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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 15「もう一度」





サーヴァント「終わったか―――急ごう。………リリン様?」



演説を終えて間もないころ

身に走る緊張感に促されるまま
この地を一刻も早く脱しようと急かす言葉に
答えを求めたリリンからは返事が返って来ることはなく
不安になって振り向けばリリンは上を見上げていた




リリン「――――っ」


圧倒的な迫力とカリスマ

彼女の演説を聞いていたリリンは、ただ天井を見つめたまま立ち尽くすことしかできなかった。




あれが――――マケット王…シンシア




意図せず握りしめていた拳の存在に気が付く
…憤りを感じていたのか

無論。
祖父をあのように扱い、多くの者達に混乱を起こしている事―――


彼女の行いは決して許してはならない

無残にも散っていった多くの者達の為に自分ができる事―――



断罪


それが自分の役目なのだと








――――そう言い聞かせなければ今にもおかしくなりそうで…








私は薄々気が付いていた




王として先に君臨した彼女に置いて行かれている自分


ヒトを統べる器としての品格の差


マヌカンとマケットという血統の価値感―――





それら全てに対して劣っているような感覚に苛まれる
…もう二度とこんな気持ちにならないと決めたのに


どうして頼る人がいないと私はこうも弱気になってしまうのだろうか




「さ…――リ…さま!」




どうして…





サーヴァント「リリン様…!」


リリン「――――ぁ」



彼女の姿に心配したサーヴァントはずっと声をかけていた
思いふける癖がある彼女にとって、今回のことは正に悩みのタネだ

だとしても、今の彼女には立ち止まって欲しくない
待っている人が居るのだから



リリン「す…すみません…」

サーヴァント「お気を確かに…」


こんな時だからこそ、一人で考えていても先には進まない
それを知っている彼の声を耳にすることでリリンは我に返る事ができた



リリン「私―――また…」


弱い顔を見せてしまった
そう口にしようとした途端、彼は不器用に笑って見せる



サーヴァント「僕は―――リリン様を信じていますから」



リリン「――――ありがとうございます…」


やはり、彼にはかなわない

面と向かってそんなことを言われたら後ろめたさや暗い気持ちなんてなくなってしまう
頼るべき人ならここにいる

同時に彼にももっと頼りにされたい
その為に強くあろうって―――何度も決意したんだから



サーヴァント「急ぎましょう」

リリン「はいっ!」



手こそ繋ぎはしないものの
寄り添い歩く二人に向けてダリアはいつもより低めに声をかける


ダリア「おっけー?」


サーヴァント「あぁ、すまない」

リリン「すみません…時間をかけてしまって…」


ダリア「――――…別に。」



二人が話しているのを少し離れたところでダリアはそっと眺めていた


少しふてくされたように見えているかも知れない
というか、実際不機嫌である

…別に兄がどうしようと知ったことではないが、なぜか無性にイライラしてしまう
お似合いだよ…まったく



ダリアの気持ちを知ってか知らずかサーヴァントは彼女の頭に手を置き、ポンポンと撫でて笑いかけてくる
リリンに向けていたものとは違った微笑みだ


サーヴァント「どうした、どこか具合でも悪いのか?」


ダリア「なんでもないってばっ」


サーヴァント「―――――?…そうだダリア、今何日だ?」

いつもは満面の笑みで答えるのに今のダリアはどこかいつもと違っていた
サーヴァントはその事に気がついてはいたものの、今は何をするべきなのかを思い出し話を切り替える


そう
急いでマケットに向かわなくては―――
その為には今がいつなのかを知らなくては始まらないと、せごむサーヴァントの言葉にダリアは申し訳なさそうに腕をかざして見せる

ダリア「…ごめん、時計壊れちゃって…」

今までの激しい戦闘が祟ったのだろう
ダリアの腕に巻かれた、歳幼げな少女には些か高価な時計も天板が割れ、針は進まなくなってしまっている



シンシアが公言していた七月の末日…
それがあと何日後なのか、時間を確認できない僕らにとって大問題だった



リリン「恐らく…今は七月の二十八日かと…」



焦りを見せる二人にリリンは自らの持つ懐中時計を取り出して時間を確認し、今が何日なのかを予測する
あまりにも唐突のなさに驚きを隠せなかった


サーヴァント「…凄いな、時計だけで日にちがわかるものなのか?」



ダリア「ぇ、あ…うん……」

リリン「ピースに居た頃の日にちを考慮して何時間経過したかは常に把握していますから…マヌカンにはカレンダーというものが無いに等しいので癖がついてるんです」


なるほど…確か学校で習ったことがあった
マヌカンはその昔、唯一四季が存在する世界で時計は必要なく、自然が暦を教えてくれるのだとか

ずいぶんと長い間マヌカンで姉妹と共に暮らしていたサーヴァントだったがマヌカンにとってカレンダーが珍しい存在だとは知らなかった
何故なら、当時マヌカンで暮らしていた家にも当然カレンダーがあったのだから


サーヴァント「ん…?なぁダリア、前に住んでた家にはカレンダーあったよな…お前それでもその癖無くならなかったのか?」


ダリア「そだよ、マヌカンの嗜みだからね…で、魔方陣できたよ転移するの?」

こちらの問いかけに素っ気ない返事で返されるも、そうこうしていた合間に彼女は黙々と書き進めていたらしく
いつの間にかマケットへと向かう転移の魔方陣は完成をしていた


サーヴァント「そうだな、急ごう!」

リリン「ええ、魔力は私がもちます…ダリア様は詠唱を」

ダリア「助かります、では二人とも円陣の中へ」

ダリアの誘導に従い
大きく描かれた魔方陣の中へと踏み込む二人

その様子をしっかりと見届けたダリアも遅れるように続く


リリン「――――拡がれ―――我が魔の力―――」

目を閉じ
呼吸を整えながら円陣へと魔力を落とし込む

みるみる内に光の粒である魔力は描かれた軌跡一つ一つへと吸い込まれ、その色を照らし移す


ダリア「転移――――目的地はマケット…城下町」

魔方陣からのパスを感じ取ったダリアはすぐさま詠唱へと取り掛かり
あっという間に目的地の指定を済ませた


光の粒は輪の中で更に強く発光する


魔力の変化によって大きな流れを作り
その波に乗って移動するイメージを込めて



目の前がまばゆい光に包まれるもすぐに落ち着きを取り戻してしまう



サーヴァント「………?」

リリン「何も…起こりませんね…」

詠唱は間違ってはいなかった
けれども魔法は発動する気配は見せず変化は起こらないまま終わりの兆候を見せた


サーヴァント「どうしたんだ?」

ダリア「…参ったなぁ」

肩を落とし
頬に指を当てて心底困り果てたようにつぶやく

珍しい…
あのダリアが失敗することがあるなんて

そう考えているのを見透かしたかのように彼女は弁解を始めた


ダリア「どうもさっきの演説を機にマケット側が世界間の交流を絶ってしまったみたいで…」


彼女の説明通りならばこちら側からマケットの地へ赴く事は困難になってしまった
日景と通信していた時に懸念されていたことが実行されてしまったのである


サーヴァント「つまりは…」

リリン「マケットとは絶縁され、相互に情報だけではなく魔法そのものが行き届かなくなっている…」



彼女の言葉にダリアは黙っては首を縦に振る

完全に異世界との交流を絶ち、何者にも邪魔をされることなくマヌカン王の処刑を行うため
シンシアは敢えて演説を行い
悟られぬように準備していたという事になる

ここまで用意周到となれば彼女も本気なのだと理解せざる終えなかった


ダリア「ただ、気になることが一つあるの」

サーヴァント「気になること?」


気になること
彼女の口にした言葉を耳にしたリリンの顔色が僅かに強張ったのを見逃さなかった

だが、黙っていては仕方ないとダリアは自身の考えを口にする



ダリア「うん…あのね、仮にこのまま処刑が実行されたとして…ただおしまいじゃないと思う…」



今のマケットなら必ず見せしめを行うと思う


口にされた言葉はひどく冷酷な物であった

リリンにとって実の祖父であるマヌカン王…かけがえのない肉親が殺される


軽率な一言だと流石に意を唱えようとした
だが、同時に向けられてきたダリアの視線は本物だった

その威圧感とも取れる気迫にとても横やりを入れることはできなかった


リリンも彼女の言葉に相槌を打ちながら考えを巡らしている


覚悟はできている
まるでそう言い切るかのような瞳



…無用な詮索だったのだろう
強い心を持った二人は既に遥か先を見据えていたのだ



サーヴァント「つまりは…何かしらの抜け道があると?」

ダリア「うん、相手も馬鹿じゃないはず…情報もそこから抜き取って奇襲を防ごうとするはず…」

つまり
マケット側は大きく膨らんだ風船の中で守りを固めながら、一箇所だけ開いた穴から空気を循環している

一見、漏れ出している空気を見つけるのは簡単なように見えるが、漏れているのを理解するだけで極小の穴は見つけづらい


リリン「――――もしかして」

サーヴァント「心当たりが?」


リリン「はい…私の家…ピース側の家にあるお爺様たちが使ったマケット城への道がまだ…」


リリンが口にした道
それは日景とマヌカン王がマケットへと話し合いをするために旅立ったものだった

けれどもその道には大きなリスクがある

ダリア「それって大丈夫ですか…?仮に通じていたとしても罠になってるんじゃ…」

敵地に唯一通じるであろう抜け道

だが同時にこれほどと言っていいほどこちら側が釣れる餌は他にはない
一歩間違えたなら袋のネズミになりかねない


リリン「可能性の話になりますけれど…ダリア様の話が確かなら…彼らは別の手立てを持っていると思うんです…」

サーヴァント「僕もリリン様と同じ意見だ、日景の時にも思ったが魔力の抜け道を探すには世界規模じゃ難しすぎる…全ての世界との交流を絶った今ならなおさら…」

サーヴァントの言葉にダリアは少し拗ねたような態度を示すが、すぐに新たな疑問に気が付く

ダリア「待って、じゃあ何でピースの道は平気なの?」


サーヴァント「それは…」

リリン「それは、日景様が開門したからでしょう…マケットが作り出した壁は純血のマケット族ならば抜けられます」

リリンの答えに更にダリアに疑問が浮かぶ

ダリア「その…純血ってなんですか…?王族ってことなのでしょうか?」

リリン「えっと…その…」

サーヴァント「二人とも、そろそろ行こう…時間がない」

サーヴァントの一言に我に返るリリンはいそいそとピースへの魔方陣を描き始める


ダリア「……ねぇ、なんでごまかしたの?」

魔方陣を描くことに夢中になっているリリンの傍ら
ダリアは彼女に聞こえないように囁きかけてくる

サーヴァント「別にごまかしたわけじゃないよ…急がなきゃいけないのも事実だ」

ダリア「…ふぅん」

参ったな…
こうなったダリアは後々しつこい

サーヴァント「仕方ない…」



サーヴァント「僕も詳しいことはよくは知らないが…今のマケット族はマケット族そのものではないんだ」

ダリア「……それって、どういう意味?」

次々と湧き上がる不可思議に科学者の一旦として興味が絶えないのであろう
彼女からの質問は途切れを見せない

サーヴァント「言ったろ…僕も詳しくはないって…出来たようだ、すぐに飛ぶよ」

半ば強引に話の腰を折ったまま食い下がってくるダリアを丸め込み
魔方陣の中へと連れ込む

リリン「いきますよ…目標はピース、マヌカン邸!」

掛け声とともにふわりと体が浮き上がる

描かれ直された魔方陣は再び光を放ち、目の前が真っ白に染まる







――――――――――



―――――



―――



サーヴァント「…帰ってきた…な」



地に足が着いたのと同時に意識がハッキリとする


どこか懐かしさにも似た感覚だ


ダリア「ほぇー…ひっろい部屋…ここお城?」


リリン「いえ…お爺様と私達が住むピースの家です…沢山の使用人の方がいるので大きく作られています」


跳躍してきたのはどうやらマヌカン邸のリビングのようだ
あまりの広さに転移が失敗したとダリアは最初疑って仕方なかったがすぐにリリンが取り繕って納得してくれた


それにしても…


ダリア「静かですね」

サーヴァント「ああ…いつもはこんなじゃないんだが」


手厚い歓迎を受けたからこそ分かる
まるで深夜のような静けさ…


リリン「誰かいますか?」


彼女の問いかけにも答えは返ってこない


屋敷には誰もいない様子だった


いったいなぜ…?




サーヴァント「――――ん?」



ふいに視線が廊下へと続く扉をとらえる


なぜだろうか
今まで気にも留めなかったマヌカン邸のリビングドア


いつもはぴったりと閉じられているそれは今日に限って少し半開きのように中途半端な閉まり方だ



そこから漏れいずる風のようなものを感じる


スッと白い何かが隙間を縫って現れたのが見えた
危険物とは言い難い形相をしたものだったので、迷わず手にしてみると一枚の紙きれだった



サーヴァント「これは―――」


ダリア「手紙だね…ラブレター?」


リリン「これはラムちゃんの魔法ですね…」

受け止めた手の中で裏返る紙切れにはいくつもの呪文が刻み込まれている
それらの綴りに覚えのあったリリンはすぐさま差出人がプラムだと教えてくれる



『――ん――――記録、開始確認』



手紙に記された文字が紙面から浮き上がり独特な軌道を描いて宙を舞い
少しノイズ掛かった音声が再生され始める

もちろんプラムの声だ


プラム『リリン、サーヴァント…二人がいないから手紙…おいてく』


姿が見えない伝言でもプラムの様子はよく分かる
今までの出来事も理解していながらも一人でいることが怖いのだろう

とても不安に駆られた声で彼女は言葉を続ける


プラム『マヌカンから応援頼まれたから戻る…もし戻ってきても動かないで欲しい…私から、連絡する』


サーヴァント「プラム…」

もともと話上手ではないプラムが、いつも以上に言葉を詰まらせている…
彼女なりに今一番伝えたいことを一生懸命考えているのだろう


再生されている音声から騒がしさが伺い知れる
どうやらもう出発の時間が迫っているようだった


プラム『…もう時間…二人とも、無理…しないで』


歯がゆい気持ちが伝わる

なんとしても再び会えるように願いを込めたところで音声は途切れてしまう



サーヴァント「……」


なぜだろうか
音声が終わる前に彼女の声が聞こえたような気がした



プラム『私の力でうまく生き延びて…』




…たとえ幻聴だったとしてもプラムの想いには違いない
そう胸に心に刻みつけ、二人の元へ歩み出すとリリンは凛とした表情で迎えてくれる


リリン「…ラムちゃんは大丈夫ですよ…彼女は強いですから」


彼女がプラムを信頼している理由
幼い頃からともに過ごした日々がそれを作り出しているのだろう


…わかっている


プラムはとても強い



リリンに彼女への信頼があるように

自分にもプラムとの繋がりはある



だからこそ…彼女も自分のことを信じてくれている




サーヴァント「ええ、でもただ待っているのは性に合いませんね」


リリン「はい…一刻も早く…この事態を収拾しなくてはなりません…力を貸してくれますか?」

サーヴァント「もちろん…お守り致します」



ダリア「………」


触れ合うことさえないものの、傍に寄り添うようにお互いを支え合う姿はとても眩しく
同時にダリアにとってはあまりいい気がするものではなかった


ダリア「……はぁ、また私だけ蚊帳の外…」


口に出しても、きっと聞こえないだろう

先ほど思った時に理解した気持ち…

二人はお似合いである
腹が立つほどに、私が付け入る隙などないほどに…



サーヴァント「二人が発ったのは確か…」


リリン「お爺様の寝室からですね…案内します……っー?」



マケットへの旅支度を整えるためにマヌカン王の寝室へと向かおうとしたその時だった

呼び鈴が鳴ったのだ



リリン「誰でしょうか…?」


サーヴァント「待って……」

ダリア「お兄ちゃん、これ人間…?」



音に導かれるまま玄関へ向かおうとしたリリンを言葉で静止する

どうやらダリアも気がついたようだ

招かねざる客

「彼」が来る可能性は大いにあった
シンシアに加担する彼ならばリリンを狙うのも道理に叶う。

気を引き締め直しているとダリアは質問の帰りが遅いことに少し苛立っていたので慌てて答えを紡ぎだす



サーヴァント「一応…ね…トガタは倒せるくらいの力はあるよ…仲人族でね」


ダリア「…は?」


今まで一度も疑わず兄の言葉を常に信頼してきた

だが今のは一体なんの冗談だろうか?
仮にも、最強を目標に作り上げてきた作品を屠れる「ただのヒト」が存在する


そんなアリもしないホラ話を言うほどに人格ができたのだろうかと
逆に笑いがこみ上げて来る


ダリア「ぷふ…そんなことあるわけ――」


サーヴァント「…………」



ダリア「――――――…嘘でしょ?」



兄の目は本物だった
一切揺らぐことのない視線
乱れることのない呼吸


いつも通りだった




リリン「ということは…外にいるのは?」



答えを出す前にサーヴァントは玄関へと歩を進める
それを追ってダリアも追随する


ダリア「後衛…任せて」

サーヴァント「助かる」


万が一ということもある
その時バックアップ出来るのは自分しかいない

その自信がダリアの足を動かしていた



玄関に辿り着く。



未だに呼び鈴は一定に押されて続け
ドアの向こう側にも確かなヒトの気配を感じ取れる



サーヴァント「……」



ドアノブを握りしめる

このまま開けたとして無事である保証はない



だとしても
立ち止まる理由はない


右手でドアノブを押し込み
同時に左手で鍵を外し、ドアが開かれる



外は思った以上に明るく、たちまち目がくらみ
陽の光が訪れた人物の形を影で黒く塗りつぶす



シャフ「…ぁ」



サーヴァント「…どうしたの」




思った通り「彼」だ





学校で
対峙した時から感じるようになった彼の存在


ただのヒトでは足り得ない「異質」
同じモノを知る自分とダリアはすぐに察知することができた


つまりは…彼にとって我々も…なのだろうか




様々な思考を走らせながら、彼を見据える

決して刺激を与えないように…それでも牽制になるように


だが、彼はこちらの思惑とは違った言葉を口にしてきた



シャフ「その…シアがいなくなった」




シンシア姫がいなくなった



その言葉の成す意味

彼女がどこに居るのか知らない者は居ないだろう
あれだけ大々的に居場所を公言していたのだから…


こちらの意図が汲み取れたのだろう
欠かさず彼は説明を続けた





あの日。


サーヴァントとシャフが対峙した日



そこからおかしくなったと彼は言う


距離を置かれ
問いかけても素っ気なく
会話などではなく、ただ語られる


口調は重く
常に思いつめ、目は細く見るもの全てを圧制する



ある日だった



大男が現れて彼女を連れてどこかへ行ってしまった


抗うことなんて出来なかった
彼女の名前を呼んでも振り向くことはなく

立ち去ってしまう


見送ることしかできなかったと





ダリア「で?」



シャフ「…でって…」


話が途切れ、それ以上の事を語ろうとしないシャフにダリアはしびれを切らしたかのように煽り立てる

サーヴァント「ダリア、少し口の効き方に…」


ダリア「貴方、お兄ちゃんの敵なんでしょ?なんでこんな所に来たのさ」


返答次第では、と念を押す彼女の気迫に正直場の誰もが固唾を飲んだに違いない



シャフ「敵…か」


それでも彼は圧倒されることはなくダリアの口にした言葉を噛みしめる


確かにあの時、互いに殺す気だったのかも知れない


それでも…



サーヴァント「あの時はあれで良かった、お互い…守りたい人がそばに居たから」


シャフ「……!」


そう
誰も殺し合いをしたかったわけじゃない 

ただ大切な人が傷つけられる
それだけは許せないと、その為に戦ったのだと
簡単で簡潔な理由だった


サーヴァント「だめかい?」

ダリア「………別に」


兄によって導き出された答えをダリアは否定しない


自分も…兄にとってそうでありたいと言う
ささやかな希望もあったからだ



ダリア「で…結局どうしたいの」

シャフ「俺は…シアを救い出したい」

ダリア「自分勝手な考えじゃない?お姫様は自分から去って行ったんでしょ?」

シャフ「確かにそうだ…でも、何かある…それを知るまで俺は諦めない!」


彼女の言うように自分勝手な考えかもしれない
その結果、誰かが傷つき
悲しい結果に終わろうとも…後悔だけはしたくない


強く拳を握りしめ、揺らぐことのない意思を表した
これが今の自分の気持ちそのものだと


だが、答えを聞いた当のダリアはあっけらかんとし
ふと我に戻るなり深い溜息をついて横目でこちらを眺めている


ダリア「……―――――はぁ…」


再び大きなため息。
本当に面倒くさそうに思えてしまう仕草にこちらも苛立ちが込み上げ、こちらから断ろうとした時だった



サーヴァント「決まりだね、納得したかいダリア?」



ダリア「ぁーはいはい…いいですとも」



ふっと彼の言葉を聞くなり彼女の態度は大きく変化を見せる
面倒くさそうなのは変わりないものの、少し照れ隠しのように髪をクルクルと巻いて視線をそらしていた





サーヴァント「――――手、貸すよ」


シャフ「…ありがとう…!」


少し遠回りしてしまったようだが、これで僕たちはまた笑い合える
争いがなかったあの頃のように…



リリン「………」



――――――――



―――――



――




シャフとはわだかまりを残すことなく上手く仲間になることが出来た

彼の戦闘力は一度戦ったことがある自分だからこそ解る
これ以上にない助っ人になるに違いない


ただ、そういつまでも新しい戦力を迎え入れたことに喜んでいるほどの余裕はない
一刻を争う事態であることを忘れてはならない

こうしている今も着々とことは進んでいるに違いない




リリン「――――急ぎましょう!」


マヌカン王の寝室へとやって来た彼らを見覚えのあるものが出迎えた


ダリア「なに…この複雑すぎる転移魔法陣…………」

床に大きく描きこまれた円陣
刻まれた魔力の波長から転移のものであるとダリアはすぐに見抜きはしたがその規模の違いに驚きを隠せなかった



いくつもの門を通るために用意された鍵

転移時に必要なパスであることが理解は出来たが問題は「何のための」ものなのか伺い知れない。

刻印はこの世のものではない
この場に居た誰もがその意味を理解出来ず、沈黙に浸る


一人を除いて――



サーヴァント「……急ごう、これを使えばマケットにいける」

ダリア「お兄ちゃん、正気!?こんなデタラメの魔法陣…信用出来ない!」


皆不安に駆られ、これを使って移動することに僅かながらにも抵抗がある

当然だ。
本当にマケットへたどり着けるものだと誰も保証出来ないのだから

そんな空気が立ち込める所にサーヴァントは揺らぐことなく先へ進もうとする
ダリアの反発は兄の身を案じるが故のものだ


リリン「…お爺様たちは本当にこれで…」

ダリア「行ったかもしれないですね!でもこれは私達が扱えるものじゃない!」


マヌカンの王族にすら読めない詠唱文字

リリンにはこの詠唱を組み立てた人物が直感で浮かび上がった



『日景陽輝』


彼以外ありえない


そして、サーヴァントの固い決意
日景とは数多く衝突しながらも決して疑うことはない


今、彼が見せている表情は日景を信頼している時そのもの。





なら、私にできることといえば――

リリン「行きましょう――!」


ダリア「っちょ!?リリン様まで!」


リリン「パスへの魔力供給は滞り無く行えます…なら、私になら扱えるはず」

サーヴァント「ダリア、お前が心配するのは当然だ…だが僕たちは立ち止まっているわけには行かないんだ」

ダリア「あ…うぅ」


納得が行くように目の前で魔法陣に魔力を通し起動させるリリン


二人の強い視線に圧倒されるしかなかった
これ以上反発したら不味い

せっかく団結したというのに自分が壊しては取り繕った兄への示しがつかなくなってしまう

ダリア「わ、わかった…じゃあせめて私から…」


シャフ「いや、オレが先に行く」

ダリアの申し出に被さるように名乗りをあげたシャフは魔法陣の上へと迷うことなく歩を進める



ダリア「え?ちょ!貴方まで!」


ダリアの制止も虚しく、発光を続ける魔法陣の中で彼はおもむろに後ろを向く



シャフ「さーくん」

サーヴァント「…ん?」


呼ばれてすぐに彼の顔を見た時、その表情は笑顔に満ちていた



シャフ「先行ってるぜ!」


サーヴァント「…気をつけて」



強い光に身を包まれ
そのまま取り込まれるように転移を行った彼は威勢良い返事を残し先に旅立って行った


ダリア「次、私ね!」

次いでダリアも旅立つ
あれほど否定的だった彼女も覚悟を決めた時はきっぱりとしている



さぁ、今度は自分たちの番だ


サーヴァント「行くぞ!」

そう意気込んだ矢先のことだった



リリン「サーヴァント様…お話があります」


サーヴァント「…リリン様?」

突然リリンから声をかけられた


一体なんだろうか…



俯き
ひたすらに何かを口ずさむ彼女の声はとても小さかった

だが、意を決し顔を上げた彼女は大きな声で叫んだ







「私ともう一度、契を交わしてください――!」




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