[携帯モード] [URL送信]

Maquette-Mannequin  〜マケット・マヌカン〜
Page 4「呪縛」

日景「では…結びましょう、この者とのヤーンの契りを…」

その言葉に先ほどの話を思い出した

一瞬だけ、彼が片時も私の傍を離れず
常に、その暖かな笑顔で見つめてくれるのだと想像してしまう自分がいた

違う…!
もっと残酷で、そんな甘いものではない…
その契りを結べば…彼の心を殺し、

束縛し、光を奪う…今、彼を操っている者と何も…いや、それ以上に劣悪。

…元通りにならない

リリン「やはり…私には…そんな恐ろしい事…」

日景「確かに、姫様のお考えになっていることは正しい。恐らく彼の人生を大きく変えてしまうでしょう…」

私の考えは当たっていた。
その言葉を聞いて、尚更彼をそんな目にだけは合わせたくないと心の底から思った

日景「ですが、その生き方を決めるのもヤーンの契りを結ぶ貴女様次第なのです」

リリン「…それは、どういう意味なのですか?」

私次第…日景の言っていることがいまいち把握できない
その契りを交わせば、私は彼を永遠の呪縛に縛り付けてしまう。
それを避ける手立てがあるというのか…

日景「…百聞は一見に如かずと言います…ご覧を。」

そう言うと日景は突然上着を脱ぎ始めると上半身を露わにする
鍛え抜かれ引き締まった体は、如何に彼が強靭な戦士であるかを物語っている。
突然、夜の暗闇の中淡い光が彼の胸元から発する。

リリン「これは…」

少し離れた場所からもう一つ淡い光が発せられる
その光は、祖父のマヌカン王からだった

日景「私と、殿下は固い繋がりを持っております…これも…ヤーンの賜物なのです」

光はより一層輝きを増すと一つ一つの魔力の軌跡を走らせ、皮膚の表面へと浮き上がる。

日景の体を縦横無尽に駆け巡る無数の光の線は
魔力の糸に縛られているように見えながらも、美しい姿は犯し難いものだった

マヌカン王「リリンよ…我々ヒトがヒトの全てを統べることなど許されてはおらん…ヤーンの契りとは、互いに助け合う…
そういう使い方も出来るんじゃよ…」

リリン「ですが…先ほどの言葉は…!」

日景は確かに、私の考えは当たっていると言った…その意味は…?

日景「違いなどありません、全て事実でございます…その者の生き死には統べる者が決めるのです…
私たちのような理解ある関係も、奴隷のように使い捨てるのも…貴女様次第なのです…」

その言葉に喜ぶべきなのかどうか、いささか複雑だった

けれども不思議と決心はついた

私が今しなくてはならない事

少しでも彼の苦悩を減らしてあげる事

その為ならどんな事でも……

日景「覚悟されましたか、急ぎましょう…いくら強靭な肉体を持つ彼奴でも長く昏睡すれば危うくなります」

私の表情を見て察したのか日景は一刻も早くと急かし、私は促されるまま彼の傍に座りなおした


日景「我が心魂に根差す主達よ…我が命を以て汝らに語り掛ける…」

日景は膝を立てて座ると瞼を閉じて魔法の詠唱を始める



基本的にこの世界の魔法には詠唱が必要だ

長い時間をかけて作られた知識の塊でもあり、過去の人々が命を賭して作り上げた魂の結晶でもある
圧倒的な破壊力と万人に適応する治癒能力
その効力は絶大であったがために過去の戦争では機械技術を遅れた存在にしてしまったのだとか

けれども、それも過去の話…

時代は進み機械技術も発達して便利になった

器用、不器用問わずに一定の性能を引き出せる機械に安定性は求められ、求められた成果を出した。

なにより、その恩恵の代償として要求される時間を惜しむものが現れはじめ、
その力にあやかるものは少なくなってしまったのだ

戦闘においては詠唱なんて物を一々行っていては相手に隙を見せてしまうという痛手が拍車を掛けたのかも知れない。

悲しきかな、詠唱を行ってこそ治癒魔法の最大効力が発揮できるというのに…
その利点を殺してでも破壊に目を向けるのは人の宿命なのだと改めて知った

それからというもの、現代の「魔法」というものは詠唱を長ったらしく読み上げる面倒なものと一般では認識され

魔力のみを手のひらの表面に放出し、固定化させて玉状にして打ち出すスタイルが一般的となった

この方法ならば、攻撃と治癒両方に応用が利く上に詠唱の時間も必要ないので人々の関心を集めるのも納得である

日景「繋ぎ無き青に張り巡らすは白き糸…汝、この者等に心鎮を手繰る者の手解きを…!」

詠唱を終えると眩い光が辺り一帯を明るく照らす
私の胸元から青く輝く紐状のものが出てくると彼の胸元へと入り込んでいく

私の魔力が外へと出ていく感覚

胸が熱くなり、不思議と彼との一体感を感じた私は幸福に満たされた


リリン「…サーヴァント様…?」

声を掛ける

サーヴァント「………っ…」

彼は気怠そうに眼をうっすらと開けてこちらを見る

リリン「良かった……」

私は、彼を抱きしめていた

とても心地よくて

近づけば近づくほどに温かく、繋がりが強く感じられる…

できれば、ずっとこうしていたかった

『…パキっ…!』

けれども、その幸福感も耳障りな音にかき消された

何事かと彼を見れば、とても苦しそうにしている

リリン「日景様…これは…!」

助けを求めようと日景を見る
その姿に日景は思い詰めたように口を開いた


日景「…この者に架せられている呪縛は…一つではないようです」

日景の話では、サーヴァントには複数のリミッターのような魔法が仕掛けられており、自由に行動が出来ないようにされているとのこと


日景「この仕掛けを作った奴は相当な曲がりものですね…」

そう言うと日景は彼の傍で再び詠唱を始める

リリン「なにを…!」

私は日景を止める

これ以上彼が苦しむ姿を見たくないから…

日景「ご安心を…この者の心に問いかけるだけです…」

手をかざす。

淡い光が手のひらから彼の胸部に流れ込んでいく



――――――――――


―――――


――



サーヴァント「ここは…」

また、この風景か

淀み。
決して水のようなものとは言えない泥の沼


そんな中、僕は浸かりきっていた

嫌な気一つ起きない


ああ、そうだ、これは僕の心の中だ


自分の心なら例え泥沼の中に浸かりながら落ち着けるのも納得だ


でも、この淀みは気になる

おそらく頭の中を弄られ、改竄の重ね重ねの結果…泥になったのだろう


一体、…誰が何の目的で僕の記憶をいじっているんだろう


『我が心魂に根差す主よ…我が命を以て汝らに語り掛ける…』


声が聞こえる

この心に語り掛けてくる、とても暖かくて

ついさっきまで聞いていたのに、何故かとても懐かしい感覚に揺さぶられる…


『我が言葉、命、姿は嘘偽りにあらず…現実を受け入れ、真実を拒む人の衣を纏いし獣』

声が聞こえるたびに僕の体が大きく膨れる

風船のように大きく…大きく

限界だ



『汝、この者の真実を断ち、現実を選る術を与えたまえ…』


――――砕け散った



………


目の間にいるのは獣

いや、人間か?

四肢で立つ姿はヒトそのものだが、気配が獣のそれだ。


そいつは、僕の目の前で手をかざす。

無意識に僕の腕もつられるように手をかざす

一回の動き

たったそれだけで判断できた


鏡だと


目の前の存在は自分自身


…待て、ならば何故僕の動きに目の前の存在はつられない…


『それはお前が鏡だからだ』


目の前の存在が語り掛けてくる


そう、彼が鏡などではなく僕自身が鏡なのだと


『お前は、もう自分の力を持つことができない』

力…

この体のことだろうか…

わかってる

はじめから、この体は僕の言う事なんて聞かないのだから

『だが…心だけはお前の物だ』

『お前の信念、それだけは決して他人の物ではないさ』


見透かされているような…余すことなく僕の心の中を掬い尽くすような感覚…

とても心地良い…


あの時の声か


…お前は誰だ?


『ふふ…はは!何と愉快な…今更理解したのではないのか!』

僕の質問に、さぞ面白可笑しそうに腹を抱えている


『そうさな…お前の(力)だよ…お前が望めば力を貸し、守り、滅ぼそう』


…?

自分の力を持つことが出来ないと言った
なんだ、その手のひら返しは


『ああ、お前は自分の力を持つことは出来ないさ…だが、お前の力にはなってやれる』


おかしな事を言っている

自分自身に力を借りろと?

『そう、際限なくお前の力を存分に引き出してやろう』

…見返りは?

『そんなものはない…お前が本気で力を振るえるならば、最高の喜び…』

『お前は私なのだ』

『守りたいのだろう?…姫君を。』



―――意識が遠のいていく…

待て、話はまだ終わってない!


『急くな、いずれまた会う』


そいつの言葉を最後に僕の意識は泥の中に沈んだ


――


―――――


―――――――――




サーヴァント「…っは!?」


目が覚め、体を起こす

ベッドの上だ

どうやら、あの後僕は運ばれたようで、部屋の雰囲気からしてマヌカン邸の一室なのだろう。
とても高貴な装飾品や見た目でわかる材質のよさそうな物ばかり…

内心、もう一度ベットに潜り込みたかったのは言うまでもない。



『コンコンっ』

ドアがノックされるとノブが軋みをあげて来訪者を迎え入れる

リリン「…お目覚めになられたのですね…おはようございます」


微笑みながら僕に挨拶をしてくる彼女に僕は、なんと言えばいいのかわからずに黙ってしまった


リリン「昨晩の事は覚えてますか?」

ベッド横の椅子に腰を下ろし、心配そうにこちらを見ている
僕は黙ったまま首を横に振ると彼女が事の経緯を話してくれた


僕は、彼女と契約を交わした

だからなのだろうか、彼女の目を見ると

近くにいると心が温かくなり、安らぎを感じる

力が溢れる。

これが繋がっている、という感覚なのだろうか…

『コンコン』

再びドアがノックされるともう一人の来訪者が現れた


日景「気分はどうだ?」

言うなかれ、華やかな物ではない

サーヴァント「おかげ様でね…」

やっと口にした言葉は皮肉混じりなものだ


日景「皮肉が言えるくらいなら大丈夫だな、姫様から大体の事は聞いてるとは思うが改めて説明するぞ」

日景曰く、昨晩の戦いは実力を見るための物

その戦闘で日景に負けるも善戦はした。

僕には記憶障害が見られる、また昨晩までは記憶について思考するだけで失神するほどの呪縛が掛けられていた

リリンとのヤーンの契りの恩恵で魔力供給が安定化したことにより思考の自由化が可能になった
副作用で身体能力や魔力の向上も見られる

僕にかけられている呪縛は一つではなく、複数あるようだ


リリン「一つ、疑問があります」

リリンが口を開くと日景を見る

日景「なんでしょうか?」


リリン「その、もう一つの呪縛について何かわからなかったのですか?」

日景「…魔力の供給が一定以上になると彼奴の体に影響が出るようになっています…

はっきりとは言えませんが、抑止力としての目的なのでしょう」


サーヴァント「……」

抑止力…一体何の目的で…


―――――

アレース「我らは『カイライ』。ヘル・メルト・カリスに従い、この世界を統べ、新たに導き手として君臨するものなり。」

―――――



サーヴァント「…!」


日景「恐らく、記憶改竄もカイライと名乗る者どもの仕業でしょうね」


サーヴァント「だけど、僕は奴らと関わりはない!」

そうだ、あいつらはリリン様をさらおうとした…そんな奴らと関わりがあるはずなんて…

日景「そんな事知らん。ともかく貴様はその力を制御できるように修行せねばならない」

サーヴァント「この力を…」

自分の心が昂ぶると勝手に溢れ出る力

最初は自分でコントロールできずに破壊の限りを尽くす力…本当に扱えるようになるのだろうか…

リリン「もう一つ、日景様…貴方はサーヴァント様に魔法を一つ使いましたね?

…あれは何の意味があったのですか?」

私は最後の魔法がとても気がかりだった
ヤーンの契りと同じように、私の知らない詠唱と魔力の流れを感じた

彼は、サーヴァントについてなにか知っているのではいかと、そう確信していた

日景「人には、自分自身に隠された力があります

ですがそれを個人では引き出すことができません…

あの魔法は、彼奴の心に存在するものを引き出す為のものです…これも憶測ですが力が発動すれば呪縛の影響もなくなるでしょう…」

リリン「貴方は何か…」

やはり彼は何か知っている

問いただそうとした瞬間に部屋のドアが開いた

祖父のメイドだった

メイド「失礼致します、王様がお呼びで御座いますので皆さまにお越し頂くように命を預かりました」

日景「わかった、行きましょう」

リリン「……」

メイドに案内されてそのまま部屋を出ていく彼を見ながら、いつか本当の事を聞きだす事を胸に誓う

サーヴァント「…っつ…」

リリン「サーヴァント様…立てますか?」

病み上がりの彼が辛そうに体を起こしているのに気が付く

私はすぐに手を差し伸べた


サーヴァント「平気です…って見えませんよね…お手をわずらわせます…」

『パキパキッ…!』

リリン「…?何の音でしょうか…?」

サーヴァント「…さぁ?…リリン様、行きましょうか?」

無事に立ち上がると私たちは祖父の元へと向かった

―――――

王室

―――――

部屋ではすでに日景とマヌカン王が座っていた


マヌカン王「起きられるようになったか、二人ともこっちに来て座りなさい」

部屋に入り、マヌカン王は僕に言葉をかけてくれる

サーヴァント「はい、ご迷惑をおかけしました」

心配の言葉と看護のために部屋を貸してくれたことに一礼をして感謝した

マヌカン王「ワシこそすまなかったな…お前の力を見てみたかったんじゃ」

リリン「……」

…祖父も、なにかを知っているのかも知れない…
いや、今はよそう…

日景「殿下…そろそろ本題を…」

日景が話に割って入る


マヌカン王「そうだったな。…リリン、そしてサーヴァントよ…今から話すことをよく聞くのだよ…」


マヌカン王から語られた話は…

カイライの仕業によってマケットとマヌカンの間に大きな溝が生まれつつあり

その為にしばらくマケットに向かい話し合いをするというものだった


マヌカン王「しばらくワシは仲人界…ピースフルを離れる。

日景はワシの護衛に来てもらうためにサーヴァント、お前にリリンを守って欲しいのだ」

日景「そのためには、殿下が旅立たれる前にみっちり修行だ」

二人は世界を守るために戦っている、その姿に僕も自分に出来ることをしようと心を奮わせた

サーヴァント「もちろんです…!」


それからの一週間、僕はリリン様と共に学校を休み

日景の元で修行を積んだ



そして二人はマケットへと旅立っていった



―――――――――


―――――


――


サーヴァント「リリン様、帰りましょうか?」

学校の放課後、帰り支度をすませると僕は真っ先に彼女の元へと向かう

リリン「ええ、今日はどうされます…?宜しければお買い物にお付き合いいただければと…」

ヤーンの契りをキッカケにお互いに、より親密になった気がする
周りからは恋人、などと噂されるようになり最初は焦ったが今は少し嬉しい。

彼女と共に教室を後にして帰路に着いた

シャフ「ありゃ確かに恋人同士だな…この一週間になにがあったんだか…」

友達の変化にニヤニヤとしてしまうが、嬉しい気持ちが大きかった。
最近のさー君、へなちょこだったもんなぁ…


シンシア「………」


シャフ「ん、シア一緒に帰んないのかー?雨だぞー!」

いそいそと教室を出ていくシアを、それなりに急いで追いかけた


―――――――――


―――――


――


あの出来事から時間が経ち、梅雨の時期になった


マヌカン王たちはマケットに向かったまま、未だに戻れないようだ

争いに発展しないようにお互いに取り決めをしており、時間がかかると手紙に書かれていた

リリン様の話では毎日手紙が来るので、穏便に済んでいる証拠なんだとか

僕はというと、姉妹二人がマヌカンで仕事に追われているために家に一人

それを話したらリリン様が

リリン『それなら、一緒に…あの…ご迷惑でなければ…その…』

と申し出てくれたのでマヌカン邸で世話になっている

リリン様の周りの人達は皆いい人ばかりだ


リリン「今日は…カレーにしましょうか♪」

サーヴァント「良いですね、カレー…お腹すいてきました」


カイライの刺客も現れずに、平和な日々が続いている

楽しい時間が、忘れさせてくれる…




雨が降る夕暮れの街

仲睦まじい二人を、雨に濡れながら見つめる子供がいた

薄桃色髪の少女「……リ…リン…」



…このまま平和でいてくれればと。


[*前へ][次へ#]

4/30ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!