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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 9「旅立ち」

マヌカン界の大量虐殺の報道が流れる前の事




――――――――




―――



マケット城客室







今朝は少し騒がしかった気がする




雲の流れは早く小鳥達はさえずりとは異なる声を鳴らしている




マヌカン王「…雨でも降るのかの…」

そうであるなら陽輝には申し訳のない事をした。
午前中に休みを与えたのだが、せっかくの休暇が雨では逆恨みされてしまう

余裕がある時は常に雲を眺め、危うくなる前にでも呼び戻すとしよう



マヌカン王「今日の議会は…夕方からだったな」

陽輝が使う手帳を開き、改めて予定を確認する



今日は一段と気が引き締まる

マケットの高官たちとの答弁は、おおかた意見交換や軽い取り決めばかりで
肝心の和平への公約という物がなかなか出来ずにいた

煮え切らないやり取りに、次第に民からの圧力や不安などが大きく目に留まるように
我らも焦る気持ちでいっぱいいっぱいだった



けれどもその悩みも、やっと解消されるだろう


なにせ今日はマケット王が来るのだから…



すると、私の頭の中に一人の少女の顔が浮かび上がる




マヌカン王「あの子も、さぞ大きくなったことだろう」



自らの額を小突く


―――いかんな、年寄りの悪い癖がまた出てしまった

今ではあの子も立派な国の長。子供扱いをしては事が悪い方へと向くかも知れない





『コンコンっ』





考えを今一度反省しているとドアがノックされる




マヌカン王「入りなさい」



兵「失礼致します…マヌカン王様、
議会の準備が整いましたので議場までお越し下さいます様お願い申し上げます」




マヌカン王「議会だと?予定では夕方からのはずではなかったのか?」




突然の予定変更の申し出に私は驚きつつも、
何があったのか使いの兵へと聞き返す


兵「誠に恐れ入ります…が、マケット王様が予定より早くご帰還なさり
至急会談をしたいとの事でお伝えに参った所存でございます…」



明らかに不自然だった

城の周りは民衆で騒ぐことなく静かで出迎えの準備すらしていない


私は少し探りを入れてみることにした



マヌカン王「…シンシア様は、お忍びで戻られたのか?」





兵「……はい」

目の前の兵は表情を曇らせながらも、声を確かに答える

戻ってきたことを知られなくないほど至急の要件なのだろう




本来『王』としての責務を果たす者は民を欺き、
蔑ろにしてはならないと固い誓いを結ぶが、隠さねばならぬ事も多々あるのも事実。



が、例えばそれらを全うし

国益にならぬことまで洗いざらい口にし、
ハイハイと民の意見を鵜呑みにしようものならば

それは既に『王』ではなく、タダの政治屋に成り下がるのみ



私が、私と共に歩む者達と民や国の繁栄を導く

それが我ら一族の志す『王』なのだから――――





マヌカン王「…わかった、向かうとしよう」



改めて兵の申し出に二つ返事で答えると、私は身仕度を整えて議場へと歩を進めた



―――――





―――









議場の手前、扉の前で私は足を止める















マヌカン王「……」















おかしい










静かすぎる









兵「…どうされましたか」


何よりも、この場には「私しか居ないのでは?」

と、錯覚してしまうほどに魔力や生気が感じられない




兵「既に皆様揃って居られます故、お急ぎを」




何かの罠か、だとしても下がる訳にはいかない


マケットとマヌカンの問題をいつまでも引きずり、あの子達に押し付けたくはない





その一心で私は体に鞭を打ち、生きているのだから






マヌカン王「扉をあけよ」


重く軋みをあげながら開かれた扉を潜り室内へと踏み進む



すると、いつも見慣れた仲間やマケットの高官たちの姿があり
私を見るなり駆け寄ってくる


マケット高官「おお、マヌカン王様…」


マヌカン高官「ささ、議会が始まりますのでこちらに…」




――――?


どういうことだろうか



部屋に入るなり負の感覚は転向した




「空気が違う」

と言えばわかりやすいだろうか?



扉の内側と外側では別物なのだ






妙な騒めきを感じる心を抑えながらも席へと着く


こういう時、ヒトという物はどうして探りを入れてしまうのだろうか

年寄りの悪い癖か、はたまた持ち味なのか…

どちらにせよ気が付いてしまったのだから仕方がない






呼び出した当人、マケット王が居ないのだ






国、いや世界の長と長が話し合う大切な場所を設けられたというのに
これでは何の意味もない

一部のマケット、マヌカンの高官にも気が付いている者が居る中、
議会が始まろうとしたので私はそれを制止した


マヌカン王「待て、マケット王が来られていないぞ…此度の設け場は御人からの申し出と聞き、参ったのだが」


私が放った一言に暫く場が静寂に包まれると
初耳と言わんばかりに騒ぎ散らす者が相次いだ


マヌカン高官「今のお言葉は真で御座いましょうか?」


マケット高官「ありえん!何故我らに何も言われずマヌカン王様にのみ…!」



やはり何かがおかしい


ここに居るのは、両国の有力権力者達…

彼らが今日マケット王が来ない事を知らないはずがない



考えられる事は二つ



そもそも議会などではなく私個人との会談だったのではないか


いや、ならば何故この場が設けられ高官である彼らがここにいるのか…

本当に誰にも知られたくなく、
個人の密会だというのであれば間違いでも議会など開かれることはない



では…




「皆様御揃いの様で」



慌正しい室内に低い男の声が響き渡る


声の元を辿り、視線を向けると議場の扉を塞ぐ様に一人の大男が立っていた


「おお……!」

その男を見るなりマケット高官のみならずマヌカンの高官からも声があがった


ファインベルド「ご無沙汰で御座います…マヌカン王」


マヌカン王「………」


名将ファインベルド


全大戦時に16歳という若さで指揮を執り、時に自ら前線に出て兵を鼓舞し士気を高め
その戦闘力やカリスマ性でマヌカンを苦しませた強者…

当時の幼さも去り、逞しい大人となった彼は更なる高みに立った事を気迫で物語っている



すると高官の一人がファインベルドの傍へと近づいていく

マケット高官「ファインベルド将軍、何故貴方がここに?」


高官は気を使ったのか、聞こえないように尋ね始めた


ファインベルド「なに大した用ではない、ただマヌカン王にお会いしたかっただけなのだ」

だが、そこは名将とも謳われる男。
恐らく余程の無礼を働く言葉でもない限り、包み隠すことなど無い勢いで言い放った


マヌカン王「……ワシにはお前に用などないぞ小童…」


ファインベルド「ハッハッハッハ!!」



私の皮肉にも動じることはなく、腹の底から笑いを出せば
暫しの間、目の前の男…ファインベルドは私を視界に留める
………いや、睨まれたのだ

僅かだが鋭い視線の中に…もう一つの何かを感じて…




場の空気に耐え切れずに皆が騒めき始める


マケット高官「将軍…マケット王が戻られたとの話ですが…」


高官の一人が立ち上がり、マケット王が戻った事実をファインベルドへと尋ね確かめる



ファインベルド「――――――――」


だが、返答はなかった




しばしの沈黙の後ファインベルドは高官を見下ろし
言葉を発した



ファインベルド「―ギ――――そンな―――  はずワ――ナカロウ―――」





マケット高官「は…?今、なんと…」


微かに動く口元、そして聞こえた言葉を聞き取ることが出来なかった高官は
今一度ファインベルドへと尋ね返す


それが引き金とも知らずに―――


















ファインベルド「ギチチチチチチ――――チチチチ――――チっ――――チ!!!!」



















「うわあああああああ!!!!」




機械の歯車が外れ、激しく軋みあげるような音。
反射的に室内に鳴り響く悲鳴と驚愕



その音の発生源は…ファインベルドからだった




異様な光景に身の危険を感じ、何人もの高官たちが我先にと扉へと駆ける


必死に押し開けようとするがびくともしない





マヌカン高官「おい、開かないぞ!」


マケット高官「そんなはずは…おい!誰かいないのか!」



静寂、そして焦りと怒号




「開けろ」「出せ」「助けてくれ」





各々が口にする言葉は同じだ



今この場から逃げ出したい




その願いを無慈悲とばかりに固く閉ざされた扉は外へと声を届けない




『グぎギギギ―――――ギチチ――――がああああぁあぁぁぁ!!!!!』




ヒトの物とは言えぬ奇怪な音を鳴らし、
全身から溢れ出る力とそれに耐えることの出来ない彼は
抗うように自らの肉という肉を震わせ、膨張し、裂ける

痛々しすぎる変貌はとても見ていられるような物ではなかった




ファインベルド「ギ―――マケット王が…モド…テイル―――ギギ」


顎も満足に動くこと叶わず、カラクリのように言葉を乱す自分に苛立ちを感じたのか
暫く顔を伏せ、もごついた




『――――――――――――』



未だに扉の前では男たちが叫んでいる




時が経つのが遅く感じるので止めて欲しいくらい喧しいものだった




数分…数秒だろうか

ゆっくりとファインベルドはその表情を見せた




ファインベルド「―――――やっとまともに喋ることができる」




自己再生か、治癒か…他人の能力など見当の付きようがないが
目の前の男は確かに崩れかけていた肉体を復元した





マヌカン王「…貴様、ファインベルドではないな?

…何故そやつの肉体を操り、こんな惨たらしいことをする」



私の言葉に、笑いが込み上げたのか
肩を震わせ抑えている


視線をこちらに向けた途端


男の口元が不気味に湾曲した




ファインベルド「…お見通しというわけか…」


狂喜からの転調

怠惰
そうとも取れる表情には確かに強い憎しみを感じ

その感情を表すべく、ファインベルドの右腕は高くあげられ
呼応するように幾つもの重い音がこだまする。



マヌカン王「――――!」



あれほど慌てていた高官たちは誰一人、立ってはいなかった



マヌカン王「貴様―――」


怒りを機に、体内へと魔力を蓄積させる



ファインベルド「…なに、案ずるな…殺してはいない。」



その言葉に私はすぐさま魔力の探知を行う


が、その行為も意味はなく

倒れる彼等からは魔力、生気すら感じられなかった




ファインベルド「死んでいる、と思うならそう思え…


だが、貴様は理解しているはずだ


既にこの空間は外とは違い魔力を扱う事が出来ないという事に」




マヌカン王「……」


今になって確信した

あの異様な空気


外から生気や魔力が感じられなかったのは思い過ごしではない



この男によって、この場の魔力の解放を封じられていたからだ




ファインベルド「つまりこの場を出たいのであれば、

己の体一つで勝つしかないという事になる…」



マヌカン王「ぬかせ…あと十の三掛けも若ければその鼻、へし折ってやるものを…」

さすがに八十を過ぎた体…動くこともやっとになりつつあるというのに
四十過ぎとは言え、まだまだ若い男相手に腕力で叶うわけが無い




ファインベルド「賢明だな…もっとも貴様は楽には殺さん

じっくり、後悔の限りを尽くすまで痛めつけてやる


先代のマケット王の報いをな…」



マヌカン王「―――――先代の、じゃと?」



ファインベルド「そう…今ではマケットもすっかり脆弱になってしまった

こいつら親和派の様にぬるま湯に浸かりきった奴らは必要ない


ただ一つ…マヌカンを亡ぼすという強固な意志!

それだけが意味!」



こやつの中にいる存在…

マケットらしからなぬ禍々しいものが垣間見える

そいつの本性が言葉すら通じぬ相手だと直感で伝って来る



マヌカン王「貴様マケット族であろう

和平を求め国、世界のために身を焼いた先代の王の名に泥を塗るような真似をする!」



ファインベルド「和平?国や世界の為に身を焼いた?




くくく………はぁーっはっはっは!!!!!





……………ふざけるなよ…………



前大戦時の様々な圧力に屈し、収拾が付かずに貴様が抹殺したであろう!!


我が友を!!!」





マヌカン王「友………――――――!もしやお前…!!!」





真意を見せ、怒りに混じるその言葉の中に私はやっと目の前の存在に見当がついた



私が感づいたことを悟ったのか
男の中身を自ら正体を口にする


ファインベルド「そう…私だよ…

ヘル・メルト・カリスさ

カイライを束ね、いつの日の恨み…晴らすべく戻ってきたのだよ


マヌカン王…いや『父上』」








――――――――――



―――――



――













仲人界

マヌカン邸の居間
――――――   ――――――――――




サーヴァント「―――――」




――――――――




大量虐殺――――



テレビに映し出される映像には「覚えのないはずの知っている場所」が映し出されている


こんな時にも心に靄が掛る…



――――思い出せ!


とても…とても大切な事なんだ…!!!!



―――――――― ――――――――――




――――――





―――――――――――     ―――――――――――



セミの鳴き声が耳障りだ


必死に頭を整理して状況を理解しようとしているのに邪魔をする――――






セミ…?




そういえば昔…



どこかで……




――――――


――






『――――ちゃん、―――――お兄――――――――お兄ちゃん!!』





懐かしい


夏の日差しに照らされるのは真っ白の髪

日差しに負けないほどの笑顔


傍らには妹の無邪気に付き合い疲れ果てたのであろう、
木陰で休み、帽子で隠していた顔を見せ手を振る姉の姿…






僕の…








ダリア『ひまわりー!いっぱい咲いてるよぉ!!』


キショウブ『遅いよサーヴァント…アタシはもうクタクタ…』








僕たちの…大切な存在――――










思い出の…僕たちの昔の家――――






――




―――――






サーヴァント「――――――っ!!!」



いてもたってもいられなかった

ソファから勢い良く立ち上がると隣にいたリリンは驚いたようにこちらを見上げる




リリン「サーヴァント様…?」




サーヴァント「―――――!!!!」



リリン「――――!サーヴァント様!」



リリンの制止も耳に入らず、無意識にマヌカン邸を飛び出す




サーヴァント「――――――はっ――――――はっ――――!!!」



――――





ただ、走った




手がかりを求め…今の家へと駆け込む







思い出した景色…

あれは確かにマヌカンで


三人で暮らした場所






あんなにも無残な光景に成り果てていて…



あそこに住んでいる人たちは…?






あの場所に居る人…




考えれば考えるだけ頭が熱くなる


部屋の物を片っ端からひっくり返し、目的の物を探す


何を探しているのか、自分でもわからない


わからなくても…何かをしなくてはならないと思ったからだ



そう考えなければ…考えなければ―――――





そんな筈はないと、





姉と妹があの場所に居るなんてこと、絶対にない




願いを現実の物とするためにマヌカンへ…




見に行くには世界を渡らなければならない


渡る為には魔法が必要で、
ごちゃごちゃの頭の中から目的の魔法を探そうにも見つからない




…なぜ僕はマヌカンに行けないのか





なぜ、僕は魔法を思い出せないのか――――!!!!








サーヴァント「くっそおぉぉぉぉ――――――!!!」






何も思い出せない、何もできない自分に苛立ち
力いっぱい、怒りに身を任せ床に向かって拳を叩きつけようとする




サーヴァント「―――――!」





だが、その腕は振り下ろされることはなく



温かな手によって動きを制されていた





「……落ち着いて…」






その言葉に、抑えられた手を見ると姉の帽子が自らの手に握られていた


リリン「…お姉様や妹様の物を壊したりしてはいけませんよ…?

なにより…大切な思い出までも…ね?」





サーヴァント「リ…リリ…―――――!」


リリン「………」



彼女の笑顔を見て湧き上がるものが抑えきれなくなり…僕は帽子を抱きしめていた

悲しみや怒り…

それよりも

ただ、ただ…
自分が恥ずかしかった


何も出来ない自分


他者にすがり、自分の力を何一つ役に立てることはなく。
ただ破壊の衝動に飲み込まれそうになるばかりで…



ましてや今一番辛いのはリリン本人だ

多くの人が殺され、何よりも最愛の家族である祖父が捕えられ

彼女の心こそ不安で一杯のはず…




声を抑えても
この目から溢れ出る熱い液体は止まることを知らず




乱れた心は今まで知ることのなかった「懐かしい」香りに癒される



…結局僕は、甘える事しかできなかった





―――――



―――









リリン「…落ち着かれましたか…?」


サーヴァント「ええ…おかげさまで…」


僕を落ち着かせようと彼女は温かな紅茶を入れてくれる

その甘く豊潤な香りに、右手は無意識に動き口元に運んでいた



リリン「…良かったです…」



ほっと胸を撫で下ろし、安堵の息をつくリリン
その仕草をみて、また僕は申し訳なくなった



サーヴァント「申し訳ありませんでした」


ソファから立ち上がると僕は深く頭を下げる

その姿を見た彼女は慌てたように駆け寄って僕の肩に手を添えてきた


リリン「あ、頭を上げてください…そんな…」



サーヴァント「…なにも見えていませんでした…


ただ、自分を抑えきれなくて…」




あの時はどうかしていたのかも知れない

何にも目をくれず
息を乱して走り続け

ただ自分の非力さ、弱さに卑屈になっていた


だが、そんな僕を見て彼女は細く声を漏らして微笑んだ





リリン「…誰にでもありますよ…

今自分が出来る事をし、見つからなければ探す…それのどこが間違っていると言えるのでしょうか…


今のサーヴァント様は今までと違って自信を持っているようで素敵ですよ…?」



サーヴァント「……自信…」


『自身』でありたいと願ったのは言うまでもない



僕は…僕という存在は何かがおかしい


今も。この時も。


僕という『個』は余りにも他人とは懸け離れているという事がわかってきた


だから会いたかったんだと、
聞きたかったんだと思う…姉妹の二人に



サーヴァント「――――――」


よそう…

今はまずマヌカン王様の無事を確かめることが先だ

身内の事を軽率に扱いたくはないが…なにも手立てがないのであれば
今出来る事をしよう


サーヴァント「リリン様、王様との連絡手段は?」


リリン「他世界に居ても通じる事が出来たのですが今は無理なようです…

この魔法はまだ未発展で特定の存在としか連絡が出来なくて…」


彼女はとても申し訳なさそうに僕を見て言葉を濁した


リリン「本当に申し訳ありません…

転移魔法も使えるのに座標や位置がわからなければお役に立てそうになくて…」


サーヴァント「…大丈夫です、姉と妹は必ず無事なはずですから」

彼女にこれ以上精神的に負担を掛けないように僕は笑って見せた

自分でも上手く笑えたと思う。





それから僕たちは一度マヌカン邸へと戻り
今後について話し合った


リリン「……では、直接マケット城に向かいますが準備は大丈夫ですね…?」

サーヴァント「はい…ですが位置はわかるのですか?」


僕の問いかけにリリンは大きく頷いて見せる


リリン「マケットに視察に行かれてから何度か連絡を取り合っておりますので、

大体の位置は把握してます」

サーヴァント「なるほど…」


二人で方針を固めているとリビングのドアが開かれる
視線を向けるとプラムが立っていた


プラム「サーヴァント、私も…行く」


サーヴァント「な、お前…体はもういいのか?」

プラム「外傷はない、魔力が少し足りないくらい」


今日のプラムの声は少し乱れていた
恐らく先の戦闘の疲れが残っているのだろう、外傷もないとは言うが嘘のはず…

僕は少し強引にでも引き下がらせようと思った時、リリンがプラムの傍に駆け寄る

リリン「ラムちゃん…

ここは私とサーヴァント様に任せて…

ラムちゃんにはお爺様達からの連絡が無いか待ってて欲しいの」


プラム「でも…」


サーヴァント「大丈夫だ、僕たちなら上手くやれる…

だから、姉さん達からの連絡も頼むよ」


しっかりとプラムの目を見て、偽りのない意志を伝えると
プラムは黙って頷いてくれた


サーヴァント「ありがとう…」


リリン「では…転移を行います…」



リリンが魔法の詠唱を始める

部屋は太陽の光とは違うもので満たされていく


プラム「―――――!リリン、サーヴァント!!」

だが、それとは違う光が部屋に存在する鏡から発せられ
気が付いたプラムは二人を呼び止める



リリン「――――これは…」


サーヴァント「……」

咄嗟のところで詠唱は解除され転移は行われずに済み
リリンは鏡へと急いで向かった


『――――――――リ―――――――ン』



リリン「お爺様!!」

鏡面が波を打つ

光と共に声が届き、部屋に居る物すべてがマヌカン王の物だと理解できた



マヌカン王『―――――よし――――つな――――たな』


少し音声は乱れている物の、大よその会話が出来るようにはなった


リリン「お爺様、ご無事ですか!?」

やはりとても心配していたのであろう…先ほどまでとは違い余裕などない雰囲気で
鏡に映る祖父へと問いかける



マヌカン王『―――捕縛はされたが命の危険はない――――今のところはな』

リリン「今すぐに助けに向かいますので、もう暫くの辛抱です!」


そう伝えるとリリンは再び転移魔法の準備に入ろうとするがマヌカン王がそれを止めた


マヌカン王『ならん―――少なくとも今はこちらに来るでない…
お前はサーヴァントと共にまずはピースのマヌカン族の安全を確保し、
マヌカンの被害を確認して適切な処置をするのじゃ』


リリン「お爺様―――!」


マヌカン王『良く聞け…今も尚、カイライは動いている』


サーヴァント「――――!!」

マヌカン王『ワシももっと早く気が付けば良かった

マケットとカイライについては別問題だと勝手に勘違いをしてお――――た―――』


音声が乱れ鏡に大きな波紋を立てていく



リリン「お爺様、お爺様!!!」


必死に鏡に手を伸ばし、遥かの祖父へと声を届けようとするリリン


マヌカン王『心して――――け。

――――お前は―――強い――――じゃ。


サーヴァント―――協力――――――

カイライ――――あの――――スを止められ―――




―――――――――――

たの――――――だぞ』


リリン「お…じい…さ…ま…」


その思いも届くことはなく、祖父からの途切れ途切れの言葉を胸に秘め
彼女は静けさを取り戻した鏡からそっと離れる


リリン「…まずは、ピースに居るマヌカン族の安全を確かめます…行きましょう」




サーヴァント「――――はい」


逸材とは正にこの事か…

僅かな時間の、ほんの少しの会話で渡された物は一人の少女を大きく変えた

それこそ魔法なのかも知れないと、そう思えるほどに

彼の姫の眼には確かな灯りが燈り、風格こそ王の器であることを示した




僕も、変わることができるのだろうか…








プラム「―――――――………」






――――――――――




―――――




―――





未だに前大戦時の名残があるこの世界ではマケットとマヌカンが同じ地に住むことは少ない


恐らくピースに住む殆どのマヌカンの民は学園傍に住居を構えている


…マケットも同様に、だ




リリン「―――――!」



空にまで響き渡る空気の震える音


火薬による爆発ではない…恐らく魔法によるものだろう

その方角にあるものと言えば…



サーヴァント「学園の方ですね…」

リリン「急ぎます、脚を」


彼女の言葉と同時に足元は軽やかなもとなる

なるほど…魔法にもこのような物があるのか…
魔力の付加が足裏のみと最小の小規模で抑えられているためなのか例の痛みは起きない


サーヴァント「行きますよ―――!」

この方法ならば…

彼女が使った魔法を参考にし
自ら魔術として応用を聞かせ手のひらに魔力のクッションを作る


リリン「―――――――――!!!!」


思った通りだ――――



これなら彼女の魔力で体は軋むことはない――――



僕はリリンを抱えながら地面を蹴った――――






――――――――――





―――――





――







ピースフル学園


校庭には多くの人が集まっていた


初めからその場に居た者

魔力の気配に気が付き降りて来たもの


爆音が聞こえたのか、やじうまの様にやって来た者






シャフ「――――――っち」




なんで校庭で昼間から花火をやらなきゃいけねぇんだ…


しかも―――




マヌカンの学生達「「「「――――――――」」」」


シンシア「…シャフ君…」



かなり命がけの、な…





シャフ「……なんだお前ら」


ざっと30人くらいのマヌカン族の学生たちに逃げ道をふさがれる様に囲まれている


目的は…シアか…



マヌカンの学生「マケットでマヌカン王様が捕まったとの事…どういう訳ですか」


マヌカンの学生「報道ではマケットが作り出した兵器がマヌカンを襲っているとか」

学生たちは次々とシアを問い詰める




シンシア「あなた達…何を言って…」


マケットの学生「なに勝手なこと言ってるんだ!マケットがそんな事する訳ない!」


傍観していたマケット族もやっと事態を飲み込んだのか割り入ってくる



マケットの学生「そもそも私たちがなんで貴方達を攻撃しなきゃいけないのよ!!」

一人、また一人と校庭へと降りてくるとマケット族の学生たちは一丸となって
マヌカンの学生たちに異議を唱える


だが、マヌカンの学生達も引くわけには行かず
学生たちは、あっという間に二つに別れてしまった






マヌカンの学生「お前たちの家族にも前大戦の生き残りがいるだろ!そんな奴らに吹き込まれてるんじゃないのか!」



マケットの学生「黙って聞いてればふざけやがって!!お前らの方が腹の中で何考えてるか分かったもんじゃない!!」





この時俺は、こいつらの言っている意味が分からなかった





シャフ「…?」





報道…?
前大戦…?


なんの話をしているんだ…?



マヌカンの学生「―――――で、どうなんですかマケットの王様」




シンシア「あの……その…っ私は…!」




シンシアの対応にイラついた数人の学生が再び魔力を収束する



マヌカンの学生「答えられませんか、であれば―――――!!!」


マヌカンの学生「結局、マケットは俺たちを敵としか見てないってことかよ!」


まずい
余りにもいっぺんに魔力を溜められていて小規模の魔法弾とは言えないものになってやがる



シャフ「おい、逃げるぞ!!!」



シンシア「―――――」


自分でも珍しく大声を出した
それでもシアには聞こえてないのか、ただ突っ立ったままで
腕を引いてもびくともしない


シャフ「おい!―――――――っち――――!!!」



こうなりゃやるしかない



その気はなかったんだが、命が無くなってからじゃ話はおせぇ!!!


右手にありったけの魔力を集める



マケットの学生「全員、シンシア様の前へ!」


校内に居たほとんどのマケット族の学生たちがシンシアの前へと立ち、防御魔法の姿勢を取る



俺に出来ることは――――――





マヌカンの学生「死ねぇぇぇぇぇ!!!マケットぉぉぉ!!!」


放たれる魔弾は、大魔法に匹敵するほどのもの…それでも――――




シャフ「うおぉぉぉぉぉぉぉおぉ―――――――――――!!!!!!!」




呼応するようにこっちも全力で生成した魔弾を投げつける―――――





巨大な魔法と、ただ守りたいという想いから引き出された力の魔弾


二つの魔力がぶつかり、混ざり合う



シャフ「――――――――――シアには指一本触れさせやしねぇぇぇぇぇぇ!!!!」



叫びに呼応するかのように魔弾は、巨大な魔法を突き破り爆散させる

校庭は嵐が巻き起こり、砂塵は空高く舞う



マケットの学生たちも渾身の力を込め、最大の防御に徹し

シンシアや他の学生たちに被害が及ばないように尽力するも
余りの暴風に何人もの学生が吹き飛ばされる





視界が最悪な中、彼らは勝ちを確信した



マヌカンの学生「やったか…―――――――――!!!!」



だが、それは大きな過ちだった


確実に倒せたと思い込み魔力の確認を怠ったのだ




――――爆雲の中、影が走る



シャフだ



右手に魔力を溜め込み、一直線に駆け、獲物を仕留める




正に狩り。


そして自分が狩られる立場にあることに気が付いたマヌカン族の彼は咄嗟に魔法を打ち出そうとした






――――でなければ殺されるからだ




それでもシャフの動きは鈍らない


速すぎる機動に今、もうすぐにでも取られると直感した――――





マヌカンの学生「―――――――!」



シャフ「―――――取っ―――――」




魔力を込めた拳を打ち出した、その瞬間だった






シャフ「――――――――な、―――――――」








拳は敵を打ち抜くことなく





サーヴァント「……――――――下がって」





一人の男に両手で抑え込まれ





マヌカンの学生「―――――リリン姫様――――」





一人の少女が立ちふさがり



リリン「―――――――――ただちに、退きなさい」



たった二人の介入で



争いは終わった




――――――――――




―――――




――



シャフ「―――――――」



サーヴァント「………」



睨みあう二人





「下がれ」その一言に彼は何を思ったのだろうか



受け止めた拳は未だに僕ごと後ろにいる学生を穿とうとしており
その勢いは止めてはいるものの、決して軽んじることは出来ない


――――驚いた、いつも授業をさぼっていた彼がこんな強い力をもっているなんて





リリン「マヌカン族、並びにマケット族は直ちにこの場を収め退いてください」


マヌカンの学生「わ…わかりました」



いつもとは違う低く落ち着きのある声にただならぬ雰囲気を感じ取ったのか
マヌカンの学生たちは距離を置き

そのほとんどが指示通りに退くが一部の者はリリンの傍を離れなかった


リリン「さて…こちらはもう争う意思はありませんが…そちらは如何ですか?」


シンシア「――――――」




返事はない


シンシアはただ、じっと空を仰ぎ見つめているだけだ


リリン「サーヴァント様」



彼女の問いかけに、一瞬だけ首を動かし応えるサーヴァント




サーヴァント「今は、まだ」


シャフ「―――――――…」



気を抜けば…すぐに抜けられ、先ほどの争いが再発するだろう

たぶん…いや、間違いなく今の彼、シャフ君は怒っている

これ以上争いを広げないためにも…今は動く事はできない…



リリンが再びシンシアに言葉を投げかけようとすると

先ほど、一目散に降りて来たマケットの学生が割り行って来た


マケットの学生「リリン姫様…お言葉ですが我々は今、
シンシア様に危害が及びそうになりお守りしただけの事
寧ろ…火種のマヌカン側こそ争う気はないと言いきれるのですか?」


その言葉に、振り返りマヌカン族全員を見つめ
誰も真っ直ぐに彼女の目を見ることは出来なかった




火種…その話だと仕掛けたのはマヌカン側という事になる




リリン「なるほど…事の発端は我々でしたか…しかし謝罪は必要でしょうか?」




サーヴァント「―――――!」

今までのリリンならば、すぐに謝っていたが…どうやら今回は違う


彼女の発した言葉

その口調はまさしくマヌカン王のそれだ
あの優しい彼女がこんな言葉を…


リリン「仕掛けたのは我々なのでしょうが…屈服までしたくはありません」


シャフ「…おい」


その言葉を聞き逃さなかった彼は、標的を変えたかのように拳を収め
リリンの方へと向かう




だが、


サーヴァント「―――――――彼女への無礼は許さない」


シャフ「………」


決して今の彼をこれ以上リリンの傍には近づけさせはしない




絶対に。




シンシア「―――――ただ争い、滅ぼし合うのが定め」



ポツリと一言、風にかき消されてしまいそうな声で放たれた言葉は
とても残酷で、許しえないもの

それを、僕たちはハッキリと聞いた



シンシア「まだ、その時期ではない……か、ここは退くとしよう」

空を見ていた彼女は、少し疲れたように首を動かす
その後、辺りの状況を見渡し溜息混じりに呟くと、マケットの学生たちに退くように命じた


シンシア「勘違いしないでほしい。マケット…いや私は決してマヌカンを許してはいない」



リリンの言葉には驚いたが、シンシアの変化はそれを上回るものだ
そう…表情や言葉つがい、仕草まで…まるで別人のように…



リリン「……そうですか」

心の感じられない言葉
今のリリンは一刻も速くこの場を収めなければならない

だが焦っては今の彼女らに隙を与えてしまうだけ


だから、ただ素っ気なく返事をした



シンシア「シャフ君、帰ろう」


シャフ「あ、ああ…シア、お前…」



シンシア「あ、そうだ」


シャフが先ほどの変化を聞こうとするとシンシアは振り返り目を合わすのをやめ


リリンに向かって大きく手を振り叫んだ



シンシア「誕生祭、ぜえええっったい来てねリンちゃーん!!」


その言葉を最後に二人は学園から出ていった

残されたマケットの学生たちも、居心地が悪そうに足早に学園を後にしていった





サーヴァント「シンシア様の様子、おかしいですね」

サーヴァントの言葉にリリンは少し眉をひそめると煩わしそうに口を開く


リリン「今はマヌカンの民の安全を確かめるのが先です、終わりしだい急いでマヌカンに向かいますよ」


サーヴァント「は、はい」



…何か、気に障る事言ったかな…?





―――――――――――――――





――――――――――





―――――






その後、ピースに住むマヌカンの人々に表立っての活動を控えるように伝え

極力マケットとの接触はしない状況になった






そして









ついに時が来た






リリン「準備は宜しいですか?」


マヌカン邸の一室。


床には一面に書き広げられた魔法陣


僕と彼女はその上に立ってる




サーヴァント「いつでも」



プラム「リリン、サーヴァント…私もいく」


旅立ちの前、プラムは再び自分も行きたいと意志を示した

体力も戻り傷も癒えた。
今度こそはと、その思いがプラムの表情を少し凛々しく見せていた



リリン「ラムちゃん、気持ちは嬉しいの…でもここで待っていてくれませんか?」


プラム「でも…!」


一人残されるのが寂しい訳ではない
プラムは純粋に僕たちの事を心配してくれている



サーヴァント「リリン様の言うとおりだ、プラムにはピースの状況を見守っていて欲しい…いつでも連絡が出来るように、な?」


僕はプラムを頼りにしている
決して彼女の瞳から目を逸らさずに気持ちを伝えると、理解してくれたのかゆっくりと縦に首を振ってくれた



サーヴァント「よし…いい子だ」


頭の上に手のひらを置き、薄桃色の髪を少し乱暴に撫でる


プラム「………っ……♪」


目を細めて微笑むプラムを見てこちらも満面の笑みで返す




リリン「……♪」

ほんの数週間で、この二人は変わった
人から見れば気が付かない程に小さく、それでも確実に…


私も、もっと強くならなくてはお爺様に笑われてしまう



そう思うとより一層気を引き締め、一刻も急がなくては



改めて魔法陣の上に立ち、詠唱を始める


無数の光に包まれ、少しずつ体が軽くなっていくのがわかる



プラム「……」


ただ黙って手を振るプラムにこちらも手を振り返す



サーヴァント「行ってくるな?」






リリン「行きますよ……――――転移!!!」







リリンの言葉を引き金に体は魔法陣の中へと飲み込まれていった







プラム「――――いってらっしゃい」













―――――――――――――――――――――――――――――――――





















―――――――――――――――




















―――――――

















サーヴァント「……」



リリン「これは――――」







辺りを包む黒煙

焼けこげる臭い

遠くに上がる火柱の数々







そう、戻ってきたのだ




変わり果てた姿となった



マヌカン界に。


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あきゅろす。
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