を失っては事だ。それにお前ならここで籠城しても持ちこたえる技能があるだろ?」

ダリア「う―――」

言い返す口実がなかったのだろうか
ダリアは小さな声で、肯定の言葉を呟き、渋々…といった感じだ

流石に強情過ぎただろうか、だとしたら後で何か美味しいものでも奢ろう


サーヴァント「頼む、ここで時間を使いたくない。お前が頼りなんだ」

ダリア「…むー、お兄ちゃん、私の事ちょろい女と思ってない?」

突如頬を膨らませてなんとも言えない視線を投げかけてくる

ちょろい?
なんのことだろうか

サーヴァント「そんなことはない、思い出してみろ俺が姉さんに頼み事してた事あったか?…お前なら任せられるからだぞ」

ダリア「んむぅ???やっぱり思ってるんじゃないそれ?」

納得できない。最近のダリアがよく最後に
付け加える言葉だ
…流石に兄としての顔も立たなくなってきたか、しかしこれ以上はなんだか話がややこしくなりそうだ


サーヴァント「今はそれどころじゃない、頼めるか?」

ダリア「あーはいはい、わかりましたよーダリアちゃんは聞き分けがいい子でぇーす」

どうやら気に障ってしまったようだが、引き受けてくれるようだ
…快く、という訳ではないみたいなのが心残りだが

サーヴァント「すまん、頼んだ」

せめてものお詫びと、彼女の頭に手を置いて髪を解くように撫でる
一瞬だがとても喜んでいる表情が見えたが再びむくれる

ダリア「は、早くいけば…!?」

うん、これ以上は逆効果な気がするのでお言葉に甘えるとしよう
二人に背を向けて玉間の出口へと駆ける

―――間に合えばいいのだが



ダリア「―――甘いよ、お兄ちゃん」


――――――――――


キキをダリアに託し、衝撃音の発生源へと駆ける

道中、不思議にもトガタとは一機たりとも遭遇することはなかった
―――不気味な静寂だ


サーヴァント「――――!こっちか」

僅かながらに剣戟の音を感じ取る
間違いない、この音は日景の剣の音。

だが、あの日景がここまで打ち合うほどの猛者が居るというのだろうか…?


答えはすぐに理解できた



ファインベルド『ガぁアアアアああああアア!!!!』

日景「っち―――この!!」


室内に立ち込める異常な臭気
そして水以外のものに依る湿気と暑さ…いや熱さか

どうやら目の前の巨漢が一人で成しえているようで
ここまで相手を威圧する場を作りながらも、尚も腕っぷしであの日景陽輝を押している事実

どこかで聞いたことがある
マケット族に僅かながらに存在する純血の一族

彼らは王族を守るために己が魂と肉体を、極限にまで高めたのだと

『ファインビルド』

発音は歪んだが、昔と変わらず意味を持つ。最高にして真の王政を作り出す者達―――


サーヴァント「日景!」

日景「来るな馬鹿者が!」

加勢をするにも日景の立ち位置が不安定過ぎて、お互いの邪魔になってしまう
それに―――


リリン「サーヴァント様!」
シャフ「―――っちきしょう―――、」

状況はとても悪い

ふつふつと泡を吹く床に溜まった赤い液体、あれは間違いなく沸騰した血液だ
それに囲まれてリリンとシャフが孤立してしまっている


おまけにシャフは深手を負っているようだ、リリンは絶えず治癒を施そうとしてはいるものの上手くできていない―――


サーヴァント「――――、」

さらに驚いたのは、対峙している日景の顔色だ
彼ほどの男がここまで冷静を欠くことがあるのだろうか?

顔は青ざめ、視点も定まらず
なにか―――今にも逃げ出してしまいそうなほどに…


日景「―――っふ―――いいか、決して手出しするな、こいつとは私が決着をつけねばならない。」

振りかざされる鋭利な骨と拳を見えない剣で弾きながら強がりを見せる
それほどまでに今の彼は手一杯だ

何をそこまで―――


リリン「お爺様から聞いたことがあります―――日景様とファインベルド将軍は旧友だと」

サーヴァント「旧友…?」

リリン「マヌカンの側についた日景様は争いが潰えるまでファインベルド将軍と戦い続けたそうです、しかも殺しあわずに――」

敵として戦い
互いに称えあった仲―――


なるほど…これで合点がいった

だけど…その先に待つものは…



――――――――――



アレース『良いかスレイブ…決して臆するな…優しさは力かも知れんが仇にもなる…強くなれ』


ネメシス『優しさを履き違えるんじゃねぇ!!今お前が死ねば誰も止められなくなるんだぞ!』



――――――――――




きっと、同じ結末だろう―――





ファインベルド『ガぁアアアアあ!!!』


――ちぎれる

―けずれるー

こわれる――

―くだける――

しにたい

たすけて


言葉にしたくても、紡ぎたすのは声ではなく抗うための暴力。

ひたすらに目の前の知りうる男に介錯を求めるも、差し出すものは手ではなく拳―――


一撃、一撃が着々と男を沈めていく

殺してほしいのに

もう楽になりたいのに


名前すら思い出せないこの男は―――――

剣を持っておらず、空の手を差し出す

なんのつもりだろうか


これで最後だろうか―――?



―――――

楽にしてやれる


―――あ?

誰が誰を楽に―――?_

自分が死にたいはずなのに



…なんで目の前の男を楽にしてやらねばならないんだ…?



ファインベルド『シねぇええええあああああ!!!』


日景「―――っく、――――――!」


骨が露出した巨腕による一撃は何の迷いもなく日景の頭を砕くべく振り下ろされる―――


しかし、日景は崩れることはなかった


日景「――――?」


サーヴァント「ギ―――ギぃぃ!!」

金属がひしゃげる音。
何かが飛び散る

体の一部だろうか


日景の前の前でサーヴァントは細い剣一本でファインベルドの一撃を受け耐えていた


リリン「サーヴァント様!」

日景「貴様――」


サーヴァント「―――、っ!」

日景が手を伸ばした時だ
サーヴァントは彼を蹴り飛ばし、ファインベルドの腕を切り落とす

途端に体中から大量の血液が噴き出し
蒸気を発しながらサーヴァントに浴びせるように放出する



溶岩を浴びる感覚とはこういうものなのだろうか

目が見えず
肌は焼けただれ
衣服は燃える


だけど、決してここで倒れるわけにはいかない


サーヴァント「―――ギ―――」


ファインベルド…彼に対して負の感情は無い
でも、このまま見過ごしたらきっと自分たちと同じ結末になるだろうから…


日景「待て―――!」


大切な何かを、自分の手で失いたくないから…


サーヴァント「ギぃぃぃ―――!!!」

迷いなく突き進む
果たして向かう先が本当に正しい答えなのかわからない

自分の中から聞こえてくる、彼らの声の為にも



『気張れ』



日景「やめろおおおおお―――!!」



その剣を、大きく左から右へと一閃した




―――――――――




―――ファインベルドの動きは止まった


体を横に分断され立ち上がることは不可能だろう


静かな室内には僅かに機械の駆動音が木霊する


まだだ
リリンたちの退路を作らなければ―――



リリン「サー…ヴァント…」


サーヴァント「―――――」


どうしてそんな顔をしている?
…あぁ、そうか

余りにもダメージを受けすぎてしまったのか、恐らく彼女の目には変わり果てた自身が映っているのだろう

…今はそんなことお構いなしだ
早く道を作らないと―――


必死に頭で体に命令をしてやっとのことで応答してくれる

細い剣一本で床を少し削るのが精一杯というところか


リリン「−−−−−−−!」


リリンが駆け寄ってくる
何かを言っているのだろうが全く聞き取れないが、なぜか彼女の顔を見て安心し、そこで意識を手放してしまう


日景「ぁ―――あ…」

最後に見えたのは、崩れるように項垂れる日景の姿だった



―――――――――――――――


暗闇の中で目覚める

何度も体験したからわかる

これはいつもの「あれ」だろう


自身の中に眠る、もう一人の自分と対話ができる貴重な場所


「ざんねん、じつは今回は違うのです」


誰だ?

いつもの彼とは違う
女の声…?


「ん?その反応…まぁいっか。いつもの彼は今はお休み中、なんたって体ボロボロだしね」

なるほど、ファインベルドに止めを刺すのに無茶をしすぎた結果か


「よくわかってるじゃない、なら言っとくけど…もう二度とあんな真似しないで。いくらそのボディが優秀でも取り返しのつかない事なんていくらでもあるんだから」

つまりは―――死ぬということか?

「そう。貴方の精神がね」


精神?肉体ではないのか?


「この肉体に関しては、そう簡単に亡ぼせたりできないの。死なない体…だってそうじゃない?貴方の頭と体は別々なのに生きてるんだから」


…別々…

確かに、昔の自分はこんなヒトのような姿を持ち得ていなかった
トガタと同じ機械仕掛けのボディ。

不老こそあれど、その肉体は劣化し
死ぬことさえなくても、稼働が出来なくなる


「ん、良い答えね。その体も同じよ。死なないけど摩耗はする。生きてるのにずっと痛いなんて辛いじゃない」


随分と教え上手だな
まるで自分のことのように話している

「当然じゃないっ、だって私は貴方の契約者なんだから」

契約者…?
ヤーンの契りの事だろうか?

だとしても契約者はリリン様のはず―――だとすれば君は―――?

「あーやっぱり憶えてないか…だいぶ損傷してるし無理もないかな…残念、私はリリンではないのです。さらに言うならば貴方達も知ってるだろうけど彼女との契約は完全に切れてる」

確かに…日景からも指摘された上に著しく能力が落ちているのはヤーンが切れてしまっているからか

「おっと、遠回しに私の非難ありがとう。今の契約者は誰だったかな?」


姿の見えない女…だが本当にお前のいう事を信じるとでも?


「んー、そうだねぇプラス面の話ばっかりしてるとヒトって信じられなくなるんだよね」

プラス面…?

「そう、リリンとの契約が切れたあなたが戦闘できるのは私のおかげとか、剣を使えるようにしてるのとか」

それはこの体の持ち主の本来の力だろう?
彼女と契約する前から力は使えていたんだから…

「結構思慮深いのね、意外。」

む…さっきの仕返しだろうか
少し癇に障る言い方だ

「あはは、ごめんごめん悪気はないの…そうね確かに貴方は契約前にも変化して戦うことが出来ていた。」

では何でお前はおかしな言い回しをする?

「私の言ってることも嘘じゃないの、現に今の貴方ではパワーを発動できない…それはヤーンの力の恩恵であり弊害。」

たしかに
ここ最近、アレースや日景と戦った時の力が引き出せないでいる
一体なぜなんだ?

「えっとね、契約前に使えてたのは貴方じゃなくボディが戦ってたから…それ以降はリリンの魔力を媒介にして貴方の意思とボディの意志で発動していたの」

ボディ…
ライのことだろうか
この体の本来の持ち主…
あくまで『僕』は借り物の体を使ってた戦っているに過ぎない

少しずつ思い出せてきた


「いい塩梅ね、そう…それでライ本人は二つの形態を使い分けて戦っていたわ。貴方の言う暴走状態と普段の姿をね」

ということは今までの戦闘で思考の切り替えが上手くできていたのも、彼のおかげだったと?

「ご明察。そして貴方は力を失った」

あの時の事だ…突如として放たれた魔弾。
リリンやダリアを狙撃したものを庇い、被弾した際に起きた異常…
あれ移行、暴走形態に変化できていない…


「それはどうしてか…とても簡単な答えを教えてあげる…」


「その魔弾を打ち込んだのは、私だからだよ」



―――――――――――――――



サーヴァント「………」

瞼を開けるとベッドに横たわっていた
ここは一体―――?

ダリア「おはよう、お兄ちゃん」

傍らに目を向けるとダリアが椅子に座っていた
どうやら看病していてくれたようだ

サーヴァント「すまない、また面倒をかけたな」

起き上がろうとするとすぐに制止される

―ん…、何かがおかしい
具体的に言うと動けないし、死にそうに痛い

ダリア「動いちゃダメ、今のお兄ちゃんはすぐに限界が来る。」

―――なるほど、先ほど見ていた夢は嘘ではないんだろう

実際、今起き上がろうとした時に幾つか体の中で欠けるものの感覚があった
止めてくれなければどうなっていたことか

ダリア「全身の火傷がひどすぎる、正直今の姿は誰にも見せられないね…」

座っていたダリアが立ち上がり、衛生のための手袋をはめてピンセットを用いて施術をする

サーヴァント「―――それは?」

ダリア「人工皮膜…お兄ちゃん専用のスペアだね、ちょっと数が足りないけど」

それは今まで自分が驚異的な回復をしていた正体だった
ダリアの話では、戦って傷つく度に毎夜手当していてくれていたようだ

…一体、自分はどれだけ迷惑をかけていたんだろうか…


ダリア「珍しいこともあるもんだね、今までスヤスヤ寝てたのに…」

知らなかったとは言え、今までずっと迷惑をかけていたことに申し訳なく感じてしまう
そんな表情を見て悟ったのか彼女は微笑みかけてくれる

今更になって気が付く
ダリアの笑顔は可愛い。どんなに気分が沈んでいてもとても温かくて無邪気な笑顔に心洗われることだろう


サーヴァント「そういえば…あの後どうなった」

ダリア「憶えてないか…無事に鎮静化したよリリン様もあのお姫様も無事。」

その言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろす
これ以上にない安心だ

けど、ダリアはバツの悪そうな表情を浮かべる

サーヴァント「どうした?」
ダリア「ん…その、日景ってやつのことなんだけど…」

嫌な予感がした
普段はとても冷静で強い彼が今回は違った

それ故に自分が意識を手放してから何があったかなど予想もできない
なにがあったのか教えてほしい

視線だけで悟ってくれたのかダリアはすぐに打ち明けてくれた


―――――――――――――――

ファインベルドを打倒してすぐの出来事だ
そのままサーヴァントも卒倒し完全に意識を手放してしまう

ファインベルドという宿主が倒れたことによって温度を失った血液の脅威は晴れて、リリンは慌てて駆けだす

リリン「サーヴァント様…しっかり!」

全身焼けただれ、辛うじて息をしているサーヴァントにリリンは成す術もなく狼狽えているばかり
何度も彼が戦う姿をこの目で見てきたが、ここまで負傷したのは初めてだ

いや、何を落ち着いて居るんだろう―――
急いで治癒を出来る人材を集めて、何が何でも彼の命を―――!

慌てふためく姿に見かねたのか、後ろからシャフが背中を叩いてくる

シャフ「――ってて―――落ち着け、さーくんの妹を呼んできてくれるか?あの子ならなんかわかるだろ?」

リリン「ダリア様―――わかりました!」

彼の言葉を聞くなり、我を取り戻したのか駆け足でダリアを探しに向かうリリン
キショウブの妹である彼女なら、この状況も…

そう自分に言い聞かせて望みを捨てずにひたすらに走る
運動が苦手だって構わない

今は一刻でも速く彼を助けなければ―――!


シャフ「――ぁ、どこにいるのか知ってるのかよ…?」

声をかけた時にはもう姿はなかった
うむ、恋は盲目…耳もダメにするのかもな

痛みを堪えながら腹から笑ってみる
こうすれば少しでも気分が浮くだろうから―――

そう思っていた矢先、重い足取りで一人の男が近づいてきた

日景陽輝。

彼はこちらに来るなり横たわるサーヴァントの胸を掴みあげる

シャフ「おい、なにしてんだ…あんたも大人しくしてな」

日景「―――――」

どうやら声が届いてないらしい。
距離的な問題ではない

日景が何も聞き取ろうとしていないのは雰囲気でわかった

恨みと殺意だ

なりを潜めてはいるものの殺気は隠せていない
いざという時は止められるか―――

日景「起きろ、貴様」

唐突に日景はサーヴァントに問いかける
意識のない相手にただ、ただ自分の感情をぶつけるように…




胸の中に湧き上がる感情

もう二度とこんな思いはしたくなかったのに…


日景「救えたはずだ、だというのになぜ殺さなければならなかった!」


約束したんだ
あの時も


―――――――――――――――――

『お前に任せる、なに。彼女のことならお前が一番わかっているんだろ?』

―――――――――――――――――

違う
彼女は私を見ていたんじゃない―――

彼女が見ていたのは貴方だ――


日景「武器を突き付けられたから殺し壊すのか―――お前は誰か一人でも信じられる、信じてくれる存在がいるのか?」

取り返しがつかないことだってわかってる
でも…

日景「約束したんだ…連れ帰るって…なのにどうして手にかけなければ気が済まないんだ!」

いつだってそうだ
私から大切なものを奪って―――!

日景「お前に―――お前になにがわかるって言うんだ!!」

許せない―――絶対に…

形を成しえない気持ちが拳を作り出し、意識を失っているサーヴァントを捉える


リリン「――――!」

けれども拳は誰も傷つけることなく、彼の頬に鋭い痛みが伝わっただけ

リリンだ
つい先ほど戻った彼女は日景の言葉を聞き、堪えられずにサーヴァントと彼の間に立ちはだかり大きく平手で彼の頬を叩いたのだ


日景「――っ…私は…」

リリン「控えなさい…ヒトは誰だって思うことがあるものです、貴方だけが特別ではありません」

冷たく言い放つ彼女の表情はとても辛そうだった


彼女にとっては親兄妹に等しい間柄
幼いころから信頼を寄せていた相手を叩いたのだから当然だろう

リリンに叩かれたショックだろうか、それとも別の理由か定かではないが日景は覚束ない足取りでふらふらと何処かへ歩き去ってしまう


シャフ「いいのか、ほっといて」

リリン「―――良くはありません。しかし…今はサーヴァント様の傍に居て差し上げたいのです」

確かに、彼の言う通り今は少しでも人手が必要なのはわかっている
けれども、傷ついたサーヴァントを一方的に責めたてて、剰え暴力を振るおうとした日景を擁護することはできない

シャフの言葉に改めて自らの揺れる心を奮い立たせた彼女は迷いなくサーヴァントを見つめる
とても柔らかな笑みを浮かべ、温めるように…包み込むように。

―――――――――――――――


ダリア「とまぁ、こんな感じでね」

言葉を一切濁さずに語ってくれた彼女を労う
しかし、まさかあの日景がそこまで感情を露わにするなんて思いもしなかった


サーヴァント「一体なにがあったんだ…」

ダリア「さぁね…でもアイツ、普通じゃなくなってたから次に会う時は気を付けた方がいいかも」


彼の事は確かに気になるが、それだけに意識を向けることはできない
何日眠っていたのか把握できていないが事が動いてるのは変わらないはずだ

ダリア「そうだ、もう一つ…ファインベルドの遺体が無くなってたね」

サーヴァント「なんだって?」

猛将ファインベルド…
かの国随一の戦士だった彼があのような姿に成り果てたのは驚愕ではあったが、なによりあそこまで追い込み
尚且つ絶命までさせたというのに未だに動ける事実

ダリアの話だと遺体が消えてからの被害は全くなかった為に消滅した可能性も大いにあるだろうとのこと。


本当にそうなのだろうか?
脳裏には不気味に揺らめく甲冑に身を包んだ男の姿が浮かび上がる

カイライが…あの男がこんなに軽く済ませるとは思えない


サーヴァント「…他の状況も教えてくれ」

ダリア「うん、そこそこ伝えなきゃならないことがあるから要点だけ伝えていくね?」

サーヴァント「助かる」



日景の事

ファインベルドの遺体が見当たらない事実

キキの手配によって一時的にマケットとマヌカンは停戦状態になった

それによってマヌカン王は解放され、リリンはつきっきりで看病している



サーヴァント「マヌカン王は?」

ダリア「救出されたときは意識があったみたいだけどボロボロね…相当にやらかしてるよアイツら。」

ホント、大した爺さんよね。と呆れたように呟くダリアを横目に容体は気になるもののただただ今は命があったことを良しとしよう…

『ドンドン!!』

部屋がノックされるや否やドアが開き、シャフが顔を覗かせた

シャフ「おい、マヌカン王のじーさんが起きたって…おお、さーくんも起きたか!」

ダリア「ホント?どんだけタフなのよ…」

サーヴァント「っ…すまない、顔を見に行きたいが本当に動けそうにない」

半身を起き上がらせることはできたが他はダメだ。
シーツと擦れる位で激痛を生じてしまう

シャフ「無理すんなって…妹ちゃん、もう少しさーくんを頼めるか?」

ダリア「誰にモノを言ってるのかしらね、当たり前じゃないの」

それよりも…と言葉を続けようとした彼女だったが、唇を噛みしめて途中で止めてしまう
ああ…、シンシア、キキの事だろう

シャフ「あいつ、居たりいなかったりでさ…近くにいるんだろうけど…」

窓を覗きこみ、遠くの空を眺めながらどこか寂しそうに呟く
今までの彼女はもういない

別の存在と入れ替わってしまったのだから、喪失感は否めないだろう
いくら肉体こそ同じであれ、心は別人。

彼なりに話してみたつもりだったが、上手くはいかなかった

全てが否定的で悲壮的。

彼女は今も尚、シンシアを元通りに戻す方法を模索しているに違いない
体が動くようになったなら迷わずに探しに向かわなければ…


シャフ「…、すまない。俺は行ってくるよ?」

サーヴァント「わざわざありがとう、あまりお爺様に無理はさせないでやってほしい」

ダリア「―――、」

シャフ「お爺様―――?、あ…ああ、わかってるって。じゃ、またあとでな」


シャフと気配を察知したのかダリアも外へと見送り再びベッドに横になる
痛みが押し寄せてくる

焼けるような痛みがまだ抜けない

ただ―――と、不意に口が動き、思った事を言葉にして洩らしてしまう



サーヴァント「僕は一体誰なんだ…はは、」


サーヴァント?
スレイブ?
ライ…?

それとも…?


――――――――――



―――――



―――


リリン「お爺様!」


マケット城の一室。
キキの計らいで用意された寝室はとても穏やかで先に行われていた争いとは切り離された空間

そこでマヌカン王は傷を癒しながら療養に専念していた


マヌカン王「そんなに慌てんでも…起きとるよリリン。」

リリン「良かった…本当にご無事で…」
彼が横になっているベッドへと駆け寄り、涙ぐみながらも懸命に言葉を紡ぎ出す

ヒトは失ってから解るものが多すぎるということを彼女は改めて思い知ったのだろう。


マヌカン王「すまないな、長い間心配をかけて…」

リリン「いいんです、いいんですお爺様…今はどうか、お体を休めて元気になることだけを…」

マヌカン王の手を握りながら先ほどまで涙ぐんでいた彼女の顔は凛としていた


マヌカン王「少し見ない間に、随分大きくなったなリリン。」

これならもう…、と何かを語ろうとしたマヌカン王だったがすぐに口を閉ざしてしまう
いや、そうではない

彼の体は依然として危険な状態だ
傷も深く、咳もして何かの病に侵されているのだろうか…

リリン「お爺様、今は彼女と争わない道を模索しております…ですから安心なさってください」

マヌカン王「ゴホ……―――彼女、…?」

無論。キキの事だ

シンシアとは別人であることは薄々気づいたであろうマヌカン王もまさか今の現状を知る由もなかった


キキ「アタシだよ、お爺様。」

いつの間にか開いていたドアをノックしてから入ってくる
…改めて見ると、シンシアと違い目が鋭いためか威圧感がある、彼女の王性の一部を担っていたのだろう
魔力を失っている今でもその気配は凄まじい

マヌカン王「来てくれたのか、すまんなまだ動けんのだ」

キキ「別に。アタシがやったようなもんじゃない、ハッキリ言いなさいよジジイ。」

リリン「貴女―――!」

咄嗟に立ち上がるリリンをマヌカン王は笑って抑える

マヌカン王「ハハ…なかなか言いおる。して、お前の名はあるのか?シンシアの妹よ」

キキ「……表立っての名前はない。今は便宜上『キキ』と呼ばれてるわ…不服だけど」

マヌカン王「ふむ…では、キキ。改めて問うが…この老体に何を聞きたいのだ」

どうやらキキはマヌカン王との面会を約束していたようだった
前回の顔合わせはとても落ち着いた雰囲気で話せたものではなかったからだ


あの時は…怒りだけが原動力だった。


問われた彼女は深く呼吸をすると胸に手を当ててマヌカン王を見据え、口を開いた

キキ「率直に聞きます、貴方はマケットに…アタシに何を求めてこのような生を与えたのです」

マケットは争いがある前からも密かに混血こそしてはいたものの、表立っては存在していなかった
それを公に晒したのは他でもない、この男…『トランジェント・マヌカン』

一体…何をしたかったのか

キキ「答えろ、何でアタシはシンシアに食われなければならなかった」

暫しの沈黙の後、マヌカン王は重く口を開く
これまでの不毛な連鎖を断ち切りたいと願うように、ゆっくりと…


マヌカン王「ただ元気に…純粋に子供たちが笑って過ごせる日が来ることを…」

陽だまりの中で自分の血を引く者達が薄暗い土の中で自分より早く眠りにつく事だけは防ぎたかったと

嘘偽りなく語られた言葉は彼女に重く圧し掛かる


嘘だ
詭弁だ

自分の立場が可愛いから、口から出たデマカセに違いない

今まで自分に『シンシア』という存在にそう言い聞かせなければ生きていくことすら叶わなかっただろう

憎い
妬ましい
許せない

そう、怒りこそが自分。
だというのに、この老人は再び奪おうというのだろうか

生きていこうと決めた動機すら…


マヌカン王「カイライが作られる前…ワシがトガタの研究を指示していたのはお前を何としても個人として生かしたかったからだ」


あの日生まれた双子は確かに未熟児でどちらも生存する可能性は低かった
仕方のないこと…

そんな言葉で片づけて良いはずがない

現に己の出生を呪い
自由を求め今ももがき苦しむ始末。

あの時は確かに正しかったのかも知れないが、今となってはこれが正解だとは言えない


マヌカン王「少しでも…自分の力でこの世界に立って欲しかった…そしてリリンと一緒に流血のない世界を…」

リリン「お爺様…」

語りつくせたのだろうか、マヌカン王は崩れるように再び床に伏せる

彼の姿を見ていたキキは混乱するかと思いきや、とても落ち着いていた
それどころか大きなため息をついて呆れていた

リリン「それは、どういった意味のため息ですか?」

怒りに満ちた声が伝わったのだろう
リリンの言葉にキキも更に目を鋭くさせて睨み返す


キキ「別に。もうその老人から得るものはないわ。」

求めていた答えだったのだろうか、問いただした自分でもわからない
でも…今、この男に死なれる訳にはいかない
必ずシンシアを呼び戻す為の情報を引き出さねば…

それまでは…


まるで玩具に対して興味がなくなった子供のように踵を返し、出口へと向かうキキ。
リリンは彼女の姿がとても許せなかった


リリン「貴女は―――」

キキ「キキよ、貴女の大事な男から名付けてもらったの」


一々人の気持ちを逆なでしてくる…
ここまで感情的になったことはあっただろうか

いや、無い
たった一人の家族を馬鹿にされ、愛する男性を手籠めに取るような物言いに我を忘れそうになる



リリン「キキ、言葉には気をつけなさい――でなければ私は貴女を―――」

キキ「許せない?フフ――、だったらこのまま決着つけましょうか、代表者の代理同士で…お爺様の夢を踏みにじろうか?」

彼女の一言で我に返る

もう少しで祖父の理想を自らの手で砕いてしまうところだった


キキ「ふん、なかなか冷静じゃないの…やはり器が違うってワケ?」

リリン「忠告感謝します、ですが先にも伝えた通り余り私を怒らせないほうが身の為ですよ…」

手を前にかざす
魔法を使えるものならこの意味が解るだろう

一発だ。
たった一発あればこの争いの根本を排除できる

それだけ今の彼女は弱い
ただの威勢だけでよくもここまで喋られたものだと思う

―――はて?

ここでふとした考えがよぎる

仮に自分が同じ立場だったらどうするだろうか―――と。


すると次の考えが思いつく。
今の彼女は何をしたいのか

祖父を殺したいのであればとっくにそうしていたであろう
今も彼女が自身の命を顧みることが無ければ、私を殺める事など造作もないことだろう

彼女の目的は一体…?


キキ「……」

彼女の額に汗が滲む
恐れているのだろうか

私にではない…だとしたら一体何に?

死―――?_

自身の…?

リリン「…なるほど、貴女の目的はわかりました。」

キキ「そう―――、なら話は早いわね。」


彼女の恐れている事と目的

キキは、まだシンシアを諦めてはいない
彼女をを再び呼び戻すために死ぬわけにはいかない

なるほど…なら私がしなければならない事は―――


リリン「えぇ、改めて結びましょう。私たちが…和平の契りを。」


お爺様―――私は正しいのでしょうか?

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