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Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 5「湯浴み」


梅雨。

初夏に訪れるこの世界に欠かすことのできない恵み。

かつて、世界は人間の仲人界のみと認識されて時代には一部の国にしか梅雨はなかった為に
水という資源が不足して貧困に喘ぐ国も珍しくなかった


旧史の書では…その事態に蒼白の髪の乙女が全ての国に雨を恵み、大地を潤わせたと記述されている


…僕の予想だが、この頃には既に世界は繋がっていて、蒼白の髪の乙女はマケットかマヌカンだったのではないかと思う


…特に根拠があるわけではない。ただ、そんな気がしただけだ



リリン「何をご覧になってるのです?…旧史ですか…」


僕とリリン様は学校帰りに買い物の為商店街に来ている。

道草のさらに道草、と言えばいいのか…本屋に立ち寄らせてもらっている


サーヴァント「今日の授業で気になったところがあって…」

リリン「ふふ…♪」

訳を説明するなり、彼女は上品に微笑む

僕はその笑みの理由を聞いた

リリン「だって…サーヴァント様、ここに来るといつも同じ本を読んで、同じ理由を申されるものですから…」


サーヴァント「…ぁ。」


言われてみて初めて気が付いた


今の関係になる前から、よく本屋でリリン様と会い、一緒に本を探す機会が多かった

その度に僕は旧史関係の本を手に取っていたような気がする。


リリン「サーヴァント様は本当に旧史がお好きなのですね…」

サーヴァント「不思議とのめり込めるんですよね…ただの歴史ってだけだと興味はないんですが…」

リリン「その気持ち、わかります♪私もこの本が好きで…懐かしくて買っちゃいました…」

リリンは恥じらいながら手にしている絵本を見せてくれた

三幕引きの英雄伝、と呼ばれる絵本でこの世界の子供たちは皆知っている童話だ

サーヴァント「懐かしいですね、でもこれ難しくて子供向きじゃないと思うんですよね…」

リリン「ふふ♪その難しさが良いんじゃないですか…」

サーヴァント「そういうものですか…」

リリンは目を輝かせながら購入した絵本に目を通している

僕も待たせてはいけまいと、一冊だけ手にしてレジへと向かう

あとでゆっくり読むとしよう…



リリン「では、買い物も済みましたし…帰りましょうか?」

サーヴァント「そうしましょうか…―!」

『パキパキっ!!』

全ての用事を済ませたことを確認し、本屋を出て傘をさして歩き始めた矢先だ

あの、正体不明な音が鳴り
咄嗟に振り向くと目の前には、ずぶ濡れの女の子が僕の服の袖を掴んで立っていた

薄桃色髪の少女「…リ……リン…」

リリン「…ラムちゃん?ラムちゃんですよね?」

少女を見るなり彼女は少女に近づき尋ねる。
どうやら知ってる子のようだが…

サーヴァント「あの、リリン様…この子は?」

リリン「この子は…その…小さいころから一緒に遊んでた幼馴染の子なんです」

薄桃色髪の少女「名前…プラム…」

リリンの説明に付け加えるように少女は僕を見つめて自己紹介をする
すこし言葉が足りていないが、悪い子ではないようだ

サーヴァント「…僕はサーヴァント。よろしく、プラム…」

こちらも自己紹介をすませ、右手を差し出しす

プラム「………?…サーヴァント、」

プラムは不思議そうに首を傾げるも、すぐに右手を差し出して握り返してくれた

『ビキッ…パキっ!!!』

サーヴァント「―――――っつ!!!」

とても耳障りなあの音だ、リリンにも聞こえているようで最近二人でいるときに良く聞くことが多くなった

どんどん大きくなっているような気がする…

同時に体に電気が流れるようにしびれる感覚も…一体なんなのだ…


リリン「ラムちゃん…どうしてピースフルに?」

リリンはしゃがみ込むとプラムと目線を合わせて尋ねた


プラム「リリンに…会いに…来た」


その言葉にリリンはどこか慌てているような仕草をみせたが、すぐに冷静さを取り戻す

…なんとなく事情が見えてきたような気がする


リリン「…後でお爺様にお話ししておきますから、ひとまず家に帰りましょうか…?」

プラム「ん…帰る…」

二人は手を繋ぎ、雨の中一つの傘に入ってゆっくりと歩き出す
僕は、その姿に暖かな気持ちになりほのぼのしていた

置いてけぼりをくらうとすぐさま我に返り追いつくために歩き出す


するとこちら側の車道に大きなトラックがこちらに向かってきているのが目に入った

二人の傍の車道にはとても大きな水たまりができている

その先の惨状は一目瞭然だが、当の二人は気が付いていない


サーヴァント「危ない――――っ!!!」


僕は全力で地面を蹴り、二人に声を掛けるもすでに手遅れだった

二人を突き飛ばす訳にもいかず

僕はトラックと二人の間に割って入り

泥水のシャワーを浴びたのだった


リリン「さ、サーヴァント様…!!申し訳ありません…すぐに泥を…」


咄嗟の事だったのでリリンも驚いたのだろう

声をあげることもなく僕をしばらく見つめた後ハッとした表情をしハンカチを出して顔を拭いてくれた



サーヴァント「だ、大丈夫…早く帰りましょうか…」

僕は問題ありませんよ、とリリンに一言告げて微笑むと

急いで帰ってお風呂に入ろうという事になった





――――――――――

帰宅、マヌカン邸の浴場

マヌカン邸が大きいのは前から知っていたが
和をモチーフにされた、この広い浴室は既に旅館のそれに負けることのないものだ

そんな中で、僕は一人シャワーのノズルを開く


泥だらけの制服姿でリリン邸に戻り
その姿を見たメイドたちが、間髪入れずに背中を押して脱衣所まで連れてこられると

僕から制服を脱がせて奪うように立ち去っていった

何がおきたのかわからない程の余りの電光石火に、僕は混乱したのは言うまでもない





サーヴァント「はぁー…気持ちいぃ〜…」

熱いシャワーを浴びて体中の泥を洗い流す

暖かな湯が肌を清めるなんとも言えない快感に自然と声は漏れ出す

体の汚れが落ちたからか、頭の中もとてもスッキリしており

自然と一つの考えが頭をよぎる


サーヴァント「…あの音」


そう、あの音なのだ


耳障りで、酷く心を不愉快にする音


僕はその音が鳴る頻度が多くなっていることに悩みを感じていた

リリン様に尋ねても、たまにしか聞こえないという

何が原因で、どうして僕の周りだけでしか鳴らないのか


心当たり、とまではいかないが気が付いたことがある


あの音が鳴った時に僕は不快に感じ、自身の限界を超えた反応を見せられるようだ

もう一つ

音が鳴る際には、誰かが僕に触れている

プラムに服を掴まれた際には一際大きく鳴り、頭痛がおきたほどだ

リリン様には話さなかったが、これが原因で悪心が続いている

一体なんなのだろうか…


『ガラガラ…』

深く考え込んでいると浴場の引き戸の音に気が付き振り返る

そこにはプラムがいた



……なぜか裸でタオルを巻いている


サーヴァント「…プラム」


プラム「なに」

控えめに声のトーンを落として話しかけるとプラムは愛想なく返事を返す


サーヴァント「入浴中って札、かけといたんだけど」


プラム「……?」

僕の抗議にプラムは意味を理解できていないのか、首を傾げると石鹸とスポンジを手にこちらに向かってきた

サーヴァント「聞いてますか?ぷら―――」

人の話を理解できない子では無いのを知っているため、悪戯だと思い叱りつけようとするとプラムは微笑んだ


プラム「さっき、泥から守ってくれた。お礼。」


サーヴァント「………お好きに」

その笑顔をみて、叱る気など失せてしまった

なにより、助けてくれた相手にお礼をしたいという相手の気持ちを邪険にあしらう事など僕にはできなかった

僕の言葉を聞くなり、プラムは優しい手つきで僕の背中を流してくれた


プラム「……」

二人とも体を洗い、湯船につかると言葉もなく疲れた体を癒す


その空気が、少しシュールだったので気になることを訪ねてみることにした


サーヴァント「なぁ、どうして抜け出してきたんだ?」

プラム「知って…たの…?」

やはり、家出かなにかしたのだろう

見た目の年齢は違うが、僕の方が少しお兄さんなので相談に乗ってみようと思ったわけで

まさかカマをかけてみたら見事に的中していたとは…

サーヴァント「いや、詳しくは。ただ、相談に乗れるくらいの事はしてあげられると思っただけさ、無理に話さなくてもいいよ」

プラム「………」

プラムは少し不機嫌そうな顔を見せたが湯に浸かり直すと溜息を深くついた


プラム「リリンに…会いに、来た」

夕方と同じことを口ずさむ

サーヴァント「仲がいいんだな…」

プラム「昔は…よかったけど…今は、そうでも…ない」

その言葉にプラムはとても悲しそうに俯き、湯船に口元を沈めるとブクブクと泡を立てる


サーヴァント「…昔はって…何があったんだ?」

プラム「……プラム、毎日お仕事…だからリリン、会えなくて、怒ってる」


サーヴァント「仕事って…?」

プラム「………」

バツが悪そうにさらに俯いてしまう姿を見て僕はやってしまったと後悔した


サーヴァント「いや、すまない…深入りしすぎたな、忘れてくれ…」


プラム「魔法の研究…」

サーヴァント「…?」

魔法の研究…?
こんな小さな子が…
一体なんの魔法の研究なのか…

好奇心を抑えて黙ったままでいるとプラムは立ち上がる

そろそろ上がるのだろう

サーヴァント「あがるのか?」

プラム「ん。」

サーヴァント「そうか…まぁ、なんだ、今からでもまた時間を作っていけば良いじゃないか…今が無理でも、一分一秒…
わずかな時間を相手のために作ろうとしていれば、相手もきっとわかってくれるさ」

我ながらガラでもないことを口走る
なぜだろうか、普段は他人が思い悩んでいる姿を見てもなんとも思わないのに、この子の悩んでいる姿を見ると助けたくなる

兄貴気取り…というやつなのかな


プラム「ん…そう、かな…?」


…まるで自分を見ているようだ

好きな相手を楽しませたいのに方法がわからなくて空回りしている自分

そうか、兄という感情ではなく、自分を重ねているからこそ手を差し伸べたくなるのだ

サーヴァント「僕も手伝うからさ…二人が仲良しに戻れるように頑張ろうな…?」

プラム「……のぼせた…でる」

黙って首を縦に振り湯の熱さに負けたのか、プラムは湯船から上がり浴室を後にした。



サーヴァント「……あの音、鳴らなかったな…一体何なんだ…」




―――――――――


その日の夜

リリン「…お爺様、今はお時間…大丈夫でしょうか…?」

リリンは自室に一人、鏡に向かい魔法の詠唱を行う。

鏡面は彼女の言葉が紡ぎだされるたびに水面のように波紋を浮き立たせ、マヌカン王の姿を映し出す


マヌカン王「おお…リリンか、どうしたのだ?こんな夜遅くに…」

鏡は水のように揺れているため、祖父の顔がハッキリと見えないが声からすると、とても疲れているのだろう…

私は事の内容を手短に説明することにした

マヌカン王「ふむ…プラムがそちらに…まぁ気晴らしになるじゃろうて…しばらく家にいさせなさい…」

リリン「はい…でも、よろしいのですか?あの子がこちらに居ては新しい魔術や魔力の探求が…」

マヌカン王「リリン、あの子はまだ子供じゃ…遊びたがりの時期に一方的に仕事を押し付けるもんじゃないぞ…」

祖父の言葉に返す言葉もなく、私はただ俯いてしまった



…プラムはマヌカン族だが、実情は違う。

マヌカン族が、いや…これはすべての種族に言える事だろう

不老不死の探求

過酷な実験が行われ


その為に何人もの子供たちが生み出され

その儚い命を散らしていく…

非人道的な研究は、決して万人に歓迎されるはずもなく

秘密裏に研究が続けられていた


プラムはその中の一人


……ふと、私は祖父に話した理由に首を傾げる

私が初めてあの子に出会ったころは、仲が良すぎたほどで
それが災いとなりプラムの生まれの経緯を話された際には祖父や父を酷く恨んだ

…その自分が、プラムがここに居てはいけないような事を思い

まるで告げ口のような事をしていることが自然だった


これが、大人になる。…という事なのでしょうか


いつかはプラムのように彼の事も…


そう思った途端、私は頬を伝うものに気が付き
声を潜めた




――――――――――






それからのこと

連日にわたる雨の日々に嫌気がさしつつも
放課後の帰宅時間には決まってプラムが迎えに来るようになった

サーヴァント「プラム、雨なら無理しなくていいんだぞ?」

リリン「そうですよラムちゃん、風邪でも引いたら大変です」

プラム「毎日、雨。」

二人の心配の言葉に、なにやら意味深な返答をするプラムにリリンは苦笑している
その表情を見て分かったが、恐らく皮肉を言ったのだろう
どこかプラムは自慢げな表情をしていた


シャフ「お、さーくん。なになに新しい恋人?」

リリン「ち、違いますよ!!」

突如後ろからシンシア姫を連れたシャフ君に声を掛けられ
その言葉に僕が反応する前にリリンが素晴らしい速度で否定していた

シャフ「俺、シャフ。君、名前は?」

プラム「プラム…」

シャフ「プラムちゃんか、良い名前だな!さーくんの恋人?」


あれほどリリンが否定したというのに彼は再びプラムに問いかける

リリン「ですから!!もう!」

プラム「ぶいっ!」
リリンの再三に渡る否定の言葉にプラムはなぜかシャフに向けてVサインを送っていた…


シンシア「……シャフ君、帰ろ」
しばらくシャフ君と話し込んでいると雨の中で待たされていたシンシア姫は不機嫌そうにシャフ君の腕を掴んで歩き出した

シャフ「待てってシア…ごめんな、さーくん、リリンまた明日!」

サーヴァント「あ、あぁまた明日…」

リリン「また明日…」

リリンは疲れた表情で連れていかれるシャフ君と、引っ張るシアに手を振る

シャフ「プラムちゃんもまたねぇ――!!」

プラム「リリン、疲れた?」

リリン「お陰様で…」


遠くでシャフ君がプラムに向けて何か言っていたような気がするが、とうの本人は聞こえてなかった様子。

こうして見てみれば
プラムが気にしていたほどリリンとは揉めている様子はなく、
二人とも純粋に微笑み、お互いに面白い話をして笑いあっている

何気ない会話をするほどまでにこの三人の組み合わせは自然な物になっていた

サーヴァント「これなら大丈夫そうだな…」





――――――――――

―――――

――


ピースフルの人気のない路地裏

昼間でも日の光が届かぬ所は良からぬ事を考えている輩には居座りやすい場所だ

特に彼らにとっては居心地がいい

不気味に闇に蠢く陰の陰。
人間とは言えない形相をしたそれらは、まさに化け物と言える存在だ

その中で一人、闇に似合ぬ白く塗られた存在が、腕を大きく奮う

化け物共はまるでオーケストラの指揮者に従うように腕の動きに合わせて闇を跳躍し、闊歩する


ネメシス「ようやく準備は整った…さぁ始めようぜぇスレイブゥ!!」

お楽しみのひと時の平和は、間もなく終わる―――

血と肉が飛び散る惨状が、お前を苦しめ絶望させる…

―――――――待ってろ、奴隷野郎




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あきゅろす。
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