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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 14「シンシア?」

知ってしまった


最愛の人の真実を
否、気が付いていながら認めようとしなかったのだ


知らずにいれば、何も恐れることなく
今までとなんら変わりようもなく彼の顔を見られるだろう…と


けれども今のリリンにはそれが出来ない


あの事故で多くの人が亡くなり、世界も大きく変わった



…いいや、そんな事は建前でしかない

本当に怖いのは…自分がこの秘密を知ったという事を彼に悟られることだ
その結果、彼が私の目の前から居なくなってしまう…


自分にとってこれほど恐ろしい事はない


リリン「―――っ」


不意に体が動いてしまった

恐らく無意識に反応してしまったのだろう
「それでも――――」と

彼に気が付いて欲しくて


サーヴァント「リリン様…お目覚めですか?」



ダリア「…―――」


サーヴァントの言葉にリリンは体を起こすも、その様子はどこか落ち着きがなく
よそよそしく感じられた


リリン「……」


サーヴァント「どこか具合でも…?」



リリン「いえ、私の事は気になさらず…」

ダリア「……」


自分の心の中身を見られたことを知らないサーヴァントはリリンの反応が不思議で仕方がなかった


どこか遠くを見つめている様な彼女の視線に、果たして自分の姿が写っているのか…
彼女の隣に腰を下ろし、表情を伺うも彼女は頑なに目を逸らしその心を知ることはできない

サーヴァントも彼女と同じように口には出さないもののリリンの気持ちの行方を追っていたのだ



――――すれ違い




リリン「―――」


きっと気が付かれてしまう

…でも、このまま黙っていて良いのだろうか?

何も見なかったことにして…笑いかける事が出来るのだろうか…?



―――できる。



そうだ
彼を…サーヴァントを想っているのならできるはずだ




笑え。



とびきりの笑顔で、



さぁ――――顔をあげよう



リリン「私なら大丈―――――」



いざ、彼を見つめようとした時
既に近くに彼がいたことを今になって知り、その表情を見て思い知る


サーヴァント「リリン様―――…」



…あぁ。


とても出来そうにない
彼の瞳を見つめてやっと…わかった。


彼に嘘なんてつけない…

そんな事をしたら…本当に…居なくなってしまいそうだから…


リリン「サーヴァント様…っ――――私…っ!」


サーヴァント「――――!」


リリンが真実を告げようとした瞬間だった



『―――――』


突如、鏡やそれに近い反射物の表面が水面の様に揺れ動き室内の空気が一変する


サーヴァント「これは――――」


リリン「これはお爺様からの!!」

波紋を浮き立たせる鏡を見るやいなや、その光景に覚えのあるリリンは小走りに歩み寄り
機械の周波数を調整するかのように魔力の波長を合わせ始めた



『――――え――――す――――』



鏡からは音が鳴り響いてはいるもののノイズが多く混じり、声として聞き取れる物ではなかった


リリン「お爺様!聞こえていますか!!」



何度も何度も波長を合わせ直しても、成果が実る気配は見せる事はなく
ただ悪戯に時間が過ぎていく…


リリン「魔力が弱まってく…お爺様!!」

次第に波紋は浅く広がり始め、魔力が尽きる事を暗示し諦めかけていた時だった


サーヴァント「リリン様、失礼します」


取り乱している彼女の隣に再び腰を下ろし
そっと肩に手を添えてサーヴァントは目を閉じ、瞑想する


『き――――ます―――』

サーヴァントが瞑想し始めると徐々に鏡の波紋は蠢きを取り戻し、ノイズまみれの音にも声が宿るまでみるみる改善されていく


リリン「――――サーヴァント様…!」



ダリア「――――!」



二人が見つめる最中にもサーヴァントは深く意識を集中して魔力の波長を合わせ続けた



…今、この感覚が指し示すものを手放してはいけない
切れてしまうと取り返しのつかない事になってしまいそうで…


なぜ、そう思うか
それはサーヴァント自身も理解はしていなかった

ただ…今の自分なら、通信をしている相手と確実に繋がる確証があったからだ


目に見えないものを手繰り寄せていく
確実に…一つ一つ、パズルのカケラを集めるように組み上げていき形作る



『聞こえますか―――』


努力は実を結び、ついに通信の主の声が届いたのだ



『―こちらはマケットから通信しています――――聞こえますか、私は日景陽輝です』





サーヴァント「日景―――?」


リリン「日景様!」




日景『ぬ―――誰かと思えばサーヴァント――――っマヌカン姫!失礼いたしました』


通信の相手は意外にも渦中のマケットにいる日景だった
彼は今までの事の成り行きをリリンに話し終えると、とても悔し気に謝罪をする

日景『申し訳ありません―――私がいながらマヌカン王をお守りすることが出来ず――』


顔は見えていなくても
マヌカン王を守り切れなかったという責に彼は耐えられず
今にも己の罪を払拭するために飛び出さんとしているのが十二分に伝わってきた


リリン「何も恥ずるべき事はありません、貴方がこうして無事でいられる事こそ好機なのです…どうか深く落ち込まないでください」


マヌカン王が捕縛された際に離れていたことが幸を成していた
本人はひどく後悔に打ち震えていたもののリリンは咎める事はせず、ただ彼の無事を喜んだ


日景『…必ずや私が殿下をお救いして見せます』

彼女の想いを汲み取ったのか、日景の声色も落ち着きを取り戻し
普段の彼らしい話し方に戻ると今の置かれている現状を説明してくれた



日景自身、現在はマヌカン王が拘束されてからシンシアによって捕縛の指示が出されており
城下町に身を潜めて機会を伺っているという


サーヴァント「…機会?なにか策があるのか?」



サーヴァントの問いかけに日景は、ため息混じりに答えた



日景『貴様にそんな事を言われるとはつくづく私も落ちたものだな…』



サーヴァント「悪かったな…で、どうするんだ」


日景『この通信も傍受されていないとは言い切れない、だから敢えてここでは口にしない』


サーヴァント「なに?」


リリン「日景様、私たちもすぐにそちらに向かいます…安易に動かず手数を揃えてから動くのが無難かと…」


日景の言っている事は一見理に適っているもののように受け取れたが、それが嘘だということがすぐに分かった
恐らくリリンも見抜いているだろう


彼女も『俺』も長く一緒にやってきたからこそ解る

自信がある日景は必ず説明を加えて作戦を話す

彼が言い分に使った通信の傍受はあり得ないだろう。
城の中ならともかく、城下町で通信ができている時点で明白だ

これだけ魔力を扱う種族が生きている社会でその回線一つ一つに干渉する術はないのだ

打てる手といえば絶縁隔離して魔力の流れを止めるしかない


―――と、こんな事を口にしようものなら彼が憤る様を見なければならなくなる
流石に切迫している状況で彼の神経を逆撫でしてモメるつもりはない


日景『姫様の御身に危険が及びます…ここは私に任せて…な――――』


リリン「日景様!」
サーヴァント「な―――おい、日景!…くそ、切れたか」


こちらの申し出を断ろうとした日景に割って入るようにノイズが再び発生すると通信が途切れてしまう




サーヴァント「リリン様…」

リリン「サーヴァント様、すぐに仕度を…急がねばなりません」


いくらか冷静になったとは言え、今の日景ではいつ飛び出すか分かったものではない
出来るだけ早く彼と合流し、作戦を考えなければならない

状況は切迫していた


サーヴァント「ダリア、今すぐマケット城に向かうぞ」

ダリア「え、ちょ…それ本気で言ってるのお兄ちゃん!!?」


ダリアが慌てるのも無理はない

今マケット城は敵の本拠地そのもの
正々堂々と正面から出向こうものならあっという間に袋叩きに遭うに違いない

だが、それほどに今の日景が置かれている状況も危険だということ…
彼を失っては意味がない



サーヴァント「あいつは無鉄砲な面があるからな…」

リリン「……行きましょう」


リリンはサーヴァントの変化に敢えて触れないことにした
今の言葉を口にしたのが「彼本人」ではないことが不思議と伝わってきた

だとしても今はそんなことで足を止めている時ではない
自分にできる事はただ彼を信じることなのだと言い聞かせ、サーヴァントと共に世界を渡ることに賛同する



ダリア「―――はぁぁぁぁ…もう、わかったよ…」


ダリアは両手を腰に置き、深く息を吸い込んだ後
大きくため息をついた

心底呆れたという示しだろう
それでも、覚悟を決めてくれたダリアは頼りになる



サーヴァント「ありがとう、言い出した本人が言うのもあれだが…転移先は任せてもいいかい?」



ダリア「……お兄ちゃん、全部終わったらお姉ちゃん共々一緒にお説教したげるから覚悟しといてね…」

あれだけ強気に言っておいてと、悪態を吐きながらもダリアは黙々と転移の魔方陣を描き始めた時だった





『改めてすべての世界に告げる―――私はシンシア・マケット―――』


静寂の中に響く聞き覚えのある少女の声に三人はすぐに立ち上がり天井を見上げる

サーヴァント「―――!」

ダリア「なに!?これ――――」


リリン「頭の中に声が―――!」



シンシア『再三に渡り、我らマケットはマヌカン及びピースに対し武力の放棄ならびに無条件降伏を求めたものの、彼らからの答えは返ってはこない』



地下に響く彼女の声は、今までの面影を感じさせないほどに重く、そして落ち着きのある声で語り始める




シンシア『我らの声は届かないのか!…否!彼らは聞こうとすらせず、知ろうとさえしなかった―――今も!昔も!』



―――――


―――


――

マケット、マヌカン、ピースに限らずカイライにまで彼女の声明はより鮮明となって行き届く


全ての人々に語らんと、シンシアは声高々に綴る


「おぉ、マケットの姫君の声だ…」

「我らの新たな光とならんことを!!」

「我らカイライとマケットこそが世界を導く気高き種族―――!」



カイライの民は皆、暗く雲蠢く空を仰ぎ
思い思いに希望という名の望みを口にする


一見、マケットの行いは世界を混乱させるだけのものだけかと思われがちだが
恩恵を受ける世界が存在している


カイライが正にそれである

民の多くには今の暮らしに不満があり
その不満の元凶がマヌカンであることを理解していた


表向きにはカイライはマケットにも攻撃をしているとされているが事実は違う。
カリスは以前から親交のあったマケットと手を組むことで世界のバランスを変える事を目的とし一部の武力を提供しつつ
裏でマケットとマヌカンを争わせていたのである

そう、言わばこれは彼らカイライの戦争でもあったのだ
マヌカンに虐げられた人々の自由を勝ち取る戦い―――

皆が彼女の声を聴き、昂ぶるのも無理はない



だが、そんなシンシアの行いにカイライの中でも良しとしない存在もいる


誰も近寄らない大議会室の奥のまた奥。

そこに設けられた一室に組み込まれている寝具に包み込まれ、安堵とは程遠い

まるで獣のように呻る女性が一人、ここにいた





側近の女「ぅ―――ぐぅぅ――――マケットの女め――――プリオルアニモを使ったな―――!」



彼女だ




シンシアの声が頭に響くたびに他の者とは比べ物にならないほどの不快感と苦痛に苛まれ
頭の血管一本一本が破裂しそうに苛立つ



側近の女「う―――カリスに限らずあの女にまで…これでは私の意識伝達の権限が危うい…トガタの制御が出来なくなる…」


彼女にとって「プリオルアニモ」と呼ばれるものがどれほど大事な物なのかを知るものは少ない
ただ、今のまま事が進めばいつかカリスによって自らの命が脅かされることは目に見えた事実

何としても阻止しなくては…


側近の女「…ぐ―――仕方ない…向こうがそこまで私を蔑ろにするならばこちらも出るとこまで出よう…」




一人、カイライ城の工場に歩を進める彼女の前に大きな建屋が見えてくる


側近の女「たしか…ここだったな」


全体は見渡すことはできないが格納庫であろう古びた建物の扉に立つ彼女は忌々し気に舌打ちをする

側近の女「ちっ…パスワードだと…」


32桁の言語数字を求められ、いつの間にこんな施錠がされたのかと苛立ちながらも黙々と解除キーを打ち込んでいく





どうせこれもカリスが仕掛けた不穏分子…もとい私に対する警戒の意思の表れであろう。
答えなど知りはしない

それでも、私には簡単なことだ

側近の女「――――ビンゴ」





この扉の解除キーを知る者の頭の中を読み取った彼女はいとも簡単に32桁のパスを通して見せる




これが「プリオルアニモ」の能力の一つであり、「彼女」にのみ与えられた権限





開いた扉を潜り抜けるとそこにはホコリをかぶり、錆にまみれた機械仕掛けのヒトを模した存在が数多く格納されていた




側近の女「さぁ…ここからが幕開けだぞ!ヘル・メルト・カリス!私は今より反旗を翻す!」



お前の驚きや怒りに満ちた顔を見られるのが今から楽しみで仕方がない










そして…サーヴァント…貴方はどう私を魅せてくれるのだろうか…




――


―――


―――――




―マケット城―




シンシアが世界に向けて放つ声明は公の場で行われていた


多くの民衆から湧き上がる歓声を糧にシンシアは奢り昂ぶる



シンシア「融和など偽り!彼らマヌカンは知られざる悪行を我らマケットに多く押し付けては自らを善として成り立ってきた!」


今までの平和は真の平和ではないと彼女は語る
すべてを観た当事者として



シンシア「リリン姫が7歳の誕生日を迎えられた時の式典での一件がそれである!!

先の大戦後、我らマケット族とマヌカン族はピースの元に集い和平を結ぶ為マケット王とマヌカンの姫君であった私の母リーフェの婚儀を執り行うと決まっていた」


人々はシンシアの言葉に聞き入り、先ほどまでの騒がしさは微塵も感じられない
それほどまでに今この場が重要なのだ

彼女から告知されていた、「真実」に誰もが食いついている


シンシア「だが、私たちを待ち受けていたものは祝福ではなく軽蔑と迫害の飛び交う邪悪な物でしかなった!」


――――――――――



―――――



―――





事の発端は祝義に遅れて現れたマケット王とリーフェ姫に対してのマヌカン族の高官の一言から始まった





「肉細工め、一丁前にヒトのモノマネか」





婚儀はその日の主役である、マケット王とリーフェ姫が遅れたことにより滞っていた
もう一つの祝儀であるリリンの生誕祭に姿を現さなかった事を快く思わなかった者が当人たちが居るにもかかわらず口を滑らせたのである


『所詮はうわべのみの器…いや、これは双方の主君に当てはまるものだったか』

『我が国の姫君とは言え、血塗られた王に嫁ぐとは…同じ臭いに誘われたか』

『言うな、双方「器」でしかないのだから…ツクリモノの心はヒトにはわからんよ』



彼らの言葉を聞いたマケットの高官やマヌカンの親和派の者たちが意を唱え、場は騒然とする中一際大きく声を上げる男がいた

『貴様らそれでもマヌカンの民の代表か!』


今やカイライを率いる主たる人物、カリスその人である

当時の彼はマケット王と親交があり、親善大使としてマケットとの融和を率先して望み
またその場に同席していたマヌカン王の護衛指揮も務めていた

トガタとして最初の任務に就いていたサーヴァントやアレース、ネメシスも共に同席しており迷子となっていたリリン姫を式場に送り届けた矢先の事態だったのだ


最初の引き金は誰だったのか―――

今となっては証明できない事実だが、口論が飛び交う場に一発の魔弾が打ち込まれたのを機に場の空気は一転して戦場と化したのである


―――




―――――




――――――――――




シンシアの声を聴いた者達すべてが言葉を失っていた





ただの立体映像ではない本物の空気を肌で感じ取り

まるで自分がそこに居るかのように立ち尽くす


皆、語られた真実を己の目で「観た」のだ




「これが、国を治める血統への振る舞いか――――!」



人々は見せられた光景によって心を手放し世界は静寂に包まれたが
一人の少女の小さくも怒りに満ちた声で民達は再び意識をその場へと向ける


シンシア「何故!マヌカンの姫君であった母…リーフェまで冒涜されなければならない!生まれか!?

そして何故!敗戦した責務を取り表から姿を消して尚、復興に身を注いだ父が殺されなければならない!?



生まれ持った宿命からか!?



私はそんなものは認めない!!!!」





これまで彼女は一度として涙を流したことはなかった


本当の自分の気持ちを、今まで受けた雪辱を白日の下に晒す事にによって報いたという感情に止めが聞かなかった

シンシアは声を上擦らせながらも紡ぎだす言葉は限りなく溢れ出る




シンシア「――――っ―――多くの方々は思うでしょう…なぜ私が王に即位して尚、あの場に父の姿があったのかを…」




そう
公に語られた戦争の結末は

戦争によって多くの犠牲が払われた責任
その代償を戒め、後の世に教訓として活かすためにと彼の国の王は身命を捧げたのだと


若くして死んだ、シンシアの父。


英雄マケット王は生きていたという真実に多くの民が混乱していた







シンシア「父は!先の大戦の終わりに英雄的に死んだのではない!!」




今になって民達が知ることになる多くの事実


本当の平和を目指した若者たちがたどり着いた答えが、「あの場所」だった


マケットの国とマヌカンの国を結びつける
婚儀の場


リリン姫の7つの生誕祭の裏で行われた真なる融和への第一歩となるはずだった一日



シンシア「生きていた!先代のマケット王は私が7つになるまで生きて、表に立った私を陰ながら支えてくれていた!!」


マケット高官「シンシア様!何もそこまで…!」

マケット高官「それ以上はなりませぬ!マヌカンとの争いだけでは収まりが付かなくなりますぞ!」

シンシアの演説を聞いていた高官たちも騒ぎ立て始める
恐らく、ここまでの話をするという事を聞かされていなかったのだろう。


中には今すぐに演説の中止を望む者も現れる始末だ

そんな彼ら高官の悲願にも彼女は視線を向けることなく続ける




シンシア「今こそ明かそう、私シンシア・マケットは王位に就いたその日から…形だけの王でしかなかった!


あの日、多くの血が流れた婚礼の儀の場は事故に見せかけられた!



マヌカン王とピースの者達によって!



あの場を襲った魔弾…あれはマケット族でもマヌカン族のものでもない…ピースの…ニンゲンが手引きし我々を陥れようとした策略だった…


終戦して7年も尚、戦火の痕は癒えることはなく…世界の平定を取れずに業を煮やした彼らはあの場に参列した当時のマケットの指導官達を亡き者とし
自分たちが国を治め易くするため、マケットの自治再生を援助をしながらも自らの色に染め上げたマケットの者を駆り立て…あまつさえ幼子であった私をを仮染の王として担ぎ出しもした!


マヌカンの卑劣な亡者共はその事実を知りながらも隠ぺいし、融和などとデタラメを掲げ真の平らな世を望むことはしなかった

いや…その世界を望んだからこそ…彼らは私たちを…マケットという世界を裏で掌握したのだ!!」


シンシアの言葉をすべて聞き終える前に何人ものマケット高官は彼女に向けて魔弾を打ち出す姿勢を見せた

だが、彼らの攻撃は放たれることはなく亡骸となり地面へと伏せていく


ファインベルド「―見よ!これこそがシンシア様の御心を乱す仲人族に魂を売ったマケット族の成れの果てだ!―――シンシア様…どうぞ、お心のままに―――」


猛将ファインベルド―――
前大戦の古きに渡り戦場を駆けた英雄によってシンシアに仇なす者は瞬く間に屠られる

カイライによって操られる彼の目にはまっすぐにシンシアを見つめていた

カリスの命令か…それとも己の忠義か
どちらにせよ彼にとって彼女は守るべき対象…


その大きな背中に身を預けたシンシアは恐れを捨て、声を大きく上げる




シンシア「七の月の末日、マヌカン王にも身命を捧げていただく!――――その時こそ私は真なるマケットの王になる―――!民よ!私に力を貸してほしい…共に戦おう!!」




静まり返る広間


彼女の言葉を聞いた彼らは何を思ったのだろうか


平和呆けなどはしていない
それでも、自らが住まう世界が他の者によって裏で統治されていた事実に多くの者達は混乱の色を隠せずにいた



ファインベルド「シンシア様…失礼いたします」

真の敵を明かされ未だに踏み出せずにいる民達にファインベルドは一歩、シンシアの前に立ち
人々を見つめる



ファインベルド「マケットの民達よ、何を迷う必要がある!我らは今こそ曇りなき眼を開き澄んだ耳を得た!


力ある者達よ、今こそ立ち上がれ!!

敵はこの国を陥れたニンゲン共ピースと、それらを隠したマヌカンの悪魔共だ!
変わるものなどありはしない!

これ以上自由を、生きる権利を奪われてなるものか!戦え!一滴でも流れる血を止めるために!
誇り高き慈悲に満ち溢れたマケットに王の御加護があらんことを!!」




『うぉおおおおおおおおおお!!!!』


場が震える


皆が叫んだのだ

男も、女も、子供も、老人も



「自由を、生きる権利を」


誰もが尊い、願うもの。
皆がそれを敬い、欲し…そして失う事を恐れた


猛将ファインベルドの言葉に民たちは立ち上がる


シンシア一人の戦いではない
マケット族のすべてが一丸となった瞬間だった



これで全ての準備が整った


広場を後にしたシンシアは城へと戻り
とある客室へと向かった


入口にはカイライのトガタが二体
どちらもアレースやネメシスを模して造られた型だ、戦闘に特化したものを見張りにしたのは中に居る要人に逃げられない為である


シンシア「通して」

彼女の一言に二体のトガタはスッと横に退き、扉の守りを解く。
今の彼女が強気で居られる理由…

それこそ今の光景が物語るように、カイライの兵力を駆使できる事だ
マヌカンのみならずピースとも事を構えるのであるならば一国で

ましてや戦いが不得意なマケットでは分が悪い

彼らカイライの援助があって初めて、彼女は戦うための剣を持つきっかけを手にしたのだ

母の兄弟であり父の親友…ヘル・メルト・カリス…
父を亡くし、幼かった彼女をここまで見守ってくれた数少ない信頼できる大人…


叔父である彼と共にならあの悪魔たちにも粛清することは可能だろう

その時シンシアの脳裏に一人の人物が浮かび上がる


リリン『………』


同じ血を引き
自分と同じ運命を辿るもの

その過程はまるで正反対であり、あまりにも自分より多くのものを携えている


シンシア「…負けてたまるか…私こそが…」


ドアノブに手をかけた時
彼女は今まで考えていたことを忘れることにした


今から合う相手に一々つけこまれていては心身共にもちそうにない


シンシア「――――――入ります」



返事はない


深く息を吸いつつ、悟られないように静かに息を吐く


ノブを回し扉が開く
やけに軽く感じたのは気のせいだろうか


下らない事を考えながら歩を進めていくと、暗がりの部屋の中で灯りとして設置された一本だけのロウソクの火が揺らめいている

風など入りはしない
火の揺らめきは、この男の呼吸によるものだろう




シンシア「気分はどう?」


壁に十字に縛り付けられた男はゆっくりと顔を上げて、その表情を明るみに映し出す



マヌカン王「―――――、これは――――驚いたマケット王直々にワシを殺しに来たのかね…?」

ファインベルドによって捕縛されたマヌカン王、その人だった
目に余る無数の傷跡

彼は度重なる拷問にも耐えはしたものの老いた体で受けるには限界で、さながら虫の息だ


シンシア「驚いたのはアタシの方よ、ジジイ。よく死ななかったわね」

マヌカン王の受けた傷を見ながらシンシアは嘲笑って見せる
いい気味だ、だが楽には死なせない

そう言わんばかりに横目に通り過ぎながら、椅子に腰かける


マヌカン王「――――これでも、若い頃は――――戦場を駆けていたものでな…体力には自信があるんじゃよ―――」



シンシア「ふん―――また若かった頃の自慢話?もういいっての―――アンタたち老害の英雄伝はこりごり」

彼の強がりもシンシアは鼻で笑って流す
こんな話をするためにわざわざ居心地が悪い所に来たわけではないのだから

マヌカン王「―――そうさな、さしずめ…ワシの処刑の日時でも伝えに来たのか?」


外の音は聞こえはしない
彼女の許しが無ければ色の付いた魔力すら通る事が出来ないぐらいこの部屋は隔離されているというのに
マヌカン王はシンシアがここに来た理由を当てて見せた

シンシア「ふぅん、よくわかってるじゃない…なに?観念したの?」


彼女の問いかけに、マヌカン王は苦しげに呼吸しながら笑みをこぼした


マヌカン王「なに…これでも伊達に歳はとっておらん…自分の死ぬ時期くらいわかるものじゃて…」

シンシア「……」

不気味な男だ
老いた姿故に見せる貫禄とでも言うのだろうか

ともかく、目の前の男は自らの死の宣告を受けて嘆き喚くどころか笑って見せた

その姿にシンシアの中で怒りがふつふつと込み上げてくる


シンシア「なに笑ってんのよジジィ!アンタの死にざまはアタシが決めるんだからね…」


父と母は、自分が死ぬ覚悟すらできなかったというのに…

意図せずしてシンシアの口から零れた言葉をマヌカン王は聞き逃すことはなかった


マヌカン王「…お前さんの両親は立派だったよ…」


シンシア「―――――!」


その一言で保たれていた彼女の理性のタガが外れてしまう


シンシア「ふざけるなよ老害…お前たちがニンゲンどもと手を組んで『私達』の親を殺したんだろう!!」


そう。
今目の前にいる男こそ、父と母の仇。

同じ血を引く娘を嫁がせておきながら見捨て、自らの為に殺す外道


マヌカン王「それは違う―――ワシはあの場こそが新たなる道の切先だと信じておったよ」

シンシアの言葉に対してマヌカン王は目を逸らさず真っ直ぐに見据えて言い張つ
嘘偽りなどない。

あの場に居た多くの者が真の平和を望んだからこそ設けられた式なのだと




シンシア「――――だまれ」


だが、マヌカン王の言葉は彼女には届くことはない
真実の想いを込めた言葉も、彼女のたった一言によって足蹴にされる



シンシア「ヘル叔父さんが全て教えてくれた、あの席での発端がなんだったのか…何が愛娘か。お前が筆頭になって母を捨て駒にしたくせに…」


マヌカン王「違う!お前の母リーフェを冒涜して蔑んだ者など誰一人としていなかった

―――皆が娘を…そしてマケットとマヌカンの両方の血を引くお前に幸せになって欲しいと―――!」


マヌカン王の口にした言葉は彼女の知っているものとは大きく違った


彼らマヌカンは、自らの国の姫君であった母
リーフェの生まれを否定するかのように蔑んだ

だから母の兄であったカリスは怒り、母を受け入れたマケットの人々も立ち上がったのだから


シンシア「取り繕いの言葉など―――!」


マヌカン王「今でもだ!ワシは無念にも散って逝った二人の意志を継ぐ孫であるお前が立派に、幸せになって欲しいと―――!」



シンシア「でまかせを―――もう良い!七の月の末日…それがお前の最後の日だトランジェント…念仏でも唱えておけ」

これ以上、この男と話すことはない
そう自分に言い聞かせ部屋を立ち去ろうと背を向けた瞬間だった


マヌカン王「シンシア!」


シンシア「―――――――――――」



マヌカン王の呼びかけにシンシアはゆっくりと振り向き、彼を見据える


シンシア「アタシをシンシアと呼んだのかお前は…?」

マヌカン王「なに――――?」

彼女の口にした言葉にマヌカン王は意味を理解することが出来なかった
目の前にいる彼女は紛れもないマケット王と娘のリーフェの血を継ぐ娘であり
リリンと同じ、孫娘そのものだ


シンシア「――――最後までお前はアタシを知ることが出来なかったな…いや『私達』…か」

マヌカン王を見据える彼女の瞳には怒りは無く、悲しみで埋め尽くされていた
諦めたようにシンシアは口ずさむように背を向け扉を開く


マヌカン王「待つのだ、シンシア!」

マヌカン王の呼び止めにも今度は応じず
ただ、真っ直ぐに扉の敷居を跨いだ彼女は名残惜し気に今一度縛り付けられたマヌカン王を目を細めながら見つめ、口を開く


シンシア「今度の生誕祭、貴方が死んで初めて私はこの世に生を受けることが出来ます―――私はシンシアであって彼女ではありません

…最後に望みを掛けましたが…とうとう貴方は私を見付けてはくれなかった」

暗がりの部屋の中では白い肌を纏う彼女を照らす外の光は眩しかった

だが、その眩しさの中でもマヌカン王は見えたのだ―――



シンシア「さようなら―――お爺様」





彼女の頬を伝う、ひとすじの涙を――――。






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